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「……もう……おそい……あー……?」

喉や鼻の奥に響くような自分の声に違和感を感じ、ふっと目が覚める。

「んぁ……あれ?」

ここはどこだっけ?と体をゆっくりと起こし、ぼんやりとした視界で辺りを見渡そうとした時だった。

「めー、さめたかぁ?」

「くっ!」

心臓に突き刺さる低声ボイスにビクリと肩を揺らし、声の方へ恐る恐る視線を向けた。

「しっ、時雨!」

おぉ!俺の推し、時雨様だ!攻略対象の中でも一番尊い!と世の腐の方々を泣かせた時雨様が目の前に!
目を大きく見開き、無表情でガン見している俺に、時雨はちょっと拍子抜けたように数回瞬きした後、口角を上げる。

「よぉ、ミツ、久しぶりだなぁ。元気だったかぁ?」

笑ってはいるが、目が笑っていない。
こわ!えっ、なに、俺、何かしたっけ?……あっ、あー!そう言えば、めっさ思い当たることが……時雨から黙って逃げたんだった。

「あー、えっと……ごめん!」

ガバッと頭を下げた瞬間、ぐらっと目眩がしたと同時に頭に痛みが走る。

「いっ……」

「馬鹿が!急に動くな。頭打ってるんだぞ」

大きな手が後頭部をそっと包むと、ゆっくりとベットへ寝かされた。

「……はぁ、……時雨、あり……がとう」

右手で右目を覆いつつ、左目を何とか開けて礼を言うと、時雨はなんとも言えない表情で俺を見ていた。

「……礼をいうのは俺の方だ。でもな、もう二度と庇うな」

「それは無理」

「あ゛ぁ゛!」

「だってさぁ、勝手に体が動いちゃったんだよ。パイプ椅子飛んでるなぁーって見てたら、その下にいるのが時雨だって気付いたとき、体が勝手に動いたんだ……。ははっ、可笑しいよな……俺、時雨を傷つけてさ、迷惑かけてばっかだったのに……今さら……」

じわりと涙が出てくる俺を見て、時雨は大きなため息をついた。

「ばーか。そんなことねぇよ。俺にとってお前は……ミツは大切な幼馴染みだ。何があろうとな」

「しぐれぇ……」

「はぁ、泣くな」

困ったような表情で俺の頭を撫でようとした手がピタリと止まる。
どうしたのだろう?と首を傾げてから、自分が頭を打ったことを思い出した。
あぁ、そっか、でも撫でてほしかったな。
しょんぼりしていると、時雨の右手が俺の左頬を優しく包み、親指で溢れた涙を拭ってくれた。

「泣くな。お前が泣くと歯止めがきかなくなる」

……歯止め?何が?
意味がわからず、頭にクエッションマークを浮かべ目を瞬かせている俺に、時雨はクククと笑い出す。

「まぁ、同じ学校だ。まだ時間はたっぷりある。仲良くいこうぜ」

意味ありげな表情でニヤリっと笑う時雨に俺は悪寒を感じつつも恐る恐る頷いたのだった。





放課後、ホームルームも終わり、さて帰ろうと鞄を肩にかけた瞬間、ざわりと教室が騒がしくなった。
皆、廊下を見て目を見開き固まる奴、青ざめる奴、頬を赤くする奴、くるりと席に戻る奴と、まぁ、普通ではない行動に首を傾げる。
なんだ?と思い教室を出ると、廊下の壁に背をつけ腕を組んでいる時雨がいた。

「時雨……」

俺に気付くと時雨はニヤリと笑った。

「ミツ、遅い。行くぞ」

シーンと静まり返ったかと思うと、ざわざわと周りが騒ぎ出す。
「誰だアイツ」、「平凡のヤツがなぜ?いや、ちょっと可愛いか?」、「総長自ら声を……」、「あいつ終わったな」という声が俺の耳に届く。
うっせーわ!
俺は突き刺さるたくさんの視線の中を、俯きながら時雨について行った。ついて行った先は……駐輪場。

「うわぁ……」

思わず声が出る。駐輪場に普通の学校ではありえない自動二輪車がたくさん置かれてあったからだ。
さすが不良高だな、あは。
時雨は停めてあった黒のボディに赤いラインが入ったバイクを慣れた手付きで出すと、シートをポンポンと叩いた。

「乗れ」

俺は言われた通りバイクの後ろの席に乗った。
家まで送ってくれるのか?でも、俺の家知らないよな?
そう思っていると、「ほらっ」とパーカーを渡された。

「さみぃから、着ろ」

急いで着るとふわりと時雨の匂いがして、ついニヤケてしまった。
いい匂い。あっ、ブカブカで手が出てこないや。

「時雨、みてみてー」

笑いながらブラブラと袖を振る俺に、時雨は大きく目を見開いたかと思うと、ばっと口を手で押さえ視線を外し、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
どうしたんだろう?俺のアホさにキレたとか?
首を傾げながら、恐る恐る時雨の袖を引っ張る。

「時雨?」

「くっ!……あー、くそ、かわ……んん"、なんでもねぇーよ」

ほんのりと赤い顔で、はにかむように笑う時雨に、胸がドキッと高鳴る。
なんだかドキドキする。見てはいけないものを見たような感じだ。……そう、エロ的にヤバイ。ホルモン垂れ流しかよ!俺の下の部分のアレが反応し、少し固くなるぐらいに……。
そんな俺に気付くこともなく、「あとは、メットだな」と自分用のヘルメットを頭の傷に響かぬよう優しく被らされバックルをとめた後、時雨はサッとかっこよくバイクに股がった。

「しっかり捕まっとけよ」

「ん」

腰に手を回し、抱きつくようにぎゅっ体を密着させると、時雨はエンジンをかけ走り出した。
ブォォォンと大きな音を出し、俺の髪や服がなびく。
うおぉぉー、めっさ速い!怖い!だけど、推しと密着できて幸せです!
そう、ちょー幸せでした。目的地に到着するまでは……。






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