君へ

西松辰の場合 ２

そう、君を初めて見たときから薄々気付いていたのかもしれない。
桜の花びらが舞い散る中で、君は遠くを見つめていた。
あの時の愛しそうな、でも切なそうに微笑む君の笑顔が、誰かのことを思っての表情だったということを。




７時５０分。
保健室の窓を開け、煙草をふかしていると、校門の所からいつもの声が聞こえた。

「関ー、おっはよー」

今日も元気な桜君の姿に思わず笑みをこぼれる。
これが私の一日の始まり。


職員会議が終わり、保健室に戻る途中、HR始まりのチャイムが鳴る。
さて、今日はどうしょうかな。
あぁ、そう言えば教授に頼まれた論文がまだだったな。
ガシガシと頭をかきながら、少し大きめのスリッパで雑に歩く。
次の角を曲がり、階段を降りたら、我が憩いの部屋、保健室だ。
ドーン
出会い頭に少年がぶつかってきた。

「おっと」

倒れかけた少年の左腕を掴む。
それと同時に少年はそのままペタンっと廊下に座り込んでしまった。

「なっ！おい、大丈夫か？」

座り込んだ少年を覗き込んだ。

「！！」

私は少年の顔を見るなり、驚きの声を押し殺した。
桜君だ。
しかも、泣いている。
桜君の泣き顔がこんなにも可愛いなんて。
今にも抱きしめたい衝動を抑えながら彼の頭を優しく撫でた。



泣き止まない桜君を連れて、保健室に戻り、落ち着くようにホットココアを渡した。

「落ち着いたか？」

彼は両手でカップを持ちながら頷く。
さて、どうしたらいいものか……。
ふと、彼の視線が私に向いた。
窓からの光を眩しそうに目を細めていた彼の表情にドキッと胸が高鳴る。
自分の顔が薄っすらと赤くなっていくのを感じた。
眩しさで眉間に皺を寄せる彼を見て、我に返った私は「ああ悪い」とカーテンを閉めた。