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六章 王子様の誕生パーティー

63話 王子様来訪

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ジェームスはパレットとの話が終わると、すぐに帰って行った。
ソルディング領への旅支度ができ次第出発らしいので、身辺整理で忙しいのだそうだ。
二日後の朝一番の乗り合い馬車に乗って出発するのだそうだ。

 ――私が家出した時も、同じだったわね。

 パレットは玄関からジェームスの後姿を見送りながら、昔を懐かしんだ。
 しかし、そうのんびりとはしていられなかった。
肝心の客である、王子様を待たせているのだ。
その王子様はどうしているのかと、パレットは庭に回って眺める。
すると、王子様はミィと木登り競争をしていた。
案外上手に登っていく姿に、パレットは関心する。

「……子供は元気ね」

ミィもまだまだ子供であり、案外王子様と気が合うのかもしれない。
パレットがぼんやりと眺めていると、ラリーボルトが王子様に近寄る。

「リィン様、休憩にしましょう」

王子様はラリーボルトに声をかけられ、するすると木から降りた。
それを見ていたパレットは、ジーンに建物の中から窓越しに声をかけられた。

「パレット、俺の部屋に来い」
「……わかった」

他の子供たちは休憩のために食堂に集まる中、パレットが言われた通りにジーンの部屋に行くと、モーリンが室内でお茶の準備をしていた。
パレットが席に着いてしばらくして、王子様がラリーボルトに連れられてやって来た。

「おお、ここが屋敷の主の部屋か」

王子様が好奇心のままに、視線をきょろきょろとさせている。
席に着いた王子様の足元に、モーリンがミィのためのミルクを用意した。
王子様がミィを気に入っている様子を見たからだろう。
ミィは大人しく王子様の足元でミルクを舐める。
隣にミィを従えた王子様は、大変ご機嫌だ。

「ジーン、その、こちらの方がいらっしゃると知ってたの?」

パレットはモーリンを気にして、言葉を選んで小声で尋ねる。

「いや、初耳だ」

ジーンはそれに小声で答えるも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そんな二人の様子を目にした王子様が、クッキーに手を伸ばしながら語った。

「そなたと一緒にミィが出かけてしまって、私はすっかり退屈したのだ。
するとラリーが、最近貴族の子供が集まる秘密の場所があると、教えてくれた」

クッキーを食べながら話す王子様の服装は、確かに庶民仕様となっていた。
正体を知らなければ、高位の貴族の子なのかと思うだろう。
事実、屋敷の住人はそう考えたようだ。
 今だってこの部屋で給仕しているモーリンは、目の前にいる少年の正体を知らないせいだとはいえ、特に緊張した様子を見せない。
この屋敷の住人は、パレットたちが留守にしていた数か月間で、すっかり貴族という存在に慣れたことで、高位貴族相手にも普通に動けるようになったらしい。
それに加えて、子供たちの従者を見て学習したのか、モーリンの仕草が洗練されている様子もうかがえた。
 一方で、緊張しているのは他の子供に付いてきた従者だ。
彼らはさすがに王子様の正体に気付いていた。
口にすることはなくとも、なにかあっては大変だと、常に周囲に気配りをしているというのは、後にラリーボルトから聞いた話だ。

「リィン様も遊び相手ができて、とても楽しそうで。
ご両親も大変喜んでおられます」

ラリーボルトも笑顔で告げた。
どうやら王様公認でここへ遊びに来ているらしい。

「父上も羨ましがっていたが、ここは子供の遊び場だから駄目だと言っておいたぞ!」

胸を張る王子様に、パレットは気が遠くなる思いだ。
王様が訪問するなど、パレットたちの心臓に悪いのでぜひやめて欲しい。

「街の外に出るわけではない上に、城の近くですしね。
お忍びとしては安全な方だと判断されました」
「安全、ね……」

ラリーボルトの言葉に、ジーンが微妙な顔をする。
ここで言う安全とは、身体的なことはもちろん、派閥的な害がないということだろう。

 王子様はここではリィンと名乗っているのだとか。
そんな彼が今夢中になっていることが、木登りだという。
確かにお城で木登りをしていては、どこからか大人がすっ飛んでくるに違いない。

「ここは、子供たちだけの秘密の楽園といったところでしょうか。
子供たちはここであったことを、屋敷に帰っても決して親に話しませんからね。
もちろんリィン様も、ここで誰に会ったかなどは話されません」

