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第7話 旅立ち

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「……た、倒したというのか」

 気を失って膝から崩れ落ちた魔人を見て、エレガンは自分の目を疑った。
 ただのサルと認識していたものが、自分が倒せなかった相手をいとも簡単に戦闘不能へと追いやってしまった。

 自分の不甲斐なさを恨むよりも、サルの驚異的な身体能力に驚愕しているようだった。

 彼女は知るよしもないが、チンパンジーという種族は優れた動物だ。獰猛であり、それでいて頭がいい。二足歩行も出来て、場合によっては道具すら使うことができる。

 しかし、だからと言って、あのような動きができるかというと一概には肯定できない。

 召喚される前にチンパンジーがいた世界の人間は魔法を使うことなどできない。そもそも魔力というものがない。

 もし人間が召喚されれば、もしかすると世界を移動した影響で魔力が備わる可能性もあるだろう。

 それと同じように、チンパンジーもこの世界に来たことにより、戦闘能力が飛躍的に上昇している可能性があるということだ。

 つまり、この世界の戦闘能力に合わせて、召喚された者のレベルも変化する、ということだ。

 だが、そうだったとしても魔人に勝てるか、と言われればそれはまた別の問題である。

 このサルが、類まれなる戦闘センスを持っていなければ意味がない。

「やはり、あの方は……」

 ティアラ姫も同じように目を丸くして驚いていた。しかし、彼女の場合はエレガンとは少し違っていた。
 彼女は、サルが本物の勇者であることを少しだけ諦めていなかったからだ。

「勇者とは【悪しきものから世界を救う、異世界から召喚されし者】エレガン、それってまさに、この状況じゃないかしら?」

「……勇者、ですか。認めざるおえないかもしれないですね」

 先程までずっとサルのことを否定してきた分、すぐに認めるのは難しかった。しかし、事実として、魔人をサルは倒した。
 これをなかったことにはできない。

「……ウキ?」

 穴の開いた地面を避けながら、2人の元へとゆっくり歩いてくる。前傾姿勢で片腕も地面につけながら歩いてくるその姿は、ただのサルにしか見えない。

「勇者様、ありがとうございました。私たちは、あなた様に命を救われました」

 ティアラはサルへと近づき、毛深く細長い腕を手に取った。触ると見た目以上に筋肉質なことが感触で分かった。

「ウキ? ウキウキ」

 彼女の言葉を完全には理解できていないが、ニュアンスは伝わっているようだ。心なしか喜んでいるように見える。

「助かった。お前がいなければ、姫を守り切れなかった。王国の騎士として、礼を言おう」

 言葉では礼を言うも、エレガンの表情はまだ硬かった。
 そして、彼女は言葉を続けた。

「だが、まだ私は勇者とは認めていない。一瞬の戦いだったがゆえに、お前の能力を正確には確かめ切れていない。もう一度、奴と戦えば、同じような結果にはならない」

 プライドなのか、そう簡単に認めるつもりはないようだ。
 確かに、儀式は腐ったバナナのせいで失敗に終わっているはずだ。
 それによって召喚されたこれは、勇者なのか、ただのサルなのか。

「もう、素直になりなさい」

「それとこれとは、別なのです」

 戦いが終わり3人が落ち着いて話していると、扉が開かれてそこから大勢の兵士がなだれ込んできた。

「ひ、姫様! ご無事……う、うわぁ!」

 兵士の1人が慌てた形相で姫に声をかけようとすると、入り口の前で倒れている魔人の姿を発見した。
 他の兵士たちも、ここで何が起こったのか、全く分からずにいた。

 ダボルの爆発音や地面に穴が開いたことによって、兵士たちが駆けつけたようだ。

「お前たち、そこの魔人を捕縛して牢に入れてくれ。魔王の部下と言っていた、もしかすると有益な情報を持っているかもしれない。それと、変身魔法を使うから、複数人で常に監視してくれ。
 安心しろ、当分は目を覚まさないだろう」

 頭についた血をふき取りながら、エレガンは的確に指示を促す。先程まで瀕死だったにもかかわらず、今はだいぶ回復していて、意識もはっきりしている。
 驚異的な自然回復能力だ。

