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3巻

3-2

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 × × ×


「ユウキ様、お食事です」
「ありがと」

 僕はムルカのところで、寝泊りさせてもらっていた。
 ムルカは正式に職業貴族になることが決定しており、この辺り一帯を管理する権限を持っている。そのため本当なら、僕は言葉遣いに気をつけなければならないのだが――

「普通にしていてください。ユウキ様が来なければ、僕は職業貴族になることはできませんでしたし、新しい技術を見つけられもしなかったでしょうから」

 そんなわけで、ムルカからは「友達のように接してくれ」とお願いされていた。生まれが生まれだからかもしれないが、僕には様付けをしてくるというのに。


 食後、ムルカが言う。

「そろそろ物資を積んだ馬車が到着する頃だと思います」
「そうか」

 実はリサに頼んで、薪と木炭を持ってきてもらっていた。手持ちの薪と木炭を使い切ってしまったのだ。
 しばらく待っていると、大量の馬車がやって来た。

「きゃー、ムルカ。久しぶりね!」
「ウィンディさん、お久しぶりです」

 馬車から降りてきたウィンディという女性は、ムルカと知り合いらしい。

「リサから聞いたわよ。偉大な技術を生み出して、正式に職業貴族になったんですってね。うらやましいわぁ」

 まるで子供を褒めるように言われ、ムルカは気まずそうに答える。

「そのことなのですが……」

 偉大な技術や豊富な資源を発見したことになっているが、それは僕、ユウキの功績であって、ムルカ自身は何もしていないと正直に打ち明けた。

「そうなの?」
「残念ながら」
「でも、この村の統治権を与えられたのは事実なのでしょう」
「ええ。ここには、陶芸に必要な資源が豊富にあるということで、たまたま」
「いずれにせよ、早く実績を挙げないとね。こんな辺鄙へんぴな村でも統治しているというだけで手当てがもらえるんだから」

 苦笑するムルカ。

「で、その張本人さんはどこ?」

 ここでやっと僕に話題が振られる。
 僕は自己紹介する。

「初めまして。ユウキと申します」
「きゃー! 何ていい男なの。夫もそこそこ器量が良かったので結婚したんだけど、もう少し考えたほうが良かったかも」
「……えっと」

 少しばかり困惑し、ムルカに尋ねる。

「この人、いつもこうなの?」
「ええ。素直で、本音を隠さず、ついでに感情の波が激しくて」
「こらっ、坊や」

 ムルカが注意される。
 こりゃあ、ちょっと絡みづらい女の人だな。

「こほん。冗談はここまで」

 ウィンディはそう言うと、正しい挨拶の形を取る。

「ユウキ代爵様。本日は、我がマーディ木材店にて大量の薪と木炭の注文、誠にありがとうございます」

 そして、「今後とも、長いお付き合いをお願いします」と綺麗な一礼をしたので、かなり上等な教育を受けている人だ、と僕は確信する。
 さっそく持ってきてもらった品物をチェックする。
 注文したのは、釉薬の原料と薪と木炭。リストをチェックしていき、それらが間違いないことを確認して、漏れがないように倉庫まで運び込む。

「倉庫の容量を考えると、これがギリギリだなぁ」

 注文した品は揃っていたので良いのだが、倉庫にすべて入るか微妙だった。運び込める限界まで注文したせいである。
 とはいえ今後のことを考えると、薪や木炭はもっと必要なので、倉庫の増設が急務だな。

「代金のほうは、ユーラベルクギルド支部で受け取ってください」

 僕はそう言うと、書類にサインした。僕の資金の大部分は、冒険者ギルドの個人金庫に預けてあるので、そっちから支払うように手続きしたのだ。
 ウィンディは書類に不備がないことを確認してから、大きな革バッグに書類をしまう。

「次回も同じ量をお願いします」
「かしこまりました」
「ちなみに、こんなに頼み続けても大丈夫なんですか?」

 僕がそう問うと、ウィンディは笑みを浮かべて答える。

「それについては、今後増産する予定です。とはいえ、近年は建築予定の家々がないので、木材は余っているんですよね」
「だったら、薪や木炭を保管する倉庫を増設したいから、大工を呼んでもらえますか。代金は先払いしますので」

