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三題噺 11月
【三題噺】見えないけれど、ここにいる 〜家族契約を交わして新たな家族の元へ向かったはずなのに〜
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家族契約を交わして新たな家族の元へ向かった私。
うすぼんやりと歩いてきた先に待つのは……。
第九回三題噺コン「迷子の達人」
と対になっています。
お題「家族」「契約」「マップ」3000文字以内
家族契約を交わすと、マップを手に家を目指した。
白い玉砂利の光る坂をひたすら下り右へ左へ。
来た道を振り返り仰ぎ見るが、眩しさに目が開けられない。
何も見えない。
どこからきたんだっただろうか?
これから、どこへいこうとしているんだったろう。
いつの間にか道はからりと乾いた土になっていて、踏むとそれだけで土埃が上がった。
風が強い。
眼前には行く先をくっきりと指し示す一本道。
黒い森に続いている。
考えるよりも先に足が進んだ。
君はもう家に着いただろうか。
君。
知っている。
私には妹がいる。
かわいい、赤いさくらんんぼほっぺの、ふくふくした小さな妹。
黒い森の湿った密度の濃い空気。
植物の呼吸は音もなくシャワーのように降りて、沼の上に注がれる。
あぶく。
弾けないで淀み、草に張り付く濁った泡。
マップが指し示すのはそのあぶくの内側。
私たちの家が見える。
赤い屋根。
からりと乾いたレンガの壁。
鳥の目になって舞い降りる。
さあ。
本気の家族ごっこをはじめよう。
お願い。
見えなくても、嘘つきだなんて言わないで。
好きよ、大好きって何度でも言ってあげるから。
いくらでも抱きしめてあげるから。
ほら、いた。
川のそばで光った白い石に夢中になってしゃがみこむ君。
薄桃色のワンピースからパンツが覗くのも構わずに、吸い込まれるようにこちらを見つめる。
白い石の内側にいるのは私。
君と目が合う。
この膜の向こうへどうしたら行けるの。
どうしたら触れられるの。
契約を交わした相手の家はここだ。
マップの赤い印は間違いなくこの場所を指し示しているのに。
川に面した場所に建つ赤い屋根の、レンガ造りの、家。
私の家。
雨の粒で石が濡れて君の姿が滲む。
伸ばした指先から私が滲んで、溶ける。
「みっちゃん! 会いに来て。待ってる。待ってる、待ってる、待ってるから」
君の声が降り注ぐ。
「またこの子はみっちゃんなんて、いつまで……。いいかげんになさい。あんたのお姉ちゃんはもういないの。そんなこと言って母さんを泣かせて、寝込ませて……こっちまで、怖くなっちまうじゃないか」
「ごめんなさい。でも、みっちゃんは、いるんだもん」
「母さんの前でそんなこと言ったら承知しないよ!」
シワシワの大きな手が降りてきて、もげそうなくらい乱暴に君の腕を引いていく。
聞き覚えのある、その声。
おばあちゃん。
見えなくても、嘘つきだなんて言わないで。
好きよ、大好きって何度でも言ってあげたいのに。
いくらでも抱きしめてあげたいのに。
抱きしめて、ほしいのに。
気がつくと沼の前で立ちすくんでいた。
私は沼に沈むひしゃげた私を見下ろしていた。
頭蓋が砕け、避けた皮膚の内側に白い背骨が見える。
子供。
ぐちゃぐちゃに潰れて死んでいる。
私はトラックのタイヤに押しつぶされて死んだんだ。
お母さんと君の目の前で。
あれはいつ?
あれからどのくらい経ったの?
