水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~

高見南純平

文字の大きさ
上 下
3 / 7

ひまわり

しおりを挟む
 夕人の桜田家、日向の海沼家は、お隣さんで家族ぐるみで仲が良かった。
 二人が幼稚園に所属していたころ、両家族混合で旅行に来ていた。

 季節は夏。両家族はひまわり畑が有名な場所に来ていた。
 辺り一面、黄色に咲き誇るひまわりで覆われていた。
 背の低い夕人には、そのひまわり一本一本が、巨大な木のように見えた。

「おおきい」

 夕人は上を見上げた。黄色い葉が、こちらを見下ろしてきた。
 鼻を一生懸命動かした。このころはまだ、それほど嗅覚はよくはなかった。

「いい匂い」

 かすかに、甘いかおりが漂った。周りの臭いでも、土の臭いでもない。それは、ひまわり本来の香りだと確信した。

「夕ちゃん」

 小さな麦わら帽子をかぶった日向が現れた。少し夕人より、日向のほうが背が高いように見えた。

「なに」

 言葉は日向に向けられたものだった。しかし、目線は上空のひまわりだった。

「みんな、心配してるよ」

「うん」

「迷子になっちゃうよ」

「うん」

「ひまわり、好き?」

 日向は夕人の隣に歩いて行った。そして、一緒にひまわりを眺めた。

「うん。いい匂いがする」

 夕人が犬のように鼻を動かす。
 それをみた日向も、真似をして鼻を動かした。

「しないよ」

 ひまわりの匂いは、日向の鼻孔には届かなかった。

「するよ」

 夕人はそう言うと、日向の方を向いた。そして、日向の首元に鼻を近づけた。

「どうしたの?」

 日向は子供ながら顔を赤らめた。麦わら帽子の影に頬は隠れていたが、はっきりと赤色は見えた。

「お前と同じ匂いがする。だから、好きなのかも」

「ほんと?」

「うん」

 夕人はさらに日向に向かって鼻を動かした。ひまわりと似た、ほのかな甘い匂いがした。

「夕ちゃーん、ひなちゃーん」

 ひまわり畑の奥から、夕人の母親の声がした。

「いこっか」

 夕人は日向の手を掴んだ。

「うん」

 二人は家族の元へと、駆け足で帰っていった。



「あの頃は、今よりも素直だったのに」

 昔話を終えた日向は、照れくさそうに夕人を見た。

「へー、夕人がそんなことを」

「覚えてない」

 日向がいつも自分にくっついてくるのが、昔の自分の大胆な行いだと思うと、やるせない気持ちになった。

「今も、ひまわりの匂いはするの?」

 夜風が日向に鼻を近づける。深く息を吸ったたが、これといった匂いはしなかった。しても洗剤や制服の匂いなどで、日向の物ではなかった。

「するよ」

 今度は夕人が日向のことを嗅いだ。日向は頬を赤らめたが、気にしなかった。あの頃と同じ、甘い香りが漂った。

「汗臭い」

 夕人は日向から顔を遠ざけた。わかりやすく、日向に向かって顔をしかめた。

「え、うそ」

 慌てて自分の体を嗅ぎだす日向。夏なので、確かに汗は掻いていた。しかし、それほど臭うというわけでもなかった。

「うそだよ」

 からかいながら、夕人は笑った。日向をいじるのは、夕人にとって日課のようなものだった。

「私は?」

 夜風が呟いた。真ん丸な瞳で、真っすぐ夕人を見つめた。

「夜風は・・・」

 夕人が質問に答えようとした時だった。
 学校の予鈴が響き渡った。あと数分で、次の授業開始時刻だ。

「いこ、二人とも」

 日向は少し慌てて、校舎の玄関へ向かっていった
 そんな小さな背中を見ながら、二人は後を追った

「さっきの質問は忘れて」

 夜風は夕人を見ることなく、冷静に言葉を発した。
 玄関には、予鈴を聞いて中に入ろうとする生徒たちが、他にも何人かいた。その生徒たちに、自分の匂いをかがれる場面を見られるのが嫌だったからだ。

「・・・アサガオ」

 そんな夜風をよそに、夕人は答えた。夜風を見ることなく、まっすぐ歩きながら。

「・・・そう」

 一瞬、夕人に目線を向けた。
 夏の暑さで気温は上昇し続けていたが、二人の間には冷たい空気が通り過ぎた。



 四時限目が終わり、学校は昼休みの時間に突入していた。
 日向は軽くあくびをしながら、教材を引き出しにしまった。

 クラスメイトは各々、昼食に向けて動きだした。食堂や売店に行く者、弁当を取り出し友人と食べだす者、他のクラスに行くものもいる。
 日向も通学バックから、ピンク色の風呂敷に包まれた手作り弁当を取り出す。

