86 / 87
王女シャルティエの初めての冒険
しおりを挟む
装備や水薬を分配されたうちらは依頼が来ている場所まで向かうと農民らがアタフタとしていた。
「あぁ、どうしたらいいんだ。若い娘が攫われてしまいこの村はどうしたらいいんだ」
農民らの悲痛な叫び、ここでようやく頭目殿の出番、ではなかった。
「セシル」
「はいっ」
「君が話を聞いて対処して。ラグリンネも付いて行って」
「分かりました」
「頭目が話を付けるんじゃないんか?」
当然の疑問を浮かべる。
「名が売れている僕が出てもいいけど、こんな外見でしょ。なら、見た目の印象が良いセシルの方が適任だ神官も同行しているのなら悩みも打ち明けやすい」
たしかになぁ、外見だけならセシルの方が上である、騎士を目指しているからだろう。それに神官も同行してるとなれば、なるほど。確かに人選がいい。
「ま、外で待っていようよ」
「女らが攫われてるのに」
暢気なものだと、そう考えたが。彼のその後の行動を見て納得せざるを得ない回答が来た。
「村の人達から話を聞くと冬越えの食料を幾分かと羊など数頭が奪われたそうです」
「村民の中には回復の奇跡が必要な方々が何名か」
「じゃ、仲間ってことで通してもらおう。食料や水薬の分配を」
村の中に入ると仲間らは手早く品物を出し助けを求める村人に手を貸す。ウチはそれをただ眺めているだけではなく物資の分配に手を貸していた。
「こうなることは予測済み、ということかや」
「そうなるね」
村人からはしきりに感謝の言葉を言われる。悪い気はしなかった。
「あと、女達は確保したら故郷に帰らせるか教会で休ませる」
お布施が必要ではないのか、その疑問すらもピュアブリングは了承した。つまり、教会に支払う金の算段があるのだ。うちらの仲間なんて捕虜がいようと無視する気なのに、この人は。
「それじゃ赤字やないか」
「だろうね」
「簡単に答えるけど、それじゃ」
ウチは異論を唱えるが仲間らはまるでうろたえてない。どういうことや。
「ピュアブリングにはどこからでも大金を調達できる手段を有してるのですよ」
「そうですわね。そうでもなければここまで充実した装備は整えられませんわよ」
「どこからでもって」
「ま、そこについては深く考えなさるな」
「どうせグレーゾーンですからねぇ」
「何も考えるなって」
「正義の道に多少影が浮かびますが」
「まぁ、今が良いんだからいいんじゃないかな」
「それじゃ、どうやって問題を解決するんや」
「頭目殿の中身にはあまり触れぬように」
「私には何の関係もありませんけど」
物や金の心配は一切するな、ただ信じればいいって、マジか?この分だと嘘は無さそうやな。こらぁ知られたら世界中が大騒ぎ必死や。んで、仲間らがそれを食い止めて、て訳や。
人生を賭けた相手が今更ながらに恐ろしいわ。
「じゃ、早速向かおうか」
『はい』「…はい」
ウチは少しばかり弱気で返事をした。本当に大丈夫なんやろか。
ピュアブリング先導の元、ゴブリンの巣穴まで向かう。
「えろう雑に進んでるけど、大丈夫やろか」
「安心しなさい、頭目の索敵は外すことが無いから」
目標もなく進んでることが不安だった。しばらく進んでると、彼が止まる。
「この場所をどう見る」
何の変哲もない岩肌の道、にしか見えへんな。
「ウチには何とも思えへんけど」
「ミーア、よく調べて」
「りょーかい」
仲間のミーアがその場所を調べる。
「これ、足跡が数か所あるよ。上手く誤魔化してる」
「そうなると予定よりも規模が大きいか」
え?ゴブリンが足跡の偽装?そんな話など聞いてないわ。
「知恵ある者がいるね。シャーマンかマジシャンか、その両方か」
「足跡からすると相当数が多いよ」
「僕らが受けたことは正解だったわけか」
数が多い?