「わ、分かりました! お、お前たち鎖を持ってきて、牢にぶち込むぞ」

 怯えながらも兵士たちは、エレガンの指示通りに動き出した。

 こうして、魔人による暗殺計画は失敗に終わったのだった。

         ◇◇◇

 後日、王家の間にて、大勢の人間が集められた。

 王家の間の奥には、背中の部分が長い椅子が置いてありそこに、王が座っている。その傍には大臣や護衛の騎士たちがいた。

 他にも、窓側には剣を携えた兵士たちが並んでいる。

 そして、中央にはサルとエレガン、そしてティアラ姫が立っていた。
 サルはエレガンが選んだ練習着を着ていた。サイズはピッタリで動きやすそうだった。

「おほん、先日は私の娘、並びにライトアームを守ってくれて感謝する。それだけではない。ライトアームを倒す存在が、あのまま野放しにされていれば、この城もただではすまなかっただろう。
 皆の物、礼を示すのだ」

 この場に召集された者が、一斉にサルに向かって頭を下げた。
 後ろにいるエレガンとティアラもだ。

 しかし、サルには何が起こったのか分からなかった。
 頭を下げる、という行為がどういった意味合いを持つのか、あまり理解していないようだ。
 これは王だけではなく、国全体が敬意を表しているという事でもある。

「それで、ここからが本題なのだ。勇者が召喚された際には、あの魔人の長でもある魔王を討伐して貰いたいと考えていたのだ。
 だから、この国を出て魔王の元へと向かい、倒しに行ってもらいたいのだが……頼めるかのう?」

 王は後半から、不安な気持ちが声に現れていた。
 自分は誰に頭を下げているんだ、と思うと情けなくなったのかもしれない。しかもそれが、この国だけではなく、世界を巻き込んだ重要な使命なのだから、余計におかしくなってしまったのだろう。

 さらに、そもそもこんなことを言って、彼が理解できるのかが疑問だろう。
 しかし、そのことについては、すでにエレガンが対策をしていた。

 サルの首にはチョーカーのようなものが取り付けられていた。これに、言語を理解できるようになる魔法がかけられている。
 ある程度の知能を持った生物になら効果はあるだろう。しかし、チンパンジーと人間には知能の差があるので、齟齬がなく伝わるかどうかは、五分五分といったところだろう。

「オレ、タオス。ワルイヤツ、タオス」

 サルが口を開くと、人間が理解できる言葉を発した。
 それを聞いて、周囲の人間は驚く。
 このチョーカーに、装着者の言葉を理解できるようになる魔法も組み込まれていることは、事前に伝わっていたはずだ。
 しかし、実際に声を聞くと驚いてしまうものなようだ。

「そ、そうか。それはありがたい限りじゃ。では、エレガン。当初の予定通り、お主が彼を連れて旅に出るがよい。それと、本当に勇者の素質があるのか、それを見極めて欲しい」

「分かりました。エレガン・ライトアーム。わが命に代えても、魔王討伐を遂行して見せます」

 エレガンは右手を心臓の前に置いて、高らかに宣言した。

「勇者様、エレガンもお気をつけて。ご武運を願っています」

「オ、オ、オレ。オマエ、スキ」

 自分ににっこりと笑いかけるティアラに、愛情を伝える。人間同士ならば、こんなにストレートな言葉で言うことはないだろう。

「貴様、姫に向かってお前とは!」

 言葉遣いをエレガンが注意した瞬間だった。
 興奮した様子のサルは、その場で軽く飛ぶと、大勢の前で姫に抱きついたのだった。

「ゆ、勇者様!?」

 これにはティアラも困惑する。しかし、サルはギュッと抱きしめ続ける。

「な、何をしているんだ! ひ、姫から離れろ!」

 すぐさまエレガンがサルを彼女から引きはがそうとする。
 しかし、魔人の身動きを止めたそのホールドは簡単にはほどくことができない。

 この様子に、周りに兵士たちや王も怒りを通り越して呆れた様子だった。
 礼なんてするんじゃなかったと、後悔した者もいたかもしれない。

「えぇい! 速くそいつを連れていくんじゃ!」

 実の娘にサルが抱きつく姿を見かねた王が終えを荒げる。
 それを聞いた近くの兵士たちが、引きはがすのを手伝った。

「ハ、ハナセ」

「貴様が姫から離れるんだ!」

 怒っているエレガンは、本能のままに動くサルの頭にチョップをお見舞いする。
 それに怯んで、少しだけサルの力が弱まった。

 そして、数人がかりがようやく離れさすことができた。

「ゆ、勇者様は大胆ですね」

 抱きつかれていた姫は息が切れていて疲れていた。

「では、私はこれで失礼します! おい、行くぞ!」

 サルの首根っこを掴んだエレガンは、彼を引きづりながら王家の間を後にしていく。

「だ、大丈夫でしょうか」

「……信じるしかないだろう」

 姫と王は、今の出来事で一気に不安になった。

 まさに前途多難。

 こうして、勇者?と思わしき、チンパンジーの冒険が始まろうとしていたのだった。
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