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第2陣 銀の精鋭、でも 2
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1回くらいの失敗がなんだ。まだ生き残っているのだからチャンスは残されている。そう、チャンスだけは残されてはいた。それが成功する確率は川で砂金を救い上げるよりも低かろうとも、だ。
2回目。外壁を攻略する準備もなく突撃し矢の雨を食らい敗走。
3回目。梯子や投げ縄などを用意しておくが不意打ちを食らい大打撃。
4回目。回復の水薬などを準備してきたが壁が高く装備が重すぎてよじ登れず敗走。
5回目。隊列を編成してにじり寄るが小柄なゴブリンの小ぶりな武器に防ぐ手が出ず負傷者を出し敗走。
6回目。いよいよもって隊の規律が乱れ出し義務的に戦うばかりで決定打にならず撤退。
7回目。もはや隊長の命令よりも自分の身の安全が最優先となり無駄足となり物資を失う。
8回目。ついに負傷者犠牲者の数が無視できなくなり戦闘を拒否する者が現れ始める。もちろん戦闘などできない。
9回目。負傷者を無理矢理駆り出して進軍するが途中でバタバタ命を落とす。これで多数の仲間を失う。
10回目。もう正気じゃないため冒険者ギルドは依頼の受注を渋り出す。それでも彼らは変わらない。
11回目。仲間の大量死亡と隊長の馬鹿さ加減についていけず逃亡する者が現れる。
12回目。え?まだやる気なのかって。あの隊長殿はそういう方だから増援を呼ぶ。50名ほど追加される。
グダグダ長い説明になるが簡潔に言えば「兵も指揮官も無能だった」それだけだ。
その後も同じ場所への攻撃を繰り返す連中だが依頼が達成される気配が見えてこない。普通に考えたらもうどうしようもないだろうと諦める決意が固まるはずだが。現実を受け入れない隊長殿と現場を知らない追加の騎士は勝利を疑ってない。
ひたすら無駄に命と物資が失われ続けていく現状に対して冒険者ギルドは怒りの沸点を越えようとしていた。それでも変わらず依頼は続行される。
13回目。隊長殿は総員突撃命令を出すが壁があるのに前に出てどうするのか。弓矢の攻撃で痛手を負う。
14回目。さすがの隊長殿も心が折れかけたのか後方で指示を出すがそれで何か解決などしない。結局撤退
15回目。ふとした切っ掛けで先に来ていた満身創痍の騎士と遭遇し事情を聞く後任者。噂が広まる。
16回目。最後の戦力をかき集め決戦を挑むが待ち伏せを食らい四方八方から敵が来る。わずかに生き残る。
17回目。遅々として進まない現状に業を煮やしたお国から監督役がやってきた。現実を確認する。
18回目。あまりの大量犠牲者と状況に監督役が隊長殿に責任を問うがその前にコネで生き残りを図る。
19回目。ついに年貢の納め時となる。内部で抗争が起きたのだ。
全員者の隊長殿は「これは正義の戦いだ!犠牲者がなんだというのだ!国のために命を捧げられたのだぞ!」それだけを喚き散らすが冒険者ギルドはそれを無視して後任の監督役とだけ話を進めた。
「これは大まかな概要と諸経費の計算です。犠牲者負傷者も数えてます。ご確認ください」
それをザっと見る監督役。
「なんて最悪な。送り込んだ騎士だけではなく従士などの被害が酷すぎる。なぜこのようなことになったのですか」
「隊を預かる者があの様子で聞く耳を持ちませんでした。まるで自分を王様のように振舞いまして」
「その結果としてこれだけの犠牲者が出てしまったわけですか」
「時間をかけて安静にしていれば助かる命は多かったのですがあの隊長殿は教会に喧嘩を売りました」
「無理矢理負傷者を連れて行き道中で死を迎えたわけですね」
「奇跡では追い付かず回復の水薬の確保が困難になりましたが優秀な冒険者がいたおかげで助かりました」
「あの隊長は自国愛が強すぎる上歪んでいたので注意していたのですがこんなことになるなんて」
「こちらの力が足りず」
「いえ、このような人選をしたこちらの方が罪が重いです。そちらにだけ責めを負わせません」
「生き残りについてはこちらで治療を行った後に帰らせることにいたします」
