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五章 ソルディング領

47話 ソルディアの街

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ポルト村を出てしばらく、パレットは考えていた。

「村長さんによると、新しい領主様は税を軽くしてくれて、生活は徐々に良くなっているということなのに。
どうして謀反という話が出るの?」

パレットは室長から、隣国ルドルファンの王国のクーデタ―について、詳しく教えてもらっていた。
国王の散財のせいで飢え死にする国民。
それは悲惨なものだったという。
クーデターは、起こるべくして起こったのだ。
そしてクーデターを起こすのに必要なのは夢や希望ではない、未来への絶望だ。
 だが今この国には、そこまでの悲壮感はない。
それは地方領主たちがまっとうな領地経営をしているからだ。
王都での暮らしに行き詰まれば、地方に逃げればいい。
事実、現在王都でそういう動きは活発らしい。
 その中で、どうしてここソルディング領だけが荒れようとしているのか。
唸るパレットに、隣からジーンが口を挟んだ。

「貴族の街だっていうあんたの感想だったが、それがひどくなってるんじゃないか?」
「……あり得るわね」

パレットもジーンの意見に頷く。
 ずっと長く王領だったソルディング領。
それゆえ、王城と同じような統治がなされていたならば。

 ――領主館は機能していないでしょうね。

 王城にいる文官を数カ月見てきたパレットは、その様子が容易に想像できた。
己の損得ばかりを考えて、貴族以外は人ではないと言う者すらいるくらいだ。
仮に新領主となった王弟殿下がまともな人物だったとしても、領地内の貴族をなんとかしなければ、統治は難しいものとなるだろう。
 今日の天気はいいはずなのだが、パレットには領主館のある方面の空が、暗く淀んで見えた。


そうして寂しい景色の中を進み続けて一週間。
パレットたちの馬車は、ようやくソルディング領主館のあるソルディアの街へと到着した。
 街の入り口で兵士による検めが行われているが、他の領主の住まう街と比べて並ぶ列が短い。
その様子を遠目に見ながら、パレットはミィに呼びかけた。

「ミィ、外で遊んでおいで」
「みゃ!」

パレットの言葉に、ミィは元気に鳴くと荷馬車から飛び出した。
 ミィには念のため、街へ入る前に別行動をしてもらうことにしたのだ。
庶民出身の騎士が魔獣を連れていることが、噂で知れているかもしれないからだ。
ミィを見て一目で魔獣だと気付く者はそういないだろうが、そこからパレットとジーンの素性がバレては元も子もない。

「夜になるまでに帰ってきてね」
「みぃ!」

ミィは尻尾を一振りすると、どこへともなく駆けてゆく。
ミィはパレットが移動しても、臭いを辿って帰って来るので、迷子の心配はない。
 ミィを送り出した後、パレットとジーンは検めの列に並ぶ。
並んでいるのは商人や荷運びの馬車がほとんどで、他の街で見られる冒険者や傭兵の類の姿が見えない。
それを見て取ったジーンが呟く。

「ここには、冒険者や傭兵の仕事がないということか」

正確に言えば、彼らに払う金がないのだろう。
彼らも慈善事業で仕事をしているわけではなく、報酬が必要だ。

 ――領主の住む街なのに、そんなに貧しいなんて。

 パレットがため息を漏らしていると、ジーンがふいに尋ねてきた。

「そういや、アンタの知り合いがこの街にいるのか?」

確かにジーンにそんな話をしたが、それも十年前のことだ。
パレットは首を横に振る。

「いいえ、その人も三年前に街を出たと便りが来たわ」

街に居辛くなってきたので、余所に移るという便りがあって以来、その人物とは会えていない。
元気でいるといいと願うばかりだ。
 二人で神妙な顔をしていると、列の横を通って行く馬車が一台あった。
その馬車は速度を緩めず、検めの兵士も止めようとしない。
そしてすぐに、門の向こうへ消えて行った。

「なんだ、あれ」

ジーンが眉をひそめる。
いくら他の街よりも列が短いとはいえ、みんなそれなりに待っている中、素通りしていく馬車。
そして他の商人たちも、騒ぎ立てたりしない。
パレットも眉をひそめた。
しかしその理由は、ジーンと同じものではない。

「あれは……ドーヴァンス商会の馬車ですね」

その馬車の側面に、ドーヴァンス商会の名前が見えたのだ。

「……本当か?」

パレットはジーンの問いかけに頷く。
あの名前を見違えるわけがない。

「どうしてここに?」

眉間に皺を寄せるパレットの横で、ジーンは無言であった。
 そんなことがあったものの、二人は無事にソルディアの街へ入ることができた。
街へ入ってまず思ったことは、道行く人たちの気力のなさだ。
誰もかれも、うつむきがちにトボトボと歩いている。
道はごみで汚れており、通りに面した建物も、壁が崩れたりして古びている。

「……これが、領主の住む街か?」

その様子を見たジーンが、小声でぼやく。
王都の貧民街も、これほどにひどくはない。
そして今まで通ってきた地方領主の住む街で、これほどに荒れているのを見たことがない。
領主館のある街は、その領地の顔だ。
どの領主も、余所に比べて見劣りしないように努め、貧民街を作らないように気を配っていた。
 しかしその街の光景も、ある程度進むと一変する。
 大通りの中ほどを複数人の兵士が警備しており、そこを抜けると急に整備された道路となる。
綺麗な建物が並び立ち、道行く人も笑顔であり、洗練された服装をしている。

「……なるほどね」

ジーンが非常に嫌そうな顔をした。
その気持ちはわかる。
貧民と金持ちの境目が、これほどにあからさまであることに、パレットも驚いたものだ。

「かわってませんね、あの時と」

パレットも今ならばわかる。
この街は貴族とそうでない者に分けられた、貴族至上主義の街なのだ。
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