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一文字
【漢字一文字】みんなのおかあさん 〜もういちど、うみなおしてあげる〜
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「もういちど、うみなおしてあげる」
「文章力向上委員会」に掲載していた短編より。
お題は「公」
2007年5月
「もう一度、生みなおしてあげる」
話を聞き終えると女は僕の手をぎゅっと握った。手はぽよぽよ柔らかくてあったかい。
樹海に足を踏み入れたのはいつだったっけ?
胸の底に汚泥のように積もっていた思いをすっかり吐き出して、僕は全身に光るほど汗をかいていた。
泣き疲れたときみたいに眠たくてけだるいのに、さわやかな気持ち。
よしよしと豊かな胸に抱きしめられて僕は床に倒れた。
瞬間いくつもの顔が見えた。
小屋いっぱいにひしめく亡霊が一様に丸い目をしてこちらを見ているのだ。
僕はあっと思ったが、すぐにどうでもよくなってしまった。
裸の乳房が僕の顔に覆いかぶさり、むせるような香りがして、それどころじゃなくなってしまったからね。
誰かのすすり泣く声に僕は目を覚ました。
声はすぐに大合唱になって豪雨のように小屋の上から下から降り注いだ。
亡霊が泣いている。亡霊はシャボン玉のようにゆらゆら漂って、見えたり見えなかったりした。
怖くはなかった。安らかなくらいだった。
「うるさい。泣くな」
女が扉を開けると光が差し込んだ。
亡霊たちは一斉に外を向いた。
子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。
光を放っているのは子どもたち自身のようだ。
光の塊が跳ねたり、走ったりしている。
亡霊たちは涙を流し、目を細めた。
僕は光の中に僕を見た。
太陽そのもののように強い光を放って輪郭すらわからないくらい輝いている幼い僕。
キレイで尊くて僕は泣いた。
涙を拭う手は日に透けていて、僕は亡霊になったことを知った。
女は亡霊たちのお母さんのようにふわふわの二の腕で形のない亡霊たちを抱いた。
ここは地獄なのかな。考えようとしたけれどだめだった。
生きている間は考えまいとしても考えるのをやめられなかったのに不思議なことだ。
夜になると知らない女が小屋を訪ねてきた。
ほとんど土に同化した汚れた格好で真っ黒な口を開いて小屋を見回している。
亡霊たちの母が彼女を迎えた。
彼女は夜中しゃべった。泡を飛ばしながらしゃべるうちに体がきらきらしてきた。
光の粉を撒き散らしながら彼女は小さくなって、しまいに言葉を失いおぎゃあと泣いた。
美しさに僕は目を丸くした。彼女の不幸な人生がきらめいてみんな光になってしまった!
失って初めてわかるとは。
僕のきらめき、僕の人生。
死んだら清々すると思っていたのに。
僕は泣いた。声はすぐに大合唱になった。
家に帰りたい。
家はどのあたりだろう? 僕は幼い僕が家に帰ってゆくのを想像する。
想像の中ではきっと幸福な日々。
もう二度と手にすることのできない、どうでもいい、なんでもない毎日。
「うるさい。泣くな」
亡霊たちの母が扉を開いた。
「文章力向上委員会」に掲載していた短編より。
お題は「公」
2007年5月
「もう一度、生みなおしてあげる」
話を聞き終えると女は僕の手をぎゅっと握った。手はぽよぽよ柔らかくてあったかい。
樹海に足を踏み入れたのはいつだったっけ?
胸の底に汚泥のように積もっていた思いをすっかり吐き出して、僕は全身に光るほど汗をかいていた。
泣き疲れたときみたいに眠たくてけだるいのに、さわやかな気持ち。
よしよしと豊かな胸に抱きしめられて僕は床に倒れた。
瞬間いくつもの顔が見えた。
小屋いっぱいにひしめく亡霊が一様に丸い目をしてこちらを見ているのだ。
僕はあっと思ったが、すぐにどうでもよくなってしまった。
裸の乳房が僕の顔に覆いかぶさり、むせるような香りがして、それどころじゃなくなってしまったからね。
誰かのすすり泣く声に僕は目を覚ました。
声はすぐに大合唱になって豪雨のように小屋の上から下から降り注いだ。
亡霊が泣いている。亡霊はシャボン玉のようにゆらゆら漂って、見えたり見えなかったりした。
怖くはなかった。安らかなくらいだった。
「うるさい。泣くな」
女が扉を開けると光が差し込んだ。
亡霊たちは一斉に外を向いた。
子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。
光を放っているのは子どもたち自身のようだ。
光の塊が跳ねたり、走ったりしている。
亡霊たちは涙を流し、目を細めた。
僕は光の中に僕を見た。
太陽そのもののように強い光を放って輪郭すらわからないくらい輝いている幼い僕。
キレイで尊くて僕は泣いた。
涙を拭う手は日に透けていて、僕は亡霊になったことを知った。
女は亡霊たちのお母さんのようにふわふわの二の腕で形のない亡霊たちを抱いた。
ここは地獄なのかな。考えようとしたけれどだめだった。
生きている間は考えまいとしても考えるのをやめられなかったのに不思議なことだ。
夜になると知らない女が小屋を訪ねてきた。
ほとんど土に同化した汚れた格好で真っ黒な口を開いて小屋を見回している。
亡霊たちの母が彼女を迎えた。
彼女は夜中しゃべった。泡を飛ばしながらしゃべるうちに体がきらきらしてきた。
光の粉を撒き散らしながら彼女は小さくなって、しまいに言葉を失いおぎゃあと泣いた。
美しさに僕は目を丸くした。彼女の不幸な人生がきらめいてみんな光になってしまった!
失って初めてわかるとは。
僕のきらめき、僕の人生。
死んだら清々すると思っていたのに。
僕は泣いた。声はすぐに大合唱になった。
家に帰りたい。
家はどのあたりだろう? 僕は幼い僕が家に帰ってゆくのを想像する。
想像の中ではきっと幸福な日々。
もう二度と手にすることのできない、どうでもいい、なんでもない毎日。
「うるさい。泣くな」
亡霊たちの母が扉を開いた。
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