 僕は言うやいなや、すぐさま書類を書いて渡した。

「注文受けました。すぐに人手を集めて送ります」

 こうして僕は、ウィンディとの商談をスムーズに終えたのだった。


 × × ×


 陶器の作業場にやって来た。
 薪と木炭の確保ができたので、さっそく製作に入るかな。
 実はすでに注文を受けていて、作る予定になっているのは、花瓶と大皿。なかなかの難題だ。花瓶は高さがあり、大皿は横に広いため、ろくろ成形の技術を使うことにした。
 水の入ったおけを用意し、粘土を土台に置いて成形を開始する。
 ろくろ台があれば作業ははかどるのだが、残念ながらそんな物はない。木の板の下に小石を敷き、回せる台とした。
 台を回転させつつ、濡れた手で粘土を成形していく。その様子を見た弟子たちが「すごい! すごい!」と大はしゃぎしている。
 苦労して、花瓶を十個と大皿を十枚作り上げ、乾燥のために時間を置く。


 日数を置いてから素焼きの工程に入る。これまでは小さめの皿だったので割れる危険性が少なかったが、今回のは随分と大きい。
 果たして、いくつ素焼きに耐えられるのか……
 慎重に花瓶と大皿を窯の中に入れていき、素焼きの準備を行う。窯の外にたくさんの藁、薪、木炭を用意しておき、素焼きを始める。
 藁から薪に火が移り、木炭を入れていく。十分な温度に達したらそれを下げないように気をつける。


 素焼きが完了し、中を見ると――

「はぁ……やっぱりこうなるか」

 どうしようもない事実を確認する。
 生き残ったのは半分しかなかった。花瓶も大皿も、半分が砕けるかヒビが入るかして、まったくもって無残むざんな姿になっていた。難易度が高いため、僕の技術ではこうなるのは仕方がない部分もあるが……
 無事だった花瓶と大皿を、慎重に取り出していく。
 以前と同じように釉がけを行う。面積が大きいので塗り加減に注意する。客から要望があったのでわざとムラを作り、木の葉などで絵付けを数ヶ所行った。


 その後、乾燥させたら、いよいよ本焼きだ。
 窯の中に一つひとつ並べていき、入り口に火を点け、空気孔を除いて粘土で塞ぐ。藁を入れ、薪を入れ、温度を上げていく。最後に小さく切った木炭を投入し、目標温度まで上げる。
 素焼きで半数がだめになったのだから、本焼きでも多くは残らないだろう。そう心配しつつ、水を飲みながら熱に耐える。
 小さな木炭を投げ入れては、火かき棒で動かすという作業を繰り返す。夜が更けても、その作業は終わらなかった。花瓶や大皿は大きいため、時間が必要なのだ。
 朝日が昇ってもまだ終わらない。それでもひたすら手を動かしていく。時折眠気が襲うが、灼熱しゃくねつの炎がそれを吹き飛ばす。
 昼を越えて夕方となり、日が沈む。
 三日目の朝方に本焼きが終了した。


 早朝、弟子と客を集めて、窯出しを始める。
 皆ソワソワとして落ち着きがない。

「窯の中はすすが大量にあって汚れてしまうので、近づかないようにしてください。なお、窯出し作業は、窯のぬしである僕か、僕が許した人物でなければできないように制限しています」

 事前に、窯に近づかないように注意しておく。
 集まった者たちが口々に言う。

「む、そうなのか」
「まぁ、あれだけの高温で燃やせばそうなるでしょう」
「窯の中に入れるのは本人か特別な弟子だけ、ということか」
「ホンヤキという、過酷な行程を見せられたのだから、納得せざるをえないな」
「とにかく完成品を見てみることにしましょう」

 窯出しを行う僕に視線が集まる。入り口を塞いでいた粘土を金槌かなづちで叩いて砕き、入り口を大きく広げた。
 花瓶と大皿を取り出す。
 一点一点慎重に運び、外に並べていく。
 なお、この時点ではどの陶器も汚れていて光沢はない。一度すべて外に出してから布で磨いていく。
 陶器が徐々に、本当の姿を現す。

