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1巻

1-2

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 すると、店の入り口前に人影が見えた。
 ドンドンドン!

「夜分に申し訳ない、誰かいないか?」

 雨戸を叩きながら発する声は、若い男のものだ。暗がりでも、小梅よりも頭一つ分以上背が高いのがわかる。

「傷をいやすため、休ませてもらいたいのだ。うまやの隅でいいから、お願いできないだろうか?」

 暗いのでわからないが、酷い怪我でもしているのだろうか。
 このあたりに他の建物がないのは、昼間に確認している。つまり、休める場所はここ以外にない。
 怪我の身で野宿というのも可哀想な気がする。けれども、あの男が悪人ではないという保証がどこにあるのか。
 ――おばーちゃん、どうしよう!?
 小梅が助けに行くことも、家の中に戻ることもできずにオロオロしていると、突然胸元がまばゆく光った。

「なに!?」

 いきなりのことに驚きながらパジャマの胸元を覗き込むと、祖母の形見のペンダントが光っていた。

「これ、なんでこんなに光っているの?」

 引っ張り出したペンダントは、夜の暗闇の中で幻想的な光を放つ。

「すまない、そこの娘」
「……あ」

 ペンダントの光に気をとられていた小梅は、そう声をかけられるまで男の存在を忘れていた。

「失礼だが、この家の住人だろうか?」

 店の入り口前から、男が真っ直ぐに小梅を見る。

「夜分に訪れて申し訳ない。俺はケネス・シャノンという」
「あ、どうも、稲盛小梅です」

 名乗ってきた男――ケネスにつられて小梅も自己紹介してしまう。

「実は森で素早い魔獣まじゅうに襲われ傷を負い、かろうじてここまで逃げてきたのだ」

 そう語るケネスは脇腹を押さえているので、そこを怪我しているようだ。
 熊や猪に襲われて怪我をしたというニュースを思い出し、そういうことだろうと小梅は考える。
 ――けど、マジュウってなんだろう? 猛獣もうじゅうの類似語にそんな単語があったかな?
 小梅が疑問に感じている間にも、ケネスは淡々と言葉を続ける。

「まさかここに家が建っているとは知らなかった。軒先のきさきでいい、一晩泊めてもらえないだろうかと、家主に尋ねて欲しいのだが」
「家主っていうか……」

 祖母が亡くなり、現在家には小梅一人だ。しかし、そんな情報を誰とも知れない男に与えていいものか。若い女が一人だとわかれば、態度を急変させるかもしれない。
 その一方で、ここで小梅が「ダメです」と言ったら、ケネスは素直に去るのだろうと思った。本当に押し入るつもりなら、小梅が一人で出てきた時点でそうすることができたはずなのだから。
 ――おばーちゃん、どうすればいいの!?
 しばらくグルグルと考える小梅を、ケネスは静かに待っている。
 相手を信用してもいいような、でも怖いような気持ちでいた小梅は、ふと思いつく。
 ――家に上げるんじゃなく、店の畳の上を提供するのはどうかな?
「なごみ軒」の店内にはイートインスペースとして、小上がりの座敷がある。あそこで寝てもらって、店と自宅部分との境のドアにはかぎをかければいい。
 小梅は解決策を思いつき、気持ちが軽くなった。

「あの、ちょっと待っててくださいね」

 裏口から家に戻ってかぎをかけた後、店舗部分に行って明かりをつけ、入り口と雨戸を開ける。

「じゃあ、どうぞ」

 小梅が招き入れようとすると、ケネスは後ろを振り向いた。

「あと、馬をどこに繋げばいいだろうか?」
「え、馬? 車じゃなくて?」

 どういうことかと外に出て見れば、店の横に栗毛の馬がいた。馬を生で見るのは初めてだ。

「馬車をひくような優雅な旅はしていないからな、アイツだけだ」

 小梅の言葉をどう捉えたのか、ケネスがそう返す。
 ――馬車って?
 観光地を馬車が走る映像はテレビで見たことがあるものの、相手の口調からするとそういった意味ではない気がする。
 小梅の頭の中は疑問符だらけだが、とりあえず馬は駐車スペースに入れてもらうことにした。
 その後ようやくケネスを店の中に招き入れると、その容姿がはっきりと見て取れるようになった。
 金の短めの癖毛に緑の目で、整った容姿といえる。身体をすっぽりと覆うマントのようなものを着ており、はた目には実に怪しい。

