上 下
1 / 6

聖女の願望

しおりを挟む
 薄く、白い布を幾重にもあしらわれた儀礼服が、少女たちの手に渡った。彼女らの小さな手が儀礼服を繰り、私の身体に着付けられていく。

(礼拝後、朝食を摂って、子供達に講義)

 今日の予定を誦じながら、姿見を見た。
 緑色の細いリボンで括られた濡羽色の髪は、一切の乱れも無いままに、腰元で揺れている。翠眼が嵌った目元には、若干の隈が見られた。

「聖女様、私たちはお暇しますね」
「今日も頑張ってください!」
「ありがとう。あなた方にとっても、今日が良い日でありますように」

 一礼して去っていく彼女たちに笑顔を向け、窓の外を見やった。神殿の庭には、今日も礼拝に来た人々で溢れている。皆穏やかな顔をして、主に祈りを捧げていた。

 その中で、1人。
 青年が、空色の長髪を枕にして、木陰で寝転んでいた。

(またあんなところで寝て……)

 ため息を呑み込んで、部屋を出た。
 長い裾を捌きながら、礼拝室に向かう。

 道中、脳内を占めるのは、例の男の姿だった。彼は青と白を基調とした神官服に土をつけ、薄い瞼を閉じていた。思案しているのか、眠っているのか。いずれにせよ、儀を重んじる神殿において、彼の態度は好ましくない。他にも、礼拝を抜け出し、街で酒を飲み、女性と淫らな噂が流れる始末だ。複数居る神官長も、殆どが彼の破門を掲げて動き出していた。

 けれど、彼の能力を喪うのは惜しい。やはり、神殿の最高責任者──もとい、聖女として、彼に声をかけるべきだろうか。

(名ばかりの聖女と馬鹿にされないためにも)

 俯き、唇を噛み締めた。

「あれ、聖女様?」

 軽薄な声色にハッとして顔を上げる。
 彼は所々跳ねた空色の長髪を遊ばせつつ、銀の瞳を擦りながら現れた。青年になり終えたばかりの男は、未だ幼さの残る顔立ちで、妙に余裕のある雰囲気を醸し出している。それが彼の常だった。

「おはようございます、タリス。私が何を言いたいか、分かりますか?」
「はい、おはようございます。うーん、とりあえず“髪を縛れ”ですか? それとも“土を払え?”」

 顎に手をやり、わざとらしく宣う。
 タリスと話すと、いつもこうだ。私は額に手をやって、湧き上がる怒りを抑え込んだ。

「理解しているのなら改めてください」
「はぁい」

 タリスは貼り付けたような笑顔を浮かべながら、私の隣に並んだ。

「ご一緒します、聖女様」

 ふ、と。力の抜けた、妖しい笑みがかけられる。
 瞬間、辺りの空気が震えた。呼吸をする度に肺が冷気で満ち、歯が鳴る。

 タリスが周囲の空気を浄化したのだ。
 浄化能力は神からの授かり物。本来、神のみが行使する技とされているが故に、強すぎる浄化は、人々の心根に畏怖を植え付ける。私が感じた寒気もソレだ。

 見れば、彼の神官服から土が消え、髪の跳ねが収まっている。私の荒んだ心も、根本から削られたように、強い喪失感を持って治りおさまり始めていた。

「これほどの力を持ちながら、何故そうも……」

 タリスは銀の瞳を丸くした。
 そして、いっそう笑顔を深くする。

「生まれつきですかね!」

 あっけらかんと言う彼の横顔を一瞥し、溜息混じりに歩を進めた。

(それだけではない気がする)

「あ、ちょっと。置いてかないでくださいよ、聖女様ー」

 彼をこのまま追い出すわけにはいかない。
 その為には生活態度を改善してもらうしかないのだが、現状、タリスは誰も信頼せず、誰の言葉も聞き届けない。

 であれば、私が彼に信頼されるしかない。
 私は今代の聖女なのだから。

 そう決意した日から、タリスを構い倒す日々が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

「お前のような田舎娘を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の王太子から溺愛されます〜今更私の力が必要だと土下座したところでもう遅い〜

平山和人
恋愛
グラントニア王国の聖女であるクロエはラインハルト侯爵から婚約破棄を突き付けられる。 だがクロエは動じなかった、なぜなら自分が前世で読んだ小説の悪役令嬢だと知っていたからだ。 覚悟を決め、国外逃亡を試みるクロエ。しかし、その矢先に彼女の前に現れたのは、隣国アルカディア王国の王太子カイトだった。 「君の力が必要だ」 そう告げたカイトは、クロエの『聖女』としての力を求めていた。彼女をアルカディア王国に迎え入れ、救世主として称え、心から大切に扱う。 やがて、クロエはカイトからの尽きない溺愛に包まれ、穏やかで幸せな日々を送るようになる。 一方で、彼女を追い出したグラントニア王国は、クロエという守護者を失ったことで、破滅の道を進んでいく──。

第一王女アンナは恋人に捨てられて

岡暁舟
恋愛
第一王女アンナは自分を救ってくれたロビンソンに恋をしたが、ロビンソンの幼馴染であるメリーにロビンソンを奪われてしまった。アンナのその後を描いてみます。「愛しているのは王女でなくて幼馴染」のサイドストーリーです。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

「 この国を出て行け!」と婚約者に怒鳴られました。さっさと出て行きますわ喜んで。

十条沙良
恋愛
この国の幸せの為に頑張ってきた私ですが、もう我慢しません。

処理中です...