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04 保健室

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(あぁ……ザロヴィア様が一人…………ザロヴィア様が二人……)

 ぼんやりしたフェティローズの意識に、複数人のザロヴィアが存在している。どれもこれも凛々しくて、かっこよくて、にへらぁ、とフェティローズの顔が歪んだ。

「フェティ」

(え? 喋った?)

「フェティ」
「ふゃいっ!?」

 呼びかけられたような気がして、フェティローズは飛び起きる。

(え? 保健室? しかもザロヴィア様がいるわ!?)

 椅子に座って腕を組んでいるザロヴィア。
 なぜか表情が険しい。

「フェティ」
「ざ、ザロヴィア様……」

(え、なんか余計に怪訝な顔になっていない? や、やっぱ声なんて出さなきゃよかった…………)

 フェティローズはしゅんとする。

「なぜ俺に黙っていたんです?」

(え、鼻血を出した事???)

 ザロヴィア様のご尊顔を見ていたら興奮し過ぎて鼻血を出してしまいました。そう暴露会を始めようとしたフェティローズだったが、ザロヴィアがキッと目線を鋭くなったので、思わず口を閉ざす。

(え。もしかして、バレた? わたしが婚約者としての特権をフル濫用して、ザロヴィア様の肖像画を描かせまくってることが、バレたっ!?)

 近くにスケッチブックがない。
 絶望的な状況だ。
 きっとザロヴィアは、フェティローズが倒れてスケッチブックに気付いたのだ。スケッチブックには数々のザロヴィアの肖像画がある。中には、あまり人に見せられないような、とても人には言えないような姿を描いたものもある。すべて金に糸目をつけないフェティローズが、有名な画家を買収し描かせたものだ。その絵が届いた日は、あまりの神々しさに目がやられてしまい、三日も眼帯を外せなかった。

 そんな絵を見られたとすれば、お優しい婚約者様とはいえ激怒するに違いない。いよいよ公衆の面前に呼び出され「フェティローズ、貴様は見損なったぞ! 婚約破棄してやる!!」という流れになってしまう。自分の名誉が落ちるだけならフェティローズは耐えられるが、両親が今まで築き上げてきたものまで壊れてしまうのは嫌だった。

(イ、イヤよ! それだけは絶対にイヤっ。覚悟を決めるしかないわね)

 フェティローズは背筋を伸ばした。
 それだけで、フェティローズが纏う空気はガラリと変わる。紫水晶の瞳は氷のように冷め切り、学園一の剣士と謳われるザロヴィアですら、圧倒するような雰囲気を放った。 

 フェティローズは頭を下げた。

「黙っていて申し訳ございません、ザロヴィア様」
「じゃあやはり……」
「はい。すべてザロヴィア様のご想像通りです」
「…………」

 痛いくらいの沈黙。
 フェティローズの心臓はドッキドキのバックバク。
 血が高速に循環していて茹でられたように体が熱かった。

(ど、どどどどどうしよう! この卑しい女め、成敗してくれるとか言われたら自決するべきっ!?!?)

 顔を上げてくれとも言われていないので、フェティローズはずっと頭を下げたまま。
 ザロヴィアはずっと沈黙している。
 
 ややあって──

「はぁ。あなたの性格はよく分かりました」
「はい…………?」

 びっくりするくらいの大きなため息を吐いたあと、ザロヴィアはフェティローズを力強く抱きしめた。

「あ、あの…………ザロヴィア様……?」

(ふぃおおおおおお!? ザロヴィア様ご乱心!? それになんかめっちゃ良い匂いするんですけどぉお!?)

 裸同然の肖像画を描かれて、ザロヴィアは激怒したはずだ。
 ザロヴィアはフェティローズをなじるどころか、抱きしめて頭を撫でていた。信じられないくらいの聖人ぶりに、フェティローズの心の中にいるちびフェティがあんぐりと口を開ける。

「無理をするな」

(無理をするなって? え、これからはもっとオープンをしていいってこと? それとも『画家に妄想の俺を描かせるな。本物を見ろ』ってこと……!?)

 さらに加速していくフェティローズの妄想。美しい楽園に住む裸の天使たちに導かれ、フェティローズはついに『春の扉』に手をかけた。
 さあ、あなたの思うがままに妄想していいのよ? そう言われているような気がして、心躍る。鼻血として出される血液が鼻の奥で爆発するやや手前、心のちびフェティが扉を閉めた。

(おち、落ち着くのよわたし。そこまでザロヴィア様は大胆ではないわ。きっと『あなたの趣味は褒められたものではないが、婚約者として黙っておいてやる』くらいの気持ちなのよね、きっと)

 だから、オープンにしてはいけない。
 これまで通り、ひっそりと一人で楽しむのだ。
 そして念には念を入れて、もうスケッチブックは持ち歩かない方がいいだろう。

(いいえフェティ。わたしの『偉大なる脳内妄想フェティ・ブレイン』を駆使すれば、聖書スケッチブックがなくとも生きていける……いえ、生き抜いてみせるわ!!)

「感謝いたします、ザロヴィア様。でもこの状態だと、ザロヴィア様の婚約者として相応しくないでしょう?」
「いや、そんなことは……」
「ザロヴィア様が許してもわたし自身が許しませんわ。今後はこのような事がないように致します」
「…………」

 ザロヴィアは痛ましげな表情を寄こしていた。よもやその意味が『病弱なフェティが婚約者に心配をかけないように無理を? なんと健気でいじらしい人なんだ』という感じで、スケッチブックとは全く関係ない方向で感動されているとは、夢にも思わないフェティローズである。

「仕方ないですね。でもその代わり、俺の要求を呑んでもらう」

(あなたの犯罪を黙認する代わりに対価を要求すると? ふふん、いいでしょう。金に糸目はつけない主義よっ!)

「これからはあなたの隣にいます。ええ、昼休みや他の休み時間だって片時もあなたの傍から離れるつもりはない。嫌がっても無駄ですよ?」

(つ、つまり言えば監視!? おまえが再犯しないように見ているぞ的な!?)

 しかし、これ以上ない譲歩だ。
 フェティローズは表情に出さずに、しっかり頷いた。


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