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第1章

131話 顔見せに来る貴族共

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アリム、ペトラ、ユードルトの三拠点を無事に制圧したジーグルト伯爵軍は周囲の治安維持に没頭した。

「各員周囲の村々などを巡回し治安維持に努めよ、納税率なども変化するからその点をよく確かめること」

『ははっ』

僕は各隊員に指示を出す。

周囲にはまだ残党が潜んでいる可能性もあるしそれらが野盗や山賊となる可能性もある。ゲリラのような行動をとられたら不味いからだ。

そのため警備は徹底して行わなければならないし補給線の問題もある。

町の顔役や長老衆への顔見せや話し合いもやらなければならない。

とにかく、忙しかった。

それからしばらくして、

「えっ?周囲の貴族らが顔見せに来てるって?」

「はい」

アランが拠点の外に貴族らが来ていることを伝えてきた。何をしに来たかについては予想はついている。

「(昨日の今日でもう来るのか。厚顔というか業腹というか、奴らはどこまでも利益に執着するな。下級貴族の大多数が年金生活であることを考えるとやむを得ない部分もあるんだけど……)」

来た理由を考えると失望どころか殺意すら沸いてくるのだが追い返しても追い返しても奴らはやってくるだろう。これも仕事だと割り切るしかないか。

建前的にはアランが隊長としてここを預かってるということなので彼に対応してもらうことにする。もちろん、助言付きで。

そうして、貴族らを入れる。

「初めまして。我らはこの辺りで貴族家の当主を預かるものでして」

「うむ。此度の要件はどのようなものなのか?」

最初の挨拶はごく普通だったがここから彼らのどす黒い欲望を目の当たりにすることになる。

『アラン様はここの拠点を統治するのにお一人では大変でしょう、我らの中から側近をお選びください』

「はい?」

アランの返事が疑問形になった。それもそのはずである。初対面なのになぜ側近を取らなければならないのだろうか?人員はジーグルト伯爵家から連れてきた人数で足りている。それなのに人数を増やす意味がない。無意味に増やせば住民の負担になるからだ。

その後彼らはしきりに『自分らを取り立てろ』の一点張りを押し通してくる。

「(ユウキ様、これは一体何なのでしょうか?)」

アランは困惑し僕に助けを求めてきた。

「(要するに、以前の統治者の傍に居られず甘い汁を吸えなかった連中が来たってこと)」

「(えっ?ただ、それだけなのですか?)」

僕は、うん、と答えた。

押さえた書類などを見る限り相当搾取していたはずだ。それらの金は自分か傍近くの側近などに渡してたのだろう。当然それから漏れる連中もいたはずだ。

上が変われば下も変わる。伯爵家がこの拠点を預かったのならば前の顔触れは完全にいなくなる。その枠に入りたい貴族らが殺到しても不思議ではない。

むしろ、伯爵家が治めるようになればもっと歩合が増える可能性が高くなる、それを見越してここに来たのだとアランに説明した。

「(何という奴らだ!以前の統治者が悪政を強いて資金が枯渇する寸前なのに!!)」

「(貴族とはこういう手合いだとよく覚えておいた方がいいよ)」

以前の統治者が悪政をしていて資金が不足している状況であることは彼らもある程度理解しているはずにもかかわらず利益目当てに顔を見せに来る連中にアランは激怒した。

まっとうな貴族を目指している彼からすると唾棄すべき相手であろう。

悲しいかな大多数の下級貴族はこのような場合が多い。役職がないためである。まともであるならば冒険者ギルドで職をもらうことは十分可能なのだが賄賂を平然と要求し他者を見下し私腹を肥やすことしかない世襲貴族は軒並み追い返される。

冒険者ギルドで役職を貰っている世襲貴族が少数派なのはそんな理由があるのだ。

そのため、彼らは何かと他者を食い潰し金を得ようとする方向に進んでしまう。実際問題平民程度なら騙しても素知らぬ顔をしていた問題も出ている。彼らからすれば『金こそ正義』なのだ。