「よし!」

 釉薬が反応した焼結しょうけつがしっかりと出ており、ガラスのような光沢が出ている。
 本来であれば、本焼きにはもっと時間がかかる。だが、この地の粘土層に含まれている成分のためか、予想より短時間でできたようだ。
 心配していた割れや歪みはほとんどない。
 人々が感嘆の声を漏らす。

「すごい。こんなに綺麗になるなんて」
「深みと温かさのある色とツヤ。これまで見たこともない!」
「表面の色だけではなく、質感もまるで違うぞ。どうなっているんだ?」
「金属製の食器の輝きとは根本的に違う」
「むうっ。目の前で見ておきながら、なぜこのようになるのか説明できん」

 皆に陶器を触らせて感想を聞いてみたところ、全員が理解不可能という顔をしていたが、一応感激してもらえたようだ。
 だが、量産化するには超えなければならない壁は多いな。


 窯出しまで終わったので一休みしようとすると――

「「「「譲ってもらえませんか!!」」」」

 一気に詰め寄られた。さて、ここから無休で商談に入らなければいけないようだ。
 僕は商人らしき男に尋ねる。

「売り先に当てがあるのですか?」
「もちろん! 美術品収集を好む貴族や商人らに高値で売れるのは間違いありません!」

 日常的に使ってほしいと思っていたが、まずはそうした人々に売られるようだ。
 まぁ、どのぐらいの値がつくのか分からないが、そこは彼らの商才に任せたほうがいいだろう。どうせ僕に人脈などないし。
 その場にいた全員と相談に相談を重ねたうえで、作品をほどよく分配して持って帰ってもらうことにした。
 それから今後どういった陶器を作っていくかの話し合いになる。
 商人が問う。

「どのぐらいの形状や大きさにできますか?」
「……大きい物だと、今回作った花瓶か、大皿程度までなら」
「もう少し外見的特徴が欲しいのですが?」
「……今回も入れましたが、植物の葉のような模様なら、割と簡単に入れられます」
「色合いをもう少し鮮やかにしてはくれませんか?」
「……少し難しいですが……何とかできる範囲で頑張ってみます」

 僕はへとへとになりつつも全員と話をして、今後の製作方針を決めた。
 要望をまとめると、広間などに飾るために大きめのサイズにしてほしい、色合いを鮮やかにしてほしい、凝ったデザインにしてほしい、という三点だった。
 ちなみに、僕が陶器を作る全工程を見て、一度に大量生産するのは完全に不可能だと判断したようだ。そのため、高値をつけて貴族を中心に販売するとのことだった。


 弟子と商人たちを帰したあと、リサが必要な物を聞いてくる。

「陶器製作にあたり、ユウキが欲しい物は優先的に用意させるようにしますが、何かありますか?」
「では、ここに書いてある物を用意してもらえますか」

 僕はそう言って紙を渡した。
 リサはそれをじっくり眺める。

「薪に木炭、確かに必要だと思うのですが……これほどの量ですか。ここまで膨大な量は、需要がないため作り置きがないと思うのですけど」
「やはり難しいですか」

 そう問うと、リサは首を横に振って答える。

「いいえ、逆に嬉しいです。私の同期に、木材業や木炭製作をしている家にとついだ子がいますので、さっそくこの話を持ち込んでみます」
「あと、こちらのほうも確保してもらえますか」

 紙に書いておいた別の材料を指し示す。

「メズ石に、イズ石。墨に、酸化鉄に、銅などですか……いろいろありますね。これも必要なのですか?」
「様々な人から、多彩な色合いを出してほしいと言われましたので」

 手持ちの釉薬では、発色のバリエーションに限界がある。材料は多いに越したことはないし、何より大量に使用するので備蓄が必要なのだ。
 またこれらの材料に加えて、粘土を保存する小屋、弟子たちの住む家も必要だった。それ以外に窯を作る必要もあり、結構な出費となる。
 僕は思い切ってリサに尋ねる。

「……融資、できますか?」

 僕がほとんど出すとしても、冒険者ギルドがいくらか出してくれるのかが問題だった。陶器は現時点では本当に儲かるか分からないのだ。
 必要経費を紙に書くと、リサはそれをじっくりと確認する。

