12 / 36
第一章 オークのオルクス
12/アーミィベア
しおりを挟む
「そういえばこの山、アーミィベアがいるってよ」
「うそ、あのA級討伐対象の? 出くわしたらどうしよう」
「大丈夫さ、発見されたのはこの山の反対側だ。こっちには奴らが嫌う薬草が群生してるから、近寄ってこないよ」
和気藹々と薬草を採集する若い男女。彼らは王都のギルドから派遣されたDランク冒険者のパーティである。
モンスターの討伐依頼が多い冒険者ギルドの中でも、EからDランクの依頼はもちろん危険度が低く、強いモンスターと出くわすようなこともほとんどない。彼らのように薬草の採集や、魔法に使う素材集め、盗賊避けの護衛などが主な依頼になる。
「軍隊熊って、実際強いんだよね。図鑑で見たことあるけど、小さくてふわふわしてそうで、ちょっと可愛かった気がするけど」
「見た目だけはね。一体ずつはそれほど脅威じゃないんだけど、奴らは必ず群れで行動するし、あり得ないくらい統率が取れているから、半端な人数じゃ太刀打ちできないんだってさ」
「そうそう、とにかく獲物の追い詰め方がえげつない。奴らは近づくとゲロを吐いてマーキングしてくるんだけど、これがとてつもなく臭いんだって。で、その臭いを辿ってどこまででも追いかけてくる。体力も無尽蔵だし、火の中だろうが水の中だろうが構わず飛び込んで追いかけてくるんだ」
「恐ろしすぎるんだけど」
冒険者の少女がぶるぶると肩を震わせる。
「昔戦ったことがあるAランク冒険者に話を聞いた事があるけど、二度と出会いたくないモンスターがオークとアーミィベアだってさ」
「オークって、関係なくない?」
「いや、アーミィベアのゲロくらい臭いし、あと醜いから二度と近づきたくないんだって」
わはは、と三人の冒険者は賑やかに笑った。
その瞬間、ズンと地面が揺らいだ。
三人は肩を跳ねさせて、不安そうに周囲の様子を窺う。
山の木々がわさわさと動いて、奥の方で枝が折れるような音が鳴っている。なにか恐ろしいものが近づいている予感を感じながら、三人とも生唾を飲んで音の方を凝視した。
そして、ついに姿を現す。
――それはまさしく怪物の行進だった。
荒々しく木々をなぎ倒し、泥のような黒い血をまき散らす、巨大で醜悪なモンスター。バオォォ、と轟音を鳴らしながら、それは弱く儚い人間の前に現れた。
「でたあぁあぁああああ!」
ギャアギャアと悲鳴を上げながら、狂乱して山を駆け下りていく三人。集めた薬草を放り投げ、命が一番大事なんだと主張するように、全てをかなぐり捨てるように全力で走っていく。
その日から、あの山にはアーミィベアと並ぶ怪物が棲んでいると話題になり、より一層近づく者がいなくなった。
▽
「おい、顔覚えたからなてめえら! 好き勝手言いやがって、あんなクソ熊のゲロと一緒にすんな!」
額の汗、いや血とゲロを拭う。
なるほど軍隊熊ね、よく言ったもんだわ。つまり軍隊アリの熊版みたいなものだったのか。
巣に獲物を持ち帰るために手段を選ばず、一体一体がたとえ無駄死にしても追いかけてくる。統率が取れているように見えるのは、あの数で動いているのにどいつもこいつも自分の保身を考えていないからだ。
崖で身体を張って橋渡しになった熊は、数分も持たずに底へ落ちていった。なのにまったく気にする事なく、新たに橋になる熊が現れる。そういう生態なのだ。
「女王みたいの倒せば止まんのか? 巣はどこにあるんだよ、クソ」
一体ずつは大したことないとは言うが、それはA級討伐対象のモンスターとしては、という意味だ。一体一体ちゃんとそこそこ強くてウザい。
「ちっ、追いつかれたか」
木々の間から一体飛び出してくる。
すると続けざまに、大量のアーミィベアが雪崩のように転び出てきた。
くそ、さっきより増えてやがるな。
「――んん?」
ワラワラと群がる熊の中に違和感を見つける。
ほぼすべての個体が黒っぽい茶色をしているのだが、一番最後尾に若干赤っぽい茶色が見える気がする。
「なんだ? っ、まさか、っ、おい」
襲いかかってくるのを棍棒で潰しながらよく目を凝らすが、やはりそこだけ少し明るい。
「おいおい、あれか? あれが女王か! 女王だよな!」
その瞬間、赤茶の熊と目が合った気がした。
女王らしきそいつが吠えると、より一層苛烈に攻撃を仕掛けてくる。
あいつだ、間違いない。
あいつが熊たちに命令を出している。
俺が女王の存在に気がついたのがわかったのだろう。殺せ殺せと、焦って指示を出しているのだ。
つまりこいつらにとって、あいつが仕留められると困るということだ。
「そういうことだな、てめぇら」
俺は棍棒を担いで中腰に構える。
足に意識を溜めて、全身の筋肉を前へ進む事にだけ集中させる。
――縮地、という技があるらしい。
かつて住んでいた日本の武士たちが、戦いの際に使っていた歩法だ。
一撃必殺の日本刀と対峙する場合、間合いをとてもシビアに捉えなければならない。間合いの外から一瞬で懐に入り、勢いそのままに斬りつける。それが武士たちが編み出した技であり、ひとつの解答だった。
