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三章 王都滞在中

24話 似たもの同士

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ジーンがパレットと一緒に外出する前日のことである。

「王妃殿下の客人の様子はどうだい」

騎士団副団長アレイヤードに呼ばれたジーンは、挨拶を交わして一番に聞かれた。

「パレットなら、私の屋敷に引きこもっています」

パレットは屋敷に来てから一切外出していない。
屋敷の人間に読み書きを教えたり、庭仕事を手伝ったりと、一日を屋敷の中で費やしている。
ジーンとしても不健康だとは思うが、外出したくない気持ちもわからなくもない。
ドーヴァンス商会と関わりたくないのだろう。

 ――本気で評判悪いからな、あそこは

 関係者だと知れれば、どんな嫌がらせをされるのかわかったものではない。

『潰れればいいのに』

以前パレットから聞いたあの言葉は、心の底からの本心と思われた。
万が一ドーヴァンス商会が訪ねてきても、ぜったいに取り次いぐなとジーンからもレオンたちに念を押している。
 だが、アレイヤードはパレットの様子の心配したようだ。

「それは、精神的に良くないのではないかな」

アレイヤードがそう言って眉を顰めるが、ジーンは肩をすくめてみせた。

「ごもっともですが、無理強いも良くないかと」

これにアレイヤードは思案するように顎を手で撫でる。

「気楽に話せる友人がいれば、きっと彼女も気が紛れるだろうね」
「……はぁ」

そうは言っても、気軽に話せる友人などいるのか、あのパレットに。
ジーンは大いに怪しむ。
人と触れ合うということをとことん嫌がる女だ。
屋敷の住人と接するのは、無料で泊まるのは不安だという気持ちで動いているだけだろう。
 だがアレイヤードは言い思い付きをしたという顔をした。

「明日は休みでいいから、客人に付き合ってあげるように。
友人として彼女を気遣ってあげなさい」

アレイヤードがジーンにそう命じてきた。

 ――その友人てのは、ひょっとして俺か

 ほんの数日一緒にいるだけの自分が、友人の範囲に入っているとは驚きだ。
だが思いがけなく、休暇がもらえるようである。
他の騎士の顔を見なくて済むと思えば、ジーンとしても素直にうれしい。
だがその直後、アレイヤードがにっこりほほ笑んだ。

「その代わり、この仕事は終わらせて行くように」

そう言って目の前に積まれた書類の束を叩いた。
書類の中身は騎士団の収支報告書だ。
金額が合っているかを調べるのが、ジーンの本日の業務らしい。
慣れない業務は肩が凝る。
こんな時は財務の文官だというパレットがいればいいのにと思ってしまう。

 ――絶対俺向きの仕事じゃねぇよ、これ

 剣を振っている方が何倍も楽しい。
 パレットを思い浮かべたのは、アレイヤードも同じだったらしい。

「アカレアの街は港町、金の動きも大きい場所だ。
そこで財務担当の文官だったパレットを、王城の財務は欲しいだろうね」

自らも書類に目を通しながら、アレイヤードがそんなことを言う。
パレットの人事は、単なる王妃殿下の思い付きではないようだ。
人数はいるが人材がいない、それが王城の現状だった。


結局仕事が終わらずこの日は残業だった。
遅くに帰ったジーンを、アニタが出迎えた。

「あのね、パレットさんが元気ないの」

アニタから話を聞くと、パレットに知り合いから会いたいと連絡があり、昼過ぎに出かけたらしいのだ。
だが外出から戻ると、明らかに疲れた様子を見せたらしい。

「ご飯はちゃんと食べてたけど、猫ちゃんも心配そうだったんだよ」

あの魔獣の子はパレットに懐いている。
察する能力が高いとオルレイン導師も言っていた。
それが心配そうだったということは、なにかあったのかもしれない。

「後で部屋を覗いてみるか」

ジーンはアニタに心配するなと伝えると、手早く夕食を済ませて風呂で湯を浴びる。
それからパレットの部屋に行こうとしたが、夜に手ぶらで訪ねるのもなんだか悪い。
台所で母が良く飲む酒を取り、つまみになりそうなものを籠に詰めていく。
 そうして訪ねたパレットは、部屋で魔獣の子と遊んでいたようだった。
なにをしに来たのだとパレットの目が語っていたが、ジーンは気にせず部屋に入る。
そしてテーブルに持ってきたものを並べて行くと、魔獣の子が酒に興味を示した。

 ――魔獣は酒を飲むのか?

 今度機会があればオルレイン導師に尋ねてみることにして、今はクッキーを与えて魔獣の子を酒から遠ざけた。
 パレットを自分の正面に座らせ、酒の入ったグラスを持たせた。

「今日は出かけたんだろう?
 出先でなにかあったのか?」

ジーンが尋ねると、パレットはしばしの間悩んだ末にぽつぽつと話し出した。
内心で誰かに愚痴りたかったのだろう。
そうして聞かされたのは、ドーヴァンス商会の跡取り息子という少年の、なんとも子供っぽい言動だった。
少年と言っても、もうじき成人する歳だそうだ。

 ――ガキがそのまま大きくなったんだろうな

 騎士団によくいるタイプの人間だ。
周りに甘やかされて育ち、自分を否定することを考えない。
うまくいかないことは全て周りが悪いのだろう。
 最初はちびちびと酒を飲んでいたパレットも、だんだんと酒が進んでいる。
魔獣の子はクッキーを食べ終えたらしく、ジーンの足にじゃれて遊んでいる。
時折爪を立てるのは痛いからやめて欲しい。
 気付けばパレットは途中から呂律が怪しくなり、頭が船を漕ぎだした。

「わたしだって、ひっしに、がんばってるのよ……」

なのにうまくいかない、特別手当も貰い損ねた、と件の少年のこと以外の愚痴も言い始めた。
家出して以来何度も仕事を首になり、領主館勤めはようやくつかんだ安定職なのだそうだ。

「あんたはがんばってるさ、だから安心して寝ろ」
「……うん」

パレットはテーブルの上に伏せるようにして、とうとう寝息を立て始めた。

「みや」

床で遊んでいた魔獣の子がテーブルの上に乗って、眠ってしまったパレットにすり寄る。

「ご主人様は寝たぞ、お前ももう寝ろ」

酔っぱらって寝てしまったパレットを、ジーンはベッドまで運ぶ。
魔獣の子も一緒に付いて行きベッドへ上がる。
ジーンはそのまま去ろうとして、ふと気づいてパレットの眼鏡を外し、枕元に置いてやる。
眠るパレットは、眉間の皺が取れて少し若く見えた。

「……似たもの同士だな、俺らは」

外面を取り繕うことに慣れてしまい、本音を伝えることが下手な女。
そしてそれはジーンにも言えることだった。

「おやすみ」

パレットの頭を一撫でですると、ジーンは明かりを消してパレットの部屋を出た。


翌日ジーンはパレットと二人で出かけたが、自分にとってもいい気晴らしになった。
 そしてこの時判明したのは、パレットは魔獣の子相手には意外と表情豊かだということだった。
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