「他のご家族は?」
「……えっと、その」

 シンとした屋内を見回すケネスに、小梅は言葉を詰まらせた。やはり、小梅一人しかいないことは知られない方がいい。
 しかし、ケネスはそんな小梅の態度から察したようだ。

「そうか、一人だから警戒していたのだな。娘の一人暮らしに押し入るみたいな真似をしてすまない」

 ケネスは深々と頭を下げるものの、表情はあまり変わらない。初対面のせいかちょっと取っ付きにくい印象があった。
 ――西洋人っぽい顔立ちだけど、アメリカとかヨーロッパの人かな。
 それにしては日本語がうまい。ということは、ケネスは日本滞在歴が長い外国人で、やはりここは日本なのではないか、という考えが小梅の脳裏をかすめた。
 しかし、その考えはすぐに打ち消される。
 ドサッ。
 ケネスが腰のベルトを外し、細長い棒状のものを床に落としたのだ。棒の大部分が革のケースに収められているが、小梅はなんとなくそれの正体に察しがついてしまう。
 ――これってもしかして、剣じゃない?
 高校の学園祭で、どこかの部活動がファンタジーゲームのコスプレ喫茶をしていたのだが、その時の小道具と似ている気がする。
 日本でそのようなものを日常的に持っている人がいるのだろうか。しかもケネスが落としたものは使い込まれたような跡があり、偽物にせものには見えない。
 ――ここって、本当に日本なの? なんか、物語の世界に迷い込んだような気分なんだけど……
 衝撃に固まっている小梅を余所よそに、ケネスは着ている服をさっさと脱ぎ、脇腹の傷の具合を確かめはじめる。

「……っ!」

 動物の爪かなにかでえぐられたような傷跡に、小梅は息を呑む。
 ケネスは淡々と話すし、痛がるそぶりを全く見せなかったので、もっと軽傷なのかと思っていた。

「きゅ、救急車! ってどこから来るのよ。とりあえず救急箱、持ってきます!」

 小梅は慌てて自宅から救急箱とタオル数枚、そして洗面器を持ってくると、傷口を洗うために洗面器に水を張った。
 しかし、これまで直面したことのない大怪我を前に動けなくなってしまう。

「あの、えっと……」
「それを貸してくれ」

 うろたえる小梅を尻目に、怪我した本人なのに落ち着いた様子のケネスが、道具を受け取った。そしてタオルを洗面器の水につけ、緩く絞って傷口を洗う。

「……っ!?」

 すると、なにかに驚いた顔をした。
 ――え、なに? 傷に沁みたの?
 その反応を見てさらに戸惑う小梅に、ケネスが視線をやる。

「この水は、どこの水だ?」
「え、そこの蛇口の水ですけど……?」

 なんの確認をされているのかわからないが、小梅はトイレの前にある洗面台の蛇口を指す。

「……そうか」

 ケネスはそれ以上は追及せず、消毒液を塗り、ガーゼを当ててテープで留めた。
 傷が隠れたことで、小梅の気持ちも落ち着く。そしてふとケネスが着ていたシャツに目をやると、傷の箇所が大きく破れて無残な姿になっていることに気付く。

