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全てを取りこぼした
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アルケニアス様が……いや、聖女のシフォン様が、俺に構うようになった。
理由は明白。俺を懐柔して、神殿に留まらせたいのだろう。自分の才能は理解している。しているからこそ、普通に抜け出すことは無理だと判断して、些細な戒律違反を繰り返し、破門寸前まで事を運べたのだから。
(1日でも早く逃げ出したい)
彼女と相対している時、俺は上手く笑えているだろうか。
あの、渦を巻くような瞳に囚われると、何もかもが虚しくなる。当初は何とも思わなかったが、段々と、聖女様が無自覚に浄化能力を用いている事や──周囲もまた彼女の能力の高さに気付かないでいる事が、無性に腹立たしくなってしまったのだ。
公爵令嬢として名を馳せた彼女には、悪い噂が絶えなかった。
「金を積んで聖女の座を奪取したのでは?」
「貴族社会から逃げ出したのよ」
「婚約者が気に食わなかったんでしょうな」
いずれも、“貴族”が持つ責任から逃れた、醜い簒奪者という名目だった。彼女がどうして聖女になったかなんて、俺にはどうでも良い。
(こいつらはアルケニアス様の能力に気づきもしないで、何を言ってるんだろう)
誰も彼もが彼女を疎み、彼女自身も地位を得ようと邁進する様が。その、敬虔な信者が神に救われない様が、俺を産んだ母に重なって、見ていられなかった。
何度かアルケニアス様を浄化しようとした。一度も成功しなかったし、なんなら体調を悪化させてしまった。
不浄を受け入れているから、過ぎた浄化では返って気分を害させるようだ。
(社交場でも上手くやっていたし、彼女自身の心が壊れる事はないだろうけど)
それでも、澱みが増していく翠眼が気掛かりだった。
だから、聖女様の言葉に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「ええ。だって眩しいし……。それに、時々、明るく振る舞うことを強要されているような……嫌な気持ちになります」
満天の晴空が嫌いだと。
目を細めながら地を眺める彼女は、放心していた。澱の浮いた瞳がぼやける。苦痛から逃れるために、自我を切り離すことに慣れているようだった。
そこで初めて、アルケニアス様のハリのある声と、真っ直ぐに伸びた背筋が、彼女の努力の賜物である事を直感した。
「聖女様って、あんがい……」
(脆い人なのかもしれない)
咄嗟に言葉を飲み込んで、彼女を見た。
いつだか、晴空に讃えられていた翠眼は、真っ直ぐに俺を見ていた。その瞬間だけは、何処となく、澱がおさまったようにも思えた。
彼女の双眸を見て、考えてしまった。
(俺が彼女を救えないか?)
母は救えなかったが、彼女なら。
胸の奥底に沸いた救世主願望が、音を立てて膨れ上がっていった。
とはいえ、俺はそろそろ神殿から追い出される。聖女様には悪いが、神の下僕たちと終生を共にする気は少しも無い。更生してやる気も、やはり、毛ほども湧かなかった。
しかし、出ていく前に試したい事もある。
礼拝堂の浄化だ。
礼拝堂は月の女神が座す場所。聖女様の浄化能力が最も高まる場所でもある。あそこに行くたびに、彼女の瞳は濁りを増していた。であれば、予め場を強く浄化すれば、彼女の負担が減るのでは無いかと想ったのだ。
(仮に浄化が残りすぎて、アルケニアス様が礼拝堂に入れなくなっても問題無いしな)
俺が浄化したと名乗り上げて、神の力を濫用した不届者として処分されれば、一石二鳥である。
決して、聖女様を昏倒させるために浄化したわけでは無いのだ。
理由は明白。俺を懐柔して、神殿に留まらせたいのだろう。自分の才能は理解している。しているからこそ、普通に抜け出すことは無理だと判断して、些細な戒律違反を繰り返し、破門寸前まで事を運べたのだから。
(1日でも早く逃げ出したい)
彼女と相対している時、俺は上手く笑えているだろうか。
あの、渦を巻くような瞳に囚われると、何もかもが虚しくなる。当初は何とも思わなかったが、段々と、聖女様が無自覚に浄化能力を用いている事や──周囲もまた彼女の能力の高さに気付かないでいる事が、無性に腹立たしくなってしまったのだ。
公爵令嬢として名を馳せた彼女には、悪い噂が絶えなかった。
「金を積んで聖女の座を奪取したのでは?」
「貴族社会から逃げ出したのよ」
「婚約者が気に食わなかったんでしょうな」
いずれも、“貴族”が持つ責任から逃れた、醜い簒奪者という名目だった。彼女がどうして聖女になったかなんて、俺にはどうでも良い。
(こいつらはアルケニアス様の能力に気づきもしないで、何を言ってるんだろう)
誰も彼もが彼女を疎み、彼女自身も地位を得ようと邁進する様が。その、敬虔な信者が神に救われない様が、俺を産んだ母に重なって、見ていられなかった。
何度かアルケニアス様を浄化しようとした。一度も成功しなかったし、なんなら体調を悪化させてしまった。
不浄を受け入れているから、過ぎた浄化では返って気分を害させるようだ。
(社交場でも上手くやっていたし、彼女自身の心が壊れる事はないだろうけど)
それでも、澱みが増していく翠眼が気掛かりだった。
だから、聖女様の言葉に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「ええ。だって眩しいし……。それに、時々、明るく振る舞うことを強要されているような……嫌な気持ちになります」
満天の晴空が嫌いだと。
目を細めながら地を眺める彼女は、放心していた。澱の浮いた瞳がぼやける。苦痛から逃れるために、自我を切り離すことに慣れているようだった。
そこで初めて、アルケニアス様のハリのある声と、真っ直ぐに伸びた背筋が、彼女の努力の賜物である事を直感した。
「聖女様って、あんがい……」
(脆い人なのかもしれない)
咄嗟に言葉を飲み込んで、彼女を見た。
いつだか、晴空に讃えられていた翠眼は、真っ直ぐに俺を見ていた。その瞬間だけは、何処となく、澱がおさまったようにも思えた。
彼女の双眸を見て、考えてしまった。
(俺が彼女を救えないか?)
母は救えなかったが、彼女なら。
胸の奥底に沸いた救世主願望が、音を立てて膨れ上がっていった。
とはいえ、俺はそろそろ神殿から追い出される。聖女様には悪いが、神の下僕たちと終生を共にする気は少しも無い。更生してやる気も、やはり、毛ほども湧かなかった。
しかし、出ていく前に試したい事もある。
礼拝堂の浄化だ。
礼拝堂は月の女神が座す場所。聖女様の浄化能力が最も高まる場所でもある。あそこに行くたびに、彼女の瞳は濁りを増していた。であれば、予め場を強く浄化すれば、彼女の負担が減るのでは無いかと想ったのだ。
(仮に浄化が残りすぎて、アルケニアス様が礼拝堂に入れなくなっても問題無いしな)
俺が浄化したと名乗り上げて、神の力を濫用した不届者として処分されれば、一石二鳥である。
決して、聖女様を昏倒させるために浄化したわけでは無いのだ。
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