6 / 30
第一章 令嬢は時を遡る
5
しおりを挟む「……なんだ、あの者は……? しかも、陛下たちの留守中に……」
ギルが小声で呟いたが、私は殿下とツェツィーリアの会話が耳に入って来て、それどころではなかった。
ツェツィーリアは長い髪を揺らして、身体をアルバート殿下に押し付け、傍から見ると恥ずかしいほどに密着していた。アルバート殿下も彼女に身を寄せられて嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふふ、ねぇ、アルバート様、綺麗な物や美しい物たくさん散りばめた豪華な結婚式にしましょうね。さっきの部屋にあった宝石も身に着けることができるのでしょう? 楽しみですね!!」
ツェツィーリアはアルバート殿下の腕に腕を絡めて、胸を押し付けるように顔を殿下の顔を覗き込むように言った。
「アルバート殿下を……あのような気安い呼び方で……だが、この方向に会話……もしかして……宝物庫にでも行ったのか!?」
ギルが小さく呟いた。
(宝物庫? 陛下が不在で? そんな愚かな!!)
あの場所に入るには殿下ではなく陛下の許可がいるはずだが……許可がもらえたのだろうか?
私は信じられない気持ちで二人を見ていた。
そして二人は私たちのすぐそばにある女神の雫の前で立ち止まった。
「ああ、早くこの美しい女神の雫を身に着けたいです。きっとみんなに羨ましがられますわ~~ふふふ。ああ、本当に綺麗……生誕祭も待ち遠しいですね、アルバート様」
ギルが眉を寄せながら言った。
「女神の雫を身に着ける!? あの娘、一体何を……言っているんだ?」
もちろん、ギルの声は二人には聞こえない。
二人は女神の雫の前が離れて再び歩き始めた。
「他にもたくさんあるのでしょう? ぜひ他の宝石も見たいですわ」
(宝物庫以外の宝石も見たいだなんて……まさか王妃殿下の宝物庫まで行くつもり!?)
私があまりに恐れ多い会話に冷や汗をかいていると、アルバート殿下が口を開いた。
「それは正式に結婚が決まった後だ。母上が鍵を管理しているし、母上の侍女は口やかましいので見逃がしてはくれない」
(そういえば先程から二人が口にしている言葉――結婚式? ……誰の?)
私は二人の恐れ多い会話に驚きを感じていて、今になってようやく、二人の様子と先ほどの裏庭園での唇へのキスを思い出して私は目の前が暗くなった。
アルバート殿下はツェツィーリアとすでに結婚式の相談をしていたの……?
生誕祭の一ヵ月前……私はアルバート殿下の代わりに城で必死に公務の補佐を請け負っていた。
陛下と王妃殿下の代わりに公務を行い、生誕祭に向けてゲストを万全の状況で迎えるために全てを犠牲にして招待客の領のことや、話のきっかけになることを覚え目の回るような忙しさだった。
……それなのに。
(私が必死で公務と生誕祭の準備をして時……アルバート殿下とツェツィーリアは二人で結婚式のことを話していたの?)
二人は腕を絡ませ微笑み合い、それはそれは仲睦まじく楽しそうだ。
それに丁度生誕祭の一ヵ月前といえば、陛下や王妃殿下は友好国の王族の結婚式に出席するために不在。
殿下にだって、多くの責務があったはずだ。
あの時、私は殿下も帝王学や、公務の一部を引き継いでいると思っていた。
でももし……私だけに公務を押し付け、殿下は陛下や王妃殿下不在をいいことに城にツェツィーリアを招いてたとしたら?
(絶対に、許せない!! 自分が王になるという自覚はないの!? これまで散々伝えたのに!!)
私は怒りで何も考えられなくなり、柱の影から飛び出すと、大声で叫んでいた。
「殿下!! 今のはどういうことですか!? まさか、陛下の許可が必要な宝物庫に行かれたのですか?」
思わず声を上げると、アルバート殿下が咄嗟にツェツィーリアの腕を離して私を見た。
「ビアンカ、今日も王妃教育か? 私は友人が困っていて、相談に乗っていたのだ……とても深刻な悩みで人前では話が出来ないので、王宮に招いて話をしていただけだ。言いがかりや止めてくれ!!」
いつもはあまり話をしないくせに、こんな時だけ饒舌になって私を誤魔化そうとする殿下に、私はさらに胸の奥から湧き上がってくる黒い気持ちが押さえられずに叫んでいた。
「私が公務や、王妃教育をしている間、王宮に女性を連れ込こみ、アルバート殿下は堂々と浮気ですか!?」
「浮気!?」
なぜか動揺する殿下を見て、少しムッとしたツェツィーリアがアルバート殿下の腕にをとって自分の腕を絡めながら言った。
「浮気ですって? その言葉、撤回して下さい!! 元々アルバート様にあなたへの想いなんて存在しないわ!! 私と殿下は浮気じゃなく本気よ!! 私は殿下の本命なの!! ただ家柄がいいだけで、彼を愛することもせずに、権利ばかりは主張するあなたとは違うわ!! アルバート様は私を愛してるのですよね? ビアンカ様を愛したことなどないのですよね? 先ほどもお部屋で私に触れながらそうおっしゃいましたよね?」
部屋で触れながら?
元々殿下に私への想いなどない?
殿下は……私を愛したことは……ない?
想いがなければ……――浮気ではない?
次々に私の常識外の考えを無遠慮に投げつけられて――眩暈がする。
政略結婚で決まった相手以外と結婚の約束をするのは……浮気じゃないの?
そもそも愛って何?
これまでの努力や絆を全て無遠慮に破壊するほど大切なの?
頭の中に洪水のように文字が流れ込んでくる。
理解の追いつかない言葉の数々に目が回りそうで、頭が痛い……
私は真っすぐにアルバート殿下を見た。
「アルバート殿下は……『愛している』というその方と――結婚するのですか?」
(私ではなく? その人を選ぶのですか?)
黙り込む殿下に向かって、私が鋭い目で見つめると、殿下がまたしても苦しそうな顔をした。
ああ――私はこの顔の後にくる言葉を……知っている。
無意識に私はポケットの上から女神の雫を握っていた。
「ああ、そうだ、その通りだ。私は彼女と結婚する。……――ビアンカ、君との婚約を……破棄したい」
そしてまたしても、青い光に包まれた。
また……なの?
私は再び目を閉じたのだった。
326
お気に入りに追加
763
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】やり直しですか? 王子はいらないんで爆走します。忙しすぎて辛い(泣)
との
恋愛
目覚めたら7歳に戻ってる。
今度こそ幸せになるぞ! と、生活改善してて気付きました。
ヤバいです。肝心な事を忘れて、
「林檎一切れゲットー」
なんて喜んでたなんて。
本気で頑張ります。ぐっ、負けないもん
ぶっ飛んだ行動力で突っ走る主人公。
「わしはメイドじゃねえですが」
「そうね、メイドには見えないわね」
ふふっと笑ったロクサーナは上機嫌で、庭師の心配などどこ吹く風。
ーーーーーー
タイトル改変しました。
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。
久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」
煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。
その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。
だったら良いでしょう。
私が綺麗に断罪して魅せますわ!
令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?
婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
物語は始まらずに終わる
杜野秋人
恋愛
第一皇子への接触を試みる男爵家令嬢は、自分の今いる世界が転生前に日本でハマっていた乙女ゲームの舞台だと信じていた。
そして、自分はそのヒロインとして生まれ変わったのだ、とも。
彼女は皇子とお近づきになるべく行動を開始する。
そして皇子の待つ生徒会執務室の扉を開けようとしたところで、何者かによって昏倒させられ連れ去られた。
以後、彼女の姿を見た者はいない。
彼女はどこへ消えてしまったのか。何故連れ去られたのか。
その疑問に答える者は、誰もいなかった。
◆乙女ゲームのヒロインがいとも簡単に皇子(王子)に近付けるのって基本的にはあり得ないよね。というところから書いてみました。
サックリと頭カラッポで読めます。乙女ゲームは始まりませんでした。
◆恋愛要素薄めですが一応恋愛ジャンルで。乙女ゲームなので。
違和感あればご指摘下さい。ジャンル変更など対応します。
◆前後編の二編でお送りします。
この物語は小説家になろうでも公開します。例によってあちらは短編で一気読みできます。
◆いつも通りの惑星アリウステラの、ラティアース西方世界の物語ですが単品でお楽しみ頂けます。他作品とは特に絡みませんが、のちのち上げる作品には絡むかも知れません。
婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします
結城芙由奈
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】
「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」
私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか?
※ 他サイトでも掲載しています
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる