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にけ❤️nilce

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深夜徘徊する子供

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 神棚のある座敷で私と弟は布団を並べて眠っていました。

 弟は深夜三時を過ぎると起き出して、隣の座敷でこっそりテレビゲームを始めます。
 だから私はそれより少し前、深夜二時には密かに家を抜け出して夜の散歩をするのです。


 布団を剥ぐと弟の寝息を確認し、私は玄関に向かいます。
 靴を取りに行くのです。

 床がきしむといけないので、廊下を避け、隣の座敷に入ります。
 畳の縁を踏み(そこは確かに硬いから絶対にきしまない)歩きます。
 眠っている座敷には神棚が、隣の座敷には仏壇がありました。

 私は悪魔の子なので、縁を踏んで歩いていいのです。
 神の加護は私の外側にある。
 だから神も仏も一人抜け出していこうとする私を咎めることはないのです。

 玄関から、運動靴を持ち出すと私は、元のルートを辿って引き返します。
 玄関の引き戸は開けるとキュルキュルと音を立てるので、そこからは出られないのです。
 それにそちら側から出ると道を挟んだ隣の家の犬がうるさい。


 靴を胸に元の座敷へ戻ると、掃き出し窓を静かに開け裏庭に出ました。
 部屋のすぐ向かいに別棟があるので窓の脇にはつっかけが置いてあるのですが、大人用なので散歩には適しません。
 私はうんと遠くまで行かなければならないのだから、しっかりとした運動靴を履く必要があるのです。

 外の空気は汗ばんだ腕をくすぐるようです。
 私はやっと羽根を伸ばすことができるのだ、と思います。
 きっとそれは闇に似合う漆黒の羽根。
 コウモリのように美しい曲線をしているはずだ。
 一度も見たことはないけれど、私には、ある。

 月が明かるければいいなと空を見上げます。
 別棟の屋根やウバメガシの木が邪魔をして空はほんの少し覗くだけ。
 北斗七星、カシオペア。
 こんな小さな空には見つけられない。


 演劇クラブで何度も演じた夏の大三角形と天の川のお話を思い浮かべます。
 瓜を縦に切るか横に切るか指示をする、誰かの役。
 私のセリフはたった一言。

「タテ」

 これを3回繰り返す。
 まるで呪文のように。


 私は裏庭を突っ切ります。
 ブロック塀の苔の色が、私の味方です。

 裏庭には鉄製の扉があって、私はそれに足をかけ、静かに乗り越えます。
 扉のオレンジのペンキは剥げていて、握ると手のひらに鉄錆がつきます。
 私は触れるたび、必ず手を鼻に寄せて匂いを嗅ぎました。


 裏庭から出ると周囲は畑ばかり。
 自転車で上りきれないような急な坂道があって、その道沿いに腰の曲がったおばあさんが一人暮らしをしている家が一軒あるだけ。
 街灯などありません。
 田舎の山に突き当たるだけの道。
 こんなところ誰も通らないからです。

 田んぼの畦は草が深くて足を踏み入れるのは恐ろしかったのでアスファルトの真ん中を歩きました。
 多分畦には蛇がいて、私はそれを踏んでしまうのだ。
 私はそれをありありと思い浮かべることができました。


 父は昔畑に出た蛇を唐鍬で真っ二つにしました。
 その後頭蓋を唐鍬の根元で潰してしまいました。
 覗き込もうとすると父はそれを山へ投げ込んでしまいました。

 きっと蛇は悪魔の味方だから(でも神の使いとも言うよね)、私は蛇が好きでした。
 けれど蛇は私が蛇を殺した男の娘だと知っているのです。
 だから蛇は私を許さないと思うのです。
 私は山に覆いかぶさられるようで恐ろしくなりました(山には神がいるのです)。



 坂をズンズン下りていき、道なりに曲がりながら進み続けると何軒か家が立ち並ぶ通りに出ます。
 坂の最後はT字路。
 突き当たりに見える自販機の光。
 ジュースの自販機の隣にはカロリーメイトの自販機がありました。
 私はいつかそれを買って食べてみたいと思っていました。
 私にはまだ自由になるお金なんてほとんどありませんでした。


