勇者育成機関で育てられた僕よりも異世界から呼ぶ勇者のほうが楽で簡単で強いそうなので無用となりました

無謀突撃娘

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自らの手を血で汚した現実と戦う

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迫りくるゴブリンども、メイスを手に取り、振るう、でも相手は倒れない。敵の攻撃が来る、スモールシールドで何とか受け流す。その応酬を繰り返す。耳障りな声は嫌でも聞こえてくる。

倒れて、倒れて、倒れて、その心の声が自分の中で激しいほど聞こえてくる。でも、敵はなかなか倒れてくれない。

メイスに付くのは赤い液体と柔らかさと何か固い物を殴った感触だけ。自分の願いは遠くに聞こえる。だが、何かに引っかかる。それに足を取られ地面に横たわる。

そこに数多くのゴブリンが群がるーーーーーー

『あああああああああぁぁぁぁ!』

はぁっはぁっはぁっ、あ、あは、あはっ、夢、ゆめ、ユメ、だったか…。ここはピュアブリングのコテージの中のベッドだ。私達はダンジョンから宝を持ち帰り生還した。そのはずだ。これが夢でないことを体に手を這わせて確かめる。べっとりと汗をかいていた。

うん、ちゃんと感触はある。頬をつねれば痛みがある。現実に間違いない。

ライザという私自身をちゃんと認識できる。よく見たらラグリンネもエトナも同じようなことをしていた。

「起こしてしまったんだ」

あれだけの悲鳴だ。起きないほうがおかしいだろう。

「ううん。私もあまり寝付けなかった」

「酷く生々しい感触が頭から消えなくて」

「うん、そうだよね」

みんなほぼ同じ夢を見たようだ。

「ダンジョンもひどかったけど」

「最後の帰り道、ね。あれが本当に堪えた」

「彼がいなかったら私達は今頃…」

そう、本当にどうなっていたか分からなかった。それぐらい濃厚で残酷な日だった。

ゴブリンとの戦闘で必死になってメイスを振るい生々しい感触と命を殺めるという難しいこと、私たちが思い描いていた現実は跡形も無くなりただただ生き残るのに必死であった。

そこまでだったらまだ夢を諦められずにいただろう。宝を手に入れた帰り道に全てが崩れ去った。

『背教者』

秩序を乱すことを好む乱暴者たち。信仰する者にとって最大の敵である彼らと出会った。私達はそれを見抜けずうかつに事実を語り彼らは本性を現した。魔術による攻撃での無力化、その魔の手が私達に届こうとした直前ーーーーピュアブリングが助けてくれた。

「冒険者でも落ちぶれ堕落すればああなるのですね」

彼らの魔の手でどれほどの人々が汚されたのだろうか。それを考えれば今でも怒りが収まらない。今奴らは冥府へ渡っているだろう、その罪の清算のために。

「小腹が空きましたね」

1階にはチーズやら蜂蜜酒やらがあったことを思い出しそれで気を紛らわすことにした。3人とも同じようだ。降りると彼がいた。1階から明かりが漏れている

「ん。どうしたの」

明かりの下で何かをしていた。どうやら剣を磨いているらしい。かなりの敵を切ったのでそれが必要なのだと判断したのだろう。

「眠れないのなら気を晴らす強めの酒があるよ」

こちらが寝付けないのを見て取り勧めてくれるのはありがたいが。

「少しお話しませんか」

悩みを打ち明けたい。私たちの表情から彼はそれが優先的に必要なことだと感じたのだろう、研ぎ台から離れて私たちの近くに座ってくれた。

「どのあたりからがいい」

「出会った直後から」

あの時はまだ互いを知らなかった。何も知らないくせにマナストーンはどうにかすれば手にれられるだろうと甘い考えをもっていた。無知と無力なくせに無意味な自信と保証のない状況に焦っていた。その後色々あってダンジョンまで来たが現実は残酷だった。何かを倒すという意思を明確にして戦うということはどれほどの苦労を伴うかを思い知らされた。以前ゴブリンらを追い払ったので容易いことだと高をくくったがそんなものは程度の低いまぐれでしかないこと。

奥に入り明確な犠牲者がいてそれを助けたのも彼であり私達はささやかな援護しかできないこと、その後の殺しに大変苦労し持久の水薬を飲みながら行ったこと。犠牲者を連れて外に出てお日様の温かさと殺し合いの醜さと感触を己の手に残りその証拠に血で濡れたメイスを持っていたこと

最後に、背教者どもに対しての粛清。本当に色々なことがあった。こんなことは誰からも教えてもらってなかった。これが外の世界の現実なのだと。

「明言するけど。君たちに罪は何もないよ」

信仰職として正義を成した。たったその一言が私達には重いものだ。

「たかがあれほどで武勇伝なんて大げさかもしれないけど、間違いなく君たちの武勇伝の最初の1ページ目だよ」

気に病むな、誇れ。それで少しは心の重みが軽くなったように感じてしまう。

「あなたは何ともないのですか」

私たちの疑問をラグリンネが代表して聞く。

「なんで。あれぐらい世界のどこでも行われてることでしょ」

あの程度の不運でめげてちゃ話にならないだろ。そういうが、命の危機であったことには変わりはない。

「困窮極まれば誰だって心はすさむ。高貴な人間とてね。国王だって富を求め侵略戦争を命じた例なんていくらでもあるだろうし」

「それはそうですが」

「この世界のすべては天秤によって測られる重りでしかない。年を重ねた老人の命は大切かどうかじゃない、その存在の意味によって価値が違うだけ」

鉄の重りより銀の重りが強い、銀の重りより金の重りが強い、それだけだと。

「ま、僕からすれば世界の誰かがそうであるというだけでそれが本物か偽物かなんてどうでもいいでしょう。国王の子供だから金だとか、奴隷の子供だから鉄とかじゃないわけ。メッキを施せばいいだけ」

本当の重りの価値などその場その時その状況によって変わる、厳選する暇もなく無差別に天秤にかけられてしまうこの世界の現実。ただ私達が相手よりもちょっとだけ重かった。たったそれだけなのだと。

「天秤にかけられて問答無用で用無しにはならない。ふるいにかけられ生き残る可能性もある。延々と選別は行われていく、だれであろうとも」

「じゃ、あなたも」

僕の場合は…どれほど選別の天秤が行われたのだろうか。僕には分からない、部屋だってもっとあっただろうし子供の数も膨大であったはずだ。時間の感覚さえ分からなかった。自分の年齢さえも不明だ。年相応の子供なのかもしれないし桁外れに長生きしているのかもしれない。ともかく、僕は僕が知りえた以上のことは分からないのだ。

それを探すために冒険者などをやっているだけ。その目的や動機もまた不明のままに近い。生きる意味を探しているのは僕も同じだ

「今日であった現実が世界の一端であることはどうしようもない」

問題なのはこれから先に起こる自分の物語をどうしていくのかだからだ。少なくとも、自分の関係者がそうならないように。

「そうですね、私はクラスチェンジしたら教会と孤児院を引き継いでいかなければなりませんから」

面倒を見ている子供たちが同じように冒険者になりたいという未来はあり得ない話ではない。自分が経験した絶望に出会わないようにしっかりしないと。ライザをそう決意する。

「ラグリンネとエトナはどうするの」

先にお師匠様から引き取る許可をいただいているが彼女ら自身はどうなのだろうか。付いてきてくれるのかどうかは個人の選択なのだから。

「私は、もっと高みに上りたいです」「同じく、人々から多くの支持を集めたいよ」

尊い心臓という組織にはまだまだ上が存在している。どこまで上の椅子に座れるか、それを目指すようだ。今後ともご指導をお願いしますと。宣言される。厳しい現実を確認してもなお諦めてないようだそれでいい。

彼女たちの気持ちを和らげるためにホットワインを作ることにした。ワインの瓶を一本開けて鍋に少しの砂糖とレモンを入れて少し煮込む。出来上がったらそれをコップに人数分入れて彼女たちに渡す

『暖かくて甘くて美味しい』

それを飲んでだ大分気持ちが和らいだようだ。

『私たちの愚痴に付き合っていただき申し訳ありませんでした』

「パーティのメンタルケアも仕事の一つだから」

彼女たちはまたベッドルームに戻った。もう悪夢に悲鳴を上げることはないと思う。
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