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三題噺 9月
【三題噺】頼むから××して 〜存在を憎まれた少女と水田の主〜
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若苗を蹴散らし水田で踊る少女が出会ったのは、真っ赤な卵を抱えた田の主だった。
お題は「泥」「ロマン」「満月」3000文字以内
水田の水面に映る満月が風にさざ波立つ。
まるでたっぷりと蜂蜜のしみたパンケーキみたいだ。
ふっくら膨らんだ月明かりは若苗のナイフに裂かれて、ふるふる振れた。
水面に映る月にばしゃんと飛び込むと、きらめきを散らすように柔らかな泥をわざとに跳ね上げ、若苗を踏み散らかした。
指の間を泥が抜け、打ち上がったしぶきが真っ白なワンピースを暗い土色に染める。
「無残だな。ひでぇことしやがる」
足元に浮かび上がった若苗を掬い上げるように、泥の中から田の主がにゅっと顔を出した。
田の主……タニシ、俗にいうジャンボタニシだ。
タニシと呼ばれているけれど、本物のタニシとは全く別種らしい。
「なによあんた。稲を根こそぎ食っちまう害虫の癖に」
「食って悪いことがあるもんか。食われもしないで放り出される方がよっぽど不憫ってなもんだ」
偽タニシは、房になった紅い卵を貧弱な根を浮かべてひっくり返った若苗に擦り付ける。
毒々しい、人の内側を外にぐるりとひっくり返したしたような紅色。
タニシは、本物は、こんな禍々しいものを産み付けたりしない。
本物は。
「あんたみたいな害虫なんてすぐにつまみあげて踏み潰してやるわ」
「虫扱いか」
「じゃあ害獣? はは、獣じゃないでしょ」
「……我には、今稲にとってお前さん以上の害獣はいないように思うがね」
くすりと口を歪めて笑った私が笑われる。
お前が害獣。
偽タニシの言葉に胸が泥に浸かるよう。
溺れる。
月光のスポットライトの下、寄る辺ない地に足を挿し、あんたの卵をめちゃくちゃに踏み散らかして台無しにしてやる。
奪って、奪って、根こそぎ奪い尽くしてやる。
私は偽タニシの浮かべた卵めがけて足を踏み降ろした。
毒々しいピンクを何度も踏み、泥の地面に擦り付けて潰す。
踏みしめてもぬるりと逃げ出す感触に、苛立つ。
「……あんたの存在なんて誰も望んじゃいないのよ。消えてくれたらって願ってる。夢に見るほどね。頼むから絶滅して」
「傷ついてるのか」
「誰が!」
「自分が傷ついたのに、同じ言葉を人にぶつけるのか」
目が、乾く。
偽タニシを睨む目が痛いほど乾いている。
見られていたんだ。
聞かれていた。
この土手で同じ言葉を母が私に囁いたのを。
……頼むから死んで。
そう告げたことなんて嘘みたいに、母はとろけ落ちそうに目を細め、ただいまと駆け寄る弟たちを抱き寄せる。
さも愛しげに。
母の口をついて出た黒いつぶやきなど誰が信じるものか。
どうして私は母にそんなに憎まれているのだろう。
本物は、きらめくものは、透明な私の向こう側に。
「偽物のくせに。……なんで生きてるの。図々しい」
「殺して満足か」
しっとり甘いパンケーキは強烈な憧れ。
ふんわり柔らかいロマンチックな家族妄想。
全部蹴散らしてすりつぶして刻み込まなくては、不意に打たれても傷ついたりしないように、最初から。
「なんでも何も、偽物も何も、我は我でしかないからな。お前がお前でしかないように」
「……きもちわるい」
私の言葉に何一つ傷ついた顔をしない偽タニシをひっつかんで、思いっきり遠くへ投げた。
「死ね。死んでしまえ」
何より私は私の内側が怖い。
足元に房になったままの赤い卵がぽっかりと浮かび上がった。
お題は「泥」「ロマン」「満月」3000文字以内
水田の水面に映る満月が風にさざ波立つ。
まるでたっぷりと蜂蜜のしみたパンケーキみたいだ。
ふっくら膨らんだ月明かりは若苗のナイフに裂かれて、ふるふる振れた。
水面に映る月にばしゃんと飛び込むと、きらめきを散らすように柔らかな泥をわざとに跳ね上げ、若苗を踏み散らかした。
指の間を泥が抜け、打ち上がったしぶきが真っ白なワンピースを暗い土色に染める。
「無残だな。ひでぇことしやがる」
足元に浮かび上がった若苗を掬い上げるように、泥の中から田の主がにゅっと顔を出した。
田の主……タニシ、俗にいうジャンボタニシだ。
タニシと呼ばれているけれど、本物のタニシとは全く別種らしい。
「なによあんた。稲を根こそぎ食っちまう害虫の癖に」
「食って悪いことがあるもんか。食われもしないで放り出される方がよっぽど不憫ってなもんだ」
偽タニシは、房になった紅い卵を貧弱な根を浮かべてひっくり返った若苗に擦り付ける。
毒々しい、人の内側を外にぐるりとひっくり返したしたような紅色。
タニシは、本物は、こんな禍々しいものを産み付けたりしない。
本物は。
「あんたみたいな害虫なんてすぐにつまみあげて踏み潰してやるわ」
「虫扱いか」
「じゃあ害獣? はは、獣じゃないでしょ」
「……我には、今稲にとってお前さん以上の害獣はいないように思うがね」
くすりと口を歪めて笑った私が笑われる。
お前が害獣。
偽タニシの言葉に胸が泥に浸かるよう。
溺れる。
月光のスポットライトの下、寄る辺ない地に足を挿し、あんたの卵をめちゃくちゃに踏み散らかして台無しにしてやる。
奪って、奪って、根こそぎ奪い尽くしてやる。
私は偽タニシの浮かべた卵めがけて足を踏み降ろした。
毒々しいピンクを何度も踏み、泥の地面に擦り付けて潰す。
踏みしめてもぬるりと逃げ出す感触に、苛立つ。
「……あんたの存在なんて誰も望んじゃいないのよ。消えてくれたらって願ってる。夢に見るほどね。頼むから絶滅して」
「傷ついてるのか」
「誰が!」
「自分が傷ついたのに、同じ言葉を人にぶつけるのか」
目が、乾く。
偽タニシを睨む目が痛いほど乾いている。
見られていたんだ。
聞かれていた。
この土手で同じ言葉を母が私に囁いたのを。
……頼むから死んで。
そう告げたことなんて嘘みたいに、母はとろけ落ちそうに目を細め、ただいまと駆け寄る弟たちを抱き寄せる。
さも愛しげに。
母の口をついて出た黒いつぶやきなど誰が信じるものか。
どうして私は母にそんなに憎まれているのだろう。
本物は、きらめくものは、透明な私の向こう側に。
「偽物のくせに。……なんで生きてるの。図々しい」
「殺して満足か」
しっとり甘いパンケーキは強烈な憧れ。
ふんわり柔らかいロマンチックな家族妄想。
全部蹴散らしてすりつぶして刻み込まなくては、不意に打たれても傷ついたりしないように、最初から。
「なんでも何も、偽物も何も、我は我でしかないからな。お前がお前でしかないように」
「……きもちわるい」
私の言葉に何一つ傷ついた顔をしない偽タニシをひっつかんで、思いっきり遠くへ投げた。
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