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
そうして、後の処理を行う。
「ところで。第1陣で生き残ったセシル君がいると聞いておりますが彼は今どうしてますか」
「今彼は全身全霊全力をもってとあるパーティでやり直しをしております。もう二度と仲間達の無残な死にざまを見ないために。新参者なのに自分の立場が危うくなることを承知の上で隊長殿に本音を言いましたが。結局御覧の有様です。彼の言葉を笑った連中は軒並み冥府に旅立ちました」
「彼は帰ってくる気はないのですか。現状を知る人間は一人でも多く欲しいのですが」
「もう本人は国に帰るつもりも実家の力も頼る気はないようです。『自分が無力だから他人の都合の良いように使われてしまう。自分の居場所はどこにあるんだ』もう彼には家族ですらこんな悲劇を目撃させたことに怒りを見せました」
たとえどれだけ条件を良くしても帰っては来ないだろうと。冒険者ギルドの職員は説明する。
「すみませんが彼に関することについてはあまり干渉するなと厳命されておりまして」
「そちらにも難しい事情があるのですね。わかりました、当分は私の所で止めておきます」
とはいえ、どの程度のものになっているのかは確認しておく必要があるだろう。要領悪く平凡で育成が遅れていた彼が今どの程度になっているのか。
冒険者ギルドの了解を得て見に行くことにした。
「いらっしゃいませ。お客人」
「本日はお時間を取っていただいてありがとうござます」
セシルが所属するパーティの本拠地であるコテージに入るとそこはまるで別の空間が複数あるほどに広く設備も充実していた。こんな魔法の品が現存していることに驚くがそれを所有しているというだけでもどれほど金持ちなのだ。道楽冒険者とは明らかに違う。
「セシル、彼は今どうしてますか」
「うん。彼ね、訓練中だよ」
その様子を見せて欲しいと頼むと階段を上がり訓練所へと案内される。その彼が行っていたのは上下に少しピョンピョンしていただけだった
「これが訓練なのですか?ただの遊びでは」
「そう思えるよね。でも、これは必殺剣技の一つだよ」
意味がよく分からない私のために例を見せてあげると。用意されたのは木造の人形に実戦用の鎧兜を身に着けさせたものだった。これを一撃で叩き潰すと。いや、さすがのこれでは不可能なのでは。そう思えるほどに防御が固い。
刃引きした鉄の剣を取り彼は少し距離を取り剣をやや上段に構えやはり上下に軽くピョンピョンする。そしてダンっ、と。すさまじい加速力で目標に目がけて突進。あまりの速さに瞬間移動したように見えるほどだ。そして、その勢いのまま剣を振り下ろすと頑強な鎧兜があっけなく断ち切れた。
「っ!あんな軽い動作でこれほどの威力なんて」
「長期戦になれば消耗の度合いが激しくなる。そういう状況を打破するために一撃必殺の威力が必要な場面は多い。ま、状況は限られるけどトロールだって一撃で頭を叩き割って倒せるよ。必要なのは確固たる足場だけ」
これ、ヤバいものだ。
今の時代の剣技にはこのような技は残ってないからだ。見目麗しい姿を求められる騎士たちは華麗に優雅に敵を倒すべきだと教えられている。なのであまりこうした剛剣技を好まない。ほぼ伝承が途絶えている。生き残りはほぼ存在しない。
ちょっと彼と話し合う時間を頂けないか、それを相手は了承した。
「素晴らしい。実に素晴らしいです」
私は称賛の声を上げるが、
「あなた、誰ですか?」
彼はこちらを認識しようとしなかった。
私のことが分かってない?一応ちゃんとした役職もあるし彼とは何度か接点がある。大抵は授業の遅れを取り戻すための居残りだったが。
なので、改めて自己紹介をした。
「ああ、あの人の後始末を付けにですか。ご苦労様です。で、僕に何の用ですか?」
「以前は見るべきところがないと感じたけど今は見違えたじゃないですか」
なんとかとっかかりが欲しいところなのだが。
「母国に帰る気はありませんか。今のあなたなら従騎士過程を即座に終わらせられるように配慮しますよ」
「……あの国への忠義はもうありませんし誰も信じません。僕が信じる仲間と忠誠を誓う主は今ここにいます」
