上 下
2 / 6

魔女の遺児・タチアナ

しおりを挟む
 豪奢な寝台に大の字になって、枕をかき抱いた。皇城に備え付けられた王妃の部屋。母が昔住んでいた部屋。今、私はその部屋にいる。



 私と陛下の結婚式は、それはもう盛大に行われた。

 陛下は私の出自を「先帝と正妃の娘」ではなく「正妃の謀略により滅ぼされた、先帝の甥の娘」と偽ったらしい。信のおける一部の者以外、皆その嘘を吹き込まれ、私を哀れな娘として歓待してくれた。

(でもラブロマンスは付け加えなくて良かったと思うわ。陛下の趣味なのかしら……)

 陛下は療養地で私という女神に会い、惹かれていったのだという。鉄面皮と血筋のせいで『氷帝』なんて言われているから、印象操作でも目論んだのだろうか。勿論、私たちに燃えるような恋など無い。現に陛下は、初夜にも関わらず姿さえ見せないでいた。

 やはり、愛を戴くことは無理なんだろうか。
 陛下にとって、私は先帝の落胤である前に、魔女の遺児だから。交じり合うのはよろしくないんだろう。私とは子が出来なかった事にして、後々新たな妃を迎えるつもりなのかも。

「愛があれば、それでも良いんだけど」

 果たして、体の繋がりが無い愛を獲得できるのだろうか。性根は田舎娘で、血は呪われていて、外見だけしか取り柄の無い私が。
 
 母は美しい外見で父を惑わし、血に刻まれた復讐を遂げたのだという。実のところ、私は母と殆ど会話らしい会話をした事がないから、その噂が事実なのか全く分からない。

 けれど、母が死の直前まで愛されていたのは確かだ。あの人が泥になって死んだのは、父が死んだのと同時刻だと聞く。母を呪いから救っていたのは、紛れもなく先帝陛下ただ1人という事なんだろう。

 枕を抱く腕に力が入る。

 死んでも良いと思っていた。
 でも、活路を見出してしまった。
 今は生きたい。

 原因は明白だった。
 皇城にいるからだ。
 両親の末路ばかり思い出してしまう。そうして、父のように死にたくない。母のように、泥になりたくないと。醜くも湧き上がる生の渇望が、私の胸に爪を立てていた。

 固く目を瞑って、深くため息をつく。

「何を考えているのです?」

 冷えた声が響いて、目を見開いた。
 見れば、髪を緩く結ったルシエルが、私を見下ろしていた。私と同じ、紐を解けばすぐに脱げるローブを身につけて!

「わ、私と、共寝するおつもりですか?」
「ええ。愛が欲しいと言ったのは貴女でしょう」
「体を大事にしてください!!」

 焦る私を放って、陛下はするりと寝台に侵入した。しなやかな筋肉を纏った肢体が、私の目の前にある。恥ずかしくて仕方がなくて、思わず彼に背中を向けた。

「貴女の求める愛は、体を交わす事ではないのですか」
「そ、なっ……ちが……いえ、部分的にはそうなんですが、心の伴わない行為など、……」

 完全に挙動不審になった私を、彼はじっと観察しているらしい。薄衣に訝しげな視線が刺さる。

「一理ありますね」
「わ、分かっていただけましたか!」
「はい」

 瞬間、私の髪が一房持ち上がり、微かなリップ音が鳴った。

、ということですね」
「…………か……揶揄わないでください……」

 陛下の声が楽しげだったのは、気のせいではないだろう。この男のどこが氷帝なんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

流れる水の記憶 (完結済)

井中エルカ
恋愛
 董星(とうせい)は父王とその後妻から疎まれ、山中の離宮で王子の身分を隠して暮らす。  ある日森で倒れたところを央華(おうか)という少女に助けられ、女として女人だけの神殿に連れていかれる。間もなく董星は男であることが知れ、董星と央華はお互いに淡い恋心を抱いたまま別れる。  成長して二人は再会するが、その時央華は董星の義兄の結婚相手として王宮に迎えられていた。結婚式を目前に義兄は愛人と共に姿を消し、菫星は探索に乗り出すのだが……。 ※全29話(一話が短め)完結済み。 ※小説家になろうにも掲載。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

処理中です...