「シャルティエ」
「は、はいっ」
「初陣は楽勝とはいかなさそう。自力で身を守れるぐらいにはしてほしい」
仲間は対応できるか、難しいと。
「が、がんばります!」
これは現実だしそれを選んだのも自分だ。不安はぬぐえないがここまで来てしまった以上やるしかない。
「(あんなお飾りとしか見てない連中と決別して戦果を挙げるんや!装備もある、道具も揃っている、仲間らだって一時的とはいえ頼りになるし頭目がこれだ。やるしかないんや!)」
気合を入れる。
そうして、迷いなく進んでいると洞窟が現れた。
「警備が、無い?」
その巣穴と思われる場所にはゴブリンの姿はなかった。
「ここまできて無駄足なんか?」
「いや、これは」
ピュアブリングが何かを警戒するように動いている。しばらくすると。
「な、なんやぁ!!」
地鳴りのような音、それも地中から。
「大量発生だ」
洞窟の穴から溢れるかのようにゴブリンが飛び出してきた。
「シェリル」
「はーい《岩石弾》」
シェリルが術を詠唱し始める。
「ミーアとエメリアは遊撃、セシルは盾バーゼルとシュリーナは鉾、ラグリンネとエトナもありったけ数を出して」
「うしし、皆殺しだぁ」
「私の弓の餌食になりなさいな」
「さて、今回は歯ごたえのある相手がいるとよいのですが」
「皆を守ります」
「一体でも多く切り倒します」
「物量戦ですか。仕方がありませんね」
「いやぁ、今回も気合入れるよ」
仲間らはあれだけの数を恐れていない!むしろ余裕すら感じられる、どういうことなの?
「《全能力向上》《戦意高揚》《継続回復》」
すぐさまピュアブリングが魔術を唱える。
私の体にもその変化がすぐに来た。
「(なんて強力な効果!これか、これが彼らの自信の源なんやね。そらぁこの若さで銅級にもなるのは仕方がないわな)」
その強烈な効果に少しばかり酔ってしまいそうだ。
「《火炎烈弾》」
詠唱時間のペナルティなど完全に無視してピュアブリングが魔術を放つ。無数の火球は敵に降り注ぎその後にシェリルの岩石が飛んでいく。それでかなりの数が死体となるが後から後からゴブリンたちは湧いて出てくる。乱戦となる。ミーアらは召喚生物に騎乗し各自対処を行う。ラグリンネ達ですら前線に出て敵を殲滅していく。
その間を縫ってゴブリンらがウチに迫ってきた。
「舐めるんやない!」
これで何体目か、それが確認不可能になるほど戦闘に夢中だった。余りの数に討ち漏らしも多くウチにもゴブリンらは容赦なく迫ってくる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
ゴブリンの喉を槍で貫きようやくここで持久の水薬を飲めた。この分だとまだ先は長いみたいやな。
「頭目殿、なにしとるんや」
ここでピュアブリングが横にいることに気づいた。
「んー、状況確認」
「うちらが苦労して戦っている間に」
気楽なもんだと。そう思うんよ。
「平地に出れば数が勝るが洞窟前まで押し込めば対面する数は大きく減る。ま、仲間らなら問題ないよ」
「それで、勝てる見込みはあるんか」
仲間らは全員前線で大暴れしている。
「あと30分ほどで敵勢力はいなくなる見込み。あとは中を制圧すればいいだけ」
「簡単に言うてくれるなぁ」
実戦でその時間は地獄のように長く感じてしまう。
「ほら、君も前に出て戦わないと」
経験値、取られちゃうよ。そうほのめかされる。そういえばゴブリンの醜悪さよりも高揚感が勝っていた、なら前に出させてもらうんや。一体でも多く倒さんと。
「せいっ!」
ゴブリンを一体ずつ確実に倒す。それだけを考えるんや。
ウチのとって長い時間は続いたんやけどだんだんと数は減り残りは数えるほどになっていた。
「どうやら打ち止めのようだね」
「やったで!」
全部倒し切ったんや。勝ち鬨を上げる。
「皆は先に進んで」
頭目はすることがあるからと、仲間を先に進ませる。
「何をする気なんや?」
「戦利品の回収ですな」
