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二章 王都トルデリア

15話 転職のススメ

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自己紹介などが終わったところで、王妃様がキラキラした目でパレットを見た。

「その子が、オルレインが言っていた魔獣の子ね?
 子猫みたいで愛らしいわ」

見ていたのはパレットではなく、腕に抱いているミィであったようだ。
興味を示されたので、パレットはミィを膝の上に乗せた。

「私が見つけたときは、まだほんの赤ちゃんだったんです」

そう言っている間、ミィはのんきに毛づくろいなどを始める。
ミィに熱視線を向ける王妃様に、ミィとの出会いを詳しく話した。
王妃様だけでなく、オルレインも興味深そうに話を聞いている。

 ――改めて思うけど、赤ちゃんなのに私のところまでたどり着いたミィって、すごく行動的だわ

 オルレインが言うには、本来ならば守ってくれる親魔獣がいたはずなのだ。
それがなんらかの原因ではぐれたりしたのだろう。
それで代わりの保護者を求めてさすらった結果、目を付けたのがパレットなのかもしれない。
 パレットがミィとの出会いに浸っていると、王妃様は熱いため息を漏らした。

「赤ちゃんの姿も、きっと愛らしかったのでしょうね」

王妃様はおそらくミィを触ってみたいのだろう、両手をうずうずとさせている。
だがパレットとしては、病み上がりである王妃様に抱かせていいものか悩む。

 ――動物の毛に触れて病気になる人もいるしね

 それに王城に直行したせいで、パレットもミィも埃っぽい。
本当はミィをオルレインの部屋にでも留守番させるべきだったのだ。
 王妃様はミィにずっと熱視線を注いでいたが、当のミィは素知らぬ態度だ。
後ろに控える侍女も、ミィを抱かせてやれとは言ってこない。
埃っぽいのがダメなのだろう。
 パレットは王妃様の望みに気付かないふりをして、パレットを膝から降ろす。

「ミィ、あっちに行っておいで」

そしてジーンがいる方にミィを放すと、ミィはとことこと歩いて行ってひょいとジーンに登った。
そしてジーンの頭の上に到着すると、満足そうな様子で尻尾をぷらーんと揺らしている。
顔の前を尻尾が揺れるジーンは、とても迷惑なことだろう。

 ――猫っぽいの同士で、お似合いかもよ

 内心ニヤニヤしているのがバレたのか、ジーンがギラリと睨むように見つめてきた。
 王妃様はジーンを羨むように見ていたが、しばらくして諦め、話を変えた。

「ねぇ、月の花とはとても美しいものなんですってね。
あなたはその目で見たのでしょう?」

王妃様は魔法薬しか見ておらず、美しいという月の花の蜜を確認できなかったのだそうだ。

「陛下は夜中にこっそり見たそうですのに」

自分だけ見れなかった、と王妃様は残念そうに語った。

 ――病気で寝ている王妃様を、夜中に起こすなんてできないわよね

 パレットには納得できるが、王妃様には不満があるらしい。
パレットはアカレアの街を出てからの話を、王妃様に語ることになった。

「私も初めて見たのですが……」

パレットはアカレアの街を出てから月の花の元にたどり着くまでを、簡単に説明していった。
ジーンの猫かぶりに驚いたこととか、上司の騎士様への接待要員であったことなどは微妙にぼかしつつ。
王妃様にはパレットの冒険がとても刺激的だったようで、身を乗り出すようにして聞き入った。
ジーンの大活躍もちゃんと忘れずに話した。

「まあ、ジーンは騎士なのに強いのね」
「恐れ入ります」

感心したようにジーンを見る王妃様に、ジーンがすまし顔で頭を下げる。
とうよりも、王妃様はやはり騎士が強くないことを知っているのか。
知らぬは庶民ばかりなり。

「パレットは勇気のある女性なのね」

話を聞き終わった王妃様が、そう言ってほう、と息を吐き出す。

「勇気と申しますか、やらねば死ぬと思えただけです」

パレットは神妙な表情で答えた。
実際あそこでパレットがおびえて震えるだけだったならば、ジーンは放置して行ったかもしれない。
 その後、長々と喋って喉が渇いたパレットが、お茶を飲んで休憩していると。

「パレットはアカレアの領主館で、文官をしているのでしょう?」

王妃様が急にそんなことを尋ねてきた。
パレットが女性の身で文官をしているのが珍しいのだろう。

「はい、財務の部署で計算業務をしています」

パレットの答えに、王妃様は表情を明るくした。

「じゃあ、どうせならば王城で働いてはどうかしら?」
「……はい?」

パレットは王妃様の話の飛び具合に、ついて行けないでいる。

 ――なんで王城?

 混乱するパレットをよそに、王妃様に待ったをかける人物がいた。

「王妃殿下。
パレットの生家はあのドーヴァンス商会です。
本人の気質は別として、これをきっかけになんらかの形で手を伸ばして来るかと思われます」

そうオルレインが渋い顔で言う。
これに王妃様が首を傾げた。

「わたくしも名前を聞いた時もしやと思ったのだけれど。
パレットはドーヴァンス商会の人間なの?」

王妃様に質問をされては、パレットとしては答えないわけにはいかない。

「私の両親は馬車の事故で死んだ先代夫婦です。
私はあそこを訳あって十年前に家出しまして、それ以来音信不通で今に至ります」

パレットは簡単に己の身の上を語った。
調べればわかることであるし、隠すようなことでもない。
敢えて口にしたくないというだけだ。

「まあ十年前、そんな若い頃に?」

驚いたように目を見張る王妃様を見て、パレットも内心驚いていた。

 ――ドーヴァンス商会って、王妃様も知っているくらいに警戒対象なの? あの馬鹿叔父はなにやってるの?

 パレットは王都滞在数時間で、もう王都に来たことを後悔し始めていた。
 一方王妃様は思案していた。

「財務は人手が足りないと聞いているわ。
一応話を通してみる価値はあると思うの。
連絡を取るために、逗留する宿を教えてくれないかしら」

どうやら王妃様は諦めが悪いらしい。
それ以前に、そもそもパレットは王城で働きたいという趣旨の発言は、一言もしていないはずなのだが。

 ――私はただ、安定した仕事に就ければそれでいいんだけれど

 王城勤めは果たして、安定した仕事だろうか。
領主館よりも居心地が良いなんてことは、さすがにないということくらい、パレットにだって想像できいる。
そしてパレットの宿はまた決まっていない。
 だがこれに、思わぬところから返事をされた。

「王妃殿下、パレットは我が家へ逗留することになっております。
連絡ならば私にどうぞ」

にこやか笑顔で、ジーンがそう言った。

 ――ジーンの家に行くって、いつそんな話をしたのよ!

 王妃様の前で口論もできず、パレットはジーンをじろりと睨むにとどめる。
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