20 / 21
高橋 かなえ
20 バレンタインまであと少し
しおりを挟む
百瀬は自分に向いた矛先を変えるように話を逸らした。
「ところで、あんたらの目当ても柳川先輩? バレンタイン直前の土曜日だもんね。学校ちがうのにわざわざ追って来るなんて、すごい熱意」
「へっ?」
一瞬、何を言われたかわからず、思わず変な声が出た。
柳川先輩って、二年の、杏がいかにもスポーツマンとか言ってた?
バレンタインって、もしかして誤解されてる?
さわぎすぎていたせいで気がつかなかったが、見渡すと体育館の周囲で手さげをもった女の子たちが何組か待ちぶせしている。
「ちがうちがう。あたしたちはただ……」
「百瀬、集合だよ!」
反論と同時に、体育館から百瀬を呼ぶ声がした。声の主は大葉南朋だ。
あたしたちを見つけてひょいと頭を下げる。相手はただの同級生だというのにりちぎだな。
由美子が同じようにぺこりと頭を下げかえす。
「静かにしろって伝えたからね、俺は。じゃ」
頬をそめた由美子にちらっと目を走らせた百瀬は、気持ちを切りかえるように大きく息を付き、チームの元へとかけもどった。
めざとい百瀬のことだ。由美子の気持ちにも勘づいているんだろうな。
肝心の大葉は見るからに鈍くて奥手そうだけれど。
「なーんか、誤解されちゃったねぇ」
百瀬が去るとすぐに凛花がすり寄ってきた。杏が凛花の腹を指でつっつく。
「凛花っ。あんた、なに気配消してんの。あんなにさわいでたくせに一言も口きかないで」
「私はいいのよ。別に、ももちゃんに恋してるわけじゃないからぁ」
静かにって言われたばっかりなのにもう大騒ぎだ。
「王子とだってしゃべったことないくせに」
「うっさい、杏。それより、今のももちゃんの顔見た? 大葉南朋をふり返る時、超ヤバかった。もーかわいすぎて死ぬ。まちがいない。あれは恋する瞳だね。由美子もかなえも前途多難!」
「いたい、いたい、いたい」
なぜか最高潮に興奮した凛花があたしと由美子の背中を思い切り叩く。
大葉を見る時どんな顔だったかって、そんなの見てないよ。
杏が割り込んで正面から凛花の両手首を掴む。
「はーいはい。凛花にかかればボールとコートだって恋仲だわ」
「またバカにして。いい? あの体格でバスケだよ? 不向きなの分かりきってんのに、中学に入ってまでわざわざやる? 好きな人でもいるなら別だけど。名推理じゃん」
「それだけバスケが好きなんでしょーよ」
「いやぁ、見れば見るほどナオモモおいしい! かーっ、推しカプはサトモモだったんだけどなぁ」
凛花は額に手を当て首をのけぞらせて悶えた。
テンションが上がりきっていて、何を言おうとまったく聞く耳を持たない。
「ちょっと、なに言ってるかわかんない」
「通訳するね。ナオモモは大葉南朋と百瀬薫のカップルって意味。サトモモだと王子、つまり高木さとしとももちゃんのカップルになるのよ。まったく、この夢見る腐女子は。……ごめんねー、中学入って開き直っちゃって」
あたしの疑問に杏が答える。
カップル……。王子の愛の成就を願う、そこに自分はいらないってそういうことか。
凛花が思い描いている幸せは王子と自分との両思いじゃないんだ。
「あーん。でも、だめだめ。やっぱももちゃんは王子の愛に答えてくれなきゃ! 最初は嫌がっていたけど、王子の強引さにほだされて、いつの間にか……」
大声で妄想に浸る凛花の声に百瀬がふりかえった。
怒ったような顔を作ってこちらをにらみ、「う・る・さ・い」と口パクする。
コーチが視線を走らせたのに気づいた大葉が百瀬のそでを引くが、時すでに遅し。
「そんなに気になるなら混ざってくるか?」なんてしぼられてる。
大葉と百瀬の仲むつまじい? やりとりを目の当たりにして勢いづく凛花の口をふさぎ「退散しよう」と杏が目で合図した。
百瀬。ほんと、もうしわけない。あたしのせいじゃないけど、心の中であやまっておく。