「援助はしたいのですが、まだ価値がどれぐらいか出ていないので、審査を通すのは難しいですね……」

 いきなり多額のお金を出すのは無理だそうだ。結果を見てから判断する、とのことだった。
 当分は規模を拡大せずやっていくしかないか。

「とりあえず、薪や木炭などの必要な材料を揃える予算は通るでしょう。ムルカ、ユウキが仕事に専念できるように生活の面倒を見てあげなさい」
「はい」

 リサに言われ、慌てて返答するムルカ。
 僕は話題を変えて、リサに問う。

「あ、あと。ユーラベルクで営業している店はどうなってますか?」

 僕の家臣として、様々な店を任せていたガオムらの状況を確認しておくことにした。
 リサによると、店は大繁盛しているとのことだった。ギルドからの援助を受けずに大繁盛させているのはすごいことらしい。
 皆にはしばらく戻れそうにないと伝言を頼んでおいた。
 さて、次の製作のためにも窯の状態を調べないとな。また、中の炭を丁寧に落として、亀裂や穴がないかチェックしないと。


 × × ×


「ううっ。眠いし、しんどい」

 数日後、朝日が昇ったところで、予定していた本焼きが終了した。あとは窯出しだけなのだが、眠気と疲れで体が思うように動かない。重労働を不眠不休で続けたツケは大きかったようだ。
 窯の前でうとうとしてしまう。

「ユウキ~」

 誰かが声をかけてきた。
 そちらのほうを向くとミライナがおり、見覚えのない男性を連れている。年齢は壮年くらいで、身なりが良いので貴族だと思う。他にも数人いるようだが、頭が回らず視界に入らない。
 何かの商談だろうと思い、何とか意識を呼び覚ますと、ミライナが話しかけてくる。

「この前注文しておいた品の見本はできたかしら」

 ああ、何だ、そのことか。あとは窯の中から取り出して確認するだけだと説明する。

「ユウキ、何だか疲れているように見えるのだけれど」
「……お気遣いなく、それで」

 もう意識を保つのもしんどいが、会話を続ける。陶器であれば何でも買いたいという客を連れてきたそうだ。
 ああ、眠い眠い。体が重い。頭がボンヤリする。
 品物があるなら、さっそく見せてほしいとのことだったので、疲れと眠気でベッドにダイブしたい気持ちを必死に抑えて、窯の入り口を金槌で壊す。
 え~と、花瓶と大皿は……
 重いまぶたをこすりながら作品を探す。
 見た感じどれも割れている様子はなかった。慎重に一つひとつ取り出していく。いつもより重い体を動かして。
 すべての作品を取り出し終わった。これでやっと眠れるか。

「――――」
「――――」

 何か声が聞こえるが、よく分からない。もう寝かせてくれと思っていると、ミライナが近づいてきた。
 え~と、品物の購入書か。売れるのはどれか? 品数は? あ~もう、考えがまとまらないので花瓶か大皿のいずれか一つで。
 書類の内容の文字が読めないほど疲れているようだ。
 酷い眠気が襲ってくる。
 さっさと選んでくれ。あ~次は何? 金額交渉? すまないけど、ミライナの客なんだしそっちで交渉してくれ。

「そちらに取り引き額を任せる」

 短く言っておくと、男性が地面に置いてある花瓶と大皿をしげしげと眺め始める。こっちはさっさと寝たいのだが――

「――でどうか」
「――え、そんなに」
「――であるから」
「――なので」
「――で決定だ」
「――分かりました」

 価格交渉は時間はかからずに終わったらしい。
 客の男性はしばらく陶器を眺めたあと、購入品を決めたようだ。そのまま持ち帰って良いのか聞かれた――ような気がした。
 僕がコクンと頷くと、付き添いらしき人々が現れて品物を丁寧に梱包していく。
 これでやっと眠ることができると思ったのだが、まだ終わらなかった。尋ねてきたミライナに向かって告げる。

「……え? 残りの品はどうするのかって? すまないが、販売と展示用のため、リサギルド支部長のところまで持っていってほしい」

 ミライナは、付き添いの男性に慎重に梱包しろと言っていた。
 意識が混濁していて、取り引きの内容も金額もきちんと見ていない。まぁ、あとで確認すればいいか。
 そう判断して重い体を動かし部屋のベッドまで一直線に行くと、ひたすら眠ることにした。


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