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第五話 地味女と眼鏡とコーヒー
8 地味女の異変 side 近藤
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***
西田はいつも眼鏡をかけている。
それは度無しの伊達眼鏡で、本人の視力は悪くないことは、以前バイクのヘルメットを被せた時に確認済みだ。
あの時は眼鏡無しでも、全く困った様子はなかった。
なのに今、眼鏡を失った西田は顔を――正確には目を手で覆って立ち尽くしている。
弘樹はこんな西田を、一度だけ見たことがある。
そう、試験終わりの放課後、ファミレスで会った時だ。
あの時や今と、バイクのヘルメットを被せた時の違いはなんだろう。
そう考えて思いつくのは。
――透明の板越しに景色を見ていることだ。
自身の目と景色との間に透明な板を挟むことが、西田が眼鏡をかけている目的だとしたら、そうしなければならない理由があるということでないか。
「田島、ここに百均ショップがあっただろう?
ちょっと走って伊達眼鏡を買って来てくれ、超特急だ」
「なんか知らんが、わかった!」
弘樹がそう告げると、田島は意味がわからずともすぐに走っていく。
「田島がすぐに眼鏡を買ってくる。平気か?」
「……ちょっと、なにも見たくないだけ」
弘樹が西田に声をかけると、いつもからは考えられない弱々しい声が返ってくる。
「どうせ安物の伊達でしょう、それを大げさにして気を引こうだなんて、嫌らしい娘ね」
そこへ新開亜依子のキツイ口調が割り込んで来た。
どこまでも相手を貶めなければ気が済まない。
そういった表情をしている亜依子の言葉に、弘樹は眉を寄せる。
――コイツ、こんなヤツだったか?
弘樹に対して妙にしつこい所はあったが、他の生徒相手には親切な生徒会長なのに。
思い返せば、小学校に入ったばかりの頃の弘樹にとって、亜依子は妙におせっかいな知り合いの女子だった。
なにくれとなく世話を焼きたがる彼女の見た目が可愛いことから、他の男子にからかわれたりした。
『入学したてだから、心配してくれているのだろう』
当時はそう思っていたが、春香が入学して違うらしいと気付いた。
弘樹とクラスの班が一緒だったり、春香とのつながりで仲良くなったりした女子に、亜依子がちょっかいをかけているというのだ。
この頃になると、男子と女子で行動が違ってくる。
亜依子のちょっかいも、女子とあまり仲良くし過ぎると良くないと言いたいのかと思い、男子とばかり遊ぶようになった。
中学生になると不良仲間とつるむ弘樹を、亜依子は遠巻きにするようになった。
おせっかいをしなくなった亜依子のことを次第に忘れていた所で、高校で再会した。
『また弘樹と同じ学校に通うのね』
そう言われた時、弘樹はいるはずのない人間を見たような気持ちになり、ゾッとしたのを覚えている。
小学生の頃はなんとも思っていなかった亜依子のおせっかいに、この時になって疑問を抱く。
――何故こんなにも自分に構うのだ?