 私が歩いてきた静かな道は夢の延長でした。
 私は眠っているのです。
 ここから先は人の世界。


 白々とした灯りの中へ私はいけませんでした。
 いけば、私は光に溶けてなくなってしまうかもしれない。
 闇の中で私はようやく世界と二人きり、輪郭をはっきりと感じることができたのだから。
 息をすることができたのだから。

 しばらく逡巡し憧れのように光を眺めて私は帰路につきました。
 いつもここまで。
 ここまでだ。

 胸の前で腕を組み手のひらで両腕をさすり、私の境界をなぞります。
 私と、私でないもの。
 くっきりとした輪郭。

 私は再び暗闇に目を慣らし、満天の星空を見上げました。
 そこにあるのは当たり前の夜空でした。
 遠く離れた今思うと、故郷の空は零れ落ちそうなほどの星をたたえていたのだけれど、その時の私にはそれが普通でした。


 裏庭の扉の前まで戻ると、肺が空気を全く入れ替える!と思いながら深呼吸し、扉に足をかけました。
 扉が揺れてブロック塀にあたるかすかな音に舌を打ちます。

 窓から部屋に入り、きちんと靴を玄関に揃えてから布団に潜り込みました。

 しばらくすると無音のテレビから発する、音ではないが押さえつけるような電波の気配を感じ、弟がゲームを始めたことを知りますが、それは弟の世界。
 私はそのまま無に吸い込まれていくのです。
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みんなの感想(3件)

よん
2020.04.25 よん

最後まで読ませて頂きました。
具体的な感想ではなく、ただの報告です。
読解力が乏しい中、それでも何度も感嘆させられました。

人間は理想や願望を追い求める生き物であり、その距離が縮まっていく過程に、傍観する者はカタルシスを得られるのだと思います。
それらを妨げる要因として、血縁関係であり貧困であり愛憎であり不公平であり心身の罹患だったりします。
映画や小説なんかで「うわぁ、コイツ醜いな」って人物に遭遇することがあります。それって創り手側の思う壺なんですけどね。
自分はこうなりたくない、清く正しく生きていこうって、殆どの人がその時は強く感じる筈です。
でも、実生活にそれが反映されることはまずありません。
名作に涙した人々も、リアルだとドラッグストアの店員に噛みついたり、煽り運転したり、ストレスでDVに走ったりしています。

人間が醜い。ウイルスなんかよりよっぼど怖いです。

にけ様の作品はリアルだけど、何故か登場人物は醜くないです。
確信犯じゃなく、彼らは迷っていることを自覚しつつ、それでも明かりの見える出口を求めて懸命に生きてるんだと思ます。
だからこそ、感銘を受けるのかもしれない。

長文失礼しました。

にけ❤️nilce
2020.05.01 にけ❤️nilce

感想をありがとうございます!

ある期間ぱらぱらと毎月書き散らかした三題噺、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
新しくまたなんらかチャレンジできるといいなあ。
そしてその時はこの時とはまた違うカラーの話になっているといいなあ、なんて思っています。

自分というものを軸に、受けたはずの傷をきちんと感じ自分のものとして引き受けるということが出来ず、迷子になっているような話が多かったかなと思います。
正しく生きていきたいと願う気持ちと同じように、自分の中にある醜さも含めて、どちらも私なんだなあと見つめていけるようになりたいと思うこの頃です。

ウイルスをきっかけに難しい時代を迎え、継続的に様々な変革が必要になって、誰しもの心にきっと自覚無自覚に関わらず不安が募っていますね。
あらゆる人の間で、日頃では想像できない醜いシーンを演じてしまうことが増えてくるかもしれません。
きっとその時当人は本当はとても傷ついていて、でもそれを自覚できず表出してしまった自分の行動を自分で引き受けられないんだろうなあなんて思いました。

いろいろと思い巡らせ、考えさせられました。
ありがとうございました!

解除
よん
2020.04.05 よん

もしも奇跡があるのなら
三ヶ月の恋人

両作ともにすれ違いの夫婦にスポットを当てた幻想的な悲劇でしょうか。
もしも~は女目線
三ヶ月~は男目線
結婚の意義って何だろうと考えさせられます。
最初は幸せを願って一緒になった二人なのに……。日常の積み重ねは安心である筈なのに……。
喪失感を引きずりつつ、伴侶を手放した彼らはこれからも生きていかなくてはならないのですね。
愛と憎しみは表裏一体。
ちょっとの軌道修正で全てを微笑ましく受け入れられたら、夫婦生活は比較的簡単に維持できると個人的に思ってます。痘痕も靨。



頼むから××して

偽タニシ(母)と赤い卵(弟たち)……どの作品にも"家族"という括りに、一定の闇が忍ばせてある印象。"私"の人生もまたこれで終わりはしない。
にけ様の魂がこもったナイフは、いつも私の心に深く突き刺してきます。

にけ❤️nilce
2020.04.07 にけ❤️nilce

感想をありがとうございます!

