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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(29)NOZOMIの遺伝子、美沙子と瞳。
しおりを挟む『G』主催の夏の格闘技戦。
NLFSの門出、去年大晦日での異性格闘技戦では男子勢の前に3連敗を喫した女子勢だったが、格闘技ファンはこの大会で衝撃を受けることになる。
今回はNLFSの大将NOZOMIは出場しない。というより、男子は彼女に恐れをなし対戦相手が見つからなかった。それも当然だろう。あの総合格闘技無差別級元王者だった渡瀬耕作を敗れたとはいえKO寸前まで追い込んだ女子なのだ。オファーを受ける男子はいない。
今回、NOZOMIはNLFS所属選手3人の試合全てセコンドに就く。
まず、NLFS練習生である謎のムエタイ少女がベールを脱ぐ。
彼女の名前は高知県出身で天海瞳という。小さい頃から気が強く女の子ながらキックボクシングに夢中。
その圧倒的才能が日本に来日していたムエタイトレーナーの目に止まった。
NLFSのトレーナーにも招かれたバッキー氏である。
奥村美沙子がNOZOMIの柔術を受け継ぐ遺伝子ならば、天海瞳はNOZOMIのムエタイ技術を受け継ぐ遺伝子。
そんな触れ込みでリングに上がった。
とはいっても、彼女はまだ14才の中学二年女子にすぎない。
相手はキックボクシングバンタム級で活躍するベテラン丸岡聡。
戦績は37戦16勝(7KO)18敗3分。ここのところ3連続KO負けと不調が続いており、年齢も32才と後がない。それでもそれなりのキャリアはある。
そんなキャリアを誇る男子プロキックボクサーと、中学二年生女子の真剣勝負は危険との判断でヘッドギア装着、12オンスのグローブで3分2ラウンド、エキシビションマッチ。
試合は54kg以下ルールで行われた。
計量では丸岡聡165cm53.5kg、天海瞳は164.5cm52.5kg。
向かい合うとほぼ同体格である。
ここのところ負けが混んでいるとはいえ、このオファーが来た時、相手が中学二年生の女の子と知ると丸岡は “俺をバカにしているのか!” と、烈火のごとく怒ったという。
それでも色々説得を受け(エキシビションマッチならいいか...)悩みながらも受けた。それに天才ムエタイ少女がどんなものなのか?興味もあり、何よりもギャラが魅力的だった。
丸岡聡は女の子相手に軽く受け流し、それでいつもより倍のギャラを貰えるなら儲けものとリングに上がった。
だが、現実はそんなに甘くなかった。
様子を見ようと余裕で構える丸岡の顔面にいきなりジャブが飛んでくる。そこへ右フックも飛んできた。ヘッドギアの上からでも切れ味のあるパンチに丸岡は驚く。(これが、中学生女子のパンチなのか? 信じられない...)
天海瞳はエキシビションマッチといっても茶番のつもりはなかった。
(こんな負けが込んだロートルキックボクサーなんて絶対に倒してやる!)
瞳は気が強い。
相手が男子キックボクサーであろうと何も恐れずガンガンヘッドギアの上からパンチを打ち込み、その下半身に思いっ切りローキックを叩き込んだ。
女子中学生に追い込まれた照れなのか?丸岡は口元に笑みを浮かべながら反撃を開始した。
(速い!)
丸岡のパンチもキックも当たらない。
瞳は丸岡のゾーンに入っては下がり、下がっては入った。その度にローキックがビシッビシっと丸岡の下半身に決まる鈍い音がした。
(この少女はガチできてるな。エキシビションではないぞ...)
焦りはじめた丸岡は、女の子相手に半ば本気になって反撃するのだが当たらない。逆に追い込まれロープを背負うことになる。そこへ容赦なくローキックが飛んでくる。
苦しくなった丸岡は恥も外聞もなく瞳の身体をホールディングしクリンチから故意に投げ飛ばした。
イエローカードを受ける丸岡聡。
そこで1ラウンド終了のゴング
そして、第2ラウンドが始まった。
全国の格闘技ファンはムエタイ少女天海瞳に衝撃を受けることになる。
もうエキシビションマッチだなんて言っていられないほど瞳の攻撃は激しく丸岡は本気になった。
(中学生女子にKO負けしてしまったら
俺はもう外を歩けなくなる...。それにこのままだとイエローカードを受けているので判定負けになる)
五分五分の真正面からの打ち合いになったが、瞳のスピードに丸岡はまたロープ際に追い込まれた。
クリンチで逃げようと首相撲になったときである。
グサッ!
ムエタイ特有の首相撲からの膝蹴りが丸岡の内蔵を抉った。
リング上でゴロンゴロンとのたうちまわり地獄の苦しみを味わう丸岡聡。
まるで、NOZOMIの膝蹴りを受けてリングに横たわった村椿和樹の再現を見ているような光景であった。
そのまま丸岡聡は10カウントまで立ち上がることが出来ず屈辱のKO負け。
天海瞳!まさにNOZOMIの遺伝子。
驚くべきことに、まだ中学ニ年14才少女が歴戦のキャリアを誇る男子キックボクサーを沈めてしまったのだ。
観客は恐るべきムエタイ少女の出現に声も出せずにいた。
ムエタイ少女天海瞳のデビュー戦は、ある意味、17才女子高生NOZOMIが堂島源太郎を絞め落とした時、18才女子高生シルヴィア滝田が巨漢雷豪の顔面を砕いた時以上の衝撃だろう。
中学二年の女子なのだから...。
丸岡聡にとっては、一年半前迄まだ小学生だった女の子に屈辱のKO負けをしたわけであまりにも残酷な結果だ。
さて、NOZOMIのムエタイ遺伝子の次は柔術遺伝子の奥村美沙子の登場である。彼女も驚くべき柔術マジシャンぶりを満天下に示すことになる。
一昨年の大晦日格闘技戦でデビューした奥村美沙子は、マスターズレスリング45才以上の部で全国3位になった小杉稔と熱戦を繰り広げた。
最後は疲れの見える小杉を追い込んだものの時間切れのすえ判定負け。
当時はまだ16才の高校一年。あれから1年半、、彼女ももうすぐ18才の高三になった。NLFSでトレーニングを積むと急激に進化したとの噂だ。
今回の相手はMMAデビュー戦となる増渕哲人23才。彼も美沙子同様柔道をバックボーンとするが、アマチュアの小さな総合格闘技大会ではそこそこ実績がある。プロデビュー戦の相手が女子高生と知り渋ったがジムからの命令では逆らえない。
63kg以下契約。
5分3ラウンドでの総合ルール。
計量では、増渕哲人 172.5cm 62.5kg
奥村美沙子 172.5cm 61.5kg
ほぼ同体格である。
小杉稔戦では打撃なしのクラッチルールで戦った美沙子だが、今回は何でもあり。しかし、しっかり総合の練習は積んでおり対策も練ってきた。
女子高生相手にやりにくさと緊張で落ち着きのない増渕に、静かで無の表情の美沙子。美沙子は試合前から完全に年上の男子を呑んでいた。それは油断ではなく良い意味での自信だった。
(相手の増渕さんは、どうやら美沙子の相手には役不足みたいね。今日は全国のファンに、美沙子のファンタスティック柔術をお見せするだけ...)
セコンドに就いているNOZOMIはそんなことを思っていた。
ゴングが鳴ると、増渕は緊張の面持ちでオープンフィンガーグローブをボクシングの構えでジリジリ出てくる。
美沙子はそれを低い構えで下から見上げる。増渕が軽くジャブとキックを繰り出し引っ込めた瞬間だ。
さっと、美沙子の胴タックルが決まり腰投げから増渕を倒すと馬乗りになった。そのままマウントから首筋に肘を当てギロチンチョークの態勢だ。
これが極ったら終わりだ。
増渕は美沙子の肘を外そうと両足をバタバタさせながら必死に逃れようともがくが外せない。
美沙子は意味ありげな静かな笑みを浮かべると肘を外して立ち上がった。
そして、増渕が立ち上がるのを待つと
“ かかって来なさい!” のポーズ。
極めようとすれば極っていたのは明白だった。美沙子は明らかにこの試合を楽しんでいる。
(この女の子は俺を舐めているのか?バカにしやがって!)
増渕はカッとなったが、それでも組技になれば不利と思ったのか、打撃戦に持ち込もうとするも、のらりくらりと交わされ気が付けば後ろにまわり込まれ背後からのスタンディングチョークスリーパー。
あのNOZOMIが堂島源太郎を絞め落としたのと一緒だ。まさにNOZOMIの遺伝子を受け継ぐ雌蛇である。
それでも美沙子は極めることはせず、増渕の身体をまるで練習台のように自由自在に支配すると数々の技を繰り出し観客に魅せた。
強い! なんだこれは...。
これは柔術ファンタスティックマジシャンだ。小杉稔戦の時とは全然違う。
最後は増渕に馬乗りになると関節技や絞め技ではなく、拳をゆっくりその顔面に数発振り落とした。
鼻血を流している増渕を見ると、美沙子は殴打を止めレフェリーに向かって “もう勝負は決まったわよ” という表情で首を大きく横に振った。
(実況)
「奥村美沙子強い! 1ラウンド4分44秒、レフェリーストップにより増渕哲人にTKO勝ちです。我々はその間、奥村選手の魔術をずっと見ていたようです。NOZOMIが、彼女はNFLS将来のエース候補と語っていたことがありますが本当に凄いテクニックだ!」
敗れた増渕哲人はそのMMAデビュー戦で、女子高生にまるで実験台のように遊ばれた末のTKO負け。
この屈辱が今後の彼の格闘技人生にどう影響するか? 心配である。
雌蛇の遺伝子。
戦慄のムエタイ少女天海瞳、柔術マジシャン奥村美沙子にファンは度肝を抜かされたのだが、次は褐色のモンスターガール、シルヴィア滝田の総合選手としてのデビュー戦が始まる。
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