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第一章 令嬢は時を遡る
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しおりを挟むとても親しい様子で店主と話をするギルに尋ねた。
「ギルは、ここにはよく来るの?」
「はい。店主には幼い頃からお世話になっております」
王室御用達のこんなにも高級なお店に幼い頃から通っているとなると、ギルは貴族であることは間違いない。
しかも、かなりの……
店の中を見渡すと、木製の日めくりカレンダーが置いてあった。
それには黄の月3日と書かれていた。
(黄の月の3日……生誕祭の三ヶ月前に戻っていたのね……)
私は確認のためにギルに尋ねた。
「ギル、今日は黄の月3日で間違いない?」
「ええ、間違いありませんが……実は先ほどからお聞きしたかったのですが、その話し方と名前……一体どうして……」
困惑するギルに困った私は嘘を付かずに「以前、ギルに聞いたの」と答えた。
「私にですか!? 記憶にない……だが……ビアンカ様にお会いした記憶がないなんてことは……しかもこの姿で……どこだろう?」
ギルはとても戸惑っていたが、私もこれ以上は言いようがない。
まさか、今から二ヶ月後に会いました、などおかしな会話をするわけにもいかない。
私は木製の日めくりカレンダーを見ながら思った。
(どんどん時を遡っているわ……)
始めは生誕祭の前日。
次が一ヵ月前。
今が三ヶ月前……
私は思わずポケットの上から女神の雫を握りしめ、心の中で問いかけた。
(まだ時を戻るのかしら……)
「お嬢様、こちらはいかがでしょうか?」
時を遡っていることを考えていると、店主が数着の青い服を持ってきてくれた。
どれもとても美しい色合いで、綺麗だった。
(この色……まるで女神の雫のようで……綺麗だわ……)
「これにします」
私は空の色よりさらに深い青色のワンピースを選び、お店の侍女の手を借りて着替えた。
「とてもよくお似合いです」
店主に褒められギルを見るとギルは唖然としていた。
「ギル、どうでしょうか?」
ギルに尋ねるとギルははっとして「とてもよく似合っています」と言った。
顔はやはり見えなかったが耳を真っ赤にしていた。
なぜだろう、私はそんなギルを見て心が弾むように思えて自然に笑顔になっていた。
「……ありがとう」
私がお礼を言うと、ギルが店主に「これを頼む」と言った。
「かしこまりました」
私は店主が席を外した間に「ギル、お洋服まで……必ず代金は支払うから」と言った。
するとギルは「私が勝手に贈るのです。どうか貰って下さい」と言った。
無理にでも返したいと思ったが、私はギルがどこの誰なのか知らない。
こんな高級なお店に出入りできるにもかかわらず、私に家の名前を明かしてはくれない。
(私に正体を知られたくないのかしら? ……何かわけありなのかもしれないわ)
私は「ありがとうございます」と言ってギルの好意を受け取ることにした。
偶然とはいえ、こんな風に誰かに何かを贈られるの久しぶりだった。
……思えば私はずっとアルバート殿下から一年近く、何もプレゼントを貰っていない。
ずっと不思議に思っていたが、殿下とツェツィーリアの関係を知っていれば当然だ。
殿下は他に贈りたい人がいたのだ。
だから政略結婚の相手には何一つ贈らなかったのだ。
でもギルは、こんな偶々助けた令嬢に服を贈ってくれるという。
ギルは優しい人だと思った。
そんな時だ。
二階のVIPルームからアルバート殿下とツェツィーリアが降りて来た。二人は腕を組んで楽しそうに話をしていた。
(あれは……殿下とツェツィーリア!? どうしてこんなところに二人で?)
私の疑問はすぐにツェツィーリアの口から出た言葉で解決した。
「アルバート殿下、誕生祭のドレスありがとうございます。完成するのが楽しみですわ~~!!」
(アルバート殿下? 呼び方がまだ、殿下だわ。……でも、あの生誕祭のツェツィーリアの一流のドレスは三ヶ月前に殿下がこちらでお作りになったのね……通りで素晴らしいはずだわ)
アルバート殿下はツェツィーリアと階段を下りながら言った。
「ああ、通常よりも随分と高額になったが……ツェツィーリアのためだ。今からならギリギリになるそうだが、間に合ってよかった」
(三ヶ月前に注文すれば、割高になるのは当然……私には何も贈って下さらなかったのに!!)
誕生祭のドレスと聞いて私はまたしても胸の中に黒いモヤがかかった気がした。
「あれは……アルバート殿下? まさかビアンカ様、それで一人で街へ……!?」
隣でギルが呟いたが、私は感情が暴れてそれどころではなかった。
私はもうずっとドレスを贈られていない。
だが、ツェツィーリアには贈られていたのだ。
ツェツィーリアは、殿下の誕生祭で、殿下に贈られたドレスを着て、殿下の隣に立つことを許されていた。
それほどまでに彼に愛されながら……
私からすでに多くのものを奪っておきながら、さらに私を陥れるようなことをしたのだ。
――許せなかった。
すでに三ヶ月も前から、婚約破棄が決まっていたのもかかわらず、私に隠れてこそこそと動いていた殿下の姑息さに苛立った。
私から全てを奪ってもなお、冤罪で私を捕えようとしたツェツィーリアも……
どちらも……
どうしても――許せなかった。
(どうして何も言ってくれなかったの!?)
私は、殿下の誕生祭に婚約破棄を言い出されるまで、本当に全く気付かなかった。
公務に王妃教育に詰め込めるだけ詰め込んで……努力して……
挙句の果てにみんなの前で遅刻という辱めを受け、なお婚約破棄。
さらには……――冤罪。
ツェツィーリアと殿下がこれほど親密に頻繁に二人で会ってたことも、婚約破棄と結婚の準備をすすめていることさえ……気付かなかった!!
気が付けば私は階段の下から、涙を流しながら大声で訴えていた。
「なぜ……何も言ってくださらなかったのですか、アルバート殿下!!」
すでに私は怒りや悲しみを通り越して絶望だった。
(あ……私は……――こんな人のために全てを犠牲にしていたのね……)
「ビアンカ!! なぜここに!?」
アルバート殿下はいつも私に見つかると怯えて動揺している。
いつもそうだ……私に先ほどツェツィーリアに見せた時のような笑顔を向けることなどない……
私は気が付くと、また大声で叫んでいた。
「なぜ、その方にドレスを? なぜ何も教えてくれないのですか? なぜです!! 答えて下さい、アルバート殿下!! 私には聞く権利があると思います!!」
するとアルバート殿下は大きな声で叫んでいた。
「なぜ、なぜ、なぜと!! 言葉にしなくとも、理由などわかるだろう!?」
アルバート殿下は階段の途中から私を見降ろしながらつらそうな顔で言った。
「わかりませんわ!!」
「君以上に、彼女を愛しているからだ!!」
アルバート殿下そして、苦しそうに言った。
「ビアンカ、私は……君とは結婚はしない。君との婚約を破棄するつもりだ!!」
アルバート殿下の叫び声が店中に響き渡った瞬間、再びポケットから青白い光が溢れた。
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