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第1章

108話 戦後処理 

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侵略してきた貴族軍を撃退したが問題はこれでは終わらなかった。彼らの家は断絶させられその財産はジーグルト伯爵家に吸収されることになるのだがこうしたイザコザの場合は手持ちの財産を隠したり逃げる場合が多い。

なので、ベルン伯爵様は家臣らに命じてからの家に踏み込んで正式な手続きをしなくてはならない。突然夫や家族は罪人だと言われ混乱する家族に対応しなくてはならないのだ。

貴族法では違法性のある原因を調査させるため事情や証拠品も必要、なので伯爵家は大忙しだった。そんな状況なのにも関わらず、

『アウドース男爵らの後任は私に!』

無職の貴族当主やその関係者が押し寄せてきたのだ。同じ世襲貴族が数家潰れたにもかかわらずその利権や分け前、財産処理で上手く立ち回ろうと考えたのだろう。

普通に考えれば身内の不祥事で不幸なはずなのにハゲワシのように死肉漁りに寄って来る。人間の欲望とはかくも恐ろしいものであるのだ。

「ヤツらめ、なんという業腹な・・・。現実に起こった不幸な事件を心情を考えずに喜ぶ愚か者共が、戦に負けるのは悲惨だが勝てば勝ったで面倒な仕事が増える。祖先や祖父や父上がこういう問題で頭を悩ませていた気持ちをこの年で理解させられることになるとは・・・」

伯爵家当主ベルン様は最悪の気分だった。それもそのはずだ。

確かに伯爵家は勝利して貴族家の財産を吸収した、他人から見れば羨ましい状況なのかもしれないがベルン様の心は沈んでいたからだ。何しろ、つい先ほどまで知り合いだった人間を絞首刑にしたのだ。これで喜べるなどどう考えても普通ではない。嫌な連中ではあったが罪人扱いまでして殺そうとは考えていなかった。

さらに気分を悪くしていたのは、

『ジーグルト伯爵家は我らが家臣や兵士を殺した!賠償金を払え!』

どこからとも無く良く分からない貴族たちが来たのだ。

ベルン様の記憶では「そんな名前の貴族がいたのか?」という程度の認識だ。貴族家の名前が書かれている名簿を見ても探すのは難しいだろう。何しろ何かあれば増やしている状況なのだ。伯爵ともなれば会った事もない貴族もいるはず。そんな訳が分からない貴族の一族や家臣など覚えているはずが無い。

何しろあの戦いでは少なくとも百人は死んでいる、どこから雇われたかも分からない兵士など分かるはずが無い。なのに奴らは「自分らの関係者を殺した」そう言い張っているのだから。

侵略しておき違法を行いながら何故こちらが金を払わないといけないのだ?あまりにも常識外れな連中ばかりが来てさすがに伯爵様は我慢の限界だった。

仕方なく、僕の秘蔵のお茶などを提供している。

「まったく。紛争とは勝っても負けても後始末が面倒だ」

「そうでございますね」

大貴族でも手に入れるのが難しい茶葉で作ったお茶を一緒に飲みながら談笑する。

「祖父や父上の代で諍いが起こり苦労していたと嘆いていた話があるが、貴族とはなんと面倒な生き物よ」

「いずれは僕もそうなるかもしれませんけどね」

冒険者ギルドでは僕に爵位を与えようと機会を窺っている。何かあれば即座に押し付けてくるだろうな。

「それはそれとして、この茶葉はとても良い物だな」

「ええ、何しろ茶葉の名産地で手に入れたものですから」

「そうであろうな。この味と香りは本当に心地いい」

僕が見立てたので味も香りも保障済みだ。お高いけどね。

「お仕事のほうはよろしいのですか?」

伯爵ともなればかなり忙しい、あれだけの後始末はかなり大変なはずだ。

「少しばかりアルベルトに任せることにした。問題なく爵位を譲るための勉強だな」

「さようでございますか」

ベルン様はアルベルトさんに爵位を譲る決意を固めたようだ。灰吹き方や新鉱山の開発などこれから忙しい時だからこそ無事に爵位が譲れるように手を打ったのだ。死後に爵位を譲るのが普通だがそうなると一族や家臣らが騒ぐ可能性がある。これから無事に領地が発展していくからこそ爵位を譲るのだ。