この家族契約はとっくに切れていた。
本当は神様にマップを返却しなくてはいけなかった。
おばあちゃんの声。
妹の声。
お母さん……。
マップを小さく折りたたんでポケットにしまうと、これまで何度もたどってきただろう道を戻る。
会いたかった。
ひと目見たかっただけなの。
頭が薄ぼんやりとしてきた。
きっと目を閉じたら全部わからなくなってしまう。
けれど足がこの場所を覚えている。
家の匂いを知っている。
家族契約を交わして、マップを手に新しく生まれ変わるつもりで、私はまた同じ道をたどってしまうのだろう。
うすぼんやりと歩いてきた先に待つのは……。
第九回三題噺コン「迷子の達人」
と対になっています。
お題「家族」「契約」「マップ」3000文字以内
家族契約を交わすと、マップを手に家を目指した。
白い玉砂利の光る坂をひたすら下り右へ左へ。
来た道を振り返り仰ぎ見るが、眩しさに目が開けられない。
何も見えない。
どこからきたんだっただろうか?
これから、どこへいこうとしているんだったろう。
いつの間にか道はからりと乾いた土になっていて、踏むとそれだけで土埃が上がった。
風が強い。
眼前には行く先をくっきりと指し示す一本道。
黒い森に続いている。
考えるよりも先に足が進んだ。
君はもう家に着いただろうか。
君。
知っている。
私には妹がいる。
かわいい、赤いさくらんんぼほっぺの、ふくふくした小さな妹。
黒い森の湿った密度の濃い空気。
植物の呼吸は音もなくシャワーのように降りて、沼の上に注がれる。
あぶく。
弾けないで淀み、草に張り付く濁った泡。
マップが指し示すのはそのあぶくの内側。
私たちの家が見える。
赤い屋根。
からりと乾いたレンガの壁。
鳥の目になって舞い降りる。
さあ。
本気の家族ごっこをはじめよう。
お願い。
見えなくても、嘘つきだなんて言わないで。
好きよ、大好きって何度でも言ってあげるから。
いくらでも抱きしめてあげるから。
ほら、いた。
川のそばで光った白い石に夢中になってしゃがみこむ君。
薄桃色のワンピースからパンツが覗くのも構わずに、吸い込まれるようにこちらを見つめる。
白い石の内側にいるのは私。
君と目が合う。
この膜の向こうへどうしたら行けるの。
どうしたら触れられるの。
契約を交わした相手の家はここだ。
マップの赤い印は間違いなくこの場所を指し示しているのに。
川に面した場所に建つ赤い屋根の、レンガ造りの、家。
私の家。
雨の粒で石が濡れて君の姿が滲む。
伸ばした指先から私が滲んで、溶ける。
「みっちゃん! 会いに来て。待ってる。待ってる、待ってる、待ってるから」
君の声が降り注ぐ。
「またこの子はみっちゃんなんて、いつまで……。いいかげんになさい。あんたのお姉ちゃんはもういないの。そんなこと言って母さんを泣かせて、寝込ませて……こっちまで、怖くなっちまうじゃないか」
「ごめんなさい。でも、みっちゃんは、いるんだもん」
「母さんの前でそんなこと言ったら承知しないよ!」
シワシワの大きな手が降りてきて、もげそうなくらい乱暴に君の腕を引いていく。
聞き覚えのある、その声。
おばあちゃん。
見えなくても、嘘つきだなんて言わないで。
好きよ、大好きって何度でも言ってあげたいのに。
いくらでも抱きしめてあげたいのに。
抱きしめて、ほしいのに。
気がつくと沼の前で立ちすくんでいた。
私は沼に沈むひしゃげた私を見下ろしていた。
頭蓋が砕け、避けた皮膚の内側に白い背骨が見える。
子供。
ぐちゃぐちゃに潰れて死んでいる。
私はトラックのタイヤに押しつぶされて死んだんだ。
お母さんと君の目の前で。
あれはいつ?
あれからどのくらい経ったの?
この家族契約はとっくに切れていた。
本当は神様にマップを返却しなくてはいけなかった。
おばあちゃんの声。
妹の声。
お母さん……。
マップを小さく折りたたんでポケットにしまうと、これまで何度もたどってきただろう道を戻る。
会いたかった。
ひと目見たかっただけなの。
頭が薄ぼんやりとしてきた。
きっと目を閉じたら全部わからなくなってしまう。
けれど足がこの場所を覚えている。
家の匂いを知っている。
家族契約を交わして、マップを手に新しく生まれ変わるつもりで、私はまた同じ道をたどってしまうのだろう。
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