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第二部 ヴィランの森合宿
Episode18 ラドルフ・F・シュトライムという革命家
しおりを挟む洞窟の外にいるクインと手下の男子三人は、セラフィネの攻撃にやられて全身血だらけだった。瘴気にやられて腕の先の腐食が始まっている。リヒトは必死な形相でクインたちの処置にあたっていた。
「アスベル!? あいつは、あの皇帝魔獣はどうしたんや!? やっつけたんか!?」
「ま、まあ倒したっていうか……手懐けたっていうか。──それより、クインたちの様子は?」
「あかん、瘴気が濃すぎる。俺の魔元素じゃ足りんわ」
苦渋の表情を浮かべるリヒト。
そのとき、リヒトに見えない位置でセラフィネが近づいてきた。
『貴様はあの技は使えぬのか?』
「使えるけど、僕はそこまで魔元素量が多くないんだ」
編入試験の際、実技の評価はA+だった。
攻撃S+
敏捷性S+
魔元素量B
だったと思う。平均よりは高いが、学園全体でみたら中の上程度。魔導剣士としてやっていくにはギリギリの魔元素量だった。
『なら試してみよ。余と契約した今なら、貴様の魔元素量は数倍に跳ね上がっているはずだ』
皇帝魔獣が笑っている。
僕は半信半疑で、腕を伸ばした。
「主よ、かの者を腐の空気から浄化せよ。【ヒーリング】!!」
(なんだ、これ…………ッ!!)
腕にある契約文様から莫大な魔元素が溢れ、血管という血管を通って全身を巡る。沸騰したかのように体が熱い。心臓が早鐘をうち、魔元素の奔流がクインたちの体に降り注いだ。
「すげぇ。氣属性の浄化魔法みたいや。アスベルの適性魔法って陰と火だけやなかった? 水属性の【ヒーリング】苦手とか言ってなかった?」
「あぁうん。まぁ……練習したから、かな」
「そっか。それより、この調子で俺も応急処置進めるわ」
急激な魔元素量の増加にも、リヒトは気にした様子を見せない。
僕の適性魔法は陰と火属性。適性が無くとも基本属性なら全部使えるが、やはり適性無しのハンデが大きくて初歩的な魔法を使うのが限界だ。水属性の、それも魔元素の絶対量がものをいう回復魔法は特にダメで、大の苦手だった。
セラフィネとの契約のおかげ、だろうか。
クインたちの浄化と応急手当も済んだ。あとは保健の先生に言えば綺麗サッパリ治してもらえるだろう。
そう思った僕の近くに、さっきまで離れた場所にいたセラフィネがやってきた。魔獣なのでどうも氣属性や浄化関連の魔法が苦手らしい。
『《皇帝の福音》じゃよ。余の心臓の一部を練り込んで貴様の腕に契約文様として刻んだじゃろう? あれのおかげで、皇帝の莫大な魔元素の一部が貴様のものとなった。喜べ』
「ありがとうセラフィネ」
『なぁに、余にとっては些細なことよ』
おかげでクインたちを救うことができた。
目的のためなら手段を選ぶつもりなんてないけど、見殺しにしたいわけじゃない。
「とにかくこの三人を運ぶ。セラフィネ、君には一番デカい体のクインを頼みたい」
『下僕使いの荒い主じゃな。仕方ないの』
「僕はこの二人を、リヒトはアイツを頼む」
「わ、分かった……!! てか、なんやその狼ッ!? なんかいま喋らんかったか!?」
「詳細はあとで話すよ」
◇
合宿中の怪我に対応する救急室。
学園内とは違い、今回の合宿で同行した保健の先生はシェリーだ。シェリーは僕とリヒトが運んできたクイン達の様子を見ると、いつものように笑みを浮かべて「喧嘩かい?」と聞いてくる。まぁ言ってみれば喧嘩なんだけど、これをやったのは僕じゃない。
シェリーは僕の隣にいた狼の姿を見て、察したようだった。肩をすくめながら「どうりで森が騒がしかったわけだ」とこぼした。リヒトがまだいるので、この狼が皇帝魔獣だとは言えなかったらしい。
「リヒト・ソースマリア」
「お、俺たちはこいつらに脅されたんですよセンセ! だから許可なく外に出たことは大目に……!!」
「なーに言ってんだい。アタシはそんなんで怒ったりするような教官じゃないさ。武器を持ってお友達と遊んでたってことくらい目を瞑ってやるよ」
「うげ、そんなとこまで……」
……まぁ、シェリーだしなぁ。
「それよりも、キミに一つ頼みたいことがある。それで今回の件はチャラにしてやろうじゃないか」