何事にもタイミングが存在する。ベルン様からアルベルトさんに爵位が譲られる頃には冒険者ギルドからの協力で大規模な精練施設が出来ている。そのタイミングで灰吹き方を使い大量の貴金属が精錬出来ている。領地に入るお金は飛躍的に大きくなりその当主であるアルベルトさんは優秀な人物だと評価される。そこに文句を言う輩は現れないわけだ。

「私も跡取りに関してはまだまだ経験が足りないと感じているがそれは家臣らに支えてもらえば良いし冒険者ギルドとの繋がりもある。多少苦労はするだろうが上手くやれるはずだ」

「そうでございますね」

名を残した人物の中には実は平凡である場合が多い。決断できる時に決断できることは重要だが側で支える人材の質がさらに重要なのだ。平凡な能力であるけど優秀な家臣らに支えてもらい名を残した貴族というのはいくらでもいる。

その前例に倣いベルン様はアルベルトさんに爵位を譲ることを決断した。よくある貴族の世襲の光景だ。

「どのみち付き合いのある貴族家や相手に名前と顔を覚えておいてもらえる機会とチャンスが必要であったからな」

貴族は色々な付き合いがある、貴族や商人など、全てが全て必要ではないかも知れないが覚えておいて貰えれば格段に話が進む。

今後進む道が決まっているからこそ存在感をアピールできるチャンスだとベルン様は考えていた。この領地から貴金属が大量に出てくれば付き合い方は変化する。この時に当主であるアルベルトさんの存在を他の貴族らに覚えておいてもらう必要がある。何しろ貴金属の販売量は目に見えて減少しているからだ。