「あの、着替えとかありますか?」

 長い間女二人暮らしだったので、この家には大柄な男に貸せそうな服がない。けれどあんな風になった服をもう一度着るのは嫌だろうし、かといって裸では寒いだろう。

「着替えは持っているので、問題ない」

 ケネスはそう言って持っていた荷物からシャツを取り出す。けれど彼は傷口を洗っただけで、身体を拭いたりはしていない。

「あの蛇口の水、身体を拭くのにも使ってください」

 春先のこの季節に水では冷たいかと思ったが、さすがに厨房ちゅうぼうのガスを使わせることも、家の風呂に入ってもらうこともできないので、水で我慢してもらう。

「それと、寝るのはここでお願いします。布団を持ってきますか?」
「なにからなにまでいたみ入る。布団は毛布を一枚貸してもらえれば十分だ」

 座敷の座布団とテーブルを隅に避ける小梅に、ケネスが頭を下げた。
 毛布を渡した小梅は、「おやすみなさい」と挨拶をしてから、店舗と自宅の境にかぎをかける。仏間に戻って布団に寝転がるが、睡魔は訪れそうにない。
 昼間に見て見ぬふりをした事実が、夜になって小梅を襲う。
 ――ここってやっぱり、日本じゃないよね。
 それどころか、現代の地球なのかも怪しい。タイムトリップや異世界トリップをする物語を読んだことがあるが、状況がそれに似ていないだろうか。

「まさか、まさかだよね? おばーちゃん」

 小梅は祖母の遺影いえいに問いかけた。


 結局、小梅はよく眠れないまま朝を迎える。まだ夜明け間もない早朝だが、二度寝する気にはなれなかった。
 パジャマから着替えた小梅は、昨日いたご飯で作ったおにぎりを焼きおにぎりにして、これまた昨日の味噌汁とおかずの残りで朝食を用意する。

「おばーちゃん、私頑張るからね」

 箸を取り、向かいの席に立てかけた祖母の遺影いえいに語りかけた。
 小梅は祖母を亡くした悲しさが、昨日のことで少しやわらいでいることに気が付く。
 いきなりどこか知らない場所に家ごと放り出され、得体の知れない男に助けを求められ、悲しむどころではなくなっていたのだ。
 それに、悲しむのはいつだってできる。今はどうやって生きていくのかが大きな問題だった。
 日本に戻れるのかはわからないが、このまま野垂のたれ死にするのは嫌だ。
 決意も新たに朝食を食べ終え、畑に水をやりに行く。
 とはいえ、昨日手入れをしたばかりなので、あまりすることがない。家の中に入っても、掃除もやったばかりなので、こちらも簡単に終了する。
 というわけで、小梅は早々に暇になってしまった。

「お店、開けようかな……」

 そもそも高校での三年間は、「なごみ軒」で働くために学んできたのだ。暇なんていってごろごろしているより、店を営業するのが本来あるべき姿ではなかろうか。

「うん、お店を開けよう」

 そうとなれば、だんごを作らねばならない。
 店で使用するだんご粉は仕入れたばかりだったので、十分にストックがある。
「なごみ軒」では米から作る上新粉じょうしんこと、もち米から作る白玉粉しらたまこをブレンドしただんご粉を使っている。
 祖父が生きていた頃は裏の畑で育てた米ともち米で作っていたが、祖母一人になってからは近所の製粉所から仕入れていた。
 今でも多少は米ともち米を作っているし、倉庫に製粉用のうすがあるが、自家製の粉のみではたいした数を作れない。そのため小梅としては、これまで通り市販のだんご粉を使うつもりだった。
 果たしてこのあたりにだんご粉を売っている店があるだろうか? 
 ――ケネスさんに聞けばわかるかな。
 そう考えつつ、店の制服である和服を身にまとった小梅は、店舗部分のドアをそっと開けて中を覗く。
 座敷ではケネスがまだ寝ていた。
 ――あんな怪我をしていたんだもん、疲れているんだよね、きっと。
 起きるまで寝かせてあげようと小梅は思い、静かに厨房ちゅうぼうへ入る。

「まずはみたらしを作って、他のおだんごは様子を見てからにしようかな。量も様子見だから少な目でいいよね」

 今日はみたらしだんごだけで営業することにした小梅は、台の上に材料を並べる。
 だんごの作り方は案外簡単で、だんご粉と水を混ぜてねたものを、小さく丸めてでるだけだ。
 小梅は大きなボールにだんご粉を入れ、水を少しずつ加えながら、耳たぶくらいの固さになるまでしっかりねる。次に小さく丸めたものを沸騰ふっとうしたお湯に入れてで、浮き上がってきたら水に取る。水気をふき取って竹串に刺せば、だんごの完成だ。ちなみに串に刺すだんごの数は店によって違うけれど、「なごみ軒」では三つである。
 これを延々とやるのだが、小梅はこの作業が結構好きだ。

