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魔女の遺児・タチアナ

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 豪奢な寝台に大の字になって、枕をかき抱いた。皇城に備え付けられた王妃の部屋。母が昔住んでいた部屋。今、私はその部屋にいる。



 私と陛下の結婚式は、それはもう盛大に行われた。

 陛下は私の出自を「先帝と正妃の娘」ではなく「正妃の謀略により滅ぼされた、先帝の甥の娘」と偽ったらしい。信のおける一部の者以外、皆その嘘を吹き込まれ、私を哀れな娘として歓待してくれた。

(でもラブロマンスは付け加えなくて良かったと思うわ。陛下の趣味なのかしら……)

 陛下は療養地で私という女神に会い、惹かれていったのだという。鉄面皮と血筋のせいで『氷帝』なんて言われているから、印象操作でも目論んだのだろうか。勿論、私たちに燃えるような恋など無い。現に陛下は、初夜にも関わらず姿さえ見せないでいた。

 やはり、愛を戴くことは無理なんだろうか。
 陛下にとって、私は先帝の落胤である前に、魔女の遺児だから。交じり合うのはよろしくないんだろう。私とは子が出来なかった事にして、後々新たな妃を迎えるつもりなのかも。

「愛があれば、それでも良いんだけど」

 果たして、体の繋がりが無い愛を獲得できるのだろうか。性根は田舎娘で、血は呪われていて、外見だけしか取り柄の無い私が。
 
 母は美しい外見で父を惑わし、血に刻まれた復讐を遂げたのだという。実のところ、私は母と殆ど会話らしい会話をした事がないから、その噂が事実なのか全く分からない。

 けれど、母が死の直前まで愛されていたのは確かだ。あの人が泥になって死んだのは、父が死んだのと同時刻だと聞く。母を呪いから救っていたのは、紛れもなく先帝陛下ただ1人という事なんだろう。

 枕を抱く腕に力が入る。

 死んでも良いと思っていた。
 でも、活路を見出してしまった。
 今は生きたい。

 原因は明白だった。
 皇城にいるからだ。
 両親の末路ばかり思い出してしまう。そうして、父のように死にたくない。母のように、泥になりたくないと。醜くも湧き上がる生の渇望が、私の胸に爪を立てていた。

 固く目を瞑って、深くため息をつく。

「何を考えているのです?」

 冷えた声が響いて、目を見開いた。
 見れば、髪を緩く結ったルシエルが、私を見下ろしていた。私と同じ、紐を解けばすぐに脱げるローブを身につけて!

「わ、私と、共寝するおつもりですか?」
「ええ。愛が欲しいと言ったのは貴女でしょう」
「体を大事にしてください!!」

 焦る私を放って、陛下はするりと寝台に侵入した。しなやかな筋肉を纏った肢体が、私の目の前にある。恥ずかしくて仕方がなくて、思わず彼に背中を向けた。

「貴女の求める愛は、体を交わす事ではないのですか」
「そ、なっ……ちが……いえ、部分的にはそうなんですが、心の伴わない行為など、……」

 完全に挙動不審になった私を、彼はじっと観察しているらしい。薄衣に訝しげな視線が刺さる。

「一理ありますね」
「わ、分かっていただけましたか!」
「はい」

 瞬間、私の髪が一房持ち上がり、微かなリップ音が鳴った。

、ということですね」
「…………か……揶揄わないでください……」

 陛下の声が楽しげだったのは、気のせいではないだろう。この男のどこが氷帝なんだ。
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