上 下
4 / 6

全てを取りこぼした

しおりを挟む
 アルケニアス様が……いや、聖女のシフォン様が、俺に構うようになった。

 理由は明白。俺を懐柔して、神殿に留まらせたいのだろう。自分の才能は理解している。しているからこそ、普通に抜け出すことは無理だと判断して、些細な戒律違反を繰り返し、破門寸前まで事を運べたのだから。

(1日でも早く逃げ出したい)

 彼女と相対している時、俺は上手く笑えているだろうか。

 あの、渦を巻くような瞳に囚われると、何もかもが虚しくなる。当初は何とも思わなかったが、段々と、聖女様が無自覚に浄化能力を用いている事や──周囲もまた彼女の能力の高さに気付かないでいる事が、無性に腹立たしくなってしまったのだ。

 公爵令嬢として名を馳せた彼女には、悪い噂が絶えなかった。

「金を積んで聖女の座を奪取したのでは?」
「貴族社会から逃げ出したのよ」
「婚約者が気に食わなかったんでしょうな」

 いずれも、“貴族”が持つ責任から逃れた、醜い簒奪者という名目だった。彼女がどうして聖女になったかなんて、俺にはどうでも良い。

(こいつらはアルケニアス様の能力に気づきもしないで、何を言ってるんだろう)

 誰も彼もが彼女を疎み、彼女自身も地位を得ようと邁進する様が。その、敬虔な信者が神に救われない様が、俺を産んだ母に重なって、見ていられなかった。


 
 何度かアルケニアス様を浄化しようとした。一度も成功しなかったし、なんなら体調を悪化させてしまった。

 不浄を受け入れているから、過ぎた浄化では返って気分を害させるようだ。

(社交場でも上手くやっていたし、彼女自身の心が壊れる事はないだろうけど)

 それでも、澱みが増していく翠眼が気掛かりだった。



 だから、聖女様の言葉に、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

「ええ。だって眩しいし……。それに、時々、明るく振る舞うことを強要されているような……嫌な気持ちになります」

 満天の晴空が嫌いだと。
 目を細めながら地を眺める彼女は、放心していた。澱の浮いた瞳がぼやける。苦痛から逃れるために、自我を切り離すことに慣れているようだった。

 そこで初めて、アルケニアス様のハリのある声と、真っ直ぐに伸びた背筋が、彼女の努力の賜物である事を直感した。

「聖女様って、あんがい……」

(脆い人なのかもしれない)

 咄嗟に言葉を飲み込んで、彼女を見た。
 いつだか、晴空に讃えられていた翠眼は、真っ直ぐに俺を見ていた。その瞬間だけは、何処となく、澱がおさまったようにも思えた。

 彼女の双眸を見て、考えてしまった。

(俺が彼女を救えないか?)

 母は救えなかったが、彼女なら。
 胸の奥底に沸いた救世主願望が、音を立てて膨れ上がっていった。


 とはいえ、俺はそろそろ神殿から追い出される。聖女様には悪いが、神の下僕たちと終生を共にする気は少しも無い。更生してやる気も、やはり、毛ほども湧かなかった。

 しかし、出ていく前に試したい事もある。
 礼拝堂の浄化だ。
 礼拝堂は月の女神が座す場所。聖女様の浄化能力が最も高まる場所でもある。あそこに行くたびに、彼女の瞳は濁りを増していた。であれば、予め場を強く浄化すれば、彼女の負担が減るのでは無いかと想ったのだ。

(仮に浄化が残りすぎて、アルケニアス様が礼拝堂に入れなくなっても問題無いしな)

 俺が浄化したと名乗り上げて、神の力を濫用した不届者として処分されれば、一石二鳥である。


 決して、聖女様を昏倒させるために浄化したわけでは無いのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

処理中です...