バーゼルが答えてくれた。これだけの数の装備を回収?ゴブリンの装備なんてたかが知れてるやろ、そう思うが。回収できればそれに越したことはないか。荷物にならなければやけど。
「さーて、中に進みましょうか」
「その前にやることがあるでしょう」
ミーアとエメリアが何か石の塊のようなのに火打石で火をつける。それを中に何個も投げ込む。
「なんやのそれ」
「硫黄と木炭の粉を混ぜ合わせたものですよ」
「この煙は重く沈みますからね」
「中の人質はどないするんや?」
それでしたら、向こうから連れてこられますから。その意味を知るのに時間はかからなかったんや。体格の大きいホブゴブリンが女を片手で引きずりながらやって来たからだ。
「ま、定番だよね」
どうやら女を盾代わりにしているようだ。不味い状況やな。
「ど、どうするんや」
「お任せなさい」
エメリアは即座にそのホブゴブリンの頭部を撃ち抜く。
「ラグリンネ、回復の奇跡をお願い」
「了解しました」
「この分じゃ後何体か出そうだね」
その言葉通り何体ものホブゴブリンが女を引きずりながら出てくること。クソ最悪やな。仲間らは場慣れしてるのかまったくもって慌てん事に気づいたんや。
こらぁ、相当経験豊富ちゅうことやな。ウチのようなド素人とは中身が完全に違うわ。
やがて、現れるゴブリンはいなくなった。
「お待たせ」
ここでピュアブリングが戦利品の回収を終わり合流したんや。
「こっちはもう大分進展してるよ」
「じゃ、中に入ろうか」
ゴブリンの巣穴に入る前に各自に松明を持たせるんやけどこれも魔法の品だった。火種のいらない松明か、普通に買えば相当貴重な品物なんやけどね。それを何個も当たり前のように出してくるあたり頭目の底が知れんわ。
ピュアブリングはそれだけじゃなく仲間全員に何か紙を配り始める。呼吸困難を防ぐお呪いが書かれた物やそうやけど。こんなお呪いは普通気休めなんやろうけど頭目の実力を考えればしかるべき効果があるんやろうな。
そうして、中に進んでいく。息苦しさは感じられへん。こらぁ、とんでもないものを引き当てたもんやと今更ながらに実感したんや。
普通やと夜目が聞くゴブリンの方が有利な地形なんやけど、事前準備が功を奏して不意打ちなく最奥まで進んでいく。
「あれがボスみたいだね」
明らかに体格の大きなゴブリンが居座っていた。もっとも、煙のせいで大分息苦しそうだが。
「シャルティエ、君が始末して」
「ふ、ふぇっ?!ウ、ウチが?一人で、かや?」
あれは確実に経験豊富な個体だ、それを単独で倒せとは、正気を疑うんやけど。
「大丈夫だって、万が一の時は加勢するから」
「う、そ、そうやな。実戦経験を早く多くできるんなら、頭目がそう言うのなら」
それに越したことはない。
だが、さすがに槍では狭いので使えない。小剣に切り替える。
一呼吸おいて、一気に飛び込んだ!。
「がぁぁあぁあああ!」
体悪の大きいゴブリンは巨大なこん棒を乱暴に振り回す。
「こなくそや!」
あれと打ち合うのは無理や、こっちは身軽さで勝負する。振り終わりの隙を突いて確実にダメージを重ねる。属性付与と性能の高いのも合わさって自分でも驚くほどダメージを稼げる。
一撃、二撃、三撃。
攻撃を加えるごとに相手は傷を負い血を流し動きが弱まる。
そうして、ウチはついに決着の時を迎えたんよ。
「やった、やったで!」
全身を血塗れにして倒れるモンスター。万が一のことを考えて頭部と心臓を確実に貫く。それと同時に涙が溢れかえり、ピュアブリングに抱き着いた。
「怖かった、怖かったんや、ウチは!これまでの人生で頼りになる存在はおらへんかった。家族も貴族も家臣も友人さえもや。貧乏くじを引かされたと知った瞬間人生を諦めかけたんや。だけども、あんたの導きでここに辿り着いた!」
「よしよし、よくがんばったね」
