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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 勇者パーティの分裂
「――――以上でございます。質問は?」
勇者パーティの一員である私、「火炎の勇者」ファラは、「御門の勇者」メルとともに冒険者ギルドに駆け込んでいた。
そうして勇者パーティから逃れたいと頼み込んでいたところ――ギルド職員から衝撃的な話を聞かされる。
それは、ギルドが総力を上げて、勇者パーティを追い詰めようとしているというものだった。
さらにギルドは、組織内の不穏分子の一掃計画まで考えているらしい。特に、勇者らを背後から支援している王族・貴族は徹底的に叩くとのことだ。
現在、勇者たちを放置しているのは、背後から支援する人物の情報を集めるため。それが終われば、即刻消す予定らしい。
その後、私たちは宿屋に戻った。
「ファラ! メル! どこに行っていたのだ!」
勇者パーティのリーダー、ベルファストが責め立てるように聞いてくる。パーティメンバーであるベルライト、カノンも不審げな視線を向ける。
今はこいつらに関わっている余裕などない。私は質問を無視して尋ねる。
「ところで、倒したモンスターは?」
私とメルがギルドに駆け込む前、勇者パーティはたくさんのモンスターを狩ったのだ。
「ああ、それなら貴族たちが高値で買い取ってくれたぞ。さすが貴族だ。我々の有用性をよく理解しておられる。もはや冒険者ギルドにモンスターを卸す必要はないな」
高らかに笑うベルファスト。
彼は、それがどういう意味を持っているのか、まるで理解していない。
王族・貴族が支援してくれるのは、勇者パーティが有用な駒だからに過ぎない。その意味がなくなれば、ゴミクズと同じにされるのだ。
私の心配はそれだけではない。貴族らに、狩ったモンスターを全部売ったということも問題だった。
普通、モンスターの素材は、冒険者ギルドの厳正な審査によって価格が決められる。
だが、貴族の売買にそんな常識はない。彼らが求めるのは、あくまで高く売ることだけ。それによってどんなことが起こるのか――
おそらく裏市場に販売されるだろう。
私たちの狩ったモンスターの状態は、明らかに良くなかった。
それを高額で買い取った貴族も貴族なら、その販売相手も相手だ。あんな物をどう利用するのかわからないが、絶対に問題になる。
ともかく、こいつらは何も理解していない。
私とメルは幽鬼のようにフラフラと部屋に戻った。
「「どうしよう」」
私たちの抱える問題を火に例えると、火種を通り越してすでに大火事になっており、消火が不可能な状況であった。
貴族などの思惑、裏社会との繋がり、何もわかっていない馬鹿な勇者たち――今まではユウキがいたから何とかなってきたが、もはやどうしようもなかった。
それ以外にも問題はある。
金を各所から借りていて、様々な契約書に安易にサインしていたのだ。ユウキは絶対にサインしなかったが。
もはや半分奴隷状態であり、死ぬまで苛酷な労働を強いられるだろう。
「何とか、何とかしないと……」
「うーん」
メルと二人で悩むが、解決策など出てくるはずもなかった。
× × ×
翌日、ベルファストらはどこかに行ってしまった。
私とメルは、もう一度冒険者ギルドに行くことにした。
「支部長がお呼びです」
どういうわけか、支部長の所まで案内される。これまで押しかけたことはあっても、呼ばれたことなどなかった。
部屋まで行くと、ギルド支部長のほかに予想外の人物が待っていた。
「「ユウキ!」」
「久しぶり、だね」
私たちが無用として追い出したユウキ本人が、そこにはいた。向こうは二度と会いたくもなかっただろうが――
私とメルは謝ることも忘れて、とっさに懇願する。
「お願いです! 助けてください!」
「お願い!」
一方、ユウキは事情がわからないといった反応だった。
「何なのいったい?」
それから私は、ユウキと別れたあとの顛末を、途切れ途切れに説明した。
一通り話を聞き終え、ユウキが告げる。
「だから口が酸っぱくなるほど言ったじゃないか。打算でもいいから、他人との交流を大切にしろと」
確かにその言葉を無視し続けたせいで、私たちは地獄を味わった。私はいっさいの反論ができなかった。
「悲惨なことになっているみたいだけど、同情もしないし、かけるべき言葉もない。今までのツケを払ってるだけとしか思えないよ」
ユウキは冷たく言い放った。
私は泣きそうになりながらも言葉を返す。
「それは嫌というほどわかっています。その解決策を頼みたいのです」
「解決策って……」
「お願い」
「あれだけのことをしてきたのに、今さら助けを求めるの?」
――虫がよすぎるだろ?