 夕人と夜風は違うクラスなので、いつも他の場所で集まり昼食をとっている。よく行くのは、あまり他の生徒が訪れない理科室だった。

 今日もそこへ向かおうと、日向は自分の席から立ち上がろうとした。
 するとその時、目の前から二人の女子生徒が近づいてきた。クラスメイトで、友人といっても差支えはない二人だ。

「どうしたの?」

 二人の方を不思議そうに見つめた。休み時間などよく話す二人だが、昼休みに会話をするのは珍しかった。二人が、日向がすぐに夕人たちの元へ行くのを知っていたからだ。

「ひなちゃんさ、今日も桜田君と食べるんでしょ?」

 眼鏡をかけた遠山美穂が質問をした。何故か、照れくさそうにしていた。

「そうだよ」

「夜風さんも一緒だよね?」

 次に質問したのは、ショートヘアーが特徴的な新崎芽衣だった。こちらは常時笑みをこぼしていた。

「そうだよ。言ってなかったけ?」

「ううん、知ってるんだけど。その・・・」

「どうしたの?美穂ちゃん」

 遠山美穂は日向から微かに目線をずらした。それを見た新崎芽衣が代わりに答えた。

「実はさ、あの二人が付き合ってるんじゃないかって噂になってるんだ」

 芽衣ははっきりと日向に伝えた。

「付き合ってる?」

 日向は彼女の言ってることが良くわからなかった。

「最近、桜田君と夜風さん、よく一緒にいるでしょ? だから、そういう噂が流れてるみたいで。だよね?芽衣ちゃん」

「うん。陸上部の女子の間じゃ有名だよ。ねぇ、日向。この噂って本当なの?」

「それは・・・」

 事の次第はおおよそ理解ができた。確かに、二年生になり、夕人と夜風だけが一緒のクラスになった。それから、日向が知らないところで二人が話す機会が増えたのは知っいた。しかし、それは仲のいい友達だからと思っていた。

「付き合ってはないと思うけど」

 強く否定することができなかった。夜風は、日向と比べると短い付き合いとはいえ、夕人と一年以上一緒にいた。さらに二年生になり、日向の把握できていない二人の関係があるならば、完全に否定はできなかった。

「そっかそっか。あの二人お似合いだと思うんだけど」

 新崎芽衣は次期陸上部の部長といわれるほど、体育会系の女子生徒だった。それ故か、物事を感情の間々に言ってしまう癖があった。それが芽衣の長所でもあるが、今の日向にはその発言が胸にしみた。

「芽衣ちゃん、ひなちゃんは桜田君の事を・・・」

「そっか、ごめんね。でも、まだ付き合ってないなら、日向チャンスじゃん」

 芽衣は落ち込んだ様子の日向の肩を、軽くポンっと叩いた。
 励ましているつもりだろうが、日向には響かなかった。それよりも、その噂の真意が気になって仕方がなかった。

「ごめんね、変なこと聞いて。でも、周りの子たちが気になってたみたいで」

 遠山美穂は、おどおどしながら、教室を軽く見渡した。
 言われてみれば、他のクラスメイトは三人の会話に聞き耳を立てている様子だった。

「そうなんだ」

 中学の頃、常に日向と夕人は付き合っているという噂が流れていた。そんな日向にとって、夕人と他の女子との噂ははじめて聞くものだった。

 噂が日向の頭を駆け巡った。そして、今までの夕人と夜風の会話を思い出していた。確かに仲はいいが、付き合っているようにはとても思えなかった。
 そんな混乱の中、聞き覚えのある声が、日向の耳に届いた。

「おい、日向。おせえよ」

 声のする方を見ると、弁当を片手に持った夕人が立っていた。教室のドアの前で、日向の方を見つめている。

「夕ちゃん」

 思わず日向は立ち上がった。まだ頭は混乱していたが、体が自然に動いた。

「早くしねえと、昼休み終わるぞ」

 夕人の言葉に、クラスの生徒たちが敏感に反応している。先ほどまで話題に上がっていた人物が、目の前に現れたからだ。
 それは夕人だけではない。夕人の隣立っている、夜風にも注目は集まっていた。
 その異様な空気を不振がりながらも、夕人は日向を呼んだ。

「くわねぇの?」

「食べる。けど」

「けど?」

 日向の視界に、夜風が映った。二人が一緒にいるのは、いつものことだった。しかし、今に限っては、一番目に入れたくはない光景だった。

 もし本当に噂通りなら、邪魔をせずに夕人と夜風を二人きりにしようと考えた。しかし、夕人のことを諦めるわけにはいかなかった。

「ううん、すぐいく」

 胸は異常なほど高ぶっていたが、負けじと日向は夕人たちの方へと向かう。

「じゃあね。美穂ちゃん、芽衣ちゃん」

 気まずそうな顔をした二人に別れを言い、日向た
ちは教室を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

幼馴染に毎日召喚されてます

涼月
青春
 高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。  それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。  じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。  真礼の受難!? の日々が始まった。  全12話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ

すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は 僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

処理中です...