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第8話 許してくれますか?

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「よし、行くわ」

 俺は深呼吸をして、集中することにした。
 経験したことはないけど、ドラマとか舞台にでるみたいで緊張が止まらない。
 演技の経験なんて一度もないんだ。

「ファイト」

 海利に背中を押された俺は、彼女たちの元へと行くことにした。

「み、皆!」

 俺の言葉に気がついた4人が一斉に俺を見てきた。
 くぅ、視線がきつい。
 負けるな、俺!

「心火、あんたなんでここに」

「唐石海利と一緒にいたのではなくって?」

「っわ、まさかの本人がきちゃった」

 三者三様の反応をしてきた。
 しかし、今の言葉は海利がイメージしていたのとほとんど一緒だった。
 大丈夫、イケるぞ。

「皆を見かけたから。海利は後ろにいるよ」

「っよ! なんか騒がしかったから様子見にきたんだよ」

 体育館の角から、海利が陽気に頭を出して手を振っていた。
 俺も演技をしているわけだが、海利もさっきとは違う口調や態度だった。

 3人が後ろの海利に気をとられている隙に、俺は小走りで距離を詰めた。
 そして、4人が何か発言をする前に行動を起こした。

「ご、ごめんなさい!!」

「っえ……」

 俺は宝城さんに向かって深々と頭を下げた。
 上半身を90度に曲げて数秒かけて謝罪した。
 コンビニでバイトしていた時でさえ、こんな綺麗なお辞儀はしたことがない。

「最近注目してるアイドルに、キミがびっくりするぐらいそっくりだったから、つい声をかけてしまいました。
 興奮して声を荒げてしまって、本当にすいませんでした!!」

 俺は腹筋に意識して声を出した。
 うん、いい感じに誠意のある声を出せたと思うけど。

 俺は謝罪の効果を確かめるべく、おそるおそる顔をあげた。
 これで全く響いてなかったらもう策はない。
 海利は他の3人のことは予想できても、宝城詩織のことは専門外なので、これが有効かどうかは不明だった。

「そういうことでしたか。私は気にしてませんから」

 ゴーーーーーーーール!!
 やったぞ、海利。

 宝城さんは納得した表情をしてくれて、鋭い目つきが少し和らいだ。
 彼女も虎頭心火の謎の行動を気味悪がっていたようだ。

 よし、次はこいつらだ。

「ってことなんだ、皆。
 本当にそれ以上の理由はないよ。
 さっき初めてお話ししたぐらいで」

 俺は3人の方へ向き直し、誠意をもって伝えた。
 本当は深い訳があるので、心苦しかった。
 でも、今は嘘をついた方が穏便に済むはずだ。

「アイドル…… それならそうと言ってくれればよろしかったのでは?」

「そうだよ。それならすぐに納得いったのに」

 昼休みになってすぐに外に出てしまったので、ルニールと沙理弥には、結局言い訳をせずにいた。

「春乃には言っておいたはずなんだけど……」

 それを聞いた2人は、一瞬で春乃を振り向く。

「そうなんだけど、なんか違和感があるっていうか……」

 違和感の正体は、心火の体に別の人がいること、って説明してあげたいところだ。
 けれど、彼女たちの虎頭心火へ対する態度を見ていると、余計混乱するだろう。

 だってそれは、彼がどこかへ消えてしまったということを意味しているのだから。

「春乃、僕が嘘をついたことあった?」

「それは……ないけど」

 ないってすごいな。生きてれば嘘の1個や2個、いや100個ぐらいはつくだろ。
 俺なんて絶賛嘘つき中だぞ。

「だから、信じて。ね?」

 俺は少し可愛い子ぶって首を傾げた。
 こんなこと普段の俺だったら絶対にしない。
 でも、虎頭心火はするって言うんだから仕方がない。

「わかった。とりあえず今はそう信じる」

 春乃は完全に納得いってはいないよう。
 しかし、この場は一旦引いてくれるみたいだ。

「あの、宝城さん。ごめんなさい。勘違いしてたみたい」

「分かってくれたなら、それで」

 春乃は素直に謝罪をし、宝城さんはすぐにそれを受け入れた。
 一時は取っ組み合いにでもなるかと思ったけど、2人とも穏便に解決してくれた。

「ルニールちゃん、ほら謝ったら?」

 プライドが高いのかルニールは謝ろうとはしなかった。
 それを見かねた沙理弥が謝罪を促す。

「失礼したわ」

「も~う、素直じゃないんだから~。私もごめんね」

 ルニールと沙理弥が続けて謝り、ことは終わった。

 俺の奇行からここまで発展するとは思いもしなかった。
 落ち着くまでは、虎頭心火らしくないことは控えた方がよさそうだ。

「じゃあまとめると、心火くんは興奮すると周りが見えなくなってしまうほどアイドルが好きな痛いオタクだった、ってことだね。解決、解決」

 清々しいほどの笑顔で、とんでもない結論に至った沙理弥。
 すまん、虎頭心火。
 俺のせいでお前の評価が少し下がったかもしれない。

「彼のアイドル好きには困ったものですわ」

「思いかえせば心火の奴、結構重度のオタクだったかも」

「答えが出たことだし、教室に戻ろっか。お騒がせしました~」

 そう言って3人は、虎頭心火にちょっと引きながら、教室に戻っていった。

「じゃあ、私も戻ります」

 凛とした顔つきで、宝城さんは帰ろうとした。

「あ、あの宝城さん」

 俺は思わず彼女を呼び止めてしまった。
 これ以上ややこしくしたくないから、本当は何も言わずに終わらせたい。
 しかし、1つだけ質問したいことがある。

「なんですか? もうバイトに行かないといけなくて」

「すみません、すぐ終わるんで。あの、田中尊って人知っていますか?」

 彼女は名前や年齢は違うけど、見た目や性格は真里菜そっくりだ。
 俺が真里菜と初めて会った時も、結構冷たかったというかドライな接し方だった。
 だから、全くの別人とは思えなくなってきた。

 もしかしたら、俺の名前を知っているかもしれない。

「いえ、そんな珍しい名前は聞いたことがないです」

「そっか……。引き留めてごめんなさい」

「じゃあ、行きますね」

 首をかしげながら、彼女も校舎へと戻っていった。

 うーん、結局別人なのか。
 不穏な空気は変えられたけど、真里菜に関する情報はなし。

 心が靄で包まれているみたいに、全然スッキリはしなかった。

 俺が少し落ち込んでいると、海利が陽気ではないテンションで近づいてきた。

「おつかれ」

「はぁ~、虎頭心火を演じるのって楽じゃないな」

 時間としてはたったの5分程度だけど、猛烈に疲れた。

「だろうな。けど、上手くできてたと思うぜ」

「ほんと? それならいいけど」

 違和感なくできたとしたら海利の助言のおかげだ。
 海利にいろいろ教わってなければ、こんなにスムーズに解決はしなかったはずだ。

「その調子で頑張れよ……尊」

 そう言って海利は拳を俺に向かって軽く突き出した。

「え、俺の名前……」

「あいつらの前では心火として生きるわけだ。俺の前ぐらいは田中尊で過ごせばいい」

「海利、ありがとう」

 俺は海利に合わせて、コツンっと拳を突き合わせた。

 まだ全てを飲み込めたわけではないけど、この世界でもなんとか生きていけそうな気がした。
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