ユウキは実際に口にしなかったが、顔ではそう言っていた。
「僕からは、勇者なんて称号は捨てて、さっさと逃げ出せとしか言えないよ」
続いて彼は、次のようにアドバイスしてくれた。
罪をすべて白状すればかなり減刑される。罪を償ったあとはどこか開発地に逃げ込み、目立たないように暮らす。そうすれば、貴族も追いかけてこないだろう。
しかしそんなユウキの助言に、私は反発する。
「……私たちは若く、十分に働けます。まだまだ冒険者として行動したいのです」
「都合が良すぎるよ」
首を横に振ってそう言うユウキに、メルがすがりつくように話す。
「それも理解してますが、それでは貧しい暮らししかできないではないですか?」
勇者という称号はすでに無意味だとわかっている。だが、それでも私たちには冒険者として働きたい気持ちがあった。
「君たちの悪評は、冒険者の間で知らない者はいないほど知れ渡っているんだよ。それで、誰と組む気なの?」
あれだけのことをしてきたのだから、誰であれ拒否するだろう。
それはわかっていたが――私は思いきって口にする。
「……ユウキと」
ユウキはため息をついた。
そこへ、今まで黙っていたギルド支部長が話に入ってくる。
「それについては、いくつかの条件を認めてもらう必要がありますね」
「……条件ですか?」
ギルド支部長によると、今までベルファストらが隠し通してきたユウキの貢献をすべて認めろとのことだった。
「それによって、ユウキの順位は第6位にまで上がる。そして、爵位の授与が認められることになる」
そういえば、そのような報告などはすべてベルファストの一存で決まっていた。
自らの罪を報告し、真面目に働くことを約束する――そうするならば、私とメルの二人だけは減刑されるらしい。
「「認めます! 認めますとも!!」」
もう逃げ場がないので必死だった。
その後、交渉することになった。
ギルド支部長は書類を用意していたようで、すぐさま中身の確認をさせる。
「内容は以上です」
私は、天から下ろされた蜘蛛の糸に掴まるかのように、それにサインをした。
ギルド支部長が告げる。
「あなたたちは勇者パーティが壊滅するまで、勇者パーティと行動をともにし、内部情報を引き出してください。そうして証拠集めをしてもらい、潰す段階になったら保護します」
こうして私とメルはスパイをやることになった。
なお、今まで私とメルがしてきた不当な契約などは破棄してもらえた。スパイの援護もしてくれるという。
喜ぶ私たちとは対照的に――
「はぁ、面倒だ」
ユウキは面倒事に巻き込まれたせいか、ウンザリした顔であった。
× × ×
「これでどうにかなりますね!」
「うん!」
私たちは上機嫌で街中を歩いていた。
これだけの罪なのでどうなるかわからないが、冒険者ギルドが身柄を保証してくれると約束してくれたのだ。
ただし、その条件として提示されたのが――
勇者パーティを援助している背後の人物と、勇者パーティの仲間の情報を売ること。そして、今まで隠し続けてきたユウキの貢献をすべて認めること。それ以外にも、険悪な関係となっているほかの冒険者との関係改善なども求められた。
だが、とにもかくにも命綱を掴めた。まだ、勇者パーティから離脱はできないが、できたらユウキの世話になろう。
そう思いつつ、私は歩を進めた。
宿屋に戻ると、ベルファストらが帰ってきていた。
「どこに行ってたの?」
私は疑問をぶつける。
「ああ、貴族主催のカジノにな」
「「はあ!?」」
私とメルの声が重なる。
カジノって……あのカジノ?