「なんすか?」
「B組のマイゴティス教官やF組ファニオロン教官を探してくれ。アタシからの伝言だ『強い瘴気を持った魔獣が出現した可能性がある。至急共に調査しよう』とね。間違ってもコイツが襲われたことは言っちゃいけないよ? 言ったら外に出たことがバレちまうからな」
「わ、分かりました!! アスベルは……ッ?」
「アスベルは一応アタシが診ておくよ。つよーい魔獣の瘴気に侵された可能性が捨てきれないからねェ?」
「じゃあアスベルのことは頼んます!! 俺はヘーキなんで、さっそくセンセの伝言を届けてきますッ!」
リヒトは外へ駆け出していく。
黒ドレスの上に白衣姿の魔女に、僕は視線を送る。
「誰が瘴気に侵されたって? それになにさ、強い魔獣が出たから至急調査したいって。その強い魔獣、いまここにいるんだけど」
「彼を部屋から追い出す口実だからね、気にしちゃいけないよ」
さて、と。
シェリーはベットの上に座り、ドレス姿なのに足を組んだ。
これが本当に僕の育ての親なのか? 疑問を覚えるほどの色気を醸し出しながら、銀狼を見つめて笑みを浮かべている。
「久しぶりだねェ、皇帝魔獣セラフィネ。いつぞやの大戦の怪我でくたばったかと思っていたよ」
「それはこちらの台詞であるぞ、炎戒の魔女シェリアヴィーツよ」
いきなり銀髪の少女の姿に戻るセラフィネ。
妙にシェリーが訳知り顔だと思ったら……。
「どういうこと? 二人は知り合いってわけ?」
「知り合いというより好敵手じゃよ。こやつは……待て、おいシェリアヴィーツよ。貴様なぜアスベルに話していない? ラドルフの剣を持たせたのなら、最後まで話しておくべきじゃろう」
「話……?」
シェリーは昔から謎だらけだった。
老けない。妙に物知り。理事長とはなぜか旧知の間柄。
魔導士としての実力はS級並みで、光、陰、水、火に適性があるだけでなく七属性すべてを扱えると聞いた。
僕に剣術の基礎を教えてくれ、魔導剣士としての魔元素の練り方を教えてくれた女性。
一番の極めつけは、革命の青冰剣を持っていたことだ。セラフィネと出会ってラドルフが、お伽噺ではなく実在の人物であると確信したので、革命の青冰剣が本当に彼の所持品だったと分かった。
であるならば、なぜシェリーがそれを所持していたのか気になったのだ。これを渡す際、マリノス家は代々天性者を見つけて、保護する家だと言っていたけど……。
「まぁよい。余が教えてやろう。こやつはな、ラドルフの幼馴染であり最凶災厄の大魔導士じゃ。大規模火炎魔法を撃たせれば右に出る者はおらん。ババアじゃよ。三百超えたババアじゃよ──」
「女性の実年齢を平気な顔で暴露するんじゃないよ」
「はんっ、ババアが何を言ってもババアじゃよ」
「生きた年齢で言えばセラフィネのほうがよほどババアだろうが」
「アァン?」
この二人……仲悪いのな。
すごく伝わってくる。年齢の話から派生して、昔の些細なことを掘り返してネチネチ言い合ってる。……というか、ヒートアップしすぎて二人とも力が溢れてるんだけど。
「二人共、僕に話を聞かせてくれ」
「す、すまぬ」
「すまないね」
「話を整理しよう。革命家ラドルフは僕の先祖で、魔獣のセラフィネはパートナーとして、シェリーは幼馴染としてラドルフの仲間だった。つまりは、革命の意志に沿っていたということ。天空より遣わされた神の血を引く皇族が先の絶対王政を崩したっていう話は真っ赤な嘘で、本当はお伽噺にある通りラドルフとその仲間たちが暴君を倒したってことか」
「ああ、合っているよ」
「どうして教えてくれなかったの?」
「アスベルが天性者として才覚を表すかどうか。革命の青冰剣をきっちり扱えるかどうか。見定めてからでも遅くはないだろう?」
「そういうことか……」
確かにラドルフが先祖だったなんて信じなかった。
革命の青冰剣を見た時だって、最初は子供だましだと受け取らなかった。
「さきほどのアスベルの話には致命的なミスがあるぞ」
「確かにね。天空より遣わされた神の血を引く皇族が、先の絶対王政を築いた暴君を倒し、現在のサルモージュ皇国を興したっていう話は間違ってる。何か分かるかい?」
「神の血を引くっていう部分……はさすがに簡単すぎか。絶対王政を築いた暴君を倒したのは皇族っていうところが間違ってるとかかな」
