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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(61) 母の思い、、不吉な予感。
しおりを挟む龍太が公に麻美の挑戦を受けると発表してからというもの、佐知子は色々考えると眠れない日々が続いていた。
「お母さん、家にいると私情が出て集中できません。麻美との一戦が終わるまで柔道部の寮で過ごします」
龍太にそう告げられた。
龍太は今井がトレーナーを務めるジムで指導を受けるわけにはいかない。
それは今井にとっては、継父とはいっても、龍太も麻美も同じ自分の子どもなのだから当然だろう。
「お母さん、大晦日のお兄ちゃんとの試合が終わるまでは帰らない。お母さんの顔を見ると私情が、、、」
麻美もそんなメールを送ってきた。
(血の繋がった兄妹が戦うってことはそういうことよ。何が宿命よ...)
佐知子は悩んだ末に腹を括った。
そして、5月末にふたりを呼んだ。
「お母さんも腹を括った。もうこうなったらとことんやりなさい! どちらが勝っても負けても恨みっこなしよ。それから、これはお願いだけど、負けた方は格闘技界から身を引いてほしい。
それでも続けたいっていうなら、もういない子だと思って親子の縁は切るわよ。これ以上心配したくないの...」
龍太も麻美も真剣に母の話を聞く。
母の気持ち覚悟を思うと胸が痛む。
ふたりとも、母の言うとおり負けたら格闘技を辞めるつもりだ。それだけの覚悟を持って兄妹決戦に臨むのだ。
佐知子はふたりの表情を見ながら色々考えていた。そして、心配していることを龍太に目を向け言った。
「龍太! これは変な意味にとらないでほしいんだけど、、もし、お前が麻美に負けるようなことがあっても長男であることに変わりはないの。決して恥じることなく堂々としていなさい」
「は、はい!」
今度は麻美に目を向けた。
「麻美! 分かっているとは思うけど、
例えお兄ちゃんに勝ったとしても、お前にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんなの。尊敬の心は失わず、見下すような態度をとったら許さないわよ」
「わ、わかってます!」
そんな母子のやり取りを黙って聞いていた今井宗平は思った。
(佐知子は兄が負けることを恐れているんだな。男がリングで女に、それも妹に負ければどんなに屈辱的だろうか?それは理屈じゃない。彼の長い人生にどんな影響を及ぼすか計り知れない。
そして、佐知子なりの予感めいたものがあるのだろう。龍太は心が優しい。
それは勝負事には裏目に出る。勝つのは兄ではなく妹だと...)
今井も、あのダン嶋原をKOした麻美の実力はNOZOMI的なものを感じる。
龍太は甘い、麻美は非情なのだ。
そして、佐知子は最後に言った。
「これはお願いじゃなくて約束してほしいの。大晦日の試合が終わったら二人して元気に帰ってきなさい。そしてみんなでお喋りして大笑いしながら御節料理を食べようね」
龍太も麻美も俯いて涙を堪えていた。
そして、ふたりは去っていった。
佐知子はなぜか胸騒ぎを覚えた。
不吉な予感がするからだ。
(これは気のせいよ。きっと来年のお正月はみんなで笑い合える...)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
(ちょっと残酷だったかしら?)
堂島龍太が麻美の挑戦を受けると発表するとNOZOMIはそう思った。
(でも、それしか方法がないの...)
NOZOMIだって、兄と妹がリングで真剣勝負するところは見たくない。
どちらかが引いてくれれば良いと考えてもいた。でも、麻美は絶対に引かない性格だと分かってはいる。
兄の龍太が引いて妹にNOZOMI戦を譲るかもしれない、、と、期待した。
でも、実現してしまうのだ。
(これが宿命ってもんね...)
そこでNOZOMIは思い直した。
あの堂島兄妹のことは、どちらかが勝ち上がってきたら考えればいい。
NOZOMIにとっても今度の相手、植松拓哉は生半可な相手ではない。
『氷点下の男』 無口でいつも静かな男であるが、リングに上がれば冷静沈着で非情に徹する。
レスリング、ボクシング、柔術のバックボーンがあるオールラウンダー。
今まで、村椿和樹、ダン嶋原、渡瀬耕作、権代喜三郎といった強豪男子選手と戦ってきたNOZOMIだが、それぞれ弱点があった。
(ある意味、植松さんは渡瀬さんより怖い。渡瀬さんは女は殴れないといった心の甘さがあった。植松さんは...)
NOZOMIの思案は他にも及んだ。
NLFSの今後のことだ。
NOZOMIはあと2戦したら引退する。
そうしたら、もうNLFSの経営は他の者に任せたい意向なのだ。
本当ならNOZOMIの後継者は堂島麻美なのだが、格闘家としては有能でも経営者としてはどうか?
それに、もし、兄との試合に敗れれば退校してしまうような気がする。
勝ってもNOZOMIとの一戦が終わればどうするつもりなのだろうか?
鬼コーチだった鎌田桃子は、プロレスラーの権代喜三郎と正式に結婚することが決まりスクールを辞める。
NOZOMIの片腕として頑張ってもらい感謝いている。鎌田桃子にはシアワセになってもらいたいと思うのだった。
彼女の代わりはシルヴィアがやってくれるだろう。
ふと、NOZOMIは未だデビュー出来ない榊枝美樹のことが頭に浮かんだ。
(実務的なことに関しては、美樹はとても有能だわ)
色々なことがNOZOMIの頭の中を巡った。NOZOMIには次の夢があった。
植松vsNOZOMI、龍太vs麻美が行われる大晦日の大会前に夏の大会がある。
そこで、また二人のNLFS女子格闘ファイターがデビューする。
時代は移り変わる。
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