貴族が主催するカジノは交流という名目で開かれているが、カモにされるのがオチというのが実態だ。
そんな所に行ってどうするのだ? 各所から借りた金の返済すら終わっていないのに。
「途中までは馬鹿みたいに勝ってたんだが」
美女に囲まれて、煽てられて、大金を賭け続けて、一文無しになる――という決まりきった流れだったらしい。それで、甘い言葉に踊らされた彼らは借金してさらに続けたが、結果として借金だけを増やして帰ってきたそうだ。
私は怒りを抑えられず声を上げる。
「馬鹿じゃないの! 私たちは今8位なのよ! 大物の討伐ができないし、解体や料理といった生命線を担う役割をする者もいない。それを引き入れることすら困難なのに、博打で借金を増やしてどうするのよ!!」
「これも支援者である貴族との交流の一環だ。なーに、我々がその気になれば順位などすぐに上がるし、金はいくらでも稼げるさ」
こいつらはどこまで楽観的なのだ?
確かに、普通なら私たちの順位が上がることは難しくないかもしれなかった。だが、冒険者ギルドは私たちの功績を大幅に制限する方針なのだ。
モンスターを狩るのも駄目、解体も駄目、料理なども駄目、最後に交流も駄目と来ては、仲間探しもできない。
まったくもって未来がないのだ。
「ふざけんじゃないわよ! 仲間に誘った冒険者に裏切られて、日干しの刑を受けたのを忘れたの! あんなのは二度とごめんよ!?」
地獄を何回も味わわされては精神が耐えられない。あのときは何とか奇跡的に生還できたけど、次があるとは限らない。
「だからこそ貴族との交流を大切に――」
「それが馬鹿なのよ! あいつらの考えなんて見え見えじゃない」
私たちを借金漬けにして、身動きが取れないようにする。
貴族とは、自分さえ良ければ、当然のように悪事を働く生き物だ。
同じ爵位持ちでも「世襲貴族」と「職業貴族」は大きく違う。後者のほうが民衆受けが良く、評価も高い。収入も当然後者のほうが高いのだ。
「こいつらはもう駄目だ、一刻も早く抜け出したい」
「うん。ユウキが言ってたことが現実になった」
私とメルは怒り心頭で部屋に戻った。
上等な個室なので、無駄に金がかかっている。だが、もう金を払っているので、嫌でもここに泊まるしかなかった。
ああ、神様。いくらでも罰を受けますから、早くこいつらと手を切れるようにしてください。
ここまで来て神に祈っても仕方がないと思うが、そうしないと心が壊れそうだった。
× × ×
「ユウキのパーティですね。すみませんが、少しお話があります」
僕、ユウキがいつものように冒険者ギルドで討伐依頼を受けようとすると――ギルド職員からお話があるとか。
「今日から、第二陣がモンスターの討伐に参加するんですが、解体師が不足しているんですよ。そちらの援護に回ってはもらえませんか?」
「それはいいけど」
普通だと、こういう場合はギルドお抱えの解体師がやるはずだ。まだ順位が低い僕らに勧めるような依頼ではないはずだが。
そのことをそれとなく伝えると、ギルド職員が答える。
「ギルド支部長や他の解体師の多くが賛同してますから、問題ありません」
他の人の同意も得ているようだし、危険を冒さずにお金が入る。僕の仲間らにとっても良い仕事だし、引き受けても問題ないか。
ギルド職員が条件を伝えてくる。
「取り分は、解体した頭数分の二割五分です」
「了解」
通常が二割なので、ちょっと良い条件だな。
その後、他の解体師と合流した僕たちは、その仕事をすることになった。
「せぇの」
僕はパーティメンバーである神官騎士のリフィーアと組み、同じくパーティメンバーのエリーゼ、リラ、フィー、ミミは彼女たちだけで一緒になって行動していた。
ボアの頭にフックをかけて、テント状にした棒に吊り上げる。
その下に大きな桶を置いて、ボアのお尻に細工をしてから腹を割いて、内臓を落っことす。
四肢の先を丸く切って、そこから中心に向かってナイフを入れる。それが終わってから、徐々に毛皮を剥いでいく。
毛皮を剥ぎ終わったら、肉の部位の取り外しにかかる。どこの部分を優先的に取り出すかを見極めて、迷いなくナイフを入れて肉を切り出していく。切り出した肉は台の上に置いていった。
