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四章 王城の女性文官

31話 王子様の事情

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王子様は嬉しそうにミィの頭を撫でた。

「はい殿下、どうぞ」

パレットはミィの身体を王子様に渡す。
王子様はおっかなびっくりな様子で、ミィを抱き上げた。

「温かいな」

そう言ってミィをぎゅっと抱きしめた。
話がまとまったようなので、パレットが仕事に戻ろうかと思っていると。

「やあ、話はまとまったようですね」

窓の外から声がした。
そちらを見ると、窓に足をかけて越えてくる人影が一つ。

「ジーン、いたんですか!?」

驚くパレットに、純白の騎士服姿のジーンはにっこり微笑んだ。

「ずっといたとも、今は王子殿下の護衛中だし」

ジーンがそう言いながら、服に着いた葉っぱを叩いて落とした。
ついでに王子様についている葉っぱも取ってやっている。
王子様が一人でうろうろしていたのかと思っていたら、ちゃんと護衛を連れていたようだ。

「ジーン見ろ! 魔獣の子を抱いているんだぞ!」

ミィを抱き上げた王子様が、自慢気にジーンに向き直った。
ジーンはそんな王子様に頷いた。

「ね? 直接聞いてみてよかったでしょう」
「うむ、そなたの言った通りだったぞ!」

二人で通じ合っている様子だが、パレットにはなんのことなのかさっぱりわからない。

「あの、ひょっとしてジーンが殿下を連れてきたんですか?」

パレットが尋ねるとジーンは苦笑しつつ、何故王子様がミィと出会ったのかを説明した。
 なんとミィは、散歩の途中でジーンに会いに行っていたようなのだ。
王子様の護衛中にも関わらず、そんなことは関係ないミィはジーンに突撃してくる。

 ――ミィって、意外とジーンが好きよね

 よくジーンの食事をもらっている姿を見る。
ミィの食事は別途あるのだが、ジーンの食事をかすめ取るのが日課になっているようなのだ。

「そのミィが散歩の途中で私に構うのが、王子殿下にはとても羨ましかったようでね」

ジーンが苦笑すると、王子様がむくれた顔をした。

「私は最初、その動物を連れてこいと言ったのだ」

ミィに突撃されたジーンは、王子様と遊ばせるくらいはいいだろうと思ったらしいのだが、それを聞いた教育係が猛反対したのだとか。

「次期国王たる者が、動物ごときに甘い顔をしてはならぬ、とすごい剣幕で言われたのだ」

 ――なにその理屈

 むすっとした顔の王子様につられるように、パレットはむすっとした顔をする。
しかめっ面のパレットがなにを思ったのか、ジーンにはわかったようだ。
そっとこちらに近寄って耳打ちした。

「教育係殿は、どうやら動物嫌いのようなんだ」
「……なるほど」

自分が嫌いだから、王子様にも近づけたくないということか。
身勝手だとは思うが、嫌いという感情はどうしようもない。
ジーンも教育係の面子があるので、王子の要望を叶えるのは難しかったそうだ。
 だがそれでは諦めきれない王子様は、どうすればあの動物と遊べるのか、小さいなりにたくさん考えたようだ。
その結果が「黙って拾ったことにしよう作戦」なのだろう。

「この動物は私のものだと言えば、あやつも何も言えないだろうと思ったのだ」

そう言って王子様が胸を張るが、それを行った結果王子様が叱られることになってもまずい。
そう考えたジーンが、パレットの元へミィと王子様を誘導してきたということか。

 ――困った末に私に後始末を押し付けたわね、ジーン!

 パレットがじろりと睨むと、ジーンはにこりと笑みを深めた。
ここで問い詰めたいところだが、パレットも仕事中であるし、王子様の前でケンカはまずい。
ひとまずパレットは表情を取り繕って、王子様に向き直った。

「殿下、ミィは勝手に王城の中をうろうろしているようですから。
見かけたときは構ってやってくださいね」

パレットの言葉に、王子は真面目な顔をしつつも口元を緩める。

「そうか、勝手にうろうろしているのか。
だったら私がミィと一緒にいてもおかしくないな!」

こうして王子様はジーンを引き連れて、ご機嫌な様子で戻って行った。
 パレットは嵐が過ぎ去ったので、ようやく管理室に戻った。
パレットは部屋に入るなり、室長に声をかけられた。

「ずいぶん遅かったな、誰かにつかまっていたのか?」

確かにすぐそこまでのお使いに行ったにしては、時間がかかり過ぎである。
パレットは今しがたの出来事を、室長に報告した。

「実は……」

王子様との遭遇の話を聞いて、室長は疲れたようにため息をついた。

「それは災難だったな。
滅多にそのように他人を困らせることをしないお方なのだが」

どうやらパレットは稀有な事例に行き当たったようである。
これは光栄なことだと喜ぶところだろうか。
パレットとしては、妙なことに巻き込まれたとしか思えない。
そしてものはついでなので、パレットは室長に聞いてみた。

「王子殿下の教育係とは、厳しいお方なのでしょうか?」

教育係に、王子様に妙なことを吹き込んだと、叱られるのではないか、と今更ながらに気付いたのだ。
室長は特にためらうこともなく答えた。

「王子殿下の教育係は、代々王族の教育を担ってきた家だ。
今代の教育係は、特に理不尽な御仁だとは聞いてはおらぬな」

パレットの心配事を察したのだろうか、室長が表情を和らげて言った。

「こういう時勢だ、帝王教育を優先させているのだろう。
貴族たちに上げ足をとられないように、かのお人も必死なのだ。
それに殿下もよく応えていると聞いている。
歳の近い遊び相手も、おいそれと王城に入れることはできない。
他の貴族に買収済みかもしれないからな」
「そうなんですね……」

王子様を立派に育て上げるため優先順位を付けた結果が、「お願い」を教えていないという事態になったのだろう。
もしかして教育係も、王子様が「お願い」を知らないことに気付いていない可能性もある。

 ――なにかに必死な時って、大事なことが抜け落ちたりするものなのよね

 それはパレットのような事務仕事でも同じだ。
忙しい時ほど計算ミスをしがちである。
それにしても、遊びたい盛りの子供であろう王子様が、遊び相手を動物に求めたことが、パレットはなんとも不憫に思えた。

「だったら、せめてミィと遊ぶことは許可してもらえるといいんですけどね。
 殿下がミィに隠れて会いに行く方が、危ない気がして……」

特に王位争いが懸念されているのであれば、王子様の身辺は厳重に警護されているはずだ。
そのためにジーンを騎士に取り立てたはずなのだ。
それをパレットがいらぬことを言ったせいで、台無しにしたくはない。
 室長がパレットの発言を聞いて、顎を撫でて考えた。

「心配ならば君から、オルレイン導師にでも伝えておいてくれ」

室長から意外な人物の名前を聞いて、パレットは首を傾げる。

「オルレイン導師に、ですか?」

理解できていないパレットに、室長は続けて説明してくれた。

「オルレイン導師は侯爵家の次男で、国王陛下のご友人である。
普段から陛下の相談にのっていらっしゃる立場だ」

オルレイン導師が偉い人であるとは思っていたが、どうやら想像以上の立場の人だったようである。
彼とは初対面で気軽に会えた印象があったので、パレットは非常に驚く。
オルレイン導師はたまにミィにおやつを上げているという話も伝え聞いている。

 ――今度なにか、お礼を持っていこう

 パレットはそう心に刻んだ。
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