「こんなもんでしょう」

 そうしてだんごを仕込み終えたところで、次はみたらしあん作りだ。
 小梅は鍋に醤油しょうゆとみりん、砂糖、水をあわせて強火で沸騰ふっとうさせ、みりんのアルコール分をしっかりと飛ばす。砂糖が溶けたら水溶き片栗粉でとろみをつけて、冷ますとみたらしあんの出来上がりだ。
 準備ができたところで、だんごを焼き機にセットし、じっくりと焼いていく。香ばしい香りがしていい感じに焼き目が付いたらだんごを皿に上げ、みたらしあんをかける。
 できたてホヤホヤのみたらしだんごからは、醤油しょうゆのいい香りが立ち上っていて食欲をそそられた。
 ――まずは一本、味見っと。
 小梅が温かいみたらしだんごを手に取った時。

「うまそうな匂いだな」

 店の方から声をかけられた。振り返ると、厨房ちゅうぼうを覗き込んでいるケネスがいる。
 小梅はだんごの仕込みに夢中で、座敷にいる人物のことをすっかり忘れていた。

「おはようございます、ケネスさん」
「おはよう、イナモリコウメ」

 ケネスにフルネームで呼ばれ、面食らう。
 ひょっとして苗字と名前の切れ目がわからなかったのだろうか。

「稲盛が苗字で、小梅が名前です。具合はどうですか?」

 名乗り直した小梅は、ケネスの怪我や身体の調子を尋ねた。

「傷はまだ痛むが、よく眠れたので頭がすっきりしている。こんなに寝たのは久しぶりだ」

 本人の言う通り、ケネスの顔色はいいように見える。
 ただ昨日もそうだったが、表情が硬く淡々としているため、機嫌が悪いのかと思ってしまう。けれど口調は普通なので、もしやこれが普段通りなのだろうか。
 小梅がケネスをまじまじと見つめていると、あちらも感心するような、いたましく思うような目線を向けてきた。

「コウメは子供なのに働き者だな」

 ――……は? 子供?
 確かに学生という意味ではまだ子供だ。
 しかし同じ年齢でアルバイトをして働いている人は大勢いるし、小梅も卒業と共に正式に「なごみ軒」で働くつもりだった。社会人になるという意味では立派に大人の仲間入りだろう。

「もう十八歳ですから、子供というにはちょっと……」

 小梅がそう言って苦笑すると、ケネスは一時停止した。

「十八歳? 十歳ではなく……?」

 本気で驚いているらしく、目を見開いている。
 小梅は確かに小柄で、未だに中学生に間違われることがある。しかし、さすがに小学生に思われるのは心外だ。

「十八歳ですっ!!」
「……わかった、十八歳だな」

 怒気を込めた小梅に、ケネスが静かに頷いた。

「それよりコウメ、ここは食い物屋だったのか。いい匂いがする」

 ケネスがクンクンと鼻を鳴らしながら言う。店内にはみたらしあんの香りが漂っているので、食欲を刺激したに違いない。

「今焼けたんです、味見にお一ついかがですか」
「俺には経験のない香りだから興味がある。もらおう」

 ケネスが頷いたので、小皿に一つ取り分けてやる。

「どうぞ」
「見た目は串焼きに似ているか」

 そう呟きながらだんごを一つ食べたケネスが、衝撃を受けたような顔になった。

「……弾力がありつつ柔らかい……この不思議な食感はなんだ!?」

 そう叫ぶや否やまた一つ口に含み、今度はじっくりと味わって食べる。

「白い物体に絡む透き通るような茶色い液体は、塩辛い味の中に上品な甘さがある。いや、この白い物体自体もほのかに甘い……」

 それから最後の一つを口にすると、なにかを悟ったかのような表情になり……

「そうか、これが食の芸術か!?」

 などと歓喜の声を上げ出した。


「……えっとぉ」

 小梅はだんご一本にこれほど饒舌じょうぜつになる人を初めて見た。というより、小梅はなんとなくケネスにサイボーグ的な印象を抱いていたので、感情的にもなれるのかと新発見した気分である。

