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三章 王都滞在中
19話 父の友人
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ジーンの屋敷で王都での日々を過ごしていると、パレットが王都にいることを聞きつけた父親の古い友人から、会いたいと連絡が入った。
ハイデン商会の代表で、パレットも昔可愛がってもらった記憶のある人物だ。
これまでどこにも行かずにジーンの屋敷に引きこもっていたパレットは、どうしようか悩む。
――正直外出は億劫だけど、父さんのお葬式でお世話になった方だしね
恩ある人物なので、パレットは会いに行くことにした。
昼食を終えた昼下がり、パレットは外出の準備をした。
「すみませんが、出かけてきます」
「わかりました、気を付けてくださいね」
レオンに声をかけると、にっこりほほ笑んでそう言った。
レオンは父親に似たらしく、明るい茶色の髪と目という、ジーンとは違う見た目だ。
しかし笑った時の目元が似ている気がした。
――そういえば、ジーンの父親って見ないわね
単に出かけているだけかもしれないし、もういないのかもしれない。
話題にのぼらない人の話など、詮索するものではないだろう。
パレットはそう考えて、浮かんだ疑問を振り払うように屋敷を出た。
「いってらっしゃーい!」
歩いて出かけるパレットを、アニタが手を振って見送ってくれた。
見慣れているようで、十年経って変わっている街並みを眺めながら、パレットは目的の建物であるハイデン商会を目指す。
そしてハイデン商会は、ドーヴァンス商会と通りを挟んで斜め向かいにあった。
パレットはわざわざ遠回りをして、ドーヴァンス商会の前を通るのを避ける。
――ぱっと見ただけじゃあ、ドーヴァンス商会も変わった様子はないわね
建物自体はそのままなので、外からパレットにわかることはない。
ただハイデン商会に比べて、人の出入りは少ないようだ。
パレットは周囲の人通りを気にしつつハイデン商会の扉をくぐると、受付の女性に会う約束があることを告げる。
「あの、こちらの代表と約束のあるパレットという者ですが」
名前だけしか名乗らないパレットに、受付の女性は一瞬思案顔をしたが、すぐに応対してくれた。
「少々お待ちください」
と彼女は断りを言って席を立つ。
パレットが返答をぼうっと立って待っていると、パレットが今しがたくぐった扉から誰かが入ってきた。
――私、邪魔かな
壁に寄って空間を開けると、入ってきた人物が怪訝そうにパレットを見た。
濃い茶色の髪と目の、目つきが悪く暗い雰囲気の十代半ばくらいの少年だ。
「お前、どこかで……」
そんな呟きと共に、少年がじっとりとパレットを観察するように眺めまわす。
「……はい?」
その視線が不快で、パレットは思わず相手を睨む。
するとパレットも、相手をどこかで見たことがある気がした。
――でも私が王都に来たのは十年ぶりなのよね
目の前の少年の十年前というと、まだ小さな子供のはずだ。
あの当時の子供の知り合いなんて、それほど多くはないはずだ。
パレットは思い出そうとして相手をよく見る。
そこに、先ほどの女性が戻ってきた。
「パレット様、お待たせしました。
今からお会いになるそうです」
この女性の言葉で、相手がパレットを思い出したようだ。
少年は目を見開いてパレットを指さした。
「お前ひょっとして泥棒女!?
どういうつもりでここにいる!」
パレットは「泥棒女」という言い方にムッとしたが、王都で自分をそう呼ぶ可能性のある人物に思い当たった。
「もしかしてあなた、従弟のジェームス?」
彼はパレットをドーヴァンス商会から出ていく羽目に追いやった叔父の、一人息子であった。
――これが、ジェームス?
パレットだってジェームスとそう親交があったわけではない。
最後にちらりと見かけたのは、元はパレットの部屋である場所で、幸せそうに笑っていた姿だ。
パレットが家出をする少し前、ジェームスの五歳の誕生日だと従業員が話をしていた記憶がある。
それなのに、この変わりようはなんだろうか。
パレットが少年、ジェームスに思い当たった瞬間、ジェームスの感情に火が付いたようだ。
「お前、よくものうのうと王都に来れたものだな!」
ジェームスは興奮した様子で、この場がどこかも忘れて怒鳴り散らす。
一方のパレットはすうっと脳裏が冷える。
「私が王都にいることと、あなたは関係ないはずだけど」
「その言い方はなんだ!
お前のせいで父さんは……!」
面倒な人物に会った、とパレットはしかめっ面になる。
目の前ではジェームスが顔を真っ赤にして何事が叫び続けているが、パレットはそれを聞き流す。
どうでもいいが、その大声は業務妨害ではないだろうか。
ここはハイデン商会の玄関口であり、周囲に働いている人も客もそれなりにいる。
――この子をどうにかするの、ひょっとして私なの?
周囲の迷惑そうな視線にさらされ、パレットはさらにしかめっ面が増す。
一旦帰って出直そうかと考え始めた時、奥から人がやってきた。
「やめなさいジェームス、お客様に迷惑だよ」
「ですが……!」
その人物に止められたジェームスは、なおもいきり立つ。
だが相手はジェームスの言い分を聞く気がないようだ。
ジェームスの言葉に被せるように続けた。
「他のお客様が驚いている。
これ以上大声を出されるとつまみ出すけれど」
そう言われてジェームスは渋々と引き下がる気になったようで、パレットを睨みつけて去っていく。
そうしてようやく静寂が戻ったところで、パレットもその人物に向き直った。
「ハイデンのおじ様、お久しぶりです」
パレットは今の騒ぎを収めてくれた礼も兼ねて、深々と頭を下げる。
「すっかり大人の女性になったね、パレット」
十年ぶりに会うハイデン氏が、パレットににっこりと笑った。
ハイデン商会の代表で、パレットも昔可愛がってもらった記憶のある人物だ。
これまでどこにも行かずにジーンの屋敷に引きこもっていたパレットは、どうしようか悩む。
――正直外出は億劫だけど、父さんのお葬式でお世話になった方だしね
恩ある人物なので、パレットは会いに行くことにした。
昼食を終えた昼下がり、パレットは外出の準備をした。
「すみませんが、出かけてきます」
「わかりました、気を付けてくださいね」
レオンに声をかけると、にっこりほほ笑んでそう言った。
レオンは父親に似たらしく、明るい茶色の髪と目という、ジーンとは違う見た目だ。
しかし笑った時の目元が似ている気がした。
――そういえば、ジーンの父親って見ないわね
単に出かけているだけかもしれないし、もういないのかもしれない。
話題にのぼらない人の話など、詮索するものではないだろう。
パレットはそう考えて、浮かんだ疑問を振り払うように屋敷を出た。
「いってらっしゃーい!」
歩いて出かけるパレットを、アニタが手を振って見送ってくれた。
見慣れているようで、十年経って変わっている街並みを眺めながら、パレットは目的の建物であるハイデン商会を目指す。
そしてハイデン商会は、ドーヴァンス商会と通りを挟んで斜め向かいにあった。
パレットはわざわざ遠回りをして、ドーヴァンス商会の前を通るのを避ける。
――ぱっと見ただけじゃあ、ドーヴァンス商会も変わった様子はないわね
建物自体はそのままなので、外からパレットにわかることはない。
ただハイデン商会に比べて、人の出入りは少ないようだ。
パレットは周囲の人通りを気にしつつハイデン商会の扉をくぐると、受付の女性に会う約束があることを告げる。
「あの、こちらの代表と約束のあるパレットという者ですが」
名前だけしか名乗らないパレットに、受付の女性は一瞬思案顔をしたが、すぐに応対してくれた。
「少々お待ちください」
と彼女は断りを言って席を立つ。
パレットが返答をぼうっと立って待っていると、パレットが今しがたくぐった扉から誰かが入ってきた。
――私、邪魔かな
壁に寄って空間を開けると、入ってきた人物が怪訝そうにパレットを見た。
濃い茶色の髪と目の、目つきが悪く暗い雰囲気の十代半ばくらいの少年だ。
「お前、どこかで……」
そんな呟きと共に、少年がじっとりとパレットを観察するように眺めまわす。
「……はい?」
その視線が不快で、パレットは思わず相手を睨む。
するとパレットも、相手をどこかで見たことがある気がした。
――でも私が王都に来たのは十年ぶりなのよね
目の前の少年の十年前というと、まだ小さな子供のはずだ。
あの当時の子供の知り合いなんて、それほど多くはないはずだ。
パレットは思い出そうとして相手をよく見る。
そこに、先ほどの女性が戻ってきた。
「パレット様、お待たせしました。
今からお会いになるそうです」
この女性の言葉で、相手がパレットを思い出したようだ。
少年は目を見開いてパレットを指さした。
「お前ひょっとして泥棒女!?
どういうつもりでここにいる!」
パレットは「泥棒女」という言い方にムッとしたが、王都で自分をそう呼ぶ可能性のある人物に思い当たった。
「もしかしてあなた、従弟のジェームス?」
彼はパレットをドーヴァンス商会から出ていく羽目に追いやった叔父の、一人息子であった。
――これが、ジェームス?
パレットだってジェームスとそう親交があったわけではない。
最後にちらりと見かけたのは、元はパレットの部屋である場所で、幸せそうに笑っていた姿だ。
パレットが家出をする少し前、ジェームスの五歳の誕生日だと従業員が話をしていた記憶がある。
それなのに、この変わりようはなんだろうか。
パレットが少年、ジェームスに思い当たった瞬間、ジェームスの感情に火が付いたようだ。
「お前、よくものうのうと王都に来れたものだな!」
ジェームスは興奮した様子で、この場がどこかも忘れて怒鳴り散らす。
一方のパレットはすうっと脳裏が冷える。
「私が王都にいることと、あなたは関係ないはずだけど」
「その言い方はなんだ!
お前のせいで父さんは……!」
面倒な人物に会った、とパレットはしかめっ面になる。
目の前ではジェームスが顔を真っ赤にして何事が叫び続けているが、パレットはそれを聞き流す。
どうでもいいが、その大声は業務妨害ではないだろうか。
ここはハイデン商会の玄関口であり、周囲に働いている人も客もそれなりにいる。
――この子をどうにかするの、ひょっとして私なの?
周囲の迷惑そうな視線にさらされ、パレットはさらにしかめっ面が増す。
一旦帰って出直そうかと考え始めた時、奥から人がやってきた。
「やめなさいジェームス、お客様に迷惑だよ」
「ですが……!」
その人物に止められたジェームスは、なおもいきり立つ。
だが相手はジェームスの言い分を聞く気がないようだ。
ジェームスの言葉に被せるように続けた。
「他のお客様が驚いている。
これ以上大声を出されるとつまみ出すけれど」
そう言われてジェームスは渋々と引き下がる気になったようで、パレットを睨みつけて去っていく。
そうしてようやく静寂が戻ったところで、パレットもその人物に向き直った。
「ハイデンのおじ様、お久しぶりです」
パレットは今の騒ぎを収めてくれた礼も兼ねて、深々と頭を下げる。
「すっかり大人の女性になったね、パレット」
十年ぶりに会うハイデン氏が、パレットににっこりと笑った。
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