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第1章

172話 新進気鋭の芸術家にして料理人

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作品に熱湯をぶちまけても壊れない作品を見てお客たちを驚かしたら一気に注目が集まる。

「シシンは今日初めて作品を展示しておりますのでお見知りおきを」

通訳が作品の良さを口々に伝える。主役は僕だがあまり盛大に動くとボロが出てしまうかもしれない。なるべく穏便に済ませたいところだが。

「どれ、作品を良く見せていただきたいのだが」

一人の壮年の男性が人込みをかき分けて近くに来る。

「レイテ子爵様、何かお気に入りの品はありましたか?」

「伯爵夫人が主催する展示会はいつも良い作品ばかりがあり迷うところですな。どれ、どんなものがあるのかな」

その男性は僕の作品を一つ一つチェックしていく。しばらくすると一つの絵画に目が留まる。

「『青い鳥と幸運の兆し』という作品がとてもいいですな」

それは僕が描いた絵で青い鳥を主題として描いたものだ。青い鳥は吉兆でありそれが木に止まっていてそれが幸運を呼び込むというタイトルだ。

それをとても気に入ったようだ。

僕は合図する。

「子爵様、お買い上げしますか?」

「えっ?よろしいのですか?」

僕は「コクリ」頷く。

「う~む、これほどの絵となるとかなりのお値段になるだろうな。できうることならば欲しいが」

少々所持金が届かないと。僕はその子爵の人相と雰囲気がとても好ましいと思い、

「『出せるだけで構いません。買っていってください』シシンはそう申しております」

決断した。

「おおっ!なんともありがたいことだ。この絵は大切にしよう」

「交渉成立ですね。お値段の方は伯爵夫人とご相談ということで」

そうして、絵は慎重に下げられる。

『子爵様が絵を買い上げられたぞ!まだ出展したばかりなのに!』

周囲からどよめきの声がチラホラ上がる。今日初めて作品を展示したばかりなのにもう買いあげる人が現れるとはよほどのことなのだろうな。相手が貴族と言うのも評判を広げるのに一役買った。

すると、

『この作品を売ってくれ!』

数多くの購入者が現れた。

残念ながらまだ売るほどに作品のストックがないから展示品ということになっているのだ。そうして展示会で一番注目を集めた制作者となる。

展示会が終わった後。

「お疲れさまや。初めてなのに堂々とした立ち回りやな」

「どうも」

「レイテ子爵に絵を売りつけたんは予想外やけどあれはあれでアリや。作品を購入してくれる人を大切にせんとどうしようもない世界やからな」

あのレイテ子爵は好ましいと思ったから売っただけなのだけど。伯爵夫人はしきりに褒めていた。

「ユ―シシンは料理の腕も大層立つそうやな」

「ええ、それが?」

どうしたのかと。

「明日大切な客が数名来るんよ。そこで腕振るってや」

「美食家ですか?」

「結構舌が肥えてるし見栄えばかりの料理はあかん。そこんとこを考慮して作ってや」

これもお仕事というか命令に近いものだが恩を売って悪い相手ではないな。

「どれぐらいの品を作ればいいのですか?」

相手の腹具合もあるので事前にどのぐらいの量を作ればいいのか聞いておく。

「他の料理人のこともあるから三品ぐらいやな」

結構少なめだな。とはいえ、本格的な料理を求めているそうなので準備を怠りなくしておく必要がある。久しぶりに本格的な料理が作れるので楽しみだな。

そして、当日を迎える。

「本日は伯爵夫人の料理会に参加していただき誠にありがとうございます」

僕のほかに数名料理人が控えていた。どれも結構腕がありそうだ。順番は僕が最初だった。

「最初の料理を担当するのはシシンです。少し前に成人したばかりとなります」

拍手を送られる。しかし、鋭い眼光も同時に。どれほどの料理を出してくるのかを見定めようとしてるのだ。

まず、一品目を出す。

『???』

使用人が持ってきたのは鍋、その中には白く濁った液体が張られている。その下に温度調整のための発火石で作られた土台が置かれる。

『これはいったいどのような料理なのだ?』

全員が疑問を浮かべる。スープの類だと思われたが差し出されたのは二本の棒と黒いダシが入ったお皿。

しばらくして、

「その二本の棒をゆっくりと鍋の中に差し入れて下さい」

参加者全員が指示通りに棒を取り鍋に差し込む。

『!?』

全員が驚愕の表情になる。

刺した二本の棒に何か手ごたえがあったのだ。それをゆっくり取り上げると白い薄い膜が付いている。どうやら成功したようだ。

「皿に入ったダシに付けてお召し上がりください」

参加者は恐る恐るダシに付けて口に運ぶ。

「何という美味さだ!」「美味い、美味いぞ!」「何という不思議な食感だ!」

出した料理は精進料理にある『引き上げ湯葉』だ。こちらの異世界にも大豆と同じカラハ豆というものがありそれを丹念に擦って作ったのだ。さすがに湯葉のようにするには鮮度が大切なので大変だったが。

お客達はその美味さを知るや次々と棒を差し込んで食していく。

「それでは、二品目に入ります」

一品目でこれだったので次の品への注目がすごいことになっていた。

使用人に料理を運ばせる。

『???』

また疑問符がいっぱいとなる。

出されたのはただの肉野菜煮込みだ。

「お召上がりください」

ただの肉野菜煮込みなど庶民の料理、高貴な人間からすればさして特筆するべきものはないはず、そう思うだろうが。

お客達は興味深い顔をしながら口に運ぶ。

『!?!?』

またさらに驚きの表情となる。

確かに一見すればただの肉野菜煮込みだが材料を徹底的に厳選した、市場を駆け巡り最高の肉と野菜と調味料を揃えた上で最高の料理技術を用いて作った。

丹念に材料を下ごしらえし手抜きなく調理すれば極上の味となる。

お客達は無我夢中で口の中に入れていく。それを食べ終わると。

「三品目に入ります」

この時点で他の料理人とは明らかに違う視線をお客達から向けられるが気にすることはない。最後の料理は目の前で見てもらうとしよう。

三品目は川魚の刺身。鯉に似たお魚だ。それを用意された台で目の前で捌き調理する。だが、なぜか隣に水を張った木箱が置かれている。

魚を捌き終わり野菜とともに盛り付けをする。ここからが一番重要だ。僕はお客達に木箱の傍に来るように伝える。

お客達が集まり終わると身を全て取り除いた魚の頭をトントン叩く。すると魚の目が動いた。よし、大丈夫だな。骨となった魚を持って木箱の中の水に入れると。

ピチピチピチ

骨と化した魚が元気よく泳ぎだした。

『!?!?!?』

お客全員が目を点にして驚く。骨と化した魚が目の前で泳いでいるなどどう考えても信じられないだろう。何度となく確認する人多数、だが現実に魚は泳いでる。

包丁の絶技である『骨泳がし』だ。これをやるためには極めて新鮮な魚と料理人の腕前とよく切れる包丁が不可欠だ。正直僕でもこの技はかなりの難易度なので本番で試したことはなかったが上手くいってよかった。

お客達は放心したかのような表情で料理を味わうことになった。
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