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しおりを挟む「ファルヴァン・ヨハイム様にお目通りしたく存じます。わたくしは、先日の信書にてアポイントを取りましたロゼッティでございます」
ヨハイム家は侯爵のお家柄。
本来なら繋がりの少ない上位爵位の存在だけれど、ファルヴァンという男性こそ、侍女長が信頼できると太鼓判を押した人物。
実は侍女長の姉が、ヨハイム家と繋がりのある家で侍女長をしている。その縁もあり、ヨハイム侯爵家とランドム子爵家には交流があった。ファルヴァンは次期侯爵の地位にあるが、気さくで話しやすい。
父がまだ生きていた頃、ロゼッティは何度かファルヴァンと言葉を交わしたことがある。
もう六年以上も昔の話だ。
(きっと素敵な紳士になられたのでしょうね)
少しだけ、胸の鼓動が早くなる。
しばらくして、ガチャりと玄関が開いた。
執事の方に淑女の礼をして挨拶する。
「これはこれは、ロゼッティ様。ささ、中へどうぞ。ファルヴァン様が首を長くして待っておられます」
何度か廊下を曲がり、応接室へ。
「ファルヴァン様。ロゼッティ様が到着なされました」
「入ってくれ」
覚えのある声よりも低い。
それもそうか、あのときはまだ声替わり前だったから。
「失礼します」
部屋に入るなり、ロゼッティは淑やかな礼をする。
「このたびはわたくしの話を聞き入れてくださりありがとうございます。ロゼッティにございます」
「……」
どれだけ待てども返しの挨拶がない。
正直、ずっと”礼”をするのは疲れるのだ。
「ファルヴァン様。ファルヴァン様!」
「……ああ、呼んだか?」
「いくらロゼッティ様と会えたのが嬉しかったとはいえ、いくらなんでも見惚れすぎでございます」
(見惚れて……?)
「ああ、申し訳ないロゼッティ嬢。どうか面をあげてくれ」
言われてようやく、ロゼッティは礼を解いた。
長い黒髪に青い瞳、すっと通った鼻梁に細い顎。想像通り、いやそれ以上の目鼻が整った男性。あのときは13歳ほどだったから、今は19歳だろうか。すらっととした手足もそうだけれど、かなり身長が伸びていて驚いた。
「辛かっただろう」
侍女長カルラが書いた手紙を、本当に読んでくれていたようだ。身内の嫌な部分を見せるのは心苦しかったけれど、彼はその話を聞いて、辛いならこっちにおいで、と文をしたためてくれた。
もちろん、ただで居候するつもりなどない。
どんな雑用でもこなしていくつもりだ。ロゼッティにはその覚悟があった。
「これからお世話になります。よろしくお願い致します」
「ああ。でも俺は、君を家で働かせるつもりはない」
「それは、つまり……私はいらない……?」
「違うそうじゃない! ……その、あの……なんだ、俺にとってロゼッティ嬢は……」
「初恋の人ですからね。これを機に結婚を進めていきますよ、ロゼッティ様」
「こらウィル爺! 余計な事を言うな!!」
ファルヴァントは顔を赤くして、ウィルという初老の執事に言い寄った。
「け、っこん……?」
「いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「それは無理でございますね……しっかり覚えてしまいました」
「だよな……」
確かに、ロゼッティにとってファルヴァントは素敵な男性だ。
身長はかなり伸びているけれど、あの時の気さくさ、優しさが溢れている。彼が次期侯爵でなければ、きっと本気で恋をしていただろう。
「大丈夫だ、君の気持ちを聞かずにそんな勝手なことはしない。辛い事もたくさんあって、誰かと結婚するなんて考えられないかもしれない。だから、君が落ち着くまで俺は待っているよ」
「…………あ」
「ど、どうした!?」
「いえ、嬉しかっただけです。こんなに私のことを思ってくれる人がいる。その事実が嬉しいのです」
目から溢れた涙を、ファルヴァントはそっと拭ってくれた。
「これからは俺がロゼッティ嬢を……いや、もう結婚したい気持ちを隠す必要はなくなったから……ロゼ、君を守ろう」
「ありがとうございます。ファルヴァント様」
こうして、ロゼッティはヨハイム家の居候兼将来の花嫁として、温かく迎え入れられたのだった。
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