話に聞いただけで再現できるわけがないのはわかっているが、それはあくまで研ぎ澄まされた技という意味だろう。
今の俺には、人並み外れた怪力が備わっている。
剣を振るえば大地を砕き、腕を振るえば木々をなぎ倒し、地面を蹴れば空を跳ぶ。
オークの身体に宿った膂力は、話に聞いただけの動きを再現するに至った。
さっきまではもらい物のフルプレートの鎧が邪魔だったのだが、熊にズタボロにされたし、もはや関係はない。
――これはただの突進だ。
だがその速さは、エルドラ曰く音を置いていく。
「音越豚頭」
イメージは一発の弾丸。
撃鉄に打たれ、火薬が爆ぜる勢いでただまっすぐに跳んでいく。
障害はすべて打ち抜く。ただ標的を打ち抜く為に、すべてを捨てて到達する。
そして見事、赤茶の眉間を打ち抜いた。
振り下ろした棍棒の先で、アーミィベアの頭蓋は跡形もなく潰れてしまった。
ふっと息を吐いてついて振り返れば、俺が通った道はぽっかりと開いていて、弾き飛ばされた熊たちが両脇で固まっている。
逃げるような気配はなく、放心したように止まってしまっていた。
「当たりか。じゃ、終わりかな」
ホッと一息つく。
深く息を吸ったら、ゲロの臭いで咽せた。
__________________________
オルクスは転生前にアニメやらゲームやらで得た武道の知識で、あれやこれやと技を編み出している。
そのほとんどが無茶苦茶な力業で、ときどきマジで追い詰められるとそれを使う。
次回『商業ギルド』
「うそ、あのA級討伐対象の? 出くわしたらどうしよう」
「大丈夫さ、発見されたのはこの山の反対側だ。こっちには奴らが嫌う薬草が群生してるから、近寄ってこないよ」
和気藹々と薬草を採集する若い男女。彼らは王都のギルドから派遣されたDランク冒険者のパーティである。
モンスターの討伐依頼が多い冒険者ギルドの中でも、EからDランクの依頼はもちろん危険度が低く、強いモンスターと出くわすようなこともほとんどない。彼らのように薬草の採集や、魔法に使う素材集め、盗賊避けの護衛などが主な依頼になる。
「軍隊熊って、実際強いんだよね。図鑑で見たことあるけど、小さくてふわふわしてそうで、ちょっと可愛かった気がするけど」
「見た目だけはね。一体ずつはそれほど脅威じゃないんだけど、奴らは必ず群れで行動するし、あり得ないくらい統率が取れているから、半端な人数じゃ太刀打ちできないんだってさ」
「そうそう、とにかく獲物の追い詰め方がえげつない。奴らは近づくとゲロを吐いてマーキングしてくるんだけど、これがとてつもなく臭いんだって。で、その臭いを辿ってどこまででも追いかけてくる。体力も無尽蔵だし、火の中だろうが水の中だろうが構わず飛び込んで追いかけてくるんだ」
「恐ろしすぎるんだけど」
冒険者の少女がぶるぶると肩を震わせる。
「昔戦ったことがあるAランク冒険者に話を聞いた事があるけど、二度と出会いたくないモンスターがオークとアーミィベアだってさ」
「オークって、関係なくない?」
「いや、アーミィベアのゲロくらい臭いし、あと醜いから二度と近づきたくないんだって」
わはは、と三人の冒険者は賑やかに笑った。
その瞬間、ズンと地面が揺らいだ。
三人は肩を跳ねさせて、不安そうに周囲の様子を窺う。
山の木々がわさわさと動いて、奥の方で枝が折れるような音が鳴っている。なにか恐ろしいものが近づいている予感を感じながら、三人とも生唾を飲んで音の方を凝視した。
そして、ついに姿を現す。
――それはまさしく怪物の行進だった。
荒々しく木々をなぎ倒し、泥のような黒い血をまき散らす、巨大で醜悪なモンスター。バオォォ、と轟音を鳴らしながら、それは弱く儚い人間の前に現れた。
「でたあぁあぁああああ!」
ギャアギャアと悲鳴を上げながら、狂乱して山を駆け下りていく三人。集めた薬草を放り投げ、命が一番大事なんだと主張するように、全てをかなぐり捨てるように全力で走っていく。
その日から、あの山にはアーミィベアと並ぶ怪物が棲んでいると話題になり、より一層近づく者がいなくなった。
▽
「おい、顔覚えたからなてめえら! 好き勝手言いやがって、あんなクソ熊のゲロと一緒にすんな!」
額の汗、いや血とゲロを拭う。
なるほど軍隊熊ね、よく言ったもんだわ。つまり軍隊アリの熊版みたいなものだったのか。
巣に獲物を持ち帰るために手段を選ばず、一体一体がたとえ無駄死にしても追いかけてくる。統率が取れているように見えるのは、あの数で動いているのにどいつもこいつも自分の保身を考えていないからだ。
崖で身体を張って橋渡しになった熊は、数分も持たずに底へ落ちていった。なのにまったく気にする事なく、新たに橋になる熊が現れる。そういう生態なのだ。
「女王みたいの倒せば止まんのか? 巣はどこにあるんだよ、クソ」
一体ずつは大したことないとは言うが、それはA級討伐対象のモンスターとしては、という意味だ。一体一体ちゃんとそこそこ強くてウザい。