子供たちの秘密保持はできているというわけか。
だからこそ、これだけ貴族の子供が出入りしているにも関わらず、ジーンとパレットは派閥争いの影響を、未だ受けずにいられるのだろう。
 この屋敷が微妙な立ち位置に置かれていることに、パレットが思いため息をつきそうになる中、王子様が思い出したように声を上げた。

「そうだ、私はもうじき七歳になるのだ。
父上が大々的に祝ってくれるそうなので、そなたたちも当然祝いに来てくれることと、期待しているぞ!」

この周辺の国では、子供の七歳の誕生日は盛大に祝う風習がある。
そのため、王子様の七歳の誕生日を祝うための、国を挙げての祝宴を開く予定であると、パレットは知っていた。

 ――祝うにしても、その日は仕事な可能性が高いわね。

 大勢の貴族が一堂に集うのだ。
王城勤めの文官が暇であるはずがない。

「その際には心より、お祝いさせていただきます」

パレットとしてはとりあえずそう答えたのだが、後日予定は大幅に狂うこととなる。


この日の夕食後の風呂上がり、パレットはジーンに部屋に誘われ、酒を飲んでいた。
 ミィはジーンの足元で生ハムを貰い、ご機嫌そうに寝そべっている。
この生ハムは、ジーンが帰って来たことを知ったラリーボルドが、酒のつまみにと置いて行ったものだ。
さすが貴族の子息は、酒のつまみもいいものを食べている。
 二人で酒を酌み交わす中、ジーンがパレットに言った。

「あの坊ちゃん、ソルディアに行くんだってな」

突然話題を振られたパレットは、一瞬グラスを持つ手を止めた。
この坊ちゃんというのは、ジェームスのことだろう。

「そうらしいですね」

パレットは感心がないふりをして、この話題を流そうとする。

「なかなか、生真面目そうな坊ちゃんだったじゃないか」

しかし、ジーンが話を続けてくる。
パレットが恨めし気な視線を向けてもあちらは堪えた様子はない。

「そうね、真面目に育ってたわ」

流すのに適当な言葉を探っていると、ジーンと目が合った。
からかっているのではない、真っすぐな視線だった。

「恨み言を言い足りなかったか?」

率直に聞いてくるジーンに、パレットも流すのを諦める。

「……わかりません。
でも、ジェームスに文句を言うのも、違う気がしたんです」

パレットは今の心情を、正直に吐露する。
 叔父は絶対に許せない男だ。
ソルディアの街でもパレットを危険な目に陥れた相手なのだから。
 しかしその息子であるジェームスから、直接的な被害を受けたわけではない。
子供だったジェームスは、突然手に入った幸せを意味も分からず楽しんだ。
ただそれだけだ。
それが憎らしいのもあるが、パレットのこの感情は、単なる妬みだ。
 自分が苦しんでいる時に、幸せそうな誰かを見ると憎くなる。
これは相手がジェームスだから、持つ感情ではない。
他の通りすがりの誰かでも、パレットは同じように憎らしくなっただろう。
パレットは己の心の中にある暗い気持ちを振り払おうにも、上手くいかない。

 ――私こそ、嫌な奴だわ。

 こうして、パレットは自己嫌悪に沈んでいく。

「あんたも大概、真面目だな」

真剣に思い悩むパレットに、目の前に座るジーンが、くつくつと喉の奥で笑った。

「人が悩んでいるのを笑うなんて、悪趣味です」
「すまん、ついな」

パレットがムッとして批難すると、ジーンはすぐに謝った。

「けどな、殺してやりたいと常日頃言っている奴に、実際に刃物を持たせて仇の前に立たせると、途端になにもできなくなる。
それが人間って奴だと思うぜ?」

心の中の矛盾を端的に言い当てられたパレットは、目を丸くした。

「……そんなものかもしれませんね」

「いい人ぶるな」とか「憎しみを捨てろ」と言わないジーンに、パレットは心が軽くなる思いだった。
ジェームスを憎みきれない自分が、過去の自分への裏切りである気がしていたのだ。
けれどジーンは、それが当たり前だと言う。

 ――そうか、ずっと恨んでなくてもいいんだ。

 ジェームスを許すのか、許せないのか。
そんなことを決めなくてもいい。
次に会った時に恨み言を言うのか、笑顔で挨拶をするのか、それはその時に決めることだ。

「ふふっ、私って馬鹿みたい」

パレットは口元に笑みを浮かべ、ぐいっと酒を煽った。
 その様子をジーンが優しい笑顔で見ていたのだが、パレットは気付かなかった。
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