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聖女の願望

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 薄く、白い布を幾重にもあしらわれた儀礼服が、少女たちの手に渡った。彼女らの小さな手が儀礼服を繰り、私の身体に着付けられていく。

(礼拝後、朝食を摂って、子供達に講義)

 今日の予定を誦じながら、姿見を見た。
 緑色の細いリボンで括られた濡羽色の髪は、一切の乱れも無いままに、腰元で揺れている。翠眼が嵌った目元には、若干の隈が見られた。

「聖女様、私たちはお暇しますね」
「今日も頑張ってください!」
「ありがとう。あなた方にとっても、今日が良い日でありますように」

 一礼して去っていく彼女たちに笑顔を向け、窓の外を見やった。神殿の庭には、今日も礼拝に来た人々で溢れている。皆穏やかな顔をして、主に祈りを捧げていた。

 その中で、1人。
 青年が、空色の長髪を枕にして、木陰で寝転んでいた。

(またあんなところで寝て……)

 ため息を呑み込んで、部屋を出た。
 長い裾を捌きながら、礼拝室に向かう。

 道中、脳内を占めるのは、例の男の姿だった。彼は青と白を基調とした神官服に土をつけ、薄い瞼を閉じていた。思案しているのか、眠っているのか。いずれにせよ、儀を重んじる神殿において、彼の態度は好ましくない。他にも、礼拝を抜け出し、街で酒を飲み、女性と淫らな噂が流れる始末だ。複数居る神官長も、殆どが彼の破門を掲げて動き出していた。

 けれど、タリスの能力を喪うのは惜しい。やはり、神殿の最高責任者──もとい、聖女として、彼に声をかけるべきだろうか。

(名ばかりの聖女と馬鹿にされないためにも)

 俯き、唇を噛み締めた。

「あれ、聖女様?」

 軽薄な声色にハッとして顔を上げる。
 彼は所々跳ねた空色の長髪を遊ばせつつ、銀の瞳を擦りながら現れた。青年になり終えたばかりの男は、未だ幼さの残る顔立ちで、妙に余裕のある雰囲気を醸し出している。それが彼の常だった。

「おはようございます、タリス。私が何を言いたいか、分かりますか?」
「はい、おはようございます。うーん、とりあえず“髪を縛れ”ですか? それとも“土を払え?”」

 顎に手をやり、わざとらしく宣う。
 タリスと話すと、いつもこうだ。私は額に手をやって、湧き上がる怒りを抑え込んだ。

「理解しているのなら改めてください」
「はぁい」

 タリスは貼り付けたような笑顔を浮かべながら、私の隣に並んだ。

「ご一緒します、聖女様」

 ふ、と。力の抜けた、妖しい笑みがかけられる。
 瞬間、辺りの空気が震えた。呼吸をする度に肺が冷気で満ち、歯が鳴る。

 タリスが周囲の空気を浄化したのだ。
 浄化能力は神からの授かり物。本来、神のみが行使する技とされているが故に、強すぎる浄化は、人々の心根に畏怖を植え付ける。私が感じた寒気もソレだ。

 見れば、彼の神官服から土が消え、髪の跳ねが収まっている。私の荒んだ心も、根本から削られたように、強い喪失感を持って治りおさまり始めていた。

「これほどの力を持ちながら、何故そうも……」

 タリスは銀の瞳を丸くした。
 そして、いっそう笑顔を深くする。

「生まれつきですかね!」

 あっけらかんと言う彼の横顔を一瞥し、溜息混じりに歩を進めた。

(それだけではない気がする)

「あ、ちょっと。置いてかないでくださいよ、聖女様ー」

 彼をこのまま追い出すわけにはいかない。
 その為には生活態度を改善してもらうしかないのだが、現状、タリスは誰も信頼せず、誰の言葉も聞き届けない。

 であれば、私が彼に信頼されるしかない。
 私は今代の聖女なのだから。

 そう決意した日から、タリスを構い倒す日々が始まった。
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