王女として尊厳をかなぐり捨てて小柄な少年に泣きながら抱き着くウチはとても見てられない姿だろう。でも、今日初めて混沌と相対し勝利した。それが何よりも誇らしい。たとえそれがゴブリンであろうとも、だ。明確に最初の一歩を踏み出した。そして、それは成功した。
これ以上は望めない結果だ。運命とは不思議なもんやな。捨てる神在れば拾う神在や。
その後、ウチの初めての勝利を祝うために宴となったんよ。ホンマ人生とは分からんものやなぁ。
「あぁ、どうしたらいいんだ。若い娘が攫われてしまいこの村はどうしたらいいんだ」
農民らの悲痛な叫び、ここでようやく頭目殿の出番、ではなかった。
「セシル」
「はいっ」
「君が話を聞いて対処して。ラグリンネも付いて行って」
「分かりました」
「頭目が話を付けるんじゃないんか?」
当然の疑問を浮かべる。
「名が売れている僕が出てもいいけど、こんな外見でしょ。なら、見た目の印象が良いセシルの方が適任だ神官も同行しているのなら悩みも打ち明けやすい」
たしかになぁ、外見だけならセシルの方が上である、騎士を目指しているからだろう。それに神官も同行してるとなれば、なるほど。確かに人選がいい。
「ま、外で待っていようよ」
「女らが攫われてるのに」
暢気なものだと、そう考えたが。彼のその後の行動を見て納得せざるを得ない回答が来た。
「村の人達から話を聞くと冬越えの食料を幾分かと羊など数頭が奪われたそうです」
「村民の中には回復の奇跡が必要な方々が何名か」
「じゃ、仲間ってことで通してもらおう。食料や水薬の分配を」
村の中に入ると仲間らは手早く品物を出し助けを求める村人に手を貸す。ウチはそれをただ眺めているだけではなく物資の分配に手を貸していた。
「こうなることは予測済み、ということかや」
「そうなるね」
村人からはしきりに感謝の言葉を言われる。悪い気はしなかった。
「あと、女達は確保したら故郷に帰らせるか教会で休ませる」
お布施が必要ではないのか、その疑問すらもピュアブリングは了承した。つまり、教会に支払う金の算段があるのだ。うちらの仲間なんて捕虜がいようと無視する気なのに、この人は。
「それじゃ赤字やないか」
「だろうね」
「簡単に答えるけど、それじゃ」
ウチは異論を唱えるが仲間らはまるでうろたえてない。どういうことや。
「ピュアブリングにはどこからでも大金を調達できる手段を有してるのですよ」
「そうですわね。そうでもなければここまで充実した装備は整えられませんわよ」
「どこからでもって」
「ま、そこについては深く考えなさるな」
「どうせグレーゾーンですからねぇ」
「何も考えるなって」
「正義の道に多少影が浮かびますが」
「まぁ、今が良いんだからいいんじゃないかな」
「それじゃ、どうやって問題を解決するんや」
「頭目殿の中身にはあまり触れぬように」
「私には何の関係もありませんけど」
物や金の心配は一切するな、ただ信じればいいって、マジか?この分だと嘘は無さそうやな。こらぁ知られたら世界中が大騒ぎ必死や。んで、仲間らがそれを食い止めて、て訳や。
人生を賭けた相手が今更ながらに恐ろしいわ。
「じゃ、早速向かおうか」
『はい』「…はい」
ウチは少しばかり弱気で返事をした。本当に大丈夫なんやろか。
ピュアブリング先導の元、ゴブリンの巣穴まで向かう。
「えろう雑に進んでるけど、大丈夫やろか」
「安心しなさい、頭目の索敵は外すことが無いから」
目標もなく進んでることが不安だった。しばらく進んでると、彼が止まる。
「この場所をどう見る」
何の変哲もない岩肌の道、にしか見えへんな。
「ウチには何とも思えへんけど」
「ミーア、よく調べて」
「りょーかい」
仲間のミーアがその場所を調べる。
「これ、足跡が数か所あるよ。上手く誤魔化してる」
「そうなると予定よりも規模が大きいか」
え?ゴブリンが足跡の偽装?そんな話など聞いてないわ。
「知恵ある者がいるね。シャーマンかマジシャンか、その両方か」
「足跡からすると相当数が多いよ」
「僕らが受けたことは正解だったわけか」
数が多い?
