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極寒の大陸編

君は選ばれたのだ?でも、僕はそれを望まない

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君は世界の主人公なのだ!

そういう言葉を聞いたことはないだろうか?確かに、自分を変えられるのは自分だけ、主人公は自分自身以外存在しえない。でもね、それは世界に自分だけしか存在しなければ、という前提になるんだ。

自分が世界の主人公でも他の他人もまた世界の主人公なんだよね、自分が主役になるためにあれやこれやと動く。他人に巻き込んだり逆に他人に巻き込まれたり、色々だよね。

その世界の基準に適応しなければ容赦なく劣等生になってしまうんだ。劣等生なんて関わりたくないよね。

どんなに努力しても、どんなに可能性を求めても、どんなに辛い目に合っても、自分を生かせる居場所が無ければ無能なんだ。

いくら文明が進んでもそこは変わらない。

僕にとって現実は寝ても覚めても悪夢だった。

良い成績は取れず、何するにもどんくさく、外見もこれといって特徴らしき特徴もない一般人。要するにモブだ。その他大勢というやつである。

ひたすら席に座り身を小さくし時間が過ぎるのを待つだけの存在。

それが延々続くだけの現実。

でも、それでいいんだ。

そうしてさえいれば余計なことなどない。ひたすら自分の世界に没頭できるから。平凡に生き平凡に死ぬ、それだけの人生。

でも、不幸とやらは突然やってきてしまうものなんだよね。事故死ってやつね。

ただ、そこに目立つクラスメイトが2人いただけの事故。二人は何とか即死は免れたようだが刹那の瞬間に見た感じでは一生ベッドから出られないと思う。ま、僕はもう死ぬことが確定してるけどね。

ただそれだけ、恨みもなければ思うところもない事故死。

周りからすればいてもいなくてもよい存在、という訳だ。そんなどうでもよい存在を振り返るものなどいない。

クラスメート二人はともかく僕なんて小物だからだ。ちょっとばかり知恵が働き要領よく立ち回っているだけ。そんな存在など世の中にいくらでもいるのだから。

ただ、外から見るとどうも違うらしい。

なんと、異世界への招待状がやって来てしまった。

これは拒否案件だなぁ。

大体異世界に転移して無双するとかそんなのでしょ、僕なんかじゃそこらの小悪党程度にしかならないのは自覚しているからだ。

優れておらず劣っているでもない自分に何の不満もない、くっそつまらないわけではないがほどほどに生きてきただけで上等だ。

だから僕は言った。

「どんな時でもどんな状況でもどんな相手でも、互角になれるのなら転移します」

それを聞いた途端何かがおかしい、と。相手は思ったのかもしれない。

優れてもおらず劣っているわけでもないことが条件?まったくもって笑うしかない条件だ。その条件を提示した途端何かが一斉に慌ててしまったようだ。

そして、残ったのは一つだけ。

「ふふふっ、なんて望まれない命なのでしょうか」

相手はどうも女性のようだ。

「えーと、どこかの神様らしいことは分かりますが僕程度に異世界に転移させようとは無駄でしょう」

転移させるのならばそれ相応の選別とやらが必要でしょう。本音を隠さず言った。

「ああ、巻き込まれた二人は他の神からのお誘いを真面目に聞いてますよ」

ええ、真面目に、ね。どこか含みがある言い方だった。

「僕は自分の人生を振り返ってみても平凡、特筆するべき部分がありません」

なのになぜ?

「誰から見ても平凡な成績、運動の能力も平均、趣味も普通。でもね」

私が望ましいと思ったのはそんな部分ではない所にあると。

「小賢しく悪知恵が働き不平等な条件の中でも必死に足掻き平等になる可能性を見つけ出せる存在。私はそれを大変好ましく思います」

変な回答だ。そんな意識など誰でも考えうるものだ。

「魂には確かに優劣はありません、しかし、肉体には優劣が明確に付けられる」

生まれた存在や場所、満足に食える物があるかどうか分からない境地にさえ放り出されるという可能性、それでも生命はその環境に必死に適応してきたのだ。

器に入れば存在もまた変化する。相手はここで例えばの話を持ち出す・

たとえば、そう。昔の王子様のように恵まれた環境に生まれたとしましょう。満足のいく環境と望めば大抵の物は手に入ってしまう。そこまでは順調だった。しかし、そこには人知れず似た他人がいた。ある時許しがたい失敗をしてしまい自分と似た他人と入れ替えられてしまった。

そんな話だ。

一国を継ぐというのなら予備を用意しておいて当然でしょう。王子は一転して犯罪者として消されてしまう。

「別段不思議な話ではないよね」

「ええ、まったくもって不思議な話ではありませんよ」

予備と交換されただけだ、ただそれだけ。

「では、貴方に問います」

もし、仮に、自分が他人を生かすための材料であったのなら、それを許容できるか?

「ああ、どんな過程を考慮しても構いませんから」

どんな過程を得てもいい、それを受け入れられるかどうか。今の時代生贄を必要とする実験なんて別段珍しくもないし実際解剖してみないと分からないことだらけだ。カエルの解剖をやった時と同じだな。それを人に出来るかどうか、論理感を問うとは考慮しなくてもよいというのなら、有りだ。

戦死者負傷者に触れていなければ医学の発展が無かったように、人を対象にしなければ出来ない進歩というのは有り得ない話ではない。

だが、それは、命の本質を歪める行為でもあるわけだ。

避けられない死があるように、逃げられない生がある。命を欲する欲望には際限が無い。

「もしも、生命が好き勝手に出来るというのはおかしいとは思いませんか?」

ペットの爬虫類に食わせる小動物とかを思い出す。あれはあれで生の営みだが結局飼い主の都合だし仕方がない部分はある。そういう需要もあることで食っていける人達もいるわけなのだから。

「ほら、結局持ち主の都合だけ。そこで生きてる存在のことなど道具であり嗜好を満たす存在ではありませんか」

命は命で食いつないでる。それが自然の摂理。

「改めて聞きます」

自分と似て非なる他人の存在に取って変わられるだけでもその人生を満足いくように出来るかどうか。なんという難しい問題なのだろうか。しばし考える。

「それは違う」

膨大な犠牲に名前など無駄だろうがそれじゃ何のために生まれてきたんだ。他の誰かに食われるため?生かすための材料?都合のいい生贄?それじゃ自分は何なのだ。

そこで僕の発言を思い出す。

”ただ対等な関係になりたいだけ”

「そこがおかしいんですよ。だって、面識も何もない相手と対等になって何になるというのですか。たとえそれが奴隷だろうが国王だろうが会った途端に対等なってどうしようとするのでしょう」

前者なら奴隷が一人増え後者なら国王が一人増える、間違いなく争いの火種になるだろう。

「誰かの代わりなど出来ない、誰かに変わられる自分はいらない、それなら自分という存在は何なのでしょうか」

完全に矛盾してる問いかけだ。

「それでもなおあなたは誰とも知れぬ相手と対等になりたいと、そうでなければ異世界へ転移は拒否する、そうなのですね」

そういう存在こそ誰からも拒否されるが、望むべくして望まれた存在であるのも確かだと。

「僕に何をしてほしいの?小賢しい悪知恵が働くしかない僕をどうしたいの?」

本題に入る。

「魂の存在では確かに対等です、でも、器に入れば対等ではなくなる。それが当然でしょう。しかし」

誰かのために用意された生命を生み出し続けるのはどうなのであろうか。

「私はもう疲れてしまったんですよ。こういう理由のために生み出された命の面倒を一向に顧みない同胞たちに。そして、都合よく作り変える存在に。何より、率先して命を冒涜する者らに」

「それなら貴女が変えていくべきでは」

「残念ながら、増えすぎたとはいえむやみやたらに命を刈り取っても因果の関係は付いて回り他の魂も巻き込んでしまう。無用な命の循環の管理だけでも一苦労。強大な存在を生み出しても誰かの意思に染まる」

わざわざ世界を越えてまで探し回っていたそうだ。

「平穏に生き争いを好まないにもかかわらず要求することは意味があまりない。要求したことはただ一つだけ」

「それが普通でしょう」

「欲望には際限が無いのですよ。全も悪も等しく。そこに境界線はありません。考え方しだいでは命を救うことが悪で殺すことが善だとのたまう連中共。実に自分勝手ではありませんか」

高貴な方の子供なら生かしそうでなければ生まれてきたことが忌々しい前提の子供、たとえそれがすぐ隣の生命であっても歴然とした差があるわけだ。ま、完全に計画された命の誕生などありえないのだから。

「私は一度命を平らにすることを望んでいます」

命を平らにする?どういう意味だろうか、いきなりサバイバルの世界に飛び込ませて生き残れるかどうかしないと無意味な命として処分でもするのだろうか。この段階では意味が分からない。

「あなたは言いましたね。誰とでも対等になりたいと」

「そうだけど」

「あなたが望むことはそれだけ。それでもなお過酷な異世界へ飛び込めると」

「もちろん」

で、あれば。やって欲しい仕事があると。

「あなたにやってほしい仕事は『御使い』世に言う救世主とかです。とはいえ仰々しく降臨したりとか人々から敬われる存在ではありません」

むしろ有象無象数多くの敵として憎まれる側だと。

「いや、それは」

「相手と対等の意味を持つには力が不可欠です」

「それはそうだけど」

「ええ、相手と対等になるだけ。ただそれだけでいいんです」

条件はそれだけ。そうでなければ分からない場合も多いと付け加えられる。

異世界とかだと凶暴な連中が多いはずなのだが装備とかは、それを聞いておく。

「私は装備という文明の利器をこの上なく嫌っております。私自身は何も持ちえないのですが」

お抱えの者らが主のために色々と献上した品々と固有の特別な力やらを与えられるそうだ。

「忠告しておきますが、不必要な相手には何もしてはいけませんよ」

何もしてはいけない、って。どんなことをしていても関わる必要性が無いなら放置しておけと。

「私が望んでいるのは命の存在を平均化することです。それ以外の場面で関与してはなりません」

「難しいこと言いますね」

誰かと関わりのない人生であればそれでもいいんだけど、この人はどうも色々と複雑なようだ。

「命には不平等はないと考えておりますが肉体という器に入れられた途端に明確な区別がつけられます。石だからこうだとか水だからとかこうだろうとか、まったくもって知恵ある存在は自分勝手なのです」

そういった名称などは確かに人類が勝手につけたものだ。その本体には無関係で、挙句創り出してはいけない色々なものを製造してしまった。

それらにすら命というのなら因果とは何とも厄介である。

「私の愛する御使い。どうか、その生が幸福があるように願っていますよ」

最後に、僕の名前を聞かれる。

「禊(ミソギ)」

そうして、異世界への扉を通過した。
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