校門を出たところで空に手のひらを向け、由美子がはしゃいだ声を出した。
「見て、雪だよ」
重たかった雲から大きなぼたん雪がひらひらまいおりてきたのだ。
「ひゃー、降ってきちゃったね。予報通りじゃん。今日徒歩で集まって正解だったわ」
よろこぶ由美子を横目に杏が現実的なことを言う。
落ちてきた雪は、肌にふれるとすぐにじんで水になった。
あたしはそれをそっと握りしめる。
「こんどさ、これ買ったお店教えてよ。あたしも色々そろえたい」
その手で頭のカチューシャを指さす。
あの日からずっと固く閉じていた心のとびらを、押し開けよう。そう心に誓いながら。
凛花が待ってましたとばかりに満面の笑みでこたえる。
「マジで? 行こう行こう。服も見ようよ。かなえに着せたいのがいくらでもあるんだ」
「ネイルやアクセもプチプラでけっこうそろうよ。いつにする?」
はりきる杏の隣で由美子もほほえんだ。
「私もいっしょに見たいな」
「じゃあ、詳細はまたラインで。まずはネイルとこのカチューシャがほしい」
ママのも選んであげたら喜ぶかな。それとも凛花のパパみたいに「色気づくな」なんて怒るだろうか。
そんなことは言わないか。でも、ママは心配性だから小言くらいは言われそうな気もする。
だけどあたしは誰になんと言われようともあたしでいたい。
自分だけは自分に味方してやる。それだけは、決めたから。
「やばい、本降りになってきたぁ。メデューサ復活だけは避けたいっ」
凛花が頭上に両方の手のひらをかざして走り出す。
「もう。凛花はメデューサ言うの禁止!」
杏が続き、あたしと由美子も後を追う。
「罰金制にすれば? ストパ代が溜まるかも」
「お断りしまっす! どうせできないもん」
あたしの提案に凛花が振り返り、舌を出す。
バレンタインまで、あと少し。
でも、まだもう少し、このままで。
***
第一章 高橋 かなえ 完
第二章は、7月連載を目指します。
高橋 かなえ編を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
「ところで、あんたらの目当ても柳川先輩? バレンタイン直前の土曜日だもんね。学校ちがうのにわざわざ追って来るなんて、すごい熱意」
「へっ?」
一瞬、何を言われたかわからず、思わず変な声が出た。
柳川先輩って、二年の、杏がいかにもスポーツマンとか言ってた?
バレンタインって、もしかして誤解されてる?
さわぎすぎていたせいで気がつかなかったが、見渡すと体育館の周囲で手さげをもった女の子たちが何組か待ちぶせしている。
「ちがうちがう。あたしたちはただ……」
「百瀬、集合だよ!」
反論と同時に、体育館から百瀬を呼ぶ声がした。声の主は大葉南朋だ。
あたしたちを見つけてひょいと頭を下げる。相手はただの同級生だというのにりちぎだな。
由美子が同じようにぺこりと頭を下げかえす。
「静かにしろって伝えたからね、俺は。じゃ」
頬をそめた由美子にちらっと目を走らせた百瀬は、気持ちを切りかえるように大きく息を付き、チームの元へとかけもどった。
めざとい百瀬のことだ。由美子の気持ちにも勘づいているんだろうな。
肝心の大葉は見るからに鈍くて奥手そうだけれど。
「なーんか、誤解されちゃったねぇ」
百瀬が去るとすぐに凛花がすり寄ってきた。杏が凛花の腹を指でつっつく。
「凛花っ。あんた、なに気配消してんの。あんなにさわいでたくせに一言も口きかないで」
「私はいいのよ。別に、ももちゃんに恋してるわけじゃないからぁ」
静かにって言われたばっかりなのにもう大騒ぎだ。
「王子とだってしゃべったことないくせに」
「うっさい、杏。それより、今のももちゃんの顔見た? 大葉南朋をふり返る時、超ヤバかった。もーかわいすぎて死ぬ。まちがいない。あれは恋する瞳だね。由美子もかなえも前途多難!」
「いたい、いたい、いたい」
なぜか最高潮に興奮した凛花があたしと由美子の背中を思い切り叩く。
