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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(21)渡瀬耕作引退試合。
しおりを挟むG主催の夏の格闘技大会が終わり一週間後のことである。
日本総合格闘技界最強の座を10年近くに渡って守ってきた渡瀬耕作がマスコミを集め引退発表を行った。
「もう、私の時代ではありません。現王者の大田原さんは私より10近く若く本当に強い。それに、川上力くんという新たなスター候補も出てきました。彼らに勝つ自信はもうないし、毎年、夏と年末の大会に向けて身体を作っていくのも難しくなってきました。そこで、この年末の大会を最後にリングを降りたいと考えております」
「つまり、引退試合ということになりますよね。その対戦相手は?」
しかし、それは未定だと言う。
大田原慎二と川上力は、年末格闘技戦のメインになるだろう。この2人以外で偉大なる渡瀬耕作の引退試合に相応しい相手が見当たらない。
そこに、変わり者で有名な国進スポーツ荒木記者が質問。
「渡瀬さんも、今、世間で話題のNLFSのことはご存知だと思いますが、彼女らのことをどう思いますか?」
「はい、私も彼女らのことは注目しています。NOZOMIさんにリスペクトする気持ちもあります。でも、私も男としてこのままでいいのかな?というのが正直な気持ち。誰か彼女を倒す男子選手が出てきてほしいですね..」
その言葉に荒木記者が反応した。
「それじゃ、NOZOMIさんも相手がいないというから、渡瀬さんの引退試合の相手にどうでしょうか?」
そこで、どっと笑いが起こった。
「いや、まあ、、私は無差別重量級ですからね。184cm 93kgありますからね。やってみたいけど、30kgも違うし無理があると思うなぁ~、ハハハ」
このやり取りは渡瀬もマスコミ各社も冗談だと思っていた。
しかし、渡瀬もNOZOMIも大晦日に向けて対戦候補が見当たらない。
渡瀬耕作の “やってみたいけど” という言葉にNOZOMIが反応した。
「渡瀬さんが私とやってみたい? 是非やりましょう。ウェートは無差別級でやればいいと思います。うちのシルヴィアだって、自分より3倍近く重い雷豪さんと戦ってKOしました。渡瀬さんの引退試合の相手に立候補します」
NOZOMIの渡瀬への挑戦発言に反応したのがダン嶋原だ。
「大晦日の格闘技戦でNOZOMIと戦うのは俺だ! 最近練習を再開したし、それだけを目標に今までジッと耐えてきたんだ。俺から逃げるなNOZOMI」
風雲急を告げる。
そんなダン嶋原が復帰宣言をするためにマスコミを集めて会見を行った。
NOZOMIに鎖骨を砕かれ手術をしたあと、必死にリハビリを受けると若い肉体は思ったより早く回復してきた。
そして、7月に入ってから復帰に向けてトレーニングを再開したのだ。
「あのルールでNOZOMIに負けたら切腹もんかと思っていましたからね。引退も頭にありました。でも、傷が癒えてくるに従い悔しさが満ちてきた。大晦日格闘技戦の彼女の対戦相手に名乗ろうとずっと考えてきました。悔しいけど総合ルールでは自信がない。肘も膝もありでいいから、もう一度キックルールで戦いたい。もう、男だ女だは関係なく負けることも恐れない。真摯な気持ちで戦いたいんです。頭を下げてでも再戦をお願いしたい...」
「でも、NOZOMIさんは渡瀬耕作さんの引退試合相手との噂もあり、嶋原さんも大晦日に間に合いますか?」
「いくらNOZOMIが魔女のように強くてもあの大きく強い渡瀬さんと女の身で戦うのは危険だ! シルヴィア滝田が元幕内力士と戦ったのとは意味合いが違います。それに渡瀬さんも受けないでしょう。僕も大晦日を目標にトレーニングを積んでいます。必ず間に合わせます。僕はNOZOMIを尊敬する。その上でお願いしたい。今度は女に負けたら恥だなんて露程も思わない。純粋に彼女ともう一度戦いたい」
その会見上に突然謎の男が現れた。
上下ジーンズスタイル、黒いキャップを深々と被りそこからボサボサの長髪がはみ出して顔は髭もじゃだ。
男は帽子のひさしを少し上げると、嶋原に底なし沼のような暗い目を向けニヤッと笑った。
「久しぶりだな、嶋原くん...」
「あ、あなたは、、村椿さん?」
以前とは全然雰囲気が変わったようだが紛れもなくあの村椿和樹であった。
「嶋原くんの気持ちは分かるが、大晦日まで半年もない。間に合っても万全ではない。中途半端で再戦するなら少し時を待て...。大晦日は俺がNOZOMIと戦う。復帰ではなくそれを俺のラストファイトにしたい。勝っても敗けてももう一度彼女と戦わないと一生悔いを残す。今回は俺に譲ってくれ!」
話し方まで以前と変わったようだ。その表情も不気味さが漂う。
大晦日に向けて相手が見つからなかったNOZOMIだが、事態は複雑な様相を呈してきた。
NOZOMIとしてはどうしても渡瀬耕作の引退試合の相手を努めたい。
引退してしまう渡瀬耕作と戦うチャンスは今回しかないからだ。
重量級の男子総合格闘家、絶対王者だった渡瀬耕作の強さは重々承知している。勝てる見込みは全くない。
それでも戦いたい、嶋原や村椿との再戦は来年でもいいじゃないかと思う。
しかし、ダン嶋原の復帰宣言会見で見た嶋原と村椿の様子にハッとした。
嶋原は「負けることを恐れない。真摯な気持ちで戦う」と言った。そんな無心な気持ちで来られたら怖い。それから村椿の表情、底なし沼の様な不気味で暗い目は彼の内面の変化を感じる。
(再戦ということになれば、ふたりとも今度は多少私の距離感やリズム感をつかんでいるだろう。キックルールでは今度は勝てないかもしれない...)
その後、紆余曲折を経ながら9月になると『G』の方から大晦日格闘技戦のカードが発表された。
メインは予想通り総合格闘技無差別級王者大田原慎二と渡瀬耕作を破った若手川上力の試合。
その前にNOZOMIの新団体NLFSが殴り込みをかける男女決戦3試合。
まずは鎌田桃子が人気男子プロレスラーのウルフ加納に挑む。
そして、ケンカ空手少女シルヴィア滝田が復帰する村椿和樹とキックボクシングルールで戦う。村椿はNOZOMIとの再戦を希望していたが、このケンカ空手少女に勝てば来年の再戦を約束に決まったのだ。
メインの前に行われるのは、前総合格闘技無差別級王者渡瀬耕作の引退試合で相手はNOZOMIに決まった。
最初は渋っていた渡瀬だが、ファンからの要望が強くNOZOMIからも再三のラブコールを受け、他に彼の引退試合に相応しい相手も見つからず人の良い彼は断れなくなっていったのだ。
残念ながらダン嶋原は、大晦日での復帰はドクターから許可が出なかった。今回はキック団体Fを辞め一匹狼になった村椿和樹のサポート、当日もそのセコンドを努めることになった。
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