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11.同じ翡翠色の瞳
しおりを挟む多忙な筈の父上の急な思い付きで、急遽王宮で舞踏会が開かれる事になった。
そうでなくても、今は色々と立て込んでいて、父上と同じくらい多忙な兄上が、いつも優しく滅多な事では怒らない兄上が激怒していたのは記憶に新しい。
「アシュリー殿下も舞踏会には出席なさるおつもりですか」
私の専属護衛であるダートが、舞踏会の出席者名簿を眺めながら僕に話しかけて来た。
「父上や兄上も出席するみたいだからな。僕も出ない訳にはいかないだろう」
今は父上や兄上、宰相も手が回らない状態で、僕もこれでも忙しいのだが舞踏会関連の仕事を任されてしまい、書類の山に埋もれながら、不機嫌に答える。
「それより、ダート。今は僕とお前しか居ないのだから、その気持ち悪い敬語は止めろ」
「わあ!俺、すっごい八つ当たりされてる?酷くない?」
僕が敬語を止めろと言った途端に、ダートは近くのソファーに腰を下ろし、ソファーの目の前にあるテーブルの上に山積みになった書類を手に取りながら、先程とは打って変わり、砕けた調子で話し始める。
ダートは騎士団長の息子で、僕の幼馴染だ。僕より二歳年上の18歳で焦げ茶色の短髪に、最も難関と言われている王族直属の白騎士の服を身に纏い、常に笑顔で愛想が良く、誰からも慕われる爽やかな印象の好青年に見える。
実際は見た目とは裏腹に、計算高くて腹黒い性格をしているのは、ごく一部の者しかしらない。
幼い頃から日々の鍛錬に励み、16歳でダートは白騎士の試験に合格した秀才だ。
本来なら兄上の専属護衛になる予定だったにも関わらず、僕の専属護衛に自ら志願してなった変わり者。何だかんだ言いながらも、一番信頼の置ける人物だ。
「まだ、デュー?とかいう人物探してんの」
「何度言わせれば分かる。ディーだ」
ダートが手に持っていたのは、舞踏会の書類とは全く関係のない『ディー』という名の人物についての書類だった。
僕は舞踏会の準備の傍ら、先日僕が誘拐されそうになった時に助けてもらった人物を探していた。
分かっている事は、名前がディーもしくは、愛称がディーの目の色が翡翠色をしている手練れた人物。
書類には、ディーに当てはまりそうな人物が書かれているが、全員違った。分かっている情報が少な過ぎる為に、調査は難航していた。
「どうしてそこまでして探す必要があんの?まあ、俺もアシュリーを助けてくれた事には感謝するけど、相手が礼は要らないって言ってたんだろ?わざわざ探すなんて、相手からしたら要らぬ世話だろ」
「それは分かっているが!大の大人四人を瞬殺してしまう力があるのだぞ。騎士団の連中も調べたが、該当する人物は見つからなかった。何処にも属せず、放浪しているくらいなら、我が国の力になって欲しいと思った、んだ…。いや、違うか…」
ダートの言っていることは最もで、否定出来なかった。僕が見つけ出したら、相手は僕が王族という事で断りづらい筈だ。
素性を隠す程、自分の正体を公にしたくない相手に、僕は父上に頼み込んででも、ディーを騎士にさせようとしていたかも知れない。相手の気持ちなど考えずに。
「はあー。相変わらず、アシュリーは昔から自己嫌悪に陥ると可愛い顔が台無しになるよな」
「…煩い。可愛いは余計だ」
黙り込んだ僕を見て、ダートは深い溜息を吐き、やれやれと言って僕の元まで来ると雑に頭を撫でて来て、綺麗に整えられていた僕の髪の毛はぐちゃぐちゃになっていた。
「はいはい。ちゃんと自分で気付けてるんだから、そこまで深く考え過ぎんな」
「分かっている。済まなかったな、ダート」
「まあ、いつもの事だから気にしてない」
「…とりあえず、ディーの件はもういい。他にも仕事は山積みだからな」
「ああ」
ダートは僕のしている事を間違っていると思ったら、必ず正しい道に導いてくれる。そんなダートに僕はいつも救われている。
僕は再び書類の整理に追われると、ダートは書類を手に考え込んでいた。
「ん~、もしもだけど。そのディーって奴はさ、黒騎士かも知れないな」
「…は?何を言うかと思えば…黒騎士なんて本当に存在していると思っているのか?あれは、幻と言われる集団だぞ」
「考えて見ろよ。素性隠して、偽名使って、偶然通りかかって、誘拐されそうになった王子助けて…それだけの力を持つのに、誰も知らない。おかしくないか?」
「確かに…」
何を考えているかと思えば、ダートは突然突拍子も無い事を言い出した。
「もし、仮にディーって奴が黒騎士なら、アシュリーを助けた事も納得出来るだろ?」
「そ、そうだが」
黒騎士とは国王陛下直属の騎士で、白騎士の様に表立った行動はせず、誰もその姿を目にした者は居ないと言われている。影で国を支え、監視をしていると聞くが、国王陛下が黒騎士について何も語らない為に存在するかも分からない集団だ。
騎士の中では、幻や伝説に過ぎないと囁かれている。
でも、ダートの言う通りだとしたら、辻褄は合う。ふと、幼い頃に父上に言われた言葉を思い出した。
『我々の見えぬ所で、国の為に働いている者達も居るのだ。お前は、その者達のお陰で今こうして平和に暮らせている事を忘れるでないぞ』
あの時は、国民が新しい物を生み出す事により、国の発展に貢献してくれていると、国民のお陰で何不自由なく暮らせているも思っていたけど、今となれば違う気もする。
なら、そう考えよう。あの者にもあの者で素性を知られたくない事情があるのかも知れない。
「そうかも知れないな…」
「なっ?」
ダートの言葉に頷くと、再び僕は仕事に戻った。
今回の舞踏会はいつもより招待人数が多くて参った。
挙げ句の果てには、招待状を全て送り終わった後に、父上が追加で招待状を出して欲しいと言って来た時は、泣きそうになった。
三大侯爵家には一番最初に出した筈なのに、国王陛下が自ら出して欲しいとの申し出に珍しいと思いつつ、父上から渡された紙を確認するとカルディア・ローレンス伯爵家と書かれていた。
あの辺境伯と言われる王都嫌いで有名な伯爵じゃないか。一応、貴族とは言っても仕事以外で滅多に王都へは来ない。父上とあまり関わりなんてなかった筈だし、あるとしたら息子の方かな。優秀な二人の息子達は王都で働いていた。
その内、一人は王宮の財務官になっている。その二人でさえ、舞踏会には滅多に顔を出さないと聞く。
「娘がいるらしいぞ。娘も父上似で王都には行きたがらないらしい。14歳らしいんだけど、社交界デビューもまだだと言っていたな」
「いや、何でお前がそんな事知ってるんだ」
「俺の情報網を舐めるなよ。ちなみにローレンス家の息子達は、シスコンで有名らしいぞ」
「へー」
「娘の外見は伯爵夫人似の美人らしい」
「そう」
ダートの無駄に詳しい情報に呆れながら、僕は特に気にせず仕事を続けた。
***
舞踏会の当日になり、書類の山も何とか全て終わらせ、舞踏会までになんとかギリギリ間に合った。
僕もダートも連日徹夜をしたせいで、当日は凄く疲れていた。出席もしたくなかった。とりあえず、ベッドで眠りに就きたかった。
が、父上と兄上も出席するので、渋々出席していた。
ダートは僕の斜め後ろに控えているが、疲れが溜まっているのだろう。欠伸を噛み殺していた。
貴族達の挨拶が終わると、兄上と僕は席を立ち、ホールに降りるとあっという間に令嬢達に囲まれてしまった。血に飢えた獣の様な鋭い目付きの令嬢達に兄上も僕もかなり引いた。
今年で20歳になる兄上は、実はまだ婚約者すら居なかった。縁談の話は毎日山の様に届いているが、他の問題に今は手がいっぱいで、そろそろ婚約者を探さなくてはいけないと思いつつも中々手に付かない。
僕に至っては、この容姿のせいで酷い目に何度か逢い、遠退いてしまっている。寧ろ第二王子なので、別に結婚しなくても良いかなと思いつつある。
婚約者の居ない僕達は令嬢達からすると絶好のチャンスな訳で、令嬢達は何が何でも僕達に取り入ろうと、舞踏会がある度に毎回の如く令嬢達の必死のアピールにうんざりしていた。
疲労がピークに達していた僕はさり気なく、兄上に令嬢達を押し付けて、近くに居た見知った顔の侯爵達と話をする。
曲が終わり、兄上の方を見ると兄上の他にも人集りを二ヶ所見つけた。そこに居たのは、瓜二つの顔をした顔立ちの良い青年達で、この国で双子の顔立ちの良い青年と言ったら、ローレンス伯爵家の息子達だろう。
見なかった事にしようと思い、僕は視線を逸らした先には珍しい銀髮の少女だった。この国で銀色の髪をしている者は少ない。そう言えば、ローレンス伯爵家の娘が来ていると行っていたなと思い、少女が一人バルコニーへ出て行く姿を確認すると、気になり後を追った。
暗闇で一人、中庭のベンチに座る少女は先程から一人でぶつぶつと何か呟いている。その姿が怖い。
不気味だから話しかける気はなかったのだが、急に少女がこちらを振り向いて来たので、それに驚いて話しかけてしまっていた。
何でも少女は人を待っていたらしく、その間考え事をしていたみたいだった。
少女は早々に立ち上がり去ろうとすると、丁度雲に隠れていた月が顔を出して、暗闇だった中庭に光が差し込む。
「綺麗なお嬢様…」
僕の姿を見た少女は口を開いたかと思うと、綺麗なお嬢様と言って来た。間違えられるのはいつもの事だが、男だと否定すると、前に何処かでした会話に違和感を覚え、話を途中で止め少女を見る。
確か、背丈や歳はこれくらいだった気がする。髪の色は分からなかったが、目の色はーーーーー同じ翡翠色をしていた。
まさか、この少女がディー?いやでも、あれは男の様な声をしていた。今ここにいる少女はあの時とは似ても似つかない声をしている。いや、女は媚びを売る時は声がワントーン高くなるからな。でも、あの時は低い声だった。地声が低いとか?
少女に何処かでお会いした事があるかも知れないと聞いて見る。もし仮に少女がディーなら、少しくらい動揺はする筈だ。ディーは僕の顔を知っている。
些細な動きも見逃さないように、僕はジッと少女を見つめたが、少女は顔色一つ変えずに否定し、バルコニーの方を見つめ、連れが来たとそそくさとその場を後にした。
ヴィンセント侯爵家の令嬢が連れという事は、やはり彼女がローレンス伯爵家の令嬢なのだろう。
ローレンス伯爵家の令嬢が去った後、すぐにダートがやって来た。
「貴方が令嬢に話しかけるなど、珍しい事もあるのですね。ですが、貴方は王子である事を自覚して下さい。こんな所で一人でいるのは危険でございます」
「ああ、済まない事をしたな。たまたまだ」
「いえ、それではホールへ戻りましょう」
ダートはいつもの砕けた口調ではなく、丁寧な口調で話すが、呆れた顔をしていた。僕は謝罪するとダートの後に続き、ホールへと戻る為に歩き始めた。
ディーといい、あの令嬢といい、僕を第二王子とは気付いていなかった。普通の令嬢なら気付き、媚を売ってくるのに。
なのに、彼女は僕に気付いた様子もなく淡々と話をし、自ら話を切り上げて去って行った。幾ら、領地から出た事がなくとも、この国の王子を知らないなんて、そんな事をあるのか?自画自賛ではないが、王子に興味がないなんて、おかしな令嬢だ。
僕が一人クスリと笑うと、ダートは振り向いて怪訝な表情をしていたが、気分が良いので何も言わなかった。
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