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第一章 令嬢は時を遡る

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「また……なの? ……ここは……」

 気が付くと私は大理石の柱の影に立っていた。綺麗に磨かれた床に真っ赤な絨毯。
 私はこの場所をよく知っていた。

(ここ……お城の北側だわ……)

 ちなみに、今、私は制服を着ている。
 王宮には王妃教育でよく来ているが、この辺りは国の政治の中枢部となる高位貴族や高官などの執務室が並ぶ場所なので普段はほとんど来ない。

(今は……いつかしら?)

 先ほどは、アルバート殿下に誕生祭の前日に戻っていた。
 だからもしかしたら、またしても時が戻ったのかもしれないと思えたのだ。

「ビアンカ様、なぜこのような所に……気分でもお悪いのですか?」

 声をかけられて顔を上げると、またしても先ほどあった男性が立っていた。だがここは王宮内、しかも高位貴族や高官の執務室がある場所にもかかわらず、この男性はまるで庶民が着るような少し破れのある粗末な服を着ていた。

(この人……さっき奥庭園で会った方よね? でも……)

「いえ、体調に問題はありません。あの……はじめまして、でしょう……か?」

 もしも時間が戻っていた場合、全く話をしたこともない令嬢から、知り合いのように話かけてしまえば不審に思われてしまう。だから、念のためにぼかした聞き方をした。
 私の問いかけに男性は「ええ……お話をするのは初めてです」と答えた。

(話をするのが初めて……では、きっとさっきよりも前の時間かもしれないわ……)

 やはり初めてだったようだ。私は男性を見ながら尋ねた。

「あの、失礼ですが今日は何月何日でしょうか?」

 男性は、すぐに答えてくれた。

「赤の月の8日です」

 私は男性の言葉を聞いて酷く動揺した。

(赤の月!? アルバート殿下の誕生祭の一ヵ月前だわ……)

 私は内心とても動揺していたが、それを態度に出さないように「ありがとうございます」と言って優雅に微笑んだ。
 そっとポケットに手を当てるとやはり女神の雫がある。
 そして私は重大なことに気付いた。

(そういえば……私が今、この手に持っていて……王宮に女神の雫はあるのかしら?)

 もし『女神の雫』がここにないとなれば大問題だ。
 私は、ここに女神の雫があるのかを確認しようと思った。

「本当に大丈夫ですか? 私でよろしければ馬車乗り場か、王宮内の休める場所までお送りいたします」

 ずっと考え事をして黙っていた私を心配して男性は再び声をかけてくれた。
 私は、急いで顔を上げて姿勢を正しながら言った。

「本当に問題ありませんので、どうぞお気遣いなく。では、私はこれから用がありますので、失礼いたします」

 私は丁寧に男性の提案を断った。すると男性は前髪で顔は良く見えないが、真剣な声で言った。

「いえ……私の勝手で申し訳ありませんが、やはり心配ですので、お供いたします。どうぞ、私は存在しないものとして接して下さい」

(存在しないものとして……そんな……無茶な……)

 即座にそう思ったが、もう二度もこの男性に助けられているのでなんとなく無下にはできなかった。
 結局私は「そんな、では私の隣へどうぞ……よろしくお願いいたします」と頭を下げたのだった。




 それから私たちは女神の雫が展示してある北側二階の奥に向かって歩いた。
 私は隣をどこに行くのかも聞かずに無言で歩く男性を見上げながら尋ねた。

「あの……あなたのお名前は?」
  
 私の名前を知っていたので、名を尋ねても問題ないかと思ったが、男性は少し困ったように答えた。

「私は……そうですね……ギルと呼んで頂けると助かります」

(家名を名乗らなかった……しかも、前髪で全く顔が見えない。訳ありの人物なのかしら?)

 私は再び尋ねた。

「ギルですか……私と同じ学園ですよね?」

 前回、制服姿で出会ったので何気なく聞いたのだが、ギルはかなり焦っていた。

「え? は、はい……」

(どうしたのかな……明らかに動揺している?)

 私の通うサントア王立学園は、男性と女性で同じ敷地内だが棟が違うので、私は学園在学中はほとんど男性と話をすることはなかった。だから同じ学園と言っても男性はどんな方がいるのかほとんど知らない。
 クラスの子たちは敷地内の共通の休憩エリアや、課外活動などで異性と知り合う機会もあると聞くが、私はずっと王妃教育が忙しくて、学園ではほとんど異性とは接点がなかった。
 だから、私もあまり男性の知り合いはいないのでギルのことを知らなくてもおかしいということはない。
 私がギルとぎこちなく話をしていると、女神の雫の展示してある場所に着いた。

「……――女神の雫だ」

 女神の雫はガラスケースに入ったまま真っ青に輝いていた。

(あるわ!! 女神の雫がしっかりと……これはどういうことなの? 偽物なの?)

 私は複雑な思いで女神の雫を見ていた。

「ああ、女神の雫を見に来られたのですね。王妃殿下もたまに「若返り……」と呟きながら食い入るようにをご覧になっていらっしゃいます。やはり女性にはとても人気のある石ですね」

 ギルが何かを悟ったように言ったが、私は女神の雫を観察することで忙しかった。

(輝きや形、色……どれをとっても私が今持っているものと同じもののように見えるわ……)

 私はギルに恐る恐る尋ねた。

「これ……本物でしょうか?」

 ギルは当たり前のように頷きながら答えた。

「もちろんです、定期的に鑑定士が確認していますので本物ですよ。鍵も王族しか入れない場所で保管しており、今日の見回りの者から紛失の連絡は来ておりません。正真正銘の本物ですから、ご利益も折り紙付きです。安心して下さい」

(思わず聞いてしまったけど、ギルって、女神の雫のことを随分と詳しいわ……)

 私はギルを見ながら言った。

「ギルは、管理について随分と詳しいですわね」
「は、はい、そうですね……」

 定期的に鑑定が確認しているなんて、王妃教育でも学ばなかったので私も知らなかったし、きっとアルバート殿下も知らないかもしれない。

(ギルって、一体何者なの??)

 私がギルの顔をじっと見ているとギルがある一点に視線を向けて止まった後に、私の手を引いた。

「ビアンカ様。こちらへ、急いで下さい」
「……え?」

 私はギルに連れられて、またしても柱の影に隠れた。
 すると廊下の向こうから、アルバート殿下とツェツィーリアが歩いて来たのだった。




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