大葉を見る時どんな顔だったかって、そんなの見てないよ。
杏が割り込んで正面から凛花の両手首を掴む。
「はーいはい。凛花にかかればボールとコートだって恋仲だわ」
「またバカにして。いい? あの体格でバスケだよ? 不向きなの分かりきってんのに、中学に入ってまでわざわざやる? 好きな人でもいるなら別だけど。名推理じゃん」
「それだけバスケが好きなんでしょーよ」
「いやぁ、見れば見るほどナオモモおいしい! かーっ、推しカプはサトモモだったんだけどなぁ」
凛花は額に手を当て首をのけぞらせて悶えた。
テンションが上がりきっていて、何を言おうとまったく聞く耳を持たない。
「ちょっと、なに言ってるかわかんない」
「通訳するね。ナオモモは大葉南朋と百瀬薫のカップルって意味。サトモモだと王子、つまり高木さとしとももちゃんのカップルになるのよ。まったく、この夢見る腐女子は。……ごめんねー、中学入って開き直っちゃって」
あたしの疑問に杏が答える。
カップル……。王子の愛の成就を願う、そこに自分はいらないってそういうことか。
凛花が思い描いている幸せは王子と自分との両思いじゃないんだ。
「あーん。でも、だめだめ。やっぱももちゃんは王子の愛に答えてくれなきゃ! 最初は嫌がっていたけど、王子の強引さにほだされて、いつの間にか……」
大声で妄想に浸る凛花の声に百瀬がふりかえった。
怒ったような顔を作ってこちらをにらみ、「う・る・さ・い」と口パクする。
コーチが視線を走らせたのに気づいた大葉が百瀬のそでを引くが、時すでに遅し。
「そんなに気になるなら混ざってくるか?」なんてしぼられてる。
大葉と百瀬の仲むつまじい? やりとりを目の当たりにして勢いづく凛花の口をふさぎ「退散しよう」と杏が目で合図した。
百瀬。ほんと、もうしわけない。あたしのせいじゃないけど、心の中であやまっておく。
校門を出たところで空に手のひらを向け、由美子がはしゃいだ声を出した。
「見て、雪だよ」
重たかった雲から大きなぼたん雪がひらひらまいおりてきたのだ。
「ひゃー、降ってきちゃったね。予報通りじゃん。今日徒歩で集まって正解だったわ」
よろこぶ由美子を横目に杏が現実的なことを言う。
落ちてきた雪は、肌にふれるとすぐにじんで水になった。
あたしはそれをそっと握りしめる。
「こんどさ、これ買ったお店教えてよ。あたしも色々そろえたい」
その手で頭のカチューシャを指さす。
あの日からずっと固く閉じていた心のとびらを、押し開けよう。そう心に誓いながら。
凛花が待ってましたとばかりに満面の笑みでこたえる。
「マジで? 行こう行こう。服も見ようよ。かなえに着せたいのがいくらでもあるんだ」
「ネイルやアクセもプチプラでけっこうそろうよ。いつにする?」
はりきる杏の隣で由美子もほほえんだ。
「私もいっしょに見たいな」
「じゃあ、詳細はまたラインで。まずはネイルとこのカチューシャがほしい」
ママのも選んであげたら喜ぶかな。それとも凛花のパパみたいに「色気づくな」なんて怒るだろうか。
そんなことは言わないか。でも、ママは心配性だから小言くらいは言われそうな気もする。
だけどあたしは誰になんと言われようともあたしでいたい。
自分だけは自分に味方してやる。それだけは、決めたから。
「やばい、本降りになってきたぁ。メデューサ復活だけは避けたいっ」
凛花が頭上に両方の手のひらをかざして走り出す。
「もう。凛花はメデューサ言うの禁止!」
杏が続き、あたしと由美子も後を追う。
「罰金制にすれば? ストパ代が溜まるかも」
「お断りしまっす! どうせできないもん」
あたしの提案に凛花が振り返り、舌を出す。
バレンタインまで、あと少し。
でも、まだもう少し、このままで。
***
第一章 高橋 かなえ 完
第二章は、7月連載を目指します。
高橋 かなえ編を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる