恋は虹色orドブ色?

黒辺あゆみ

文字の大きさ
上 下
37 / 50
第五話 地味女と眼鏡とコーヒー

7 それを人は……

しおりを挟む
 新開会長はこちらから二つテーブルを挟んだ位置に仁王立ちしている。

 ――偶然居合わせた、って雰囲気じゃないな。

 由紀と近藤はヤバそうな雰囲気に視線を交わすが、田島がどういうことかわからずに戸惑っているのがわかる。
 
「あー、どうしてここに?」

このまま黙っているわけにもいかないと、近藤が口を開く。
 なにせ周囲には他に客がいるのだ。こんないかにも「修羅場ってます!」という状況を放置していたらロクなことにならない。
 学校関係者に目撃されるリスクが高くなり、変な噂を流されてしまう。
 近藤の単なる挨拶程度の問いかけに、新開会長が答えた。

「だって弘樹がどこかのマンションの前で、ショッピングモールがどうのって言ってたじゃないの」

とんでもないことを暴露された。
 つまり新開会長は朝から近藤の跡をつけて由紀の自宅マンション前まで来て、会話を盗み聞きしていたらしい。
 それで今ここにいるということは、この人はもしやタクシーでずっと後をつけてきたのか。
 それを、人はストーカーと呼ぶ。

「怖っ、ちょっと怖いよこの人!」

「……俺も今鳥肌が立った」

ヒソヒソ声で言い合う由紀と近藤を、すごい目つきで睨んで来る。

「なによ、二人は仲がいいんだっていうアピール?」

由紀だけをじっと睨みながら、新開会長がこちらに歩み寄る。
 眼鏡の端に、どす黒い混沌とした色が映りこむ。
 今眼鏡を外したら、夜にこの色を夢に見てうなされそうだ。

「よりによってこんな娘なんて……!」

 ――こんな娘ってか。

 新開会長の由紀を見下す発言に、ガッカリというよりはやっぱりという思いだ。
 それにそろそろ周囲の客も、由紀たちの様子がおかしいことに気付いている。
 ひそひそと指さされてまでいるのに、彼女はやはり気付いていない。

「弘樹は、私がバイクの後ろに乗せて欲しいってどんなに頼んでも、ずっと無視してたわ」

それどころか、新開会長が一人語りをし始めた。

「夏休み最初の定休日に、弘樹を誘って出かけようと思って家に行ったら、ヘルメットを二つ持って出かけてたから。
 いよいよ乗せてもらえるのかと思って、急いで家に戻った」

その場で声をかけずに家に戻ったのは、あくまで近藤が誘いに来たことを大事にしたからだろうか。
 彼女はどうやら男にリードしてもらいたい派らしい。

「けど、どこにも弘樹の姿はなかった」

一日中待っていたのに来ないから夕方になって再び家に行けば、バイクはもう戻っていた。

『あのヘルメットを被せたのは誰?』

そんな疑問が彼女の中で渦巻き、心の中がモヤモヤしていく。
 その際に浮かんだのは、店でアルバイトとして雇ったという地味そうな女子、つまりは由紀の顔だったという。

「そして今日、いよいよ確かめてやろうと来てみれば、案の定だったわ!」

バイクに乗った話を楽しそうにする由紀に我慢ができず、声をかけたというわけだ。

「まだ春香ちゃんなら許せたのに、どうしてその娘なの!」

「俺が誰を乗せるかなんて、なんでアンタに許してもらわなきゃならないんだよ」

新開会長のヒステリーに対する近藤の意見は全く正しいのだが、今はそれを言っては駄目な時ではなかろうか。

「今日だって、仲良く二人乗りして来なくても、バスで来させればいいじゃない!」

「なにお前ら、二ケツして来たのかよ」

新開会長の指摘を聞いて田島が近藤にツッコむ。

「……こっちの事情で連れ出すんだから、迎えに行くぐらいするだろう」

渋い顔でそう告げる近藤だが。

「お前のそういう妙に律儀なところが、火に油を注ぐんじゃねぇの?」

田島が真理を説いた。
 まさにそうなのだけれど、近藤だって自分がストーカーされているなんて思ってもいなかっただろうから、これで責められるのは酷かもしれない。
 新開会長の攻撃は、次に由紀に向いた。

「なによ、そのダサい眼鏡だって伊達だって話じゃないの」

新開会長がつかつかと寄って来て、いきなり眼鏡を強奪する。

「あ、ちょっ……」

まさかそんなことをしてくると思ってもいなかった由紀は、とっさに防御できなかった。
 眼鏡という守りを失った由紀の視界を、新開会長の纏うどす黒い、混沌とした色が渦を巻いて覆いつくそうとする。
 以前も色が濁って見えたが、それが酷くなっていた。

 ――怖い、この色怖い!

 由紀は色から逃れようと、顔を手で覆って後ずさる。

「おい、大丈夫か?」

近藤の声が聞こえたと思えば、最近見慣れた爽やかな緑色が割り込んだ。
 緑色が、混沌の色を押しのけていく。

「可愛い子ぶって気を引こうっていうの? 嫌らしい!」

近藤が由紀を庇ったのが気に食わないのか、新開会長がそう詰った直後。

 カシャン!

 遠くでなにかが割れた音がした。

 ――もしかして、眼鏡を投げたの!?

 落ちた所が悪くてテーブルにでも当たって、レンズが割れたのかもしれない。

「あの、止めた方がいいっすよ」

由紀の様子がおかしいのに気付いたのか、田島が宥めようとする声が聞こえるが、渦巻く混沌の色はますます膨張する。
 この色に似ているものが、由紀の脳裏にふと浮かんだ。

 ――ドブの色だ。

 廃棄物などで汚染された、臭気を放つドブの色。
 目の前を覆うのはその色にそっくりだ。
 例え相手に振り向いてもらえない恋でも、苦しい思いをした悲恋だったとしても。
 恋はその人を綺麗な色で包み込むものなのに。
 新開会長の色は、綺麗な色じゃない。
 初めて見た時は綺麗なピンク色だった恋の色なのに、この変わりようはなんだろうか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

私の話を聞いて頂けませんか?

鈴音いりす
青春
 風見優也は、小学校卒業と同時に誰にも言わずに美風町を去った。それから何の連絡もせずに過ごしてきた俺だけど、美風町に戻ることになった。  幼馴染や姉は俺のことを覚えてくれているのか、嫌われていないか……不安なことを考えればキリがないけれど、もう引き返すことは出来ない。  そんなことを思いながら、美風町へ行くバスに乗り込んだ。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ひなまつり

はゆ
青春
茉莉は、動画配信チャンネル『ひなまつり』の配信者。 『そんな声でよう生きてけるな』言われてから、声にコンプレックス持って、人と話すの怖なった。 現実逃避先はライブ配信サイト。配信時に絡んでくる<文字列>が唯一の相談相手。 やかましくて変な<文字列>と、配信者〝祭〟の日常。 茉莉は、学校の友達が出来へんまま、夏休みに突入。 <文字列>の後押しを受け、憧れの同級生と海水浴に行けることになった。そやけど、問題が発生。『誘われた』伝えてしもた手前、誰かを誘わなあかん――。 * * * ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。 https://novelba.com/indies/works/937809 別作品、桃介とリンクしています。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...