だからといって詐欺まがいのことをしていれば世話はないのだが。冒険者ギルドではそうした不正な問題を手厳しく取り締まってる。

そうなれば手が後ろで縄に繋がれ獄に強制連行だ。

冒険者ギルドとてすべての場所の面倒を見れているわけではない、この拠点のように悪政が敷かれながら上手くごまかされている場所も結構ある。

そのような場所ではこいつらのような輩が幅を利かせているわけだ。

「(どうしましょうか?)」

アランは小声で訪ねてくる。

「(追い返せば?)」

「(でも、彼らとて一応貴族ですよ。丁寧な対応を)」

「(そんな顔をした瞬間に賄賂を要求されるぞ)」

返事など聞く必要はない、絶対に追い返せと忠告する。アランは対応に迷っているようだが。

「(お前の主君は誰だ?)」

「(ジーグルト伯爵家当主アルベルト様です)」

その主君から何を言われたかを、よ~く思い出せと。

『拠点で悪政が行われているならばそれは敵だ。敵は排除するべきである』

アルベルトは出陣前にそのような宣言をした。ならば、それを守るのが家臣だろう。

「貴方達のお話はよく分かりました」

『おおっ!さすが伯爵様の家臣でありますな!』

相手の貴族は大喜びの顔をするが。シャキッ、音とともにアランが剣を抜く。

『へっ?』

相手の貴族は一瞬キョトンとした顔になった。

「貴様らのような悪徳貴族がいるから評判が下がっていくのだ!我の主君アルベルト様は貴様らのような輩は認めない。とっとと消えろ!!」

「ア、アラン殿!そのように激昂し剣を抜かれては話し合いなどで」

『帰れ!さもなくば、斬る!』

アランだけではなく周囲の兵士らも剣を抜く。さすがにこの状況で話を続けることが出来ないと判断し貴族らは尻尾を巻いて逃げていく。

「クソっ!これまで旅をしてきて世襲貴族だからと、歓迎を受けたことなどほとんどなかったがこういった理由があったとは!!」

アランはとても気分が悪いようだった。それも当然だろう。このような連中が幅を利かせているからこそ世襲貴族が信用されず白い目で見られている元凶なのだから。

冒険者ギルドから役職などを貰えない理由もそれだ。世渡りの手段も知らない馬鹿ばかりなのだから、それにもかかわらず自分のほうが偉いと言い張る始末。

職業貴族は世襲貴族よりも数段下と、見下しているのだ。

重要な仕事はほとんどが職業貴族で占められている、能力が無いくせに役職持ちを妬み蹴落とそうと必死になっているのだ。自分が役職に付いた時のことなど考えずに。

能力が無ければ仕事は進められないし失敗したときの弁明もできない。なのに、役職を寄越せと言い張るのだから手の施しようがない。

「これも勉強だよね」

「そう、ですね」

アランは隊長として拠点を統治しなくてはならない。こうした勉強は必須であろう。

奴らの恨みを買って問題ないのかって?以前統治していた貴族軍にすら入れなかった連中だ。財力も権限もない奴らには精々恨みを周囲に漏らす程度しかできないだろう。

万が一にも兵を集めたら潰せばいい、それだけだ、集められるはずもないが。

だってさ、農民が少数程度しかいないような場所で兵士を徴募してどうなるっていうの?装備や食料だって揃えないとならないし金も掛かる。そんなことをしたらあっという間に返済不可能な借金を背負う。それで負けたらさらなる金が出ていく。

農民たちからすれば日々面倒を見ている農地の維持に精一杯だ、兵士に徴募されて殺し合いになど行けるはずがないし死んだら元も子もない。ワケの分からない貴族の兵などになる理由もない。

そんな馬鹿げた未来図があるのだから迂闊な行動は出来ないのだ。

どうせ、伯爵家の軍勢にまともにぶつけられるほどの兵士など集められない。無駄な絵を描く暇があるならば財テクの一つでも覚えろと言いたい。

ま、予想していたけど。ホント世襲貴族は馬鹿ばかりなのだと実感してしまうな。
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