返信が遅くなってしまいました

夫婦の信頼関係の物語。どちらも結末は悲劇かもしれません。
前者の夫婦はかかあ天下。
妻は夫を口では馬鹿にしていても子供の父親として、パートナーとして心の奥底では頼りにしていました。

後者は亭主関白の夫婦。
夫は妻を自分を家庭に縛り付ける鎖であるかのように疎んじ、子供を押しつけ逃げていることにも気がつかないでいました。

前者は伝わっているだろうと言う相手に対する甘えがあり、後者は相手にしてやっていると言う傲りがあって。
自分の気持ちをきちんと伝えること、相手の気持ちを尊重すること心がけたいことだよねって思います。
それがよんさんの言われた「ちょっとの軌道修正」だなって。


「頼むから」
そのように読んでくださってありがとうございます。
文字数制限があるため、主人公の憎しみのエピソードがかなり露骨になってしまいました。
愛されないわたしであることは、語り手自身の価値のなさとしてつきつけられています。
でも本当はそれは彼女の問題ではない、なすりつけられたものに過ぎません。
憎むことによって彼女はなすりつけられたものを母親に突き返してやりたいのですね。
そして愛されないことを十分悲しんで、私には価値がないという刷り込みを書き換えていけたらとおもいます。

また実際はそんな証拠を残すような露骨な扱いはせず、むしろ娘をいかに愛しているか、母はどんなに尽くしてきたか、犠牲になってきたかと言う表現をしてそれなのにお前はと言うふうに縛り翻弄するパターンが多いのかなって思います。
そこで沸き起こる罪悪感あたりもまたテーマとして描いてみたいものだなっておもいます。

家族は私にとって、大きなテーマなのかもしれません。

解除
よん
2020.02.29 よん

娘の宝物、私の支え

スッキリした後味とは言い難いお話でありながら、不思議と心に沁みます。
いつも思うのですが、にけ様の短編は切れ味の鋭いナイフみたいですね。おかげで私の心臓ドバドバです。

100求めて100返ってくる……そんなのあり得ない。
相手を諦めることは、大人の対応として間違いなく正しいです。
それを一言で表現するなら妥協。
でも、それは偽りの解決策でしかありません。
正しいことでありながら偽り。そう、矛盾です。
だからこそ、妥協と妥協の連鎖が大人の築く卑怯な社会なのかなと思います。

娘とお父さん……二人は社会ではなく親子として繋がっているため、妥協はしづらいかもしれません。

けれど夕実、いつかは部屋を飛び出し再度社会に挑まないとダメだよ。
試験管ホムンクルスの主張は結局、親にしか響かない。

にけ❤️nilce
2020.02.29 にけ❤️nilce

感想をありがとうございます!

またお会いできて嬉しいです!
そしていただいた感想をきっかけに色々と思い巡らせることができました。
感謝します。


大人と子供は違うってことを大人になると何故か私たちは忘れてしまいます。

子供は新しい人でこの世にまだまだ馴染まない不安定な存在。
親に全てを委ねて親の加護を頼みに成長し歩いたり喋ったりするようになる過程を考えると、やっぱりその関係は通常の他者のようにはいかないんだろうなぁ。
そして親もそんな仕事は初めてで、勝手が分からなくて右往左往。

あの時ほんの小さな不満だったはずの「ちゃんと聞いて!」は夕実自身にも思いもよらぬ膨らみ方をしてしまったようです。
相手の話を拒否することで仕返しをしているようにも見えます。
現実的に考えて夕実の要求はあまりに過分な期待、応え続けられるはずもないものだろうと思います。
当人もきっとわかっている。

父親が気づいて反応してくれたことで満足し、夕実に自分自身を抱える準備ができていくといいなと願っています。
誰のせいにしようとも誰も夕実自身の人生を代わりに生きられるわけじゃないのだから。


ありがとうございました!!

解除

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