「もう一本、食べます?」
「ぜひ、頂こう!」

 小梅の問いかけにケネスが即答した。
 けれどだんごが朝食代わりというのもあんまりだろうと、小梅はおにぎりと味噌汁の残りも用意する。
 すると、ケネスはいぶかしそうな表情を見せた。

「見たことのない食事だな」
「このおにぎりは、白いおだんごと原材料は同じですよ」
「ほう!?」

 そう説明したとたん、ケネスは俄然がぜん興味深そうにおにぎりを観察し出す。
 ――いや、観察してないで食べなって。
 内心でツッコミを入れていた小梅は、ふと気づく。
 ――そういえば、こんな風に人とお喋りしたのは久しぶりだ。
 祖母の通夜や葬式では近所の人が気を遣って話しかけてくれた。けれど、祖母との思い出話ばかりで、悲しみにくれていた小梅には逆に辛かった。
 なので、実に数日ぶりの普通の会話である。
 そんな些細ささいなことが嬉しくて、小梅はここがどこなのかを聞こうと思っていたことを、またしても忘れてしまっていた。


 ケネスのだんご騒動の後、商品のだんごも用意できたので、小梅は店内を掃除してから雨戸を開ける。
 入り口側は全面ガラス張りになっているのだが、数日拭いていないので汚れていた。ガラスを磨いて開店中の印である暖簾のれんを入り口にかければ、準備完了だ。
 その様子をケネスが不思議そうに眺めている。

「どうかしましたか?」
「珍しい看板だな」

 小梅の問いかけに、ケネスは暖簾のれんを指さしながらそう言った。
 日本ならば当たり前に見かけるものだが、見たことがないらしい。

「これは暖簾のれんといって、日よけも兼ねているんですよ。見たことありませんか?」
「ああ、初めて見たな。これに描いてある絵は意味があるのか?」

 茶色地に「なごみ軒」と染め抜かれている文字を、絵だと思ったようだ。

「これは店の名前ですけど……読めませんか?」

 ――え? でもケネスさんは日本語を話しているよね?
 日本語を話せるのに、日本の文字を見たことがないなんてあるだろうか。
 その時、小梅はここが日本でも地球でもない可能性を思い出した。

「あの、ちょっと聞きたいんですが……。ここは一体どこですか?」

 ずっと気になっていたことを、小梅はようやく聞けた。

「……逆に聞くが、小梅はどこだと思う?」

 質問を質問で返され、小梅は目をまたたかせながら答える。

「わかりません……。私がずっと暮らしていたのは、日本の田舎街にある丘の中腹でした。少なくとも一昨日までは、そこにこの店があったんです。けど昨日の朝、畑を見ようと外に出たらここにいて……」

 言いながら、だんだんと小梅はうつむく。話している自分でも、支離滅裂しりめつれつな話だと思う。
 そんな小梅をケネスは店の中にうながし、座敷へ上がる。
 さらに店の隅に置いていた自分の荷物から、なにかを取り出して戻って来た。

「これが、今ある中で最も正確な地図だ」

 そう言ってテーブルに地図を広げてくれたが、そこには小梅が見たことのない形の陸地が描かれていた。

「今いるのはここ、レイランド国のガスコイン領だ」

 ケネスが指さす場所に書かれている地名らしき文字も、やはり見たことのないものだった。
 ――でも、なんて書いてあるのかなんとなくわかる……
 目にした文字の意味が、脳裏にパッと浮かぶのだ。これは一体どういうことか。
 それに文字が違うということは、ケネスが話しているのは日本語ではないということだ。

「ケネスさんが話しているのは、何語ですか?」
「俺が使っている言葉は、大陸共通語だ。コウメが話している言葉も、綺麗きれいな共通語に聞こえるが……」

 ――ああ、やっぱり……
 ここは日本ではなかった。そして地球でもない、違う世界だなんて。
 小梅は見ないようにしていた現実を、ようやく直視する。


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