20 / 25
【閑話】ユラの苦悩
しおりを挟む私の名はユラ。ローレンス家にお仕えする侍女だ。
そして、私が仕えるお嬢様は大変非常に変わり者だ。
他の令嬢とは、全く違って、男の様に毎日身体を鍛えて、剣術に励み、身体を動かしていた。
寝る前や雨の日などは、筋力強化の運動をしながら、読書をしている。お嬢様は筋トレと呼んでいるそれを同時に行う姿は器用を通り越して、異常な光景だった。
昔、お嬢様に「筋トレをするか、本を読むか、どちらかにしてはいかがでしょうか」と言った事があった。すると、お嬢様は「えっ?普通に個々でするよりも、二つを同時にすれば、筋トレと読書量が二倍になるじゃない。一石二鳥よ!」と訳の分からない事を言っていたので、早々に諦めた。お嬢様はあまり人の言う事を聞かない。そんなお嬢様は、他の令嬢とは掛け離れた姿をしていた。
そんなお嬢様と初めて出会ったのは、私が10歳の頃だった。
少し昔の話になるーーーー、私がお嬢様と出会う前の話。
私はローレンス領地の一番端にある、隣の領地の境の小さな街まで逃げて来た。
元は、ローレンス領地の隣の領地で、名前は知らないし知る気もない所で生まれ育ったのだけど、貧しい平民の家庭なら良かったのに、私はとある裕福な貴族の妾の子として生まれた。
私を祝福する者など誰もおらず、私を産んだ母親でさえ、産まれたばかりの私を拒絶したらしい。理由は、その貴族の父親にも母親にも似なかった顔と髪や目の色が、全てが気に食わなかったと、私の育ての親がそう教えてくれた。父親の家系に黒髪の者が居たので、父親と血が繋がっているのは間違いないと聞いた。
私を育ててくれた者は、その貴族の邸で使用人として働いていて居て、産まれたばかりの私を母親から渡されて、邸の離れにある小屋で本当の娘の様に育ててくれた。私も彼を実の父親の様に慕っていた。
ユラという名も父が付けてくれた名だった。名前すら、実の両親に付けてもらえなかったのだ。死んだも同然の扱いを受けていた。
そして父は将来、私が一人でも生きて行ける様に、いろんな事を教えてくれてた。
父が仕事でどうしても数日、私と離れなくてはいけない時は地獄だった。
外へ出歩き、運悪く正妻に見つかれば、妾の子の私を嫌う正妻に理由なく折檻を受けた。他の使用人も同じ様に、父が居ない日を狙っては小屋へ来ては、スレトス発散に子どもで無力な私に殴る蹴るの暴力を振るった。殴られれば痛い。だから、私は見つからない様に小屋の隅でひっそりと息を殺して耐える毎日だった。
私が10歳になった頃、ある日父が私に遠くへ逃げろと言って来た。
理由を聞けば、一応は血の繋がった娘である私を実の父親が私欲の為に、何処かの貴族の元へ嫁がせると言ってるのを聞いたらしい。
この所、実の父親である貴族は金遣いが荒くて借金が膨れ上がってしまい、頭を抱えていたらしい。
すると、他の貴族が娘を養子か嫁がせれば、借金の肩代わりをしてやると言ってきたみたいで、正妻との間に出来たまだ幼い5歳の娘は手放したくなかった父親は、娘可愛さから私の存在を思い出し、可愛い娘の代わりに要らない私を嫁がせる事を思い付いたのだ。なんて迷惑な話だと思った。
父はその話を耳にした途端、急いで私の元へと来て、必要最低限の荷物が入った鞄を渡して、邸から離れた領地との境にある隣の領地の小さな街まで連れて来てくれた。
「このローレンス領地に来れば安心だから、あの貴族の事は忘れて、自由に生きなさい。ローレンス領地の領主の邸へ行けば、きっとお前に仕事と住む場所を与えてくれる筈だ。聞かれた事は正直に言えばいい」
「父さんは一緒に来ない…の?」
「…すまない、ユラ。俺は…あの屑貴族に借りがある。それを返すまではお前と一緒には暮らせ、ない」
そう言って、父は私を見つめて悲しそうな顔をしていた。そして、私を残して一人であの貴族の邸へと帰って行った。
残された私は少ないお金を大切に使う為に、ローレンス領地の小さな街の路地裏で暮らし始めた。
この街の住人達は凄く優しい人達ばかりだった。
よそ者の私を警戒、軽蔑する事なく、食べ物を分けてくれたり、着なくなった衣服をくれたり、仕事も与えてくれた。
畑仕事を手伝ったり、馬の世話をしたりと毎日いろんな人が私に仕事を与えてくれて、それに見合った対価をくれたので、毎日何とか生活を送れていた。
路地裏で野宿をしていたら、小さな宿屋を営んでいた老婆が私の所へ来て、住み込みで働いてくれるなら、使っていない物置きを部屋に使えばいいと言って働かせてくれた。
今まで、父以外の人に優しくされた事がなかった私は最初は戸惑いが隠せなかったが、ローレンス領地の人達の優しさに次第に心を開いていった。
ローレンス領地の小さな街に住み始めて1ヶ月が経っても、父は一向に現れなかった。
そんなある日の事だった。偶然この街に視察に来ていたローレンス領地の領主と出会ったのはーーーー
ローレンス領地の領主カルディア・ローレンス伯爵は、ローレンス領地の領民達の顔を全員覚えているらしく、よそ者の私を見てすぐにローレンス領地の者ではないと分かったらしい。
