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第三話 地味女の初めての定休日
7 地味女とのツーリング旅 side 近藤
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***
弘樹が家に帰ると、由梨枝が待ち構えていた。
「お帰り弘くん、案外遅かったのね」
ニコニコ笑う由梨枝に、近藤は一歩下がる。
近藤は母親のこの笑顔が苦手だ。
「……ただいま、これ土産」
弘樹は手に持っていた土産の入った袋を由梨枝に押し付けながら、横をすり抜けて二階の自室に上がる。
ドアを開けると、昼間に窓を閉め切っていたため、空気がモワッとして気持ち悪い。
「あっつ……」
弘樹は急いで窓を開けて空気を入れ替えつつ、エアコンをつける。
送風口から涼しい風が出て来るのを待ちきれず、来ていた上着を脱いでベッドへ放り投げた。
バイクを走らせている間、ずっと後ろに西田をくっつけて走っていたので、背中がびっしょりと汗をかいている。これは西田も同じ状態だろう。
――二人乗りは、夏に向かないな。
このことを学習した弘樹は、実は今日初めてバイクで二人乗りをしたのだったりする。
バイクの二人乗りができるのは、免許を取って一年経過してからと決まっていた。
そして十六歳の誕生日がきてすぐに免許を取った弘樹は、先日の誕生日でようやく一年が経過したばかり。
西田が使ったヘルメットは、今後家族を乗せる用にいるかもしれないと思い、一応買っておいたものだ。
――これを知ったら、アイツすっげぇ文句を言うかもな。
『人を実験台にするのは良くない!』
西田の抗議の声が聞こえてきそうだ。
それから部屋の窓を閉めて、汗を流すために着替えを持って風呂場へ行き、軽くシャワーを浴びる。
さっぱりしたところでリビングに顔を出すと、もう夕食の準備が整っていた。
腰を悪くして養生中の祖父も席に着いている。
「聞いたぞ弘樹、女連れて行ったんだって?」
祖父は弘樹の顔を見るなりそう言った。
――母さんだな。
祖父に喋ったのは他にいない。弘樹がジトリと睨むと、由梨枝がペロリと舌を出す。
高校生の息子がいる齢なのに、こういう仕草が似あう母親なのだ。
「だって弘くんのことだから、誘ったはいいけどすぐに帰って来るかと思ったのよ?
でもいつまでも帰ってこないから気になっちゃって」
言い出したのは由梨枝のくせに、そんな風に考えていたとは。
――帰って来てもよかったのかよ。
今日行くつもりにしていたコースに、西田を律儀に連れて行った弘樹は脱力するしかない。
弘樹は当初、ツーリングに女を連れて行くなんて面倒しかないと思っていた。
今までだって、女子に「後ろに乗りたい」と言われたことは多々あるけれど、それを全てすっぱりと断っていたのだ。
それなのに由梨枝に言われて西田を迎えに行きながら、「まあいいか」と思ってしまったのは何故だろうか。
――アイツ、飄々としているからな。
始まりは、弘樹が公園で猫を構っているところを、西田に見られたことだった。
あっちは弘樹を恐れたのか、下手な演技でごまかそうとしていたが、気付かれたのはバレバレである。
西田がクラスメイトだと気付いたのは、次の日に教室に入ってからだ。
あまり自己主張が強くない女子でグループになっていたためか、弘樹の周りにバリケードを作る連中に隠れていたらしい。
けれどテスト中はあのバリケード要員も、さすがに教室に押しかけない。
おかげでようやく西田が視界に入ったわけだ。
テスト上がりにバイク仲間に誘われてファミレスに行った際も、西田たちグループが来ていることに気付かなかった。
けれどドリンクバーの前で西田が眼鏡を落として立ち尽くしていた時、放っておいても他の奴が拾うだろうに、何故か弘樹は真っ先に手を伸ばした。
西田へほんの少し抱いていた興味が、そうさせたのかもしれない。
「おい、眼鏡お前のだろ」
そう言って弘樹が差し出した眼鏡を受け取ろうとする西田は、こちらを見ているようで遠くを見ているような、不思議な目をしていた。
『お告げの西田』
目の前の女子が、周囲にそう噂されているのをふと思い出す。
単に占い好きなだけかと思っていたが、それだけではないなにかを感じさせられる。
その後、由梨枝からアルバイト要員の確保をしつこく頼まれていたため、教室での西田のぼやきが自然と耳に入った。
――アイツなら、いいんじゃないか?