「シャルティエ」
「は、はいっ」
「初陣は楽勝とはいかなさそう。自力で身を守れるぐらいにはしてほしい」
仲間は対応できるか、難しいと。
「が、がんばります!」
これは現実だしそれを選んだのも自分だ。不安はぬぐえないがここまで来てしまった以上やるしかない。
「(あんなお飾りとしか見てない連中と決別して戦果を挙げるんや!装備もある、道具も揃っている、仲間らだって一時的とはいえ頼りになるし頭目がこれだ。やるしかないんや!)」
気合を入れる。
そうして、迷いなく進んでいると洞窟が現れた。
「警備が、無い?」
その巣穴と思われる場所にはゴブリンの姿はなかった。
「ここまできて無駄足なんか?」
「いや、これは」
ピュアブリングが何かを警戒するように動いている。しばらくすると。
「な、なんやぁ!!」
地鳴りのような音、それも地中から。
「大量発生だ」
洞窟の穴から溢れるかのようにゴブリンが飛び出してきた。
「シェリル」
「はーい《岩石弾》」
シェリルが術を詠唱し始める。
「ミーアとエメリアは遊撃、セシルは盾バーゼルとシュリーナは鉾、ラグリンネとエトナもありったけ数を出して」
「うしし、皆殺しだぁ」
「私の弓の餌食になりなさいな」
「さて、今回は歯ごたえのある相手がいるとよいのですが」
「皆を守ります」
「一体でも多く切り倒します」
「物量戦ですか。仕方がありませんね」
「いやぁ、今回も気合入れるよ」
仲間らはあれだけの数を恐れていない!むしろ余裕すら感じられる、どういうことなの?
「《全能力向上》《戦意高揚》《継続回復》」
すぐさまピュアブリングが魔術を唱える。
私の体にもその変化がすぐに来た。
「(なんて強力な効果!これか、これが彼らの自信の源なんやね。そらぁこの若さで銅級にもなるのは仕方がないわな)」
その強烈な効果に少しばかり酔ってしまいそうだ。
「《火炎烈弾》」
詠唱時間のペナルティなど完全に無視してピュアブリングが魔術を放つ。無数の火球は敵に降り注ぎその後にシェリルの岩石が飛んでいく。それでかなりの数が死体となるが後から後からゴブリンたちは湧いて出てくる。乱戦となる。ミーアらは召喚生物に騎乗し各自対処を行う。ラグリンネ達ですら前線に出て敵を殲滅していく。
その間を縫ってゴブリンらがウチに迫ってきた。
「舐めるんやない!」
これで何体目か、それが確認不可能になるほど戦闘に夢中だった。余りの数に討ち漏らしも多くウチにもゴブリンらは容赦なく迫ってくる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
ゴブリンの喉を槍で貫きようやくここで持久の水薬を飲めた。この分だとまだ先は長いみたいやな。
「頭目殿、なにしとるんや」
ここでピュアブリングが横にいることに気づいた。
「んー、状況確認」
「うちらが苦労して戦っている間に」
気楽なもんだと。そう思うんよ。
「平地に出れば数が勝るが洞窟前まで押し込めば対面する数は大きく減る。ま、仲間らなら問題ないよ」
「それで、勝てる見込みはあるんか」
仲間らは全員前線で大暴れしている。
「あと30分ほどで敵勢力はいなくなる見込み。あとは中を制圧すればいいだけ」
「簡単に言うてくれるなぁ」
実戦でその時間は地獄のように長く感じてしまう。
「ほら、君も前に出て戦わないと」
経験値、取られちゃうよ。そうほのめかされる。そういえばゴブリンの醜悪さよりも高揚感が勝っていた、なら前に出させてもらうんや。一体でも多く倒さんと。
「せいっ!」
ゴブリンを一体ずつ確実に倒す。それだけを考えるんや。
ウチのとって長い時間は続いたんやけどだんだんと数は減り残りは数えるほどになっていた。
「どうやら打ち止めのようだね」
「やったで!」
全部倒し切ったんや。勝ち鬨を上げる。
「皆は先に進んで」
頭目はすることがあるからと、仲間を先に進ませる。
「何をする気なんや?」
「戦利品の回収ですな」
バーゼルが答えてくれた。これだけの数の装備を回収?ゴブリンの装備なんてたかが知れてるやろ、そう思うが。回収できればそれに越したことはないか。荷物にならなければやけど。
「さーて、中に進みましょうか」
「その前にやることがあるでしょう」
ミーアとエメリアが何か石の塊のようなのに火打石で火をつける。それを中に何個も投げ込む。
「なんやのそれ」
「硫黄と木炭の粉を混ぜ合わせたものですよ」
「この煙は重く沈みますからね」
「中の人質はどないするんや?」
それでしたら、向こうから連れてこられますから。その意味を知るのに時間はかからなかったんや。体格の大きいホブゴブリンが女を片手で引きずりながらやって来たからだ。
「ま、定番だよね」
どうやら女を盾代わりにしているようだ。不味い状況やな。
「ど、どうするんや」
「お任せなさい」
エメリアは即座にそのホブゴブリンの頭部を撃ち抜く。
「ラグリンネ、回復の奇跡をお願い」
「了解しました」
「この分じゃ後何体か出そうだね」
その言葉通り何体ものホブゴブリンが女を引きずりながら出てくること。クソ最悪やな。仲間らは場慣れしてるのかまったくもって慌てん事に気づいたんや。
こらぁ、相当経験豊富ちゅうことやな。ウチのようなド素人とは中身が完全に違うわ。
やがて、現れるゴブリンはいなくなった。
「お待たせ」
ここでピュアブリングが戦利品の回収を終わり合流したんや。
「こっちはもう大分進展してるよ」
「じゃ、中に入ろうか」
ゴブリンの巣穴に入る前に各自に松明を持たせるんやけどこれも魔法の品だった。火種のいらない松明か、普通に買えば相当貴重な品物なんやけどね。それを何個も当たり前のように出してくるあたり頭目の底が知れんわ。
ピュアブリングはそれだけじゃなく仲間全員に何か紙を配り始める。呼吸困難を防ぐお呪いが書かれた物やそうやけど。こんなお呪いは普通気休めなんやろうけど頭目の実力を考えればしかるべき効果があるんやろうな。
そうして、中に進んでいく。息苦しさは感じられへん。こらぁ、とんでもないものを引き当てたもんやと今更ながらに実感したんや。
普通やと夜目が聞くゴブリンの方が有利な地形なんやけど、事前準備が功を奏して不意打ちなく最奥まで進んでいく。
「あれがボスみたいだね」
明らかに体格の大きなゴブリンが居座っていた。もっとも、煙のせいで大分息苦しそうだが。
「シャルティエ、君が始末して」
「ふ、ふぇっ?!ウ、ウチが?一人で、かや?」
あれは確実に経験豊富な個体だ、それを単独で倒せとは、正気を疑うんやけど。
「大丈夫だって、万が一の時は加勢するから」
「う、そ、そうやな。実戦経験を早く多くできるんなら、頭目がそう言うのなら」
それに越したことはない。
だが、さすがに槍では狭いので使えない。小剣に切り替える。
一呼吸おいて、一気に飛び込んだ!。
「がぁぁあぁあああ!」
体悪の大きいゴブリンは巨大なこん棒を乱暴に振り回す。
「こなくそや!」
あれと打ち合うのは無理や、こっちは身軽さで勝負する。振り終わりの隙を突いて確実にダメージを重ねる。属性付与と性能の高いのも合わさって自分でも驚くほどダメージを稼げる。
一撃、二撃、三撃。
攻撃を加えるごとに相手は傷を負い血を流し動きが弱まる。
そうして、ウチはついに決着の時を迎えたんよ。
「やった、やったで!」
全身を血塗れにして倒れるモンスター。万が一のことを考えて頭部と心臓を確実に貫く。それと同時に涙が溢れかえり、ピュアブリングに抱き着いた。
「怖かった、怖かったんや、ウチは!これまでの人生で頼りになる存在はおらへんかった。家族も貴族も家臣も友人さえもや。貧乏くじを引かされたと知った瞬間人生を諦めかけたんや。だけども、あんたの導きでここに辿り着いた!」
「よしよし、よくがんばったね」
王女として尊厳をかなぐり捨てて小柄な少年に泣きながら抱き着くウチはとても見てられない姿だろう。でも、今日初めて混沌と相対し勝利した。それが何よりも誇らしい。たとえそれがゴブリンであろうとも、だ。明確に最初の一歩を踏み出した。そして、それは成功した。
これ以上は望めない結果だ。運命とは不思議なもんやな。捨てる神在れば拾う神在や。
その後、ウチの初めての勝利を祝うために宴となったんよ。ホンマ人生とは分からんものやなぁ。
10
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)
屯神 焔
ファンタジー
魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』
この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。
そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。
それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。
しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。
正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。
そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。
スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。
迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。
父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。
一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。
そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。
毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。
そんなある日。
『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』
「・・・・・・え?」
祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。
「祠が消えた?」
彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。
「ま、いっか。」
この日から、彼の生活は一変する。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!
さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。
しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。
とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。
『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』
これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる