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法術師・バール

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 虚しい戦いの結果、俺は帝位を獲得した。


 先帝は国外の村娘を孕ませ、無理やり正妃とした。前例の無い行いだった。市井の者からは「成り上がり物語」として親しまれたが、貴族からは「獣のような蛮行」として徹底的に蔑まれた━━らしい。幼い頃の話なので、そこら辺は書物と伝聞頼りだ。

 ともあれ問題だったのは、正妃の素性だった。女は魔女であった。何十年も前に焼き尽くされ、とうに絶えたはずの古い血は、先帝に牙を剥き、あらゆる方法で国政を乱した。

 俺は乱れた国で育ち、父の宰相職を継いで。
 そして、先帝を討った。


 古い時代の愚かな暗君に思い入れなどない。
 同様に、憎しみだけを頼りに生きてきた正妃の事など、どうでも良かった。俺は国を正さなければいけなかった。彼らはその障壁だった。それだけだ。

 しかし、問題が残った。
 俺の帝位には正統性が無いらしい。
 確かに、建国時代から連綿と宰相職を継いできた我がバルトロメイには、一滴も皇家の血が流れていない。当時は権力の集中を防ぐためだったが、俺の代で裏目に出た。徹底した君主制を掲げていた我が国は、とにかく変化に弱かったのだ。

「なので隠された先帝の娘を探し出し、娶りました~、ってか」
「そうだ」
「お前まで骨抜きの暗愚にされたらどうすれば良いんだ、僕は」

 俺の私室で項垂れた男は、俺の従兄弟のバールだ。豊かな赤毛を掻きむしり、混乱で瞳を燻らせている。

「大丈夫だ。彼女は初心だから」
「その言い方だと既に手を出したように聞こえるんだが」
「出そうとしたが、拒まれた」
「僕の従兄弟に何が起きているんだ……」

 バールを尻目に、俺は窓の外を見た。
 庭園では、件の娘が右往左往していた。
 秘匿された先帝の寵児。本来なら、彼女が帝位を継ぐはずだった。正妃によく似た麗しい外見をしているが、あの女とは違う。瞳は先帝と同じアメジストで、声は少しだけハスキーで、性的な接触を嫌っていた。

 実母と同じく正妃として迎えられたタチアナは、何故か使用人を避け、単独行動を好んだ。使用人たちにタチアナの素性は一切伝わっていないし、彼女自身もその事を知っているのに。

「ルシエル。お前、笑っているぞ」
「俺が?」

 ひた、と薄い唇を撫でる。
 確かに口角が上がっていた。
 反対に、バールの顔色は土気色になっていく。

「タチアナ嬢は純心な顔をして、お前を誑かしているのかもしれないぞ」
「落ち着けバール。彼女が俺を誑かして何になる?」
、だろ。正しくは」

 返事はせず、腰に備えた宝剣を撫でた。
 バールは我が国唯一の法術師だ。魔女や霊魂の呪いから人々を護り、導く役目を担っている。先帝の時代に法術師は居なかった。彼は先帝を救うために鍛えられた。しかし、バールが法術師として十分な力を身につける頃には、何もかもが遅すぎた。

 そういった後悔を、バールは今も持ち続けている。故に、こうして、宝剣を媒介に、俺を護る防壁を貼っていた。今日ここへ来たのも、防壁に綻びが無いか確かめる為だった。

「タチアナの能力は未知数だが、敵意を見せるのは得策と言えない。彼女にとって、俺たちは仇なのだから。憎しみに火をつけてどうする」
「どうとでもなるさ。それとも、お前は正妃様への恨みを忘れたのか?」
「彼女とあの女は違う」
「どうだか」

 バールは不満げに鼻を鳴らし、立ち上がった。真っ直ぐ窓へ向かい、タチアナを視界に収める。

「万が一、お前がタチアナ嬢に溺れたら、僕が討つ」

 どちらを、とは言わなかった。
 つまり──どちらも、なのだろう。

 タチアナは大木の陰に入り、足元に咲く花を愛でていた。手入れが入り、眩いばかりの輝きを放つ白い頬は、柔く笑みを浮かべている。

「確かに、あの女に野花を愛でる感性は無かったな」

 バールは眉を顰めながら、血を吐くように呟いた。
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