「その部分、実は半分正解で半分が不正解だ。昔にアタシが言ったことを覚えてるか? キミは嘘だと思って聞き流してると思うぞ」
「昔……?」
それに関係するような発言というと、剣をもらったときだ。
あのときは確か……。
“嘘じゃないさ。事実、三百年前には絶対王政の時代があった。サルモージュ皇国の前身、サーヴァシュ王国は天性者に手によって滅ぼされ、革命を起こしたメンバーの子孫が今の皇族を名乗っている”
「あれ嘘じゃなかったの!? ラドルフの仲間が今の皇族を名乗ってるってこと!?」
「そうさ」
でもそうなったら……。
「じゃあなんで等級の制度があるんだ? 革命の意志を受け入れたから仲間になったんだろう? たとえ新しい国を興したとしても、奴隷を解放したラドルフなら等級なんて制度作らない。しかも自分達を貶めるようなF等級なんて」
おかしいのだ。
F等級の成り立ちは、天性者が生まれる可能性があるラドルフの子孫やそれに準ずる人々が指定されたと昔シェリーは言った。例え天性者が生まれたとしても、F等級という最悪の環境を与えれば、頭角を現して最強になることはないだろう、と。
「等級制度を作ったのはラドルフじゃない。最後の最後でラドルフを裏切った仲間だよ。そいつが自ら神の血を引いていると言い、そのままサルモージュ皇国を興した」
「さよう。ラドルフの意志に賛同していた者は主に五人おる」
皇帝魔獣セラフィネ。
炎戒の大魔導士シェリアヴィーツ。
天原《あまはら》の巫女メリアノ。
異次元の堅主ロギー。
魔の拳王テンス。
この五人が、ラドルフが率いていた最強の仲間だという。
彼ら以外にも、多くの奴隷たちや貧困者がラドルフの仲間になっていたらしい。
「絶対王政を壊し、一国の再建という大忙しの時に事件は起きたのじゃ。テンスが殺されラドルフも幽閉された」
「まさか。そのとき二人は?」
「アタシは吉報を伝えるために故郷に戻っていた。セラフィネは傷ついた体を癒やすために、秘境深くに身を潜めていた」
「逆に言えば、人数が減ったところを狙われたんじゃろうな。怪しいのは天原の巫女メリアノと異次元の堅主ロギー。この二人が、あるいはどちらかがラドルフとテンスを始末した」
天原の巫女メリアノは、シェリーほどではないものの多様な魔法を扱えるという。体術にも優れ、舞姫のように円刃《チャクラム》を操る。しかも圧倒的な美女で、陰魔法である《魅了》で数多の男を虜にしてきたという。
堅主ロギーは絶大な防御力を誇る巨漢。五人の中で唯一ラドルフの剣を受けきることができ、大戦で疲弊したラドルフを襲うくらいなら可能だという。
(予想の数倍以上に嫌な国だ)
サルモージュ皇国の成り立ちを聞いてしまった。
いや、僕は今の時代を生きているからマシだ。
実際にラドルフの仲間だった二人は……少なくともシェリーは辛かっただろう。
「裏切り者は王都を封鎖。そして、アタシを極悪人として指名手配したんだよ。おかげで新しくできた皇都に近づけなかった。人相書きがバラ撒かれてたからね。ま、三百の隠居生活のおかげで今じゃ誰も覚えてないがね」
「シェリーでも?」
「王国との激しい戦いの直後だったっていうのもあるし、裏切り者はアタシの手の内を知り尽くしている。うかつに行くと返り討ちになりそうと思ったからさ」
シェリーは拳を握りしめていた。
後悔、しているのだろうか。
無理にでも皇都に乗り込んで、裏切るものを叩き出せばよかった、と。
そしたら、こんなF等級が差別されることなんてなかったのに、と。
「かっての革命のメンバーやその家族には、軒並みF等級という蔑称が与えられた。だからね、アタシの究極の目的は、ラドルフを裏切った者を火炎で焼き尽くすことと等級制度の消滅だ。ロギーは知らないけど、メリアノはアタシのように生きてるかもしれない。だから次代の革命の申し子、《天性者》の存在を待っていたってわけさ。どうだいアスベル、この話を聞いてもまだF等級の解放を望むかい?」
「もちろん。僕はあのとき決めたんだ。絶対に最後まで諦めないよ」
「その意気だ。アタシは嬉しいよ。アスベルは……ラドルフにそっくりな顔してるしな」
シェリーのこんな悲しげな表情、初めて見た。
「僕はもっと強くなるよ」
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