上 下
8 / 21
高橋 かなえ

8 想像よりずっとやさしい現実

しおりを挟む
 ポケットのスマホがまたふるえた。
 バイブにしてあるから音は出ないけど、夕食中ずっと鳴りっぱなしで振動が耳ざわりだ。
 弟の魚の骨を取っていたママが、眉を寄せて小言を言う。

「電子機器との付き合い方、ちゃんと考えなさいよ」
「は? 鳴るのは別に、あたしのせいじゃないじゃん。いじってないのに、なにを考えることがあるのよ」

 夕食の間はさわってないし、そうでなくても鳴るたびに反応してるわけでもない。ちゃんと距離をとっているのになんでおこられないといけないのか。
 ママはあたしの正論に一瞬ひるんで、でもやっぱり小言を続けた。

「巻きこまれないか心配してんの。いろんな付き合い方の子がいるからね。流されちゃダメよ」
「はいはい、わかった。わかってるって」
「ちょっと、かなえ。感じが悪いわよ」

 鳴らしている相手はわかっている。さっき凛花からライングループに招待されたんだ。
 そこでみんなでバレンタインの話をつめたいんだそうだ。
 あんなふうに別れたのに誘い文句の文面を読むかぎり、凛花はなにも気にしていないふうだった。

 あたしぬきの三人でやってと伝えるために、あたしはグループに参加した。
 由美子に言わせるのは悪いし、グループの方が個別にやりとりするよりこじれないと思ったからだ。
 参加してすぐ夕食になったせいで、参加したきり一言も話はできていないけれど。
 あんなに通知がくるほどやり取りが進んでいるのかと思うと、今更言い出しにくいな。
 夕食のタイミング、最悪だよ。

「お風呂から出たら電源切ってよ。うちはそういうルールなんだからね」
「だからわかってる。あたし約束破ってないじゃん。なんで疑うの? ママの方が感じ悪いって。……ごちそうさま!」

 どうしてぜんぜん信用してくれないんだろう。
 人のスマホの使い方が悪いみたいに言ったけど、相手はママだってよく知ってるおさななじみの凛花や杏だよ。それから礼儀正しいといつも誉めていた由美子。だれも変な使い方なんかしてない。
 何も知らないくせに悪い方に決めつけて。心配してくれてるのはわかるけど、うざいし腹が立つ。

「ぼくも、ごちさま」
「だーめ。まだ残ってるでしょ」

 ママは立ち上がりかける弟の肩をおさえ、スプーンで集めたひじきをすすめた。
 そのすきに食器を片づけ、部屋にこもる。スマホをいじってるのを見ると気になってまた小言を言うんだろうから部屋でいるのが一番だ。


 ラインを開くとバレンタイングループの通知はすでに四十件以上もあった。
 あいさつやスタンプの間に、レシピサイトをはりつけたり、買い足しの計画を考えたり、今後の予定のすりあわせなんかまで、しっかり詰めてある。

——もしかしたらかなえちゃん、不参加かも——

 「かなえこないね」という凛花の書き込みに由美子が答えていた。
 断るよう頼んでいたのだから当然の成り行きなんだけど、いざ目にするとどきりとする。それに対して二人はこう返信していた。

——そうなの? でも、グループ参加してくれたし、だいじょうぶじゃない? ——
——@かなえ 塾は頼めばふりかえできるから、かなえの予定に合わせられるよ——

 二人の反応を見て、なぜかホッとした。二度と一緒にやらないって涙が出るほど怒っていたはずなのに、どうしてなんだろう。
 必要としてくれてると思うと嬉しくて、ついつい頬がゆるんでしまう。

 どこかで「あっそ、かなえは不参加ね」ってすんなり追い出されるような気がしていた。
 自分から突き放したくせに、あたしなんていらないって見捨てられ、忘れられるような気がして怖かったんだ。
 やりたくないなんて、興味ないふりして嘘ばっかじゃん。
 ママなんか嫌いと背を向けて、抱きしめられるのを待ってる小さな子供とおんなじ。あたしって、ほんとにめんどくさいな。

 こっちこそちっとも杏たちのことを大事にしてなかったのに。
 連絡も取らず、今年はあたしたちだけで作ってもいいんじゃない? なんて平気で言っていたんだから。
 きっと自分が平気でひどいことをしてるから、人にもされるって思っちゃうんだ。 
 同じようにされたら傷つくのに。
 
——ゆっくり作れるとしたら、やっぱ土曜日じゃない? ——

 ラインを送ると、すぐにいいね! とスタンプが三つ入った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ほら、誰もシナリオ通りに動かないから

蔵崎とら
恋愛
乙女ゲームの世界にモブとして転生したのでゲームの登場人物を観察していたらいつの間にか巻き込まれていた。 ただヒロインも悪役も攻略対象キャラクターさえも、皆シナリオを無視するから全てが斜め上へと向かっていってる気がするようなしないような……。 ※ちょっぴり百合要素があります※ 他サイトからの転載です。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

処理中です...