「ちっ、追いつかれたか」
木々の間から一体飛び出してくる。
すると続けざまに、大量のアーミィベアが雪崩のように転び出てきた。
くそ、さっきより増えてやがるな。
「――んん?」
ワラワラと群がる熊の中に違和感を見つける。
ほぼすべての個体が黒っぽい茶色をしているのだが、一番最後尾に若干赤っぽい茶色が見える気がする。
「なんだ? っ、まさか、っ、おい」
襲いかかってくるのを棍棒で潰しながらよく目を凝らすが、やはりそこだけ少し明るい。
「おいおい、あれか? あれが女王か! 女王だよな!」
その瞬間、赤茶の熊と目が合った気がした。
女王らしきそいつが吠えると、より一層苛烈に攻撃を仕掛けてくる。
あいつだ、間違いない。
あいつが熊たちに命令を出している。
俺が女王の存在に気がついたのがわかったのだろう。殺せ殺せと、焦って指示を出しているのだ。
つまりこいつらにとって、あいつが仕留められると困るということだ。
「そういうことだな、てめぇら」
俺は棍棒を担いで中腰に構える。
足に意識を溜めて、全身の筋肉を前へ進む事にだけ集中させる。
――縮地、という技があるらしい。
かつて住んでいた日本の武士たちが、戦いの際に使っていた歩法だ。
一撃必殺の日本刀と対峙する場合、間合いをとてもシビアに捉えなければならない。間合いの外から一瞬で懐に入り、勢いそのままに斬りつける。それが武士たちが編み出した技であり、ひとつの解答だった。
話に聞いただけで再現できるわけがないのはわかっているが、それはあくまで研ぎ澄まされた技という意味だろう。
今の俺には、人並み外れた怪力が備わっている。
剣を振るえば大地を砕き、腕を振るえば木々をなぎ倒し、地面を蹴れば空を跳ぶ。
オークの身体に宿った膂力は、話に聞いただけの動きを再現するに至った。
さっきまではもらい物のフルプレートの鎧が邪魔だったのだが、熊にズタボロにされたし、もはや関係はない。
――これはただの突進だ。
だがその速さは、エルドラ曰く音を置いていく。
「音越豚頭」
イメージは一発の弾丸。
撃鉄に打たれ、火薬が爆ぜる勢いでただまっすぐに跳んでいく。
障害はすべて打ち抜く。ただ標的を打ち抜く為に、すべてを捨てて到達する。
そして見事、赤茶の眉間を打ち抜いた。
振り下ろした棍棒の先で、アーミィベアの頭蓋は跡形もなく潰れてしまった。
ふっと息を吐いてついて振り返れば、俺が通った道はぽっかりと開いていて、弾き飛ばされた熊たちが両脇で固まっている。
逃げるような気配はなく、放心したように止まってしまっていた。
「当たりか。じゃ、終わりかな」
ホッと一息つく。
深く息を吸ったら、ゲロの臭いで咽せた。
__________________________
オルクスは転生前にアニメやらゲームやらで得た武道の知識で、あれやこれやと技を編み出している。
そのほとんどが無茶苦茶な力業で、ときどきマジで追い詰められるとそれを使う。
次回『商業ギルド』
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉
ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー
それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった
女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者
手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者
潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者
そんなエロ要素しかない話
【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話
白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。
世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。
その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。
裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。
だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。
そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!!
感想大歓迎です!
※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる