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第一章 令嬢は時を遡る

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「……なんだ、あの者は……? しかも、陛下たちの留守中に……」

 ギルが小声で呟いたが、私は殿下とツェツィーリアの会話が耳に入って来て、それどころではなかった。
 ツェツィーリアは長い髪を揺らして、身体をアルバート殿下に押し付け、傍から見ると恥ずかしいほどに密着していた。アルバート殿下も彼女に身を寄せられて嬉しそうに微笑んでいる。

「ふふふ、ねぇ、アルバート様、綺麗な物や美しい物たくさん散りばめた豪華な結婚式にしましょうね。さっきの部屋にあった宝石も身に着けることができるのでしょう? 楽しみですね!!」

 ツェツィーリアはアルバート殿下の腕に腕を絡めて、胸を押し付けるように顔を殿下の顔を覗き込むように言った。

「アルバート殿下を……あのような気安い呼び方で……だが、この方向に会話……もしかして……宝物庫にでも行ったのか!?」

 ギルが小さく呟いた。

(宝物庫? 陛下が不在で? そんな愚かな!!)

 あの場所に入るには殿ではなくの許可がいるはずだが……許可がもらえたのだろうか?

 私は信じられない気持ちで二人を見ていた。
 そして二人は私たちのすぐそばにある女神の雫の前で立ち止まった。

「ああ、早くこの美しい女神の雫を身に着けたいです。きっとみんなに羨ましがられますわ~~ふふふ。ああ、本当に綺麗……生誕祭も待ち遠しいですね、アルバート様」

 ギルが眉を寄せながら言った。

「女神の雫を身に着ける!? あの娘、一体何を……言っているんだ?」

 もちろん、ギルの声は二人には聞こえない。
 二人は女神の雫の前が離れて再び歩き始めた。

「他にもたくさんあるのでしょう? ぜひ他の宝石も見たいですわ」

(宝物庫以外の宝石も見たいだなんて……まさか王妃殿下の宝物庫まで行くつもり!?)

 私があまりに恐れ多い会話に冷や汗をかいていると、アルバート殿下が口を開いた。

「それは正式に結婚が決まった後だ。母上が鍵を管理しているし、母上の侍女は口やかましいので見逃がしてはくれない」

(そういえば先程から二人が口にしている言葉――結婚式? ……誰の?)

 私は二人の恐れ多い会話に驚きを感じていて、今になってようやく、二人の様子と先ほどの裏庭園での唇へのキスを思い出して私は目の前が暗くなった。

 アルバート殿下はツェツィーリアとすでに結婚式の相談をしていたの……?

 生誕祭の一ヵ月前……私はアルバート殿下の代わりに城で必死に公務の補佐を請け負っていた。
 陛下と王妃殿下の代わりに公務を行い、生誕祭に向けてゲストを万全の状況で迎えるために全てを犠牲にして招待客の領のことや、話のきっかけになることを覚え目の回るような忙しさだった。

 ……それなのに。

(私が必死で公務と生誕祭の準備をして時……アルバート殿下とツェツィーリアは二人で結婚式のことを話していたの?)

 二人は腕を絡ませ微笑み合い、それはそれは仲睦まじく楽しそうだ。
 それに丁度生誕祭の一ヵ月前といえば、陛下や王妃殿下は友好国の王族の結婚式に出席するために不在。
 殿下にだって、多くの責務があったはずだ。
 あの時、私は殿下も帝王学や、公務の一部を引き継いでいると思っていた。

 でももし……私だけに公務を押し付け、殿下は陛下や王妃殿下不在をいいことに城にツェツィーリアを招いてたとしたら?

(絶対に、許せない!! 自分が王になるという自覚はないの!? これまで散々伝えたのに!!)

 私は怒りで何も考えられなくなり、柱の影から飛び出すと、大声で叫んでいた。

「殿下!! 今のはどういうことですか!? まさか、陛下の許可が必要な宝物庫に行かれたのですか?」

 思わず声を上げると、アルバート殿下が咄嗟にツェツィーリアの腕を離して私を見た。

「ビアンカ、今日も王妃教育か? 私は友人が困っていて、相談に乗っていたのだ……とても深刻な悩みで人前では話が出来ないので、王宮に招いて話をしていただけだ。言いがかりや止めてくれ!!」

 いつもはあまり話をしないくせに、こんな時だけ饒舌になって私を誤魔化そうとする殿下に、私はさらに胸の奥から湧き上がってくる黒い気持ちが押さえられずに叫んでいた。

「私が公務や、王妃教育をしている間、王宮に女性を連れ込こみ、アルバート殿下は堂々と浮気ですか!?」

「浮気!?」

 なぜか動揺する殿下を見て、少しムッとしたツェツィーリアがアルバート殿下の腕にをとって自分の腕を絡めながら言った。

「浮気ですって? その言葉、撤回して下さい!! 元々アルバート様にあなたへの想いなんて存在しないわ!! 私と殿下は浮気じゃなく本気よ!! 私は殿下の本命なの!! ただ家柄がいいだけで、彼を愛することもせずに、権利ばかりは主張するあなたとは違うわ!! アルバート様は私を愛してるのですよね? ビアンカ様を愛したことなどないのですよね? 先ほどもお部屋で私に触れながらそうおっしゃいましたよね?」

 部屋で触れながら?
 元々殿下に私への想いなどない?
 殿下は……私を愛したことは……ない?
 想いがなければ……――浮気ではない?

 次々に私の常識外の考えを無遠慮に投げつけられて――眩暈がする。

 政略結婚で決まった相手以外と結婚の約束をするのは……浮気じゃないの?
 そもそも愛って何?
 これまでの努力や絆を全て無遠慮に破壊するほど大切なの?
 頭の中に洪水のように文字が流れ込んでくる。
 理解の追いつかない言葉の数々に目が回りそうで、頭が痛い……

 私は真っすぐにアルバート殿下を見た。

「アルバート殿下は……『愛している』というその方と――結婚するのですか?」

(私ではなく? その人を選ぶのですか?)

 黙り込む殿下に向かって、私が鋭い目で見つめると、殿下がまたしても苦しそうな顔をした。

 ああ――私はこの顔の後にくる言葉を……知っている。
 無意識に私はポケットの上から女神の雫を握っていた。

「ああ、そうだ、その通りだ。私は彼女と結婚する。……――ビアンカ、君との婚約を……破棄したい」

 そしてまたしても、青い光に包まれた。
 また……なの?

 私は再び目を閉じたのだった。


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