たんたん探偵 ~今回の参加者……名探偵、空想探偵、動機探偵~

高見南純平

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探偵の限界

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「愛って、時には凶器になるんだよね」

 今回の事件を経て才色は改めてそのことを胸に刻んでいるようだった。私も少しづつ恋心と言うものを理解していかなくてはいけないな。

 私と才色が愛というものの危うさを学んでいると、一党さんが山井に歩み寄った。

「灰城さんに実際にあったことはないので分かりませんが、もしかしたらあなたの気持ちに気がついていたかもしれません」

「え、どういうことですか?」

「可能性の話です。彼は死ぬまであなたから貰ったピアスをつけていた。彼はその意味に気がつき、向き合おうとしていた。かもしれません」

「そんなわけ」

「ないとは言い切れません。けれど、彼にあなたの気持ちを伝えていれば、少なくとも灰城さんの気持ちを知ることができたはずです。あなたはそんな可能性を自らの手で捨ててしまったんです」

 死人に口なし。見事な表現だ。遺体をたくさん見てきたが、彼らが生きている者に語り掛けてくれることはない。彼らが生きていれば、新たな可能性がこの世にはいくつも浮かび上がってくる。長年死と戦ってきた一党さんは、このことを肝に銘じて生きているという。

「誠君、私があなたの支えになってあげられれば、誰も傷つかずに済んだかもしれない。気付いてあげられなくてごめん」 

 新垣は涙を拭きとったハンカチを山井に返した。彼らにはお互いを思いやる心があるのに、なぜこうもすれ違ってしまったのだろうか。

「いや、俺が打ち明ければよかったんだ。自業自得だよ」

「お話のところ悪いけど、そろそろいいかい」

「はい、わかりました」

 斉田刑事が山井を所へ連行しようとしていた。何はともあれ事件は解決したのだ。もう私の仕事は終わりだ。

「じゃあ、名探偵、依頼料はお前に振り込めばいいんだな?」

「ええ、よろしお願いします」

「はー、また負けた~」

「いつもお前は解決できていないだろう」

 事件を解決した私たち探偵の元に、比嘉希恵がやってきた。何やら言いたげそうな態度だった。

「依頼料って何ですか? それに負けたって」

 その声はとても低く暗い。普段は明るい子のようだが、今回はその一面を見ることはできなかった。

「無事事件は解決したのでその報酬です。私たちは誰が先に謎を解くか勝負をしています。そして、もっともはやく真相にたどり着いたものが報酬を貰うということになってます」

 三人で報酬を分けるとなると、一人あたりはかなり減少してしまう。それと、競い合うことで早期解決を目指すという意味もある。しかし、そんなことは彼女には伝わっていなかった。

「ふざけないでよ!」
 ついに新垣の抑え込んでいた感情が爆発してしまった。別荘中に響き渡るほどの怒号だった。玄関に向かっていった斉田と山井はすぐに足を止めた。

「勝負ってなによ。私たちはあなたたちの遊び道具なんかじゃない! 空想探偵か知らないけどただ遊んでるだけじゃない。この人も、人のプライベートなところをほじくりかえしてるだけよ。あなたも金のためだもんね。私たちの気持なんかどうでもいいのよ」

 私たち探偵は何も言い返さなかった。才色もここは空気を感じ取ったのか、最後まで彼女の好きに言わせてあげたほうがいいと判断したようだ。

「健もいなくなって、誠もいなくなって、こんなことなら事件何て解決しなければよかった!」

 嘘偽りのない魂からの叫びだった。冷静になれと、軽くあしらうことはできない。一度に二人の大切な人を失うのだ。傷つくのは当然だ。

「私たちの行為が無礼だったことはお詫びします。才色はふざけてはいますが、彼女の意見がなければ凶器にたどり着くのは困難だった。一党さんがいたからこそ、山井さんは自分をさらけ出すことができた」

 私たちは一人では不完全だ。得意分野があれば、苦手なこともある。それを補って完璧な探偵になるために、私たちは共に捜査を行っている。

「私はもちろんお金を貰っていますが、それが全てではありません。人の感情に疎い部分はありますが、それでも必死で理解しようとしています」

「理解って、あなたに私の気持ちは分かるわけない」

 この言葉をこれまで何度も浴びされてきた。そして私はある時、一つの答えにたどり着いた。

「はい。どうやっても、私はあなたにはなれない。灰城さんを失った苦しみを同情はできても、全ては理解できません。亡くなった人のことを思いやることは残念ながら探偵にはできません。けれど、残されたあなたたちはそれができる」

 今まで彼らがどんな人生を歩んでどう出会ってきたか、聞くことはできても体験することはできない。

「だから、真実を受け止めて、灰城さんと山井さんのことを思い続けてあげてください。この事件が未解決だったら、誰も前には進めなかったはずです。その気持ちは私たちがよくわかっています」

これは私の心からの言葉だ。嘘偽りのない真実の言葉だ。

「え、どういうこと?」

「実は私たちさ、解決できなかった事件があるんだよね。そのことはずっと今でも心の中につっかえてる。答えが分からなければ、それにどうやって向き合えばいいか分かんないんだよね」

 才色はトーンを落として話している。陽気な彼女だが、探偵をしている理由や苦悩があるのだ。

「私たちは遺族にはなれません。だから、残された人の代わりに、私たちは絶対に真実を見つけだすと誓っているんです」

 もう二度と迷宮入りの事件を作らないために、私たちは探偵,Sのメンバーと難事件に挑んでいるのだ。

「あなたはこの現実を受け止め、前に進むことができると思います。灰城さんを取り戻すことはできませんが、山井さんならまだそこにいる。今までの思い出を全て消すかどうかは、あなた次第です」

 比嘉は怒りを沈ませながら、リビングを出ようとしている山井と目が合った。大切な人を奪った殺人犯だ。今はまだ、どう接すればいいかわからないだろう。

「俺のことは許せないと思う。ただ、一生をかけて償うと誓うよ」

「誠君、待ってるから。いつか、罪を償って戻ってきて」

 再び涙を流すのをせき止めながら、新垣は別れを告げた。

 斉田刑事に連れられ山井は別荘を出ようとした。すると、比嘉がリビングを飛び出した。

「誠、絶対許さない! けど、またね」

 それだけ伝えると再びリビングに戻ってきた。彼らの顔はいまだ暗いままだ。そう簡単に割り切れるものではない。それでも、前に進もうという意志があるかどうかでは、雲泥の差だ。

 外に駐車してあったパトカーが走っていくのが窓から少しだけ見えた。

 こうして凶器不明の事件は一件落着となった。

 新垣と比嘉はまだ動ける気分ではなく、ここで休んでいくという。

 私たち探偵は彼女たちの邪魔をしないようにすぐに別荘から出ることにした。

「じゃあね~、次は負けないから」

 玄関を開けると正面の庭に磨きに磨かれたリムジンがいつの間にか止まっていた。これは才色財閥のものだ。運転は彼女ではなく執事がしている。

「もう会いたくないもんだ」

「まあ、どうせまた会うさ」

 リムジンに乗り込んだ才色は、別れの言葉もつかの間すぐに帰って行ってしまった。突然現れすぐに消える。まさに嵐のような女だ。

 外は昨日の雨が嘘のように、真夏の熱さを取り戻していた。私と一党さんはどちらもスーツのジャケットを羽織っているので、一気に汗が噴き出してくる。探偵の威厳のためにスーツを着込んでいるが、そろそろクールビズも視野に入れなければいけないか。

「なぁ、岸よ。俺が動機について切り込む前に、何か言おうとしてなかったか?」

 一党さんが言っているのは、新垣の偽証によって場が混乱し、それにを止めようと私が推理を続けようとしたときのことだろう。

「えぇ、まあ。でも、結果的に一党さんが場を収めたのでよかったですよ。さすが動機探偵です」

「やめろよ、そういうのは。で、推理の続きを聞かせてくれよ。何かあるんだろう?」

「推理と言うほどでもないですよ。ただ、新垣が犯人ではない証拠があるかもしれなかったので」

 あの時の私にはまだ気にかかっていることがあった。動機でうまく進まなかったら、言うつもりだったことだ。

「キッチンに行ったとき、ゴミ袋が出てたんです。生ゴミが入っていてそこにはスイカの皮が入ってました。少し前からスイカを凶器にしたのではないかと思ってましたが、捨てられては証拠がなくてしらを切り取らせる可能性がありました」

「なるほどな。スイカの皮が全て残っているなら復元して形を調べることができる。そこから内容量を割りだせば、へこんだ形と一致し殺害可能な威力だったかわかる、ってことか。」

「警察は優秀ですからそういったことも可能かと。どれほどのサイズだったかが分かれば、女性の力では不可能と言うことも証明されるかと。新垣は特に華奢ですし、大玉スイカを持ち上げるのは困難だと思いました。ただ検証に時間がかかりますし、不確定要素がありましたから、結果的に動機で解決できてよかったんですよ」

 お世辞ではなく私は一党さんを尊敬している。刑事時代もお世話になっていたし、この人といれば少しずつ人間というものを知れるような気がしている。

「しかし、何故山井はそれをすぐに処分しなかったんだ。回収の曜日が違うなら、何故結構日をずらさなかった」

「それは、灰城に急なバイトが入り、旅行の曜日がずれたせいですね。曜日が変更されたことにより、今日が可燃ごみの日ではなくなった。証拠を隠滅するのが遅くなりますが、計画していたため仕方なく実行したんでしょう」

 そのおかげで証拠が残り、私は推理を話すことができた。結果的には一党さん以外に話すことはなかったが。

「お前こそ素晴らしい才能だよ。さすが、名探偵さん」

「やっぱりこれ、何かむず痒いですね」

 名探偵と言われ程私は完璧ではない。まだまだだ。しかし、いつか迷宮入りとなった事件も解決できるほど、成長したいと日々精進している。

「じゃあ、また事件があったら連絡をくれ」

 一党さんはハットを深く被り直し、駐車場に止めてあった古い型の外車に乗車した。とにかく渋いものが似合う男である。ああいう歳の取り方をしたいものだ。

 それでは、私も帰るとしよう。

 ふと上空を見上げると、澄み渡った夏の青が果てしなく続いていく。やはり、晴れが一番である。

 今回、大切なものを失った彼らの心も、いつか晴れる日が来ることを、心から祈っている。
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