最後に、骨をノコギリなどでギコギコと切って分割して作業終了だ。
エリーゼたちは少し遅れているが、同じように作業を進行させていた。
「ユウキ、次をお願い」
「わかった」
ボア、シーク、ウルフなどが次々と僕のもとに運び込まれてくる。
第二陣は、第一陣のとき以上にモンスターの数が多いようだ。専属の解体師を連れてきているパーティもいるが、ごく少数だな。
そんな解体師もその半分以上は、解体技術についてあまり学んでいないようだった。
内臓や汚物の処理が適切に行なわれておらず、台に置いて解体しているので、手や体が酷く汚れている。
あれだと感染症の危険性があるし、頻繁に水で流さないといけない。作業の進み方は良くないな。でも、モンスターの解体の仕事は次々と入ってくる。
結果として、格段に作業が早い僕らに、多く仕事を割り振られるわけで――
「ユウキ、こっちを」
「こっちもだ」
「はいはい」
僕は、他の場所の面倒も見ることになった。
棒のテントは三つ用意していて、そのうち一つをメイン、他をサブとして平行作業をしている。
モンスターを吊り上げて、毛皮の解体までをやって、次のテントに移る。あとは他の人でも十分対応できるのだ。
解体師は技術職なので、僕以外の解体師はモンスターを吊り上げる膂力はないようだった。
僕は、他より多くの仕事を抱えることになっていた。
「各自休憩と食事を取れ」
どうやら一息ついたようで、解体師を束ねる人物がひと休みの命令を出した。
「ふぅ」
「やっと休憩です」
大忙しの仕事が一段落したとあって、僕の仲間らは大きな息をついている。
朝一番から解体を始めて今は昼頃か。もう頭数なんて覚えてないな。
出された食事は、やや柔らかいパン、肉の腸詰、サラダ、お茶だった。こっちの世界では緑茶はないが、紅茶はある。そこそこの値段がするが、解体師にまで出すということは、優遇してくれている証拠だろう。
解体師を取りまとめているリーダーが話しかけてくる。
「ユウキさん、すまねぇな。一番仕事が早いから多く割り振っちまった」
「いえ」
他の人たちも忙しかったのだが、その三倍近くの仕事を、僕はこなしていた。エリーゼたちも他より多くの仕事を振られている。
まあ、その分報酬が多くなるので、別に気にすることではない。
別の解体師の男が言う。
「あの吊り上げ式解体術ってのは、格段に楽で早いな。全方向から刃物を入れられるし、動かす必要もない。何より汚れやすい内臓などの処理も簡単だ」
どうやら僕らのやり方に興味津々のようだ。
「あれの予備はないのか?」
残念だけど、エリーゼらに貸している分以外、予備として用意していたパーツなどはすべてギルドに売ってしまっている。
そのことを伝えると、その場にいた解体師たちは残念そうな顔をした。
「ってことは、ギルドの大工房で製造開発を進めてるってことか。早く配備してほしいなぁ」
「そうだよなぁ。これがあれば格段に効率が良くなる」
彼らが解体の効率にこだわるのには理由がある。
冒険者ギルド支部に所属する解体師の取り分は二割だが、解体した頭数や素材の分け方の出来で買取値は大きく上下する。一体あたりが高く売れて、さらに多く解体できるとなれば、その分だけ収入が増えるというわけだ。
専属で雇われているとはいえ、その仕事の質には明確な差があり、腕が立つほど重要な仕事を任せられる。
ちなみに、素材の取り出しから販売まで独占している冒険者ギルドだが、その金の割り振りは難しく、各部門で予算申請の書類が山積みだという。つまり、資金力はあるのだが、明確な利益となる投資としての技術や知識の開発・発見は難しい課題なのだ。
そんなわけで、僕の吊り上げ式解体台は、手詰まりだった技術の進歩に大きく貢献するだろうということだったが――まあその辺はどうでもいいか。
そうして穏やかに話をしながら休憩と食事を終える。
「さぁ、モンスターはこれから山ほど入ってくる。久々のボーナスのために頑張るぞ」
リーダーの号令とともに、仕事を再開することにした。
応援ありがとうございます!
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