恋は虹色orドブ色?

黒辺あゆみ

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第六話 恋はなに色?

6 会長の本領発揮

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「それって、明るい茶色の髪に青の目、白い肌の、羽を背負わせれば天使に見える愛らしさな幼児の近藤くんですか?」

「そんな言い方じゃ表現できないわ!
 弘樹ちゃんはこの世のものとは思えない可愛さなんだから!」

尋ねた由紀に、新開会長が目をくわっと開き、噛みつくように言う。
 これまで見た彼女の中で、恐らく今が最もテンションが高いだろう。
 それから新開会長は、「弘樹ちゃん」との思い出を怒涛のように語り始めた。

「弘樹ちゃんと初めて会ったのは私が五歳の時ね。
 近所の子が同じ幼稚園に入るから、仲良くしてねと親に言われて引き合わされたのよ。
 あなたは知ってる?
 弘樹ちゃんのあの髪は地毛だって。
 一目見て、私は天使って本当にいるんだと思ったわ」

そこから近藤のことをなにかと気にかけ、一人で寂しそうにしていたら遊んでやり、熱を出したらお見舞いに行きと、熱心にお世話をしたという。

「大勢の女の子に囲まれるとなにも言えなくなって、よく髪にリボンを結ばれていて、泣きべそをかいていたわ」

新開会長がさらっと近藤の黒歴史をバラす。

 ――可愛かったから、女の子扱いされちゃったのか。

 リボンが似合いそうだなとは、由紀も写真を見て思ったことだ。
 もしや近藤が当時を覚えていないのは、思い出したくない記憶を抹消したからではなかろうか。

「人に強く出られると流されちゃうし、繊細だから些細なことを気にして熱を出すし」

 ――その傾向は今でもあるな。

 あの近藤の流され気にしぃな性格は、生まれ持ったものらしい。

「熱を出して苦しんでいるんじゃないか、いじめられて困っているんじゃないかって、気になって気になって……」

 ――近藤のオカンかアンタは。

 こうして、新開会長の「弘樹ちゃん」への愛が止まらずに続いていく。
 昨日、由梨枝が言っていたのだ。

『もしかして亜依子ちゃんの中では、未だに弘くんはこの姿なのかもしれないわね』

『……新開会長の目には、この強面が天使に見えているってことですか?』

そう尋ねた由紀はかなり無理があると思っていたが、その無理を押し通したからおかしなことになったのか。
 幼児期、新開会長が近藤に一目惚れしたのはいい。
 けれど彼女はそれから時が経っても、ずっと近藤のことは「弘樹ちゃん」で。
 新開会長は近藤弘樹ではなく、「弘樹ちゃん」に恋をしているのだ。

 ――色が濁るわけだよ。

 恋の色は人によって色彩が違う。
 暗いピンク色だったり、まばゆいショッキングピンク色だったりと、色々なバリエーションがある。
 何故なら、恋は相手を想って染まる色だから。
 けれども新開会長は自分の記憶の中の「弘樹ちゃん」に恋をしていて、「弘樹ちゃん」は「近藤弘樹」ではない。
 相手不在の一人よがりの恋だから、新開会長の恋の色はドブ色なのだ。
 しかし、このままでは新開会長にとっても良くないだろう。

 ――確かにあの頃の近藤は可愛かったし、一目惚れしちゃったのはわかるけどさぁ。

 けど近藤だって生身の人間なのだから、年を経るごとに成長するのだ。

「新開会長、目を覚ましましょうよ。
 天使な『弘樹ちゃん』は、もうこの世にいないんです」

「そんなことない!
 弘樹ちゃんは今でも弘樹ちゃんだもの!」

説得を試みる由紀に、新開会長が猛反論する。
 恐らく過去に誰かに同じようなことを言われたのだろう。
 というか、ここ最近の彼女の店での問題行動が両親の耳に入って、説得を試みられたのかもしれない。
 それでも彼女にとって「もう弘樹ちゃんじゃない」というのは、最も聞きたくない言葉なのだ。
 けれど、由紀は言葉を続ける。

「そんなことありますって、見てくださいコレ。
 ほとんど別人だと思いませんか?」

そう言って新開会長の眼前に二枚の写真を突きつけた。
 それは近藤の幼児の頃と現在との、ビフォーアフター写真だった。
 ちなみに現在の写真は昨日のバイト終わりに撮ったものだ。
 近藤はカメラのレンズを睨む癖があるのか、普段の二割増しで厳つい。

「あ、弘樹ちゃんの写真!
 それと……?」
新開会長は「天使の弘樹ちゃん」の写真に食いつくと、もう一枚の写真を訝し気に見る。

「これは、現在の『弘樹ちゃん』の写真です。
 すごく厳ついでしょう?」

「嘘おっしゃい、弘樹ちゃんはこんなのじゃないわ」

由紀がずいっと押し出した強面写真を、新開会長が即否定する。

「こんなのなんです、現実の『近藤弘樹』は」

けれど、由紀は強い口調で言った。

「かつては『弘樹ちゃん』だった近藤くんも日々成長しているんです。
 昔を懐かしむのは新開会長の勝手ですが、本人の成長を否定しちゃ駄目だと思います」

写真は、ある意味本物よりもより本物な現実を突きつける。
 写真だと老けて見えるとか、印象が違って見えるというのもそういうことだ。
 ちゃんと二つの写真を見比べて、「弘樹ちゃんフィルター」越しではない近藤を見てほしい。
 「弘樹ちゃん」ではない、現在の「近藤弘樹」も認めてあげてほしい。
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