「騎士としての栄達を捨てると?ご実家が聞けばさぞかし嘆くでしょう」
「あれはもう家族などでも一族などとも認めません。もう僕は彼らの操り人形じゃありませんから」
以前は従順で大人しい性格だったのに変貌している。一体何が彼をここまで変えたのだろうか。その瞳には暗い輝きだけがあった。
「い、いや、騎士学校で色々教えましたよね。覚えてませんか?」
「ああ、そうでしたか。そういう事なら覚えてますよ。僕を劣等生にしてしまった元凶として」
こちらに殺意を向けている。
「え、でも、それが普通、では」
「環境により普通は意味が大きく変わりますよ。あれがやっていたのは愛玩動物の鳥を肥大化させ可愛がるだけの牢獄でした。そんな世界から見ればちっぽけな場所での勉強と訓練が自分の全てと思い込んでいた方が愚かなんです」
こんなことになるぐらいだったら家を飛び出して世間の荒波の中で生き残ったほうがましだと。たとえそれが農夫であろうともだ。
「ご家族へ、何か思うところが」
「恵まれた立場に胡坐をかき現実を見ようとしない連中は皆滅べばいいんですよ。どうせ貴族など後からでも誕生しますから。中央ではいまだに制度の導入を渋っているそうですがもうこの勢いは止められないでしょうね。その結果没落しようとも自業自得でしょう」
「ご実家は名門ですよ。それがどうなろうとかまわないと」
「自分らの家を興した初代は極々一般兵士の身分から出発してます。僕はただそれと同じことをするだけです。それが本物ですからね。昨日の破落戸が今日は大富豪になる夢すら叶えられるのが冒険者ですから」
もはや彼には自分の家のことなどどうでもいいのだろう。今日を生き延びる自分を手に入れなければ明日生きる自分すら保証できない世界に身を置いているのだ。
それに比べたら騎士学校での生活などくだらないくらいに狭く偏見で溢れたごみ溜めなのだろう。
お前らは一生そこで喚き散らしていろ。その間にこっちは手の届かないくらいの高い場所の椅子に座ってやるから。そんな強い決意を感じる。
「お話はもう終わりですか?次の訓練があるので」
「あっ、ちょっと」
彼はもう用事がないと判断して行ってしまった。あれじゃ取り付く島がない。心が荒んだというより絶望から必死に這い上がろうと思えるほどに変わってしまった。実家には報告できないな。
2回目。外壁を攻略する準備もなく突撃し矢の雨を食らい敗走。
3回目。梯子や投げ縄などを用意しておくが不意打ちを食らい大打撃。
4回目。回復の水薬などを準備してきたが壁が高く装備が重すぎてよじ登れず敗走。
5回目。隊列を編成してにじり寄るが小柄なゴブリンの小ぶりな武器に防ぐ手が出ず負傷者を出し敗走。
6回目。いよいよもって隊の規律が乱れ出し義務的に戦うばかりで決定打にならず撤退。
7回目。もはや隊長の命令よりも自分の身の安全が最優先となり無駄足となり物資を失う。
8回目。ついに負傷者犠牲者の数が無視できなくなり戦闘を拒否する者が現れ始める。もちろん戦闘などできない。
9回目。負傷者を無理矢理駆り出して進軍するが途中でバタバタ命を落とす。これで多数の仲間を失う。
10回目。もう正気じゃないため冒険者ギルドは依頼の受注を渋り出す。それでも彼らは変わらない。
11回目。仲間の大量死亡と隊長の馬鹿さ加減についていけず逃亡する者が現れる。
12回目。え?まだやる気なのかって。あの隊長殿はそういう方だから増援を呼ぶ。50名ほど追加される。
グダグダ長い説明になるが簡潔に言えば「兵も指揮官も無能だった」それだけだ。
その後も同じ場所への攻撃を繰り返す連中だが依頼が達成される気配が見えてこない。普通に考えたらもうどうしようもないだろうと諦める決意が固まるはずだが。現実を受け入れない隊長殿と現場を知らない追加の騎士は勝利を疑ってない。
ひたすら無駄に命と物資が失われ続けていく現状に対して冒険者ギルドは怒りの沸点を越えようとしていた。それでも変わらず依頼は続行される。
13回目。隊長殿は総員突撃命令を出すが壁があるのに前に出てどうするのか。弓矢の攻撃で痛手を負う。
14回目。さすがの隊長殿も心が折れかけたのか後方で指示を出すがそれで何か解決などしない。結局撤退
15回目。ふとした切っ掛けで先に来ていた満身創痍の騎士と遭遇し事情を聞く後任者。噂が広まる。
16回目。最後の戦力をかき集め決戦を挑むが待ち伏せを食らい四方八方から敵が来る。わずかに生き残る。
17回目。遅々として進まない現状に業を煮やしたお国から監督役がやってきた。現実を確認する。
18回目。あまりの大量犠牲者と状況に監督役が隊長殿に責任を問うがその前にコネで生き残りを図る。
19回目。ついに年貢の納め時となる。内部で抗争が起きたのだ。
全員者の隊長殿は「これは正義の戦いだ!犠牲者がなんだというのだ!国のために命を捧げられたのだぞ!」それだけを喚き散らすが冒険者ギルドはそれを無視して後任の監督役とだけ話を進めた。
「これは大まかな概要と諸経費の計算です。犠牲者負傷者も数えてます。ご確認ください」
それをザっと見る監督役。
「なんて最悪な。送り込んだ騎士だけではなく従士などの被害が酷すぎる。なぜこのようなことになったのですか」
「隊を預かる者があの様子で聞く耳を持ちませんでした。まるで自分を王様のように振舞いまして」
「その結果としてこれだけの犠牲者が出てしまったわけですか」
「時間をかけて安静にしていれば助かる命は多かったのですがあの隊長殿は教会に喧嘩を売りました」
「無理矢理負傷者を連れて行き道中で死を迎えたわけですね」
「奇跡では追い付かず回復の水薬の確保が困難になりましたが優秀な冒険者がいたおかげで助かりました」
「あの隊長は自国愛が強すぎる上歪んでいたので注意していたのですがこんなことになるなんて」
「こちらの力が足りず」
「いえ、このような人選をしたこちらの方が罪が重いです。そちらにだけ責めを負わせません」
「生き残りについてはこちらで治療を行った後に帰らせることにいたします」
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
そうして、後の処理を行う。
「ところで。第1陣で生き残ったセシル君がいると聞いておりますが彼は今どうしてますか」
「今彼は全身全霊全力をもってとあるパーティでやり直しをしております。もう二度と仲間達の無残な死にざまを見ないために。新参者なのに自分の立場が危うくなることを承知の上で隊長殿に本音を言いましたが。結局御覧の有様です。彼の言葉を笑った連中は軒並み冥府に旅立ちました」
「彼は帰ってくる気はないのですか。現状を知る人間は一人でも多く欲しいのですが」
「もう本人は国に帰るつもりも実家の力も頼る気はないようです。『自分が無力だから他人の都合の良いように使われてしまう。自分の居場所はどこにあるんだ』もう彼には家族ですらこんな悲劇を目撃させたことに怒りを見せました」
たとえどれだけ条件を良くしても帰っては来ないだろうと。冒険者ギルドの職員は説明する。
「すみませんが彼に関することについてはあまり干渉するなと厳命されておりまして」
「そちらにも難しい事情があるのですね。わかりました、当分は私の所で止めておきます」
とはいえ、どの程度のものになっているのかは確認しておく必要があるだろう。要領悪く平凡で育成が遅れていた彼が今どの程度になっているのか。
冒険者ギルドの了解を得て見に行くことにした。
「いらっしゃいませ。お客人」
「本日はお時間を取っていただいてありがとうござます」
セシルが所属するパーティの本拠地であるコテージに入るとそこはまるで別の空間が複数あるほどに広く設備も充実していた。こんな魔法の品が現存していることに驚くがそれを所有しているというだけでもどれほど金持ちなのだ。道楽冒険者とは明らかに違う。
「セシル、彼は今どうしてますか」
「うん。彼ね、訓練中だよ」
その様子を見せて欲しいと頼むと階段を上がり訓練所へと案内される。その彼が行っていたのは上下に少しピョンピョンしていただけだった
「これが訓練なのですか?ただの遊びでは」
「そう思えるよね。でも、これは必殺剣技の一つだよ」
意味がよく分からない私のために例を見せてあげると。用意されたのは木造の人形に実戦用の鎧兜を身に着けさせたものだった。これを一撃で叩き潰すと。いや、さすがのこれでは不可能なのでは。そう思えるほどに防御が固い。
刃引きした鉄の剣を取り彼は少し距離を取り剣をやや上段に構えやはり上下に軽くピョンピョンする。そしてダンっ、と。すさまじい加速力で目標に目がけて突進。あまりの速さに瞬間移動したように見えるほどだ。そして、その勢いのまま剣を振り下ろすと頑強な鎧兜があっけなく断ち切れた。
「っ!あんな軽い動作でこれほどの威力なんて」
「長期戦になれば消耗の度合いが激しくなる。そういう状況を打破するために一撃必殺の威力が必要な場面は多い。ま、状況は限られるけどトロールだって一撃で頭を叩き割って倒せるよ。必要なのは確固たる足場だけ」
これ、ヤバいものだ。
今の時代の剣技にはこのような技は残ってないからだ。見目麗しい姿を求められる騎士たちは華麗に優雅に敵を倒すべきだと教えられている。なのであまりこうした剛剣技を好まない。ほぼ伝承が途絶えている。生き残りはほぼ存在しない。
ちょっと彼と話し合う時間を頂けないか、それを相手は了承した。
「素晴らしい。実に素晴らしいです」
私は称賛の声を上げるが、
「あなた、誰ですか?」
彼はこちらを認識しようとしなかった。
私のことが分かってない?一応ちゃんとした役職もあるし彼とは何度か接点がある。大抵は授業の遅れを取り戻すための居残りだったが。
なので、改めて自己紹介をした。
「ああ、あの人の後始末を付けにですか。ご苦労様です。で、僕に何の用ですか?」
「以前は見るべきところがないと感じたけど今は見違えたじゃないですか」
なんとかとっかかりが欲しいところなのだが。
「母国に帰る気はありませんか。今のあなたなら従騎士過程を即座に終わらせられるように配慮しますよ」
「……あの国への忠義はもうありませんし誰も信じません。僕が信じる仲間と忠誠を誓う主は今ここにいます」
「騎士としての栄達を捨てると?ご実家が聞けばさぞかし嘆くでしょう」
「あれはもう家族などでも一族などとも認めません。もう僕は彼らの操り人形じゃありませんから」
以前は従順で大人しい性格だったのに変貌している。一体何が彼をここまで変えたのだろうか。その瞳には暗い輝きだけがあった。
「い、いや、騎士学校で色々教えましたよね。覚えてませんか?」
「ああ、そうでしたか。そういう事なら覚えてますよ。僕を劣等生にしてしまった元凶として」
こちらに殺意を向けている。
「え、でも、それが普通、では」
「環境により普通は意味が大きく変わりますよ。あれがやっていたのは愛玩動物の鳥を肥大化させ可愛がるだけの牢獄でした。そんな世界から見ればちっぽけな場所での勉強と訓練が自分の全てと思い込んでいた方が愚かなんです」
こんなことになるぐらいだったら家を飛び出して世間の荒波の中で生き残ったほうがましだと。たとえそれが農夫であろうともだ。
「ご家族へ、何か思うところが」
「恵まれた立場に胡坐をかき現実を見ようとしない連中は皆滅べばいいんですよ。どうせ貴族など後からでも誕生しますから。中央ではいまだに制度の導入を渋っているそうですがもうこの勢いは止められないでしょうね。その結果没落しようとも自業自得でしょう」
「ご実家は名門ですよ。それがどうなろうとかまわないと」
「自分らの家を興した初代は極々一般兵士の身分から出発してます。僕はただそれと同じことをするだけです。それが本物ですからね。昨日の破落戸が今日は大富豪になる夢すら叶えられるのが冒険者ですから」
もはや彼には自分の家のことなどどうでもいいのだろう。今日を生き延びる自分を手に入れなければ明日生きる自分すら保証できない世界に身を置いているのだ。
それに比べたら騎士学校での生活などくだらないくらいに狭く偏見で溢れたごみ溜めなのだろう。
お前らは一生そこで喚き散らしていろ。その間にこっちは手の届かないくらいの高い場所の椅子に座ってやるから。そんな強い決意を感じる。
「お話はもう終わりですか?次の訓練があるので」
「あっ、ちょっと」
彼はもう用事がないと判断して行ってしまった。あれじゃ取り付く島がない。心が荒んだというより絶望から必死に這い上がろうと思えるほどに変わってしまった。実家には報告できないな。
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