玩具物語

斬 龍

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プロローグ

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 『もうこの世界は終焉に向かっております』
 
 真っ暗な視界にそう半高い声が響き渡る。

 『そうですねー。そろそろ次の舞台に移行するとしましょう』

  今度は声をヘリウムガスを吸って喋った様な気持ち悪い声のトーンがそう語る。

  『今生き残っている玩具達はどうちますか?』
  『適当に理由を付けて自然に魂を次の舞台に移行させましょう。せっかく残ってる玩具達ですから』


  俺には全く理解が出来ないその会話であったが、それよりも今、この状況が理解出来ない。ただただ視界が漆黒に包まれ、姿すら確認出来ない何者かが訳も分からない話をしているこの状況が。


 『あ、玩具に話を聞かれてちまいました』
 『別に良いでしょう。どうせ理解などできないですから』

 
  俺がその会話を聞いていた事を、謎の声の主達は気付いた様だが、一体彼等はどこに存在するのだろうか。なんて事を薄っぺらく考えていた時に、俺は現実へと意識を戻される。

ーー「おい!」

  漆黒の原因は至って単純だった。
  瞼が覆い被さっていたというだけの事。

  そして、先程の謎の会話は夢であった事も直ぐに理解出来た。

  瞼を開くと険しい顔をした豚を二足歩行に進化させた様な生き物がこちらを睨みつけながら声を掛けてきたのだ。

  「いつまで寝とるんじゃ、もう到着するぞ」

  険しい顔をした二足歩行の豚…、まぁそれが最も彼を表現するのに適しているのでご理解頂きたい。二足歩行を可能にした豚だ。【ピグー族】と呼ばれる種族で、正に豚の進化系二足歩行生物である。手足は人間よりも短いが、野生の豚よりは二足歩行に適した長さに進化している。そして俺を睡眠という人間の三大欲求の1つに終止符を打ったこの豚…じゃなくてピグー族は、俺達の仲間でリーダーでもある。

  名を【プルグ】と言う。ピグー族のプルグ、背は140センチ位だろうか。性別は男で見た目は豚。ちゃっちい茶色い布を服代わりに身に纏い、歳も50歳は超えているらしい。

  プルグと俺、それに他の仲間も合わせてこれから仕事に取り掛かる所だった。プルグの所有する飛空挺に揺られながら、仕事の目的地へと向かう道中に俺は眠りについてしまったらしい。

  プルグは険しい顔を崩さずに俺を怒鳴る様に強く罵声を交えて言葉を吐き捨ててくる。

  「お前は緊張感が足りんのだ!緊張感が!今回の仕事がどれほど重要で大変か全く理解しておらん。馬鹿者め」

  プルグの激しい口調も、寝起きの俺にとっては効果半減。あくびをしたら更に火に油を注いだらしく、より強い口調で俺に言葉の雨を降らせる。

  「失敗したらお前の命もおいらの命も無いのだぞ!理解しろ馬鹿者め。ちゃんと分かっておるのか若造が」

  飛空挺の倉庫の一室で横になっていた俺はヒョイっと身体を起こし立ち上がり、プルグの質問に答える。

  「分かってるよ、プルグ。【王女殺し】。それが今回俺達に課せられた仕事だ」
 「それがどれだけ難しいかも理解しておるのか?」

  どうも俺は仕事に関して信頼が薄いらしい。これまでも結果はしっかりと残してきている筈なのに…まぁ、それも仕方ないと言えば仕方ないか。俺は自由人だし人の話をしっかり聞かないし、考えれば信頼されるネタが無さすぎるかな。
  
  「分かってるよ。それこそ大国に侵入する事すら難しい事も。でもそこは既にプルグが色々手を打ってあるんだろう?」

  プルグは仕事の出来る男である事は間違いない。豚の進化系の癖に頭のキレが良いし、冴えてる。あまり個人の戦闘能力は秀でていないが、それを補えるほどの戦略家である。

  「おいらが出来る事は、自然に王国に侵入する所までだ。実際に手を下すのはお前達の仕事だ。王女の護衛達と戦闘になるのは極めて高いしのぅ。おいらが足手まといになるのはごめんじゃわい。あと数分で到着するから、支度しておけよ」


  そう言葉を残してプルグは去っていった。

  襟付きの黒シャツに七分の白いズボンが俺の基本コーディネートである。胸元には三日月の形をした紫色のネックレスを常に身に付けて。

  (さぁて、今回の仕事は中々骨が折れそうだ…)

  そう思いながら俺は天高く両腕を伸ばして、深呼吸をしたのだった。
  

  ここで先に自分の事をさらっと紹介しておくことにしよう。俺の名前は【フェクト・ロイル】。皆はフェクトと呼ぶが、そんな事はどうでもいいか。

  俺は盗賊である。それも割と有名になってしまった盗賊団の一員だ。

【アルクトゥルス】。これが俺達、盗賊団のグループ名という訳だ。これまで数々の国に忍びよっては悪さを働き、その悪さ加減が裏の社会に住む奴等に知られ渡り、最終的にそういう裏の社会の奴等から仕事を頼まれる様になって3年という月日が経過した今日。

  
  そして、今回そんな裏の社会の奴等(あくまでも、依頼主に関しては推測に過ぎないのだけれど)の依頼を受けて遥々縁もゆかりもない王国に足を踏み入れる次第になったわけだが…

  
  今回の依頼は難易度Sランクの高難易度の依頼で、我がアルクトゥルスのメンバーも総動員で依頼の遂行に当たる事となった。

  依頼内容は、【王女殺し】。

  当然犯罪という概念はこの世界にも存在する訳で、俺達は晴れて罪人への階段を登り始めている訳だが、罪人という括りで行けば既に結構目立つ騒ぎをこれまでもして来たので、今更何を罪人になる事を恐れるのかと突っ込みたくなるところだが、違うところはやはり、人を殺すという事。

  罪は罪でも、他人の命を奪った事なんて一度もないし、俺がこの盗賊団に入ってから、そんな依頼は一度も無かった。とは言ったものの、人こそ殺した事が無いだけであって、他の種族だったり、野生の動物だったり、虫だったりと、命自体を絶った事が無いのかと尋ねられれば、首を縦にはふれまい。


  同じ人間を殺すという事がこんなにも胸糞悪いものだと、殺す前から思うとは、やはり人間という生き物は、人間という種族が大好きだからなのだろうか…

  そんな事を考えているうちに、我がアルクトゥルスのアジトであり交通手段の1つでもある飛空挺は、目的地に到着する。


  平和の王国、【ピースクライル】。争いを好まず、他の国々との関係も中立性を強く強調するその王国は、外からは「平和ボケした国」としても有名な王国である。

  残念ながら、俺達が生きるこの世界はそんなに平和では無い。争いが偽りの平和を各国にもたらしていることに、この国は気付いているのだろうか?

ーージリジリジリ!!

  倉庫の壁に備え付けられている受話器の様な形をした物の近くで、ベル音が鳴り始めた。俺はその受話器を取り、王国到着の連絡を受ける。

  『フェクト!作戦通りやってくれよ!』
  「分かってるよ、プルグ。直接、舞台ステージへ向かえばいいのか?」

  『そうだ!10分後に開演としよう!さらば!』

ーーガチャン!!


  勢い良くプルグが受話器を置いたせいで無駄にうるさい音を耳に聞いてしまった。耳が痛い。

  と、ふざけている場合でもないか。俺は倉庫を出て、作戦通り舞台へと向かった。


  舞台といっても、あくまでもこの飛空挺の一部である。この飛空挺の一部には演劇を行える様な設備が整っている区画があり、この設備も仕事をする上で、とても重要な役割を担っている。


  俺達は盗賊団であると共に、様々なパフォーマンスを各国に披露しているエンターテイナーでもあるのだ。当然ながら、そのエンターテイナーの集団名もアルクトゥルスである。

  今回も他の国や街で行った時と同様に、飛空挺を停めるエアポートの周りを特別に観客席などを設置した特設会場にでもなっているんだろう。俺はそう思いながら舞台のある区画に入り、舞台脇で集まる他の仲間の元へと足を進めた。


  「相変わらずギリギリなのね。フェクトわ」

  茶髪のロングヘアーが特徴の華奢な身体つきをする女の子、メイリが最後に到着したと思われる俺にそう声を掛ける。

   「これが俺のやり方なんだよ。所で今日は何の演目をやるんだっけ?」

  メイリの挨拶に、軽い口調で言葉を返すと、メイリは呆れた様な顔をしながら俺の肩に手を置く。

  「フェクト君。一応副現場責任者として一言言うけど、いつも直前まで演目を知らないのはやめなさい。世界から私達の公演を楽しみにしてる方々がいらっしゃるのよ?もっと自覚を持って」

  「まぁ俺達、盗賊だけどな(笑)」

  「まぁいいけど…何だかんだ本番に強いしねフェクト。今日は【亡国のパンドラ】が演目よ。主役は宜しくね」

  「【亡国のパンドラ】かぁ。久しぶりだな、この演目」

  「変なアドリブいらないからね?」

   メイリがそう最後に俺に告げた時に、舞台脇に設置してある受話器の様な物からジリジリジリとベルの音が鳴り始める。メイリが受話器を取り、恐らくコクピット近くにいるプルグと連絡を取っているのだろうと勝手に推測をする。


  そして、飛空挺の動きが止まり、外から大きなアナウンスが聞こえ始める。


ーー『皆様お待たせ致しました。間も無くアルクトゥルスの公演が始まります!』ーー


  そのアナウンスが聞こえなくなった辺りで、メイリも受話器を置いて俺達の方に近付いてきた。


  「それじゃみんな、【亡国のパンドラ】宜しくね」
  
  俺を含めた仲間達、10人程の仲間達は静かに頷いた。

  各々持ち場につくために移動を開始する。残念ながら俺は主役であっても登場まで暫く時間を有する為、この舞台脇でみんなの公演を観る事になる。

  メイリが一人、舞台の中心で立ち、舞台の幕が上がるのを待つ。舞台の照明は消え、漆黒に視界が包まれる。外のざわめきもだんだんと静かになり、そして外も舞台に身を潜める俺達アルクトゥルス側も静寂に飲み込まれた。

  さて、今からひと演技してきますか。

 ーー『【亡国のパンドラ】、開演です!!』ーー

大きなアナウンスと共に舞台の幕が上がった。



  

  

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