そう思いついたものの、弘樹が教室で声をかけるのは目立つ。
ぐずぐずしていると時間が過ぎ、終業式になってしまった。
けれどホームルームが終わった時、丁度担任にプリント運びを頼まれた西田を、弘樹は距離を置いて追いかけた。
余計な邪魔が入ったので失敗かと思ったが、多少強引であったがバイトに誘えてホッとする。
それからの西田は、最初こそ距離を取ろうとされたけれども、昔の弘樹を祭り上げるでもなく、今の弘樹を忌避するでもなく。慣れれば普通に話して来る。
そして弘樹の入れたアイスコーヒーを、美味しそうに飲んでくれる。
これだけは、祖父にも認められた弘樹の自慢できる技術だ。
こういった西田を知ってからのことは、ほんの数週間の出来事であるから驚きだ。
「で、楽しかった?」
由梨枝の質問に、自分の思考に没頭していた弘樹は顔を上げた。
「……まあ、そこそこは」
そう、西田とのツーリングはことのほか楽しかった。
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弘樹が家に帰ると、由梨枝が待ち構えていた。
「お帰り弘くん、案外遅かったのね」
ニコニコ笑う由梨枝に、近藤は一歩下がる。
近藤は母親のこの笑顔が苦手だ。
「……ただいま、これ土産」
弘樹は手に持っていた土産の入った袋を由梨枝に押し付けながら、横をすり抜けて二階の自室に上がる。
ドアを開けると、昼間に窓を閉め切っていたため、空気がモワッとして気持ち悪い。
「あっつ……」
弘樹は急いで窓を開けて空気を入れ替えつつ、エアコンをつける。
送風口から涼しい風が出て来るのを待ちきれず、来ていた上着を脱いでベッドへ放り投げた。
バイクを走らせている間、ずっと後ろに西田をくっつけて走っていたので、背中がびっしょりと汗をかいている。これは西田も同じ状態だろう。
――二人乗りは、夏に向かないな。
このことを学習した弘樹は、実は今日初めてバイクで二人乗りをしたのだったりする。
バイクの二人乗りができるのは、免許を取って一年経過してからと決まっていた。
そして十六歳の誕生日がきてすぐに免許を取った弘樹は、先日の誕生日でようやく一年が経過したばかり。
西田が使ったヘルメットは、今後家族を乗せる用にいるかもしれないと思い、一応買っておいたものだ。
――これを知ったら、アイツすっげぇ文句を言うかもな。
『人を実験台にするのは良くない!』
西田の抗議の声が聞こえてきそうだ。
それから部屋の窓を閉めて、汗を流すために着替えを持って風呂場へ行き、軽くシャワーを浴びる。
さっぱりしたところでリビングに顔を出すと、もう夕食の準備が整っていた。
腰を悪くして養生中の祖父も席に着いている。
「聞いたぞ弘樹、女連れて行ったんだって?」
祖父は弘樹の顔を見るなりそう言った。
――母さんだな。
祖父に喋ったのは他にいない。弘樹がジトリと睨むと、由梨枝がペロリと舌を出す。
高校生の息子がいる齢なのに、こういう仕草が似あう母親なのだ。
「だって弘くんのことだから、誘ったはいいけどすぐに帰って来るかと思ったのよ?
でもいつまでも帰ってこないから気になっちゃって」
言い出したのは由梨枝のくせに、そんな風に考えていたとは。
――帰って来てもよかったのかよ。
今日行くつもりにしていたコースに、西田を律儀に連れて行った弘樹は脱力するしかない。
弘樹は当初、ツーリングに女を連れて行くなんて面倒しかないと思っていた。
今までだって、女子に「後ろに乗りたい」と言われたことは多々あるけれど、それを全てすっぱりと断っていたのだ。
それなのに由梨枝に言われて西田を迎えに行きながら、「まあいいか」と思ってしまったのは何故だろうか。
――アイツ、飄々としているからな。
始まりは、弘樹が公園で猫を構っているところを、西田に見られたことだった。
あっちは弘樹を恐れたのか、下手な演技でごまかそうとしていたが、気付かれたのはバレバレである。
西田がクラスメイトだと気付いたのは、次の日に教室に入ってからだ。
あまり自己主張が強くない女子でグループになっていたためか、弘樹の周りにバリケードを作る連中に隠れていたらしい。
けれどテスト中はあのバリケード要員も、さすがに教室に押しかけない。
おかげでようやく西田が視界に入ったわけだ。
テスト上がりにバイク仲間に誘われてファミレスに行った際も、西田たちグループが来ていることに気付かなかった。
けれどドリンクバーの前で西田が眼鏡を落として立ち尽くしていた時、放っておいても他の奴が拾うだろうに、何故か弘樹は真っ先に手を伸ばした。
西田へほんの少し抱いていた興味が、そうさせたのかもしれない。
「おい、眼鏡お前のだろ」
そう言って弘樹が差し出した眼鏡を受け取ろうとする西田は、こちらを見ているようで遠くを見ているような、不思議な目をしていた。
『お告げの西田』
目の前の女子が、周囲にそう噂されているのをふと思い出す。
単に占い好きなだけかと思っていたが、それだけではないなにかを感じさせられる。
その後、由梨枝からアルバイト要員の確保をしつこく頼まれていたため、教室での西田のぼやきが自然と耳に入った。
――アイツなら、いいんじゃないか?
そう思いついたものの、弘樹が教室で声をかけるのは目立つ。
ぐずぐずしていると時間が過ぎ、終業式になってしまった。
けれどホームルームが終わった時、丁度担任にプリント運びを頼まれた西田を、弘樹は距離を置いて追いかけた。
余計な邪魔が入ったので失敗かと思ったが、多少強引であったがバイトに誘えてホッとする。
それからの西田は、最初こそ距離を取ろうとされたけれども、昔の弘樹を祭り上げるでもなく、今の弘樹を忌避するでもなく。慣れれば普通に話して来る。
そして弘樹の入れたアイスコーヒーを、美味しそうに飲んでくれる。
これだけは、祖父にも認められた弘樹の自慢できる技術だ。
こういった西田を知ってからのことは、ほんの数週間の出来事であるから驚きだ。
「で、楽しかった?」
由梨枝の質問に、自分の思考に没頭していた弘樹は顔を上げた。
「……まあ、そこそこは」
そう、西田とのツーリングはことのほか楽しかった。
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