頭がよくて美人で運動もできて、学校でもマドンナ的存在の亜依子。
幼い頃に近所だったというだけの繋がりの元不良に、どうしてこんなに絡んでくるのだろう。
そう悩むものの、弘樹の周囲に群がるのは中学で知り合った不良ばかり。
不良をやめた身には迷惑だと思うと同時に、亜依子へのいい壁になると思い、彼らを放っておく。
このせいで一般生徒に遠巻きにされるのは、仕方ないと諦めつつ、日々を過ごしていた。
なのに今、亜依子は西田に牙を剥いて全力で貶めにかかって来る。
それは今までの女子へのちょっかいの域を超えていた。
いくらなんても、やっていいことと悪いことがある。
他人の眼鏡を壊しておいて、あの言い方はないだろう。
「伊達眼鏡でも、それをずっとかけているってことは、なにか理由があるってことだろう。
アンタは頭がいいくせに、そんなこともわからないのか」
弘樹は低い声で唸るように告げる。声に本気の怒りを感じたのか、亜依子が顔をこわばらせる。
「弘樹……、その娘の味方をするの?」
「アンタは加害者でコイツは被害者だろう。
どちらを助けるかなんて考えるまでもないだろうが」
弘樹が睨みつけると、亜依子は聞こえないくらいの小さな声でなにかを呟いた。
「あの時、その娘なんかに構わなければよかった!」
そしてそう言い捨てると、フードコートから走り去っていく。
「勝手に喧嘩を売って、勝手に逃げて行くなよ……」
なんとも身勝手な亜依子という嵐が去ったのはいいが、あれだけ騒げば注目を集めるのも当然である。
「なぁにあれ?」
「痴話げんかか、痴情のもつれってやつじゃない?」
離れた席で二十代の女性二人連れがヒソヒソと喋る声が聞こえる。
――断じて違うからな!
心の中で反論する弘樹はこの場からとっとと逃げたいのだが、この状態の西田を放っておくこともできない。
居心地の悪い状態でしばらく待つと、田島が戻って来た。
「おーい、眼鏡これでいいか?」
田島が百均の袋を渡して来たので、中から安っぽい伊達眼鏡を出して西田の手に握らせてやる。
「ほら、とりあえずコレでもかけておけ」
西田は握った眼鏡をかけると、数回瞬きをする。
「……視界良好、問題無し」
そう言っていつもの調子に戻った西田にホッと肩の力を抜く弘樹に、田島が迫った。
「怖えよあの人!
お前の話を聞いてても正直半信半疑だったけどさぁ、あれはマジでヤバいって!
いつか包丁かナイフを持ってきて心中迫りそうじゃん!」
「いい例えだ田島くん、私もそう思う」
喚く田島に、西田がうんうんと頷く。
――笑えない冗談だ。
そんな事件に巻き込まれるなんて、絶対に御免である。
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西田はいつも眼鏡をかけている。
それは度無しの伊達眼鏡で、本人の視力は悪くないことは、以前バイクのヘルメットを被せた時に確認済みだ。
あの時は眼鏡無しでも、全く困った様子はなかった。
なのに今、眼鏡を失った西田は顔を――正確には目を手で覆って立ち尽くしている。
弘樹はこんな西田を、一度だけ見たことがある。
そう、試験終わりの放課後、ファミレスで会った時だ。
あの時や今と、バイクのヘルメットを被せた時の違いはなんだろう。
そう考えて思いつくのは。
――透明の板越しに景色を見ていることだ。
自身の目と景色との間に透明な板を挟むことが、西田が眼鏡をかけている目的だとしたら、そうしなければならない理由があるということでないか。
「田島、ここに百均ショップがあっただろう?
ちょっと走って伊達眼鏡を買って来てくれ、超特急だ」
「なんか知らんが、わかった!」
弘樹がそう告げると、田島は意味がわからずともすぐに走っていく。
「田島がすぐに眼鏡を買ってくる。平気か?」
「……ちょっと、なにも見たくないだけ」
弘樹が西田に声をかけると、いつもからは考えられない弱々しい声が返ってくる。
「どうせ安物の伊達でしょう、それを大げさにして気を引こうだなんて、嫌らしい娘ね」
そこへ新開亜依子のキツイ口調が割り込んで来た。
どこまでも相手を貶めなければ気が済まない。
そういった表情をしている亜依子の言葉に、弘樹は眉を寄せる。
――コイツ、こんなヤツだったか?
弘樹に対して妙にしつこい所はあったが、他の生徒相手には親切な生徒会長なのに。
思い返せば、小学校に入ったばかりの頃の弘樹にとって、亜依子は妙におせっかいな知り合いの女子だった。
なにくれとなく世話を焼きたがる彼女の見た目が可愛いことから、他の男子にからかわれたりした。
『入学したてだから、心配してくれているのだろう』
当時はそう思っていたが、春香が入学して違うらしいと気付いた。
弘樹とクラスの班が一緒だったり、春香とのつながりで仲良くなったりした女子に、亜依子がちょっかいをかけているというのだ。
この頃になると、男子と女子で行動が違ってくる。
亜依子のちょっかいも、女子とあまり仲良くし過ぎると良くないと言いたいのかと思い、男子とばかり遊ぶようになった。
中学生になると不良仲間とつるむ弘樹を、亜依子は遠巻きにするようになった。
おせっかいをしなくなった亜依子のことを次第に忘れていた所で、高校で再会した。
『また弘樹と同じ学校に通うのね』
そう言われた時、弘樹はいるはずのない人間を見たような気持ちになり、ゾッとしたのを覚えている。
小学生の頃はなんとも思っていなかった亜依子のおせっかいに、この時になって疑問を抱く。
――何故こんなにも自分に構うのだ?
頭がよくて美人で運動もできて、学校でもマドンナ的存在の亜依子。
幼い頃に近所だったというだけの繋がりの元不良に、どうしてこんなに絡んでくるのだろう。
そう悩むものの、弘樹の周囲に群がるのは中学で知り合った不良ばかり。
不良をやめた身には迷惑だと思うと同時に、亜依子へのいい壁になると思い、彼らを放っておく。
このせいで一般生徒に遠巻きにされるのは、仕方ないと諦めつつ、日々を過ごしていた。
なのに今、亜依子は西田に牙を剥いて全力で貶めにかかって来る。
それは今までの女子へのちょっかいの域を超えていた。
いくらなんても、やっていいことと悪いことがある。
他人の眼鏡を壊しておいて、あの言い方はないだろう。
「伊達眼鏡でも、それをずっとかけているってことは、なにか理由があるってことだろう。
アンタは頭がいいくせに、そんなこともわからないのか」
弘樹は低い声で唸るように告げる。声に本気の怒りを感じたのか、亜依子が顔をこわばらせる。
「弘樹……、その娘の味方をするの?」
「アンタは加害者でコイツは被害者だろう。
どちらを助けるかなんて考えるまでもないだろうが」
弘樹が睨みつけると、亜依子は聞こえないくらいの小さな声でなにかを呟いた。
「あの時、その娘なんかに構わなければよかった!」
そしてそう言い捨てると、フードコートから走り去っていく。
「勝手に喧嘩を売って、勝手に逃げて行くなよ……」
なんとも身勝手な亜依子という嵐が去ったのはいいが、あれだけ騒げば注目を集めるのも当然である。
「なぁにあれ?」
「痴話げんかか、痴情のもつれってやつじゃない?」
離れた席で二十代の女性二人連れがヒソヒソと喋る声が聞こえる。
――断じて違うからな!
心の中で反論する弘樹はこの場からとっとと逃げたいのだが、この状態の西田を放っておくこともできない。
居心地の悪い状態でしばらく待つと、田島が戻って来た。
「おーい、眼鏡これでいいか?」
田島が百均の袋を渡して来たので、中から安っぽい伊達眼鏡を出して西田の手に握らせてやる。
「ほら、とりあえずコレでもかけておけ」
西田は握った眼鏡をかけると、数回瞬きをする。
「……視界良好、問題無し」
そう言っていつもの調子に戻った西田にホッと肩の力を抜く弘樹に、田島が迫った。
「怖えよあの人!
お前の話を聞いてても正直半信半疑だったけどさぁ、あれはマジでヤバいって!
いつか包丁かナイフを持ってきて心中迫りそうじゃん!」
「いい例えだ田島くん、私もそう思う」
喚く田島に、西田がうんうんと頷く。
――笑えない冗談だ。
そんな事件に巻き込まれるなんて、絶対に御免である。
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