それを大量に有する伯爵家を敵に回す、そんなことをされれば村八部になるのは決定だ。貴族社会で付き合い方を知らぬ愚か者として日の目は無い。

「父上」

その話題をしてるところにアルベルトさんが来た。

「冒険者ギルドから派遣された人材が到着しました」

「そうか」

ここからは冒険者ギルドらを交えての話となる。僕も参加せざるを得ないな。

「始めまして、私は冒険者ギルドユーラベルク支部貴金属部門担当ユーヴィル・ルックナーと申します」

「始めまして。当主のベルンだ。こちらが跡取りのアルベルトだ」

そして僕のことも紹介される。

冒険者ギルドは貴金属に関わる分野全部を呼んでいた。製錬細工加工彫金などなど、おそよ製造から販売まで全部だ。

「さっそくですが『例の品物』を確認させてもらってよろしいでしょうか」

「うむ」

テーブルの上に取り出されたのは金や銀やミスリルの塊であった。

「ほわぁ~!近年稀に見る見事な輝き、これは期待できそうです!」

そうして鑑定を行う。主に調査するのは質と量、である。純度が高く不純物が少ないほどに値段が高騰する。これには国が指定しているランク付けがある。

彼らは秤等を使い慎重に鑑定した。

「すごい!これはすごいです!ほぼ最高ランクの位置づけの金や銀、ミスリルまで存在するとは!これを冒険者ギルドに優先的に下ろしてもらえるのですね!?」

調査員はその塊の価値を鑑定し大喜びしていた。

「今まだ試験中であり製造量は限られておる。冒険者ギルドから支援を受けて精練施設や人材を派遣してもらえばもっと製造できる」

「なるほど、鉱石は大量に余っているのですね。さっそく契約の話に移りましょう」

書類の作成に移る。

「ユウキ殿への報酬は年間に製造する貴金属の二割五分の売却額、これを契約上必ずお守りいただこう」

「伯爵様、それはちょっと」

僕はここで口を挟む、そんな途方も無い大金はもらえないよ。

「これは我らにとって運命の分岐点だった。完全に新しい精錬方法や戦での勝利、それらこれらを全て含めた意味での報酬だ」

何も言わずに受け取れと。ベルン様もアルベルトさんも同じ表情をしていた。

「分かりました」

ここまでされて受け取らないとしこりを残すと思ったので同意した。

「他に販売先を増やすためにある程度の量をいただけるとありがたいのですが」

厚さが薄い金銀両方のインゴット三十枚とミスリルのインゴットを十五枚見本品として用意していたのですぐさま渡す。

「今すぐ代金を支払う事も出来ますが」

「代金のほうはしばらくは良い」

それよりも精錬施設の建設や技術者の派遣が先だと説明した。冒険者ギルドは何名かを残して貴金属の塊とインゴットを持ち帰る。

「契約上書いてある『灰吹き方』に関することは他言無用にしておいて欲しい」

「分かっております。ええ、こんな美味しい話は誰にも渡しません」

冒険者ギルドは市場に流れてくる貴金属の質と量が悪くなることに不満を持っていた。貴金属を高値で売りたい伯爵家と上等な貴金属が大量に欲しい冒険者ギルド。タイミングが完全に合い両者の利害関係は一致する。

また、そんな代物が市場に出てくれば国は当然調査をして出所を確認するはずだ。間違いなく異常な金額の税金を貸してくるのは間違いないので先手を打って税金額を一定以下に制限する契約を取らなければならない。

さすがに伯爵様の方から言うことが出来ないので冒険者ギルドの交渉専門の人材を使うことを決定していた。

「ユウキはもうしばらく貸しておいて欲しい」

「それについてはリサギルド支部長からも聞いております」

なんでも、まだあの戦争の戦死者のことで貴族が騒いでいるとのことだ。ほとぼりが冷めるまでは安全な場所に居ろと言う事らしい。

その後ユーヴィルさんは僕だけに話しかけてきた。

「今現在、ライク家では麦粉の大量製造が始まっておりますので、報告しておけと命じられております」

「そうなんだ」

「技術者を派遣したのですが『今までの水車とどこが違う?』と。混乱しているようです」

あれは外見上は前の水車と変わりが無いが一つだけ違う部分がある。鉄製ではなく微細な調整もされない木造ではその部分が分からないのだろう。麦粉を大量に製造できる水車を手に入れたことで資金状況は大きく改善したそうだ。

「あれの技術が是非とも欲しいと関係者は申しております」

「それについては後で」

どうやらライク家の問題は解決できたようだ

「で?貴金属の売却先はどうなのかな?」

ここで質問を変える事にした。灰吹き方で精製した貴金属の値段、その詳細を知りたい。

「ほぼ最高ランク、そう言いましたが実際にはそれより上等です。国は何故品質の落ちる貴金属ばかりを市場に流しているのか理解に苦しみますね。ともかく、これで冒険者ギルドは長期間安定して上等な貴金属を手に入れるルートを手に入れました。国の役職持ちや御用商人の顔色を窺う必要性が無いのは大手柄ですよ」

やはり、国が精練している貴金属はあれよりも数段落ちるらしい。

「争いが起きるね」

「起きますね」

ジーグルト伯爵家が発展すればするほどに売り上げが落ちていく国、貴金属販売はどこの国でももっとも利益が大きい産業だ、その市場のシェアが減れば大問題だ。

「冒険者ギルドはどうするの」

「その時にならないと分かりませんが逃げずに戦う姿勢をとるでしょう」

「個人的には?」

「私は貴金属を販売する立場にいますが貴金属に関わることは全部大好きですよ。あの輝きを手に入れられるなら大抵のことはしますね」

この異世界でも貴金属愛好家は多いみたいだ。

「冒険者ギルドとしてはユウキ様に早く戻ってきて爵位を与えたい方針が強いのですが」

「う~ん」

この伯爵家にはまだ敵がいる可能性があるしな。もうしばらくここにいると告げる。そうしてユーヴィルさんに精練施設を案内する。
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