声をかけられて、何処から来たのかと尋ねられたので、私は父の言葉を思い出し、領主に私の知る限りの事を全て伝えた。
すると、領主はすぐに私を邸へと連れて帰り、領主の娘の専属侍女の仕事を与えてくれた。
領主は「もう心配いらない。今日からお前もローレンス領地の領民だ。お前の育ての親も探しておく。何か分かれば、すぐに知らせてやろう」と言って、優しく私の頭を撫でてくれた。
私はそこで初めて心の底から安心したのか、目からは涙が零れ落ちていた。
一度、零れ落ちてしまった涙は止める事が出来ずに、どんどん溢れ出てきてしまい、今までどんなに辛くても泣いた事がなかったのに、初めて見知らぬ人の前で私は大泣きしてしまった。
あれから時は経ち、元気にすくすく育ったお嬢様と共に私も立派なローレンス家の一員になれた。
あれからすぐに旦那様に父の居場所を調べてもらった所、私を連れ出した事が貴族の父親にバレてしまい、牢屋へ閉じ込められていたが、黒騎士が父を助けてくれたお陰で、私を最初に連れて行ってくれたローレンス領地の端の小さな街で、元気そうにのんびりと暮らしている。
私はたまに父に会いに行っている。
こうして今の私が居るのも、全て旦那様のお陰で、私はローレンス家に一生忠誠を誓うと心に決めた。
私が専属侍女になってリディアお嬢様の事で気になったのはそれだけじゃなかった。
リディアお嬢様はいつもレティシアお嬢様の事を大変気にかけていた。側から見れば、異常なくらいに。
レティシアお嬢様はリディアお嬢様と従姉妹で尚且つ幼い頃から姉妹の様に育って来た。同い年ではあるが、リディアお嬢様とは全く正反対の性格で大人しくお淑やかで気弱なレティシアお嬢様はリディアお嬢様からしたらも守ってあげたくなる妹の様な存在だった。
そんなある日、ふとお嬢様の部屋の前を通ると、お嬢様の苦しむ声が聞こえて来たので、慌てて部屋に入ると、ベッドの上で眠っているお嬢様は悪い夢を見ているのか、額に汗を滲ませながら魘されたいた。
側に駆け寄り、無意識にお嬢様の手を握ると、お嬢様は私の手を握り返して、うわ言の様に何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
「私…が変えなくちゃ…、ぜっ…たいに…レティシアを…守るか、ら」
最初はお嬢様が何を言っているのか分からなかった。
けれど、リディアお嬢様とレティシアお嬢様が10歳になられた頃に、ローレンス領地から少し離れた森へとリディアお嬢様とレティシアお嬢様、ディールさんと私の四人で遠乗りへ行った時に何処からか侵入して来た盗賊が目の前に現れて、レティシアお嬢様が連れ去られそうになった。
いち早く動いたのはリディアお嬢様で、目にも留まらぬ速さで、何処からともなく取り出したナイフを正確に相手へ投げた。
投げたナイフ達は見事に盗賊に刺さり、盗賊が油断した所でリディアお嬢様は、すかさずレティシアお嬢様を保護して私へ預けると、盗賊に隙を与えずディールさんの腰に掛けてある剣を抜き取り、あっという間に盗賊を退治した。
その時のお嬢様は、顔を強張らせて怒りに満ちていた。
昔から思っていた事があった。お嬢様はいつも何かを考えていて、それを隠していた。筋トレをするのも、剣術や暗器を習うのも、全てそれがレティシアお嬢様の為に繋がる何かだと思い始める様になったのは、この時からだったのかも知れない。
レティシアお嬢様が絡むと、リディアお嬢様は目の前が見えなくなってしまう。
リディアお嬢様が少しでも安心して暮らせる様にと、私が考えた結果がリディアお嬢様の専属侍女を外れて、レティシアお嬢様の専属侍女になる事だった。
王都へ戻る事もあるレティシアお嬢様をリディアお嬢様が居ない間も誰かが守れる様に。
それは、ヴィンセント家の使用人ではなく、ローレンス領地の息のかかった者である私が適任だと思った。
そして私は旦那様に頼み込み、レティシアお嬢様の専属侍女になった。
リディアお嬢様は、最初は驚いていたが、それ以上は何も言わなかった。
旦那様も私をローレンス家の一員のまま、ヴィンセント家に派遣侍女として仕える様に私に帰って来る場所を残してくれた。
そして、レティシアお嬢様が15歳の誕生日を迎えて、暫くするとリディアお嬢様は思い立ったかの様に急に慌しく動き始めた数日後に、レティシアお嬢様が第一王子殿下の花嫁候補に選ばれたと知り、お嬢様がレティシアお嬢様の花嫁候補の試験へ専属侍女として一緒に行くと行った時はやっぱりなと思った。
お嬢様が何を隠しているのか私には分からないけれど、私はお嬢様の為にこの命を賭けて二人を守り尽くそうと心に誓った。
そして私はお嬢様と一緒に王宮へ行く準備を進めた。
__________
次回は、簡単な登場人物一覧になります。
0
お気に入りに追加
2,499
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる