【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる

文字の大きさ
上 下
5 / 20
本編

05 初めてのお仕事

しおりを挟む


 ジルクス様から仰せつかった初の仕事は、ジルクス様の書斎の整理だった。
 
(…………使用人がいないとこうなるのね)

 あちらこちらに書類や本が散乱し、部屋は足の踏み場もない。
 魔物の調査のため家にいることは少なく、帰ったらベッドで眠るだけの生活をしているという。周りに人の目がないため、確かにこうなってしまうのは当然だろう。

 別荘には定期便で野菜などの備蓄品を運んでいる。
 服なども、本家からやってくる使用人が毎日のように来て、新しい物と交換しているという。古い物は別の場所で洗濯しているらしい。

(お部屋の片づけをしましょう)

 散乱している本を見てみる。
 本の種類は魔物に関するものが多い。あとは王国の歴史書、著名な文学書などなど……。本棚に戻すときは、ジャンルごとにわけて見やすいように。
 続いて書類の整理に取り掛かる。
 私信が多く、ついで多いのは請求書の束。ここで暮らしている時に支払うときは、全部彼がこれらを纏めているのかもしれない。

 次期公爵の仕事に、魔物の調査、さらには請求書の管理まで。

(お一人ですべてをこなすには、ちょっと量が多すぎるわ……)

 彼は今まで、ずっとこうやって生活してきたのだろう。
 確かにこの別荘に来るのは、一年で数か月とか、そんなレベルの話かもしれないけれど、それでも大変なのは容易に想像できる。

(使用人が一人でもいれば……)

 大がかりな物品整理は生まれて初めて実施したが、侍女たちの動きを頭の中で思い出すことで、私はなんとか部屋の整理を終えた。これが侍女として初仕事だ。頬に汗が垂れ、「ハンカチ」と言いそうになって、私はとっさに口を押さえた。

(そうだわ。もうこれからは、ハンカチを持ってきてくれる侍女もいないの)

 侍女として自覚が足りないのだと、己を叱咤する。
 自らの足で重いトランクケースを開け、ハンカチを取り出して顔に当てる。
 そのあとも、私は部屋の整理に勤しんだ。整理が終わった後は雑巾がけをして、ぴっかぴかになるまで磨き上げる。
 私が疲れて部屋の真ん中で座り込んでいると、外から革靴の音が聞こえた。きっとジルクス様だ。侍女ならばお出迎えしなければならない。大慌てで身なりを整えて、エントランスに向かう。

 がちゃり、と、玄関の扉が開かれた。

 淑女の礼────ではなく侍女として頭を下げる。
 
「お帰りなさいませ、ジルクス様」
「あ、ああ」

 ジャケットと荷物、剣を受け取る。剣はよく見れば血がついている。おそらく魔物の血だろう。さっきまで魔物と戦ってきたのだ。ジルクス様がいかに危険な事をやっているか分かって、少し怖くなる。

「……驚いた。掃除もやってくれたのか」

 磨かれた床を見てジルクス様が口を開く。

「どうした?」

 暗い表情が出てしまっていただろうか。
 私は首を横に振る。

「申し訳ございません。私は大丈夫でございます」
「もしかして、俺の事を心配してくれたのか?」
「……はい」
「調査は一人ではない。魔物相手に単独行動は愚者のやること。調査の際は現地集合で、調査隊のメンバーはみなルヴォンヒルテ家で雇われている傭兵だ」
「そう、なのですね……」
「まだ不安か?」
「ジルクス様は、見ず知らずの私のことを家に置いてくださいました。そんな優しい方が、もし何かあったらと、不安に思うのは当然にございます」
「優しい、か……」

 ジルクス様の灰簾石タンザナイトの瞳が、少し揺れていた。

「父──ルヴォンヒルテ公爵とランドハルス侯爵の仲は聞いていると、前にも言ったな。君はその娘だ。だから俺が優しくしていると、君はそう思わないのか?」
「それは違います」
「なぜそう思う」
「目を見れば分かります」

 ジルクス様が冷血と言われる理由は、ひとえにその雰囲気と、魔物を退治する家柄に対して持たれている先入観だろう。魔物を殺せるくらいなのだから、その人はきっと心を持たない化け物だ、と。

「使用人を傷つけたくないからお一人で別荘にお住まいになっている。それこそ、ジルクス様の優しさを体現しているようなものでしょう」
「随分と過剰評価してくれるのだな。しかしその理論だと、君が侍女となったからには、君を遠ざけないといけない。別荘の近くは魔物は出ないが、場所によっては魔物も出るぞ」
「その心配には及びません」
「身を守れる術でも?」
「いいえ。──死ぬときは死ぬ、ただそれだけでございます」

 微笑むと、ジルクス様は再び私の顔を見つめてきた。そんなに顔が気になるのでしょうか。そこまで見つめられると、もぞもぞする。人に見られる感覚が苦手なのだ。

「ジルクス様、このあとはお食事になさいますか?」
「……。作れるのか?」
「いいえ、料理どころか包丁を握るのも初めてです」
「…………分かった。無理するなよ」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

前世の記憶がある伯爵令嬢は、妹に籠絡される王太子からの